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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
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ひとりぼっちの虜囚

 気がついたら夕方になっていた。


 少しだけ横になるつもりだったのに、深く寝入ってしまったらしい。

 いけないと跳ね起き、急ぐ理由がなかったことを思い出す。

 今日は慌てて夕飯を拵える必要がないのだった。

 起きあがったばかりの身体を、寝床に放り投げる。ぎしりと軋んだ板が、はしたないと責めているようだった。


(今日はヤクスの家に泊まるから)


 帰りがけに言い置いて、長身の友人と歩き去ってしまった彼。

 言い渡された内容を上手く消化できないまま、ぼんやりと帰路についた。最近様子がおかしいと訝しんでいたけれど、ついにここまできてしまった。




 黒髪の相棒は、隠し事をしている。

 もしかしたら先日。彼に相談もしないで、勝手に出掛けたことを怒っているのか。そうだとしたら謝ろうと思っていたのに、違うのだと彼は言う。では、何なのかと問うてみても明確な答えは得られない。

 幾日も幾日も悩みに悩んで、一つの答えを導いた。

 悲しくて苦しくて辛い答えだが、とても腑に落ちやすかった。そもそもがおかしい話なのだ。彼と自分はどう見ても不似合いで不格好。流れが正される時がやってきた。過剰な僥倖に、終焉が訪れたと覚悟を決めた。

 それなのに……これも違うと彼は否定する。

 ちゃんと受け止められるから、話してくれと言ってみても。焦りと戸惑いとを浮かべて苦悶するばかり……。

 どうしても納得がいかなかった。

 ゆえに真実を手にするため黒を覗き込んでみた。そうやって覗き込んだ瞳の中の炎は、苦悶する彼の言う通り、確かに明々と燃えていたのだ。彼の想いはまだ変わっていない。むしろ以前よりも強く、大きくなっているようにすら視えた。

 だとすれば、いったいぜんたい何を悩んでいるのか?

 何が何だかさっぱりだ。

「ローグのいじわる……」

 拗ねてむくれた自分は、恋しい人を小さく詰る。

 頭に軽い感触がした。むくれた顔を上げてみれば、白のふわふわが揺れている。

 慰めようとしているのか。はたまた叱りに来たのか。かわいいジュジュが、つぶらな瞳でこちらを見ていた。

「何です。ジュジュまでいじわるしないでください」


 こら。


 そんな気配と一緒に、ふわふわの尻尾が額を柔く叩く。

 むうと膨れて、ジュジュを抱き上げた。

「ねえ、ジュジュ。わたしどうしたらいいのでしょう……」

 サガノトスに潜む不穏。そしてたくさんの謎。

 忙しないと感じていた日々が、よりいっそうの慌ただしさと騒々しさとを増して。狭い自分の世界では、受け止めきれないほどになっている。もう頭が破裂しそうだ。

 やらねばならないことも、やりたいと思っていることも全部が混じって。もう、どこから手をつけていいかわからない。

 混乱した頭を自分でこつりとやってみた。

 ひやりと冷たい温度に触れる。

 寝床の中、仰向けになったままの格好で両手を上げ、手の平を眺める。

「わたし、どうしちゃったんでしょう」

 夏の大気の中にあっても、冷たいままの体温。

 辛くない。

 全然苦にならない。

 普段は気にも留めていないが、やっぱりちょっと変だ。

 散らかしっぱなしのそれらの中。いまの自分でも改善策がわかるのは、体温を上げることくらい。

 一人でいると食欲も出ない。

 かといって、何も口にしないのはいけないことだ。長身の友人にばれたらそれこそ大変。苦い薬湯を処方されるのはごめんなので、お茶だけでも飲んでおこう。

 起き上るのも億劫だけど、とりあえずの用事を思いついたので、寝床からもぞもぞと這い出た。

 自分の後を、足音も軽くジュジュが追ってくる。

 ジュジュがいてくれて本当によかった。一人っきりだったら、この一日をどう過ごしていいか、きっとわからなかった。

 炊事場に向かおうとして、ふと鏡に目をやった。

 寝転がっていたせいで、翠の髪留めがずれている。

 今日はもう誰とも合わない。そうかといって年頃の娘として少々情けない。しっかり見れば、フードも変にめくれてしまっている。これはいけないと鏡に向かって歩き、椅子に腰かけよう姿勢を変える。

 そこで強烈な痛みを覚えた。

 視界が暗転する。鏡台の縁に手をかけ、前のめりになった身体を支えた。

 しかし、支えた腕の振動が背に流れしまい、その痛みに息を詰める。

 背中が痛い。

 痛くて痛くて立っていることすら辛い。

 肩甲骨の下が、ざっくりと切り裂かれるような……。

 違う。

 中から塊が飛び出て、皮膚を弾けさせるような痛烈な熱さ。


「っ……」


(痛い。熱い)


「つぅ……」


(誰か、助けて)


「ぁ……!」


(お願い)




 来てくれるって。

 絶対だって、そう言ったのに……。


 応えるはずもない。わかっていても彼を呼ぶ。

 誰かと共にいることを。頼ることを。甘えることを自分に教えたその人は、声の届かぬ場所にいる。

 眠りの病と共に発症した痛みは、祭壇の気配が断たれたいまも身体を呪いつづけていた。激痛が走る間隔が狭まってきている。自分の中で大きく渦巻く力がある。

 解放を望み。決して果たされず。脆い身体の中で暴れ狂う力がある。


 足りないから。

 全部じゃないから。

 これだけじゃだめ。ちっとも大きく開けない。

 半分だけじゃ元にもどれないもの。


 だから。


 だから――。




 手を伸ばした。

 救いをもとめて。

 空を掻いた冷たい手は、鏡台をすべり、床に落ちて身体の横に転がった。


(応えて)




 ねえ――。

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