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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第八章 因果の獄
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隠された使命

 虫達の声で騒がしい林の中を、足早に進む。

 久方ぶりに帰ってきた里。変わり映えのしない景色の中、目的の場所へと向かった。

 真術の気配が、夏の風に乗ってただよってきている。

 見回りの蠱惑が編んだであろう結界。白く輝く膜の手前まできて足を止めた。

(かなり広範囲にまで影響が出ているようだな)

 そうやって事実を確かめている己の背後に、蠢く気配がある。


「何者だ」


 面倒な。

 胸中で毒づき、舌打ちを一つ出してやる。だが致し方がないと、誰何を飛ばしてきた集団に向き直る。

 膝下まである白のローブ。長さを確認した後、視線を素早くフードの縁へと走らせた。

 複雑に入れられた赤の刺繍。

「見回り部隊か」

「いかにも。貴殿は何者か。ここは現在立ち入り禁止となっている。そなたも高士なら知らぬとは言えんだろう。ここで何をしている」

 誰何を無駄に重ねる男を見る。

 そして、何とも面倒なと再び毒を吐いた。知っている顔であれば、腹立たしいものの話は早かったのだが。目の前にいる年若そうな男とは、まだ面識を持っていない。里を長く空け過ぎるのも考えものだ。

「慧師より指令を受け、調査を行っている」

 ローブの奥に手を伸ばし、常々邪魔だと思っている一枚の紙を取り出した。

 双頭の神鳥が透けて見えている紙を、男に確認させてやる。

「……確かに。慧師の指令書であるようだ」

 納得させたならば、もうよかろう。

 次の目的地に向かおうと背を向けたところで、不愉快な問いを受ける。

「待たれよ。貴殿はいったい何者か。まずは名乗っていただこう。そして、ここで何の調査をしようとしているのかも話してもらおうか」

 これだから高士相手は面倒なのだ。

 こういった輩は、特に面倒な相手だと言える。職分を全うしようとする姿勢は評価できる。しかし、それを自身の領域だと思い違っている。立ち入りを禁じられた里の東側の管理を、責務でなく権利だと思いはじめている。領地として与えるなど誰も言っておらぬだろう。欲深いことだ。

「貴様に答える義務はない。……任務の邪魔だ。これ以上の手間を取らせるな」

「何だと」

「偉そうに吠えるよりも、貴様等にはやるべきことがある。また"穴"の見落としがあったそうだな。貴様等がたるんでいるおかげで俺が迷惑をしているのだ。下らぬことにかまけている場合ではなかろう」

 集団の中から、はっと息を吸い込む音がする。

 響く音があまりにも滑稽だと、そう思えた。

「"鼠"共の動きが活発になっている。間抜け面をさらしていないで、見回り部隊の本分を果たすことだ」

 自分達が声を掛けている相手が誰なのか。ようやく思い至った様子の抜けた連中に、背を向けて歩き出す。

 葉の擦れあう音の合間から、囁く声が聞こえてくる。間抜け共にとって馴染み深いだろう己の異名。


 "鼠狩り"。


 苛立ちにまかせて、また舌打ちを出してやる。怯えと私憤が入り混じった声が、耳障りで仕方ない。

 時間を浪費してしまった。

 日暮れまでに調査を終えて、取り急ぎの報告を上げねばならんというのに。

 旋風を生み、身体を乗せて空に出る。

(結界を破るわけにはいかぬか)

 結界に接近して得た情報を元に、今後の計画を組む。ぎりぎりまで接近してわかった。あれは"収束"をさせていない。

 とにかく漏れ出ぬようにと堰止めただけだ。

(塞がねば意味がなかろう)


 ――至急、里へ帰還せよ。


 内側にある真意を、誰に言われるでもなく正確に汲み取った。

 指令書には決して書かれることのない任務。それを背負って、腹立たしいほど光に満ちた空を行く。

 






「お前さー……」

「うるさい。何も言うな」

 手元に集中しつつ言い返す。

「放っておいたら悪化するだろ? 早期発見、んでもって早期治療。手遅れになるよりずっといい」

 いちいちもっともだから、余計に腹が立つ。

「つーことで今日は帰れ」

「……そう言うな。泊らせろ」

「大丈夫、オレの睡眠剤は効くからさ。朝までぐっすり眠れる」

 友人を追い返そうとするなど、何と冷たい奴か。人がここまで悩んでいるというのに。友ならば少しは協力してくれてもいいだろう。

「……無理だ」

「ローグ」

「とにかく無理だ。今日は意地でも泊らせてもらう」

 食卓の向かいから大げさな溜息が吐き出された。

「やめろ。気力が整わなくなる」

「もう整ってないだろ」

 真正面から切り返しを受けて、二の句が継げなくなった。

「サキちゃんのためだって言っても、それで彼女を悲しませるなんて、本末転倒もいいところだ」

 言われなくともわかっている。

 反論したいが、言葉を封じられているため無言を返した。


 寂しがりの彼女。

 何よりも孤独をいやがる恋人は、いまごろ何をしているのだろう? 気になって落ち着かない。ヤクスに言われずとも本当は飛んで帰りたい。片時も離れたくない。

 だが、いまは駄目だ。

 自分には、今日中にやるべきことがある。


「ローグ。お前、本当にどうしちゃったんだよ?」

「……俺が聞きたい」

 真導士となって日が浅い身で言うのもどうかと思う。しかし、こんなことは初めてだった。

「深呼吸」

「さんざんやった。早寝早起きも心がけている。食事もしっかりとっているし、負の感情も外に出している。これ以上どうしろと?」

 知っている限りのありとあらゆる手法は試した。

 ここまでしてと悔しさばかり募る。

「変だなー。それで整わないことってあるのか?」

 ヤクスの疑問と寸分違わぬものを、自分も抱いていた。気力の乱れを感じはじめてから、もう幾日も経っている。

 過日のようにサキを傷つけたくはない。愚かな男に成り下がりたくなどない。いつもであれば、固く心に誓ったことはすべて守り通せていた……。

 彼女に関わることは儘ならない。儘ならないと知ってはいれど限度がある。

 聞かれても答えられるものか。

 自分の感情が抑えられそうにないからなどと、口が裂けても言えない。

 まさか自分の相棒が、彼女自身にとっていまのところ一番の脅威だとは、思ってもいないだろう。

 大切な彼女を、大切に守る。

 たったこれだけに手を焼いている。

「今日中に整えて、明日は家に帰る」

 だから一晩だけ時間をくれと、脳裏のサキに頼み込んだ。明日からはきっと、きっと元通りにしてみせる。


「まあ、いいや。一晩だけだからな」

「恩にきる」

「で、直りそうか?」

「いや、これがなかなか難しい。ティピアに教わった通りのはず……でも、途中でほどける」

 切れてしまった組み紐の修繕も、今日中がいいだろう。あの時のうるんだ琥珀を思い出す。

 絶対に直すから、どうか泣かないで待っていて欲しい。

「やっぱりお嬢さん方に頼んでくるか」

「駄目だ、俺が直す」

 自分と彼女を繋ぐ大事な物だ。他者の手に委ねることをよしと思えない。

 切れたのは、結び目を作るための細い個所。模様の部分は切れていない。これなら紐を付け変えれば直ると聞き、必死になってやっているのだが。

 ……いったいどこが悪いのか。


「上手くいかん……」

 ヤクスから大きな大きな溜息が出た。

 友人から出された同情を、この時ばかりは神妙に受け取っておくことにした。

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