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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第七章 旋廻の地
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重症者

「いててて……」


 水差しを取ろうとして情けない声を出したフォルは、右手にふうふうと息を吹いている。

 あんまり意味はないだろうけど、本人がそれで楽になるならいいかもと、ぼんやり眺めておく。

 ただの筋肉痛だ。ほっといても治るさ。


 呪いの場での戦いから、三日が過ぎた。

 まだ三日とも思う。そしてもう三日かとも思う。長いような短いようなとは、こんな気分の時に使うんだろうな。


「で、結局その何だっけ……」

「"催眠の陣"……。何度言っても忘れるよな。十五にしてぼけるなんて、医者の名が泣くぞ」

「ひどいなー。かんばって覚えようとはしてるよ。でも蠱惑の術は数が多過ぎるんだ。似たようなものも多いし、わかりづらいんだってば」

 容赦のない言葉に、言い訳がましいことを口にした。


 今回の一件。

 例の金の仮面に籠められていた真術を、いまさらながら推察している。

 "催眠の陣"は心の隙につけ込み、自分の意志で動いているように見せかけて、相手を思い通りに動かす真術。

 諸々の不安にかられていたチャド達は、"催眠の陣"によって操られていただけだったとの結論に至った。

 毎度毎度、感心するほど"くどい"やり方だ。

 そうとう粘着質な性格をした真導士が、裏で糸を引いている。

 本当なら、そんな奴とは関わりを持ちたくないんだけど。あちらさんがちょっかいを掛けてくるもんだから、こっちとしては堪ったもんじゃない。


 見回り部隊に救出された後、全員まとめて真術を飛ばしてやった。

 陰惨さが抜けきっていなかった九人の導士達は、それですっかりと憑きものが落ちてくれたようだった。

 陰惨さが抜けたのは実にいいこと。ついでに記憶を抜いていってくれれば、もっとよかった。でもまあ、オレにはそんな器用なことできやしない。

 案の定というか、予想通りというか。

 四人組と同じように、全員が見事なまでに後悔の底に埋まっていった。

 中には、貴族の令息と噂されていた黒髪の友人に、想いを寄せていたお嬢さんもいらっしゃったようで。嫌われるどころか憎まれてしまった境遇を嘆き、毎日涙にくれているというから胸が痛む。

 想いが実らない道だったろうけど、さすがに憐れだと同情してしまう。

「あの九人は大丈夫なのか?」

「まあ、仮面に取られていた真力の方も回復したみたいだし。あの場であったことはジェダスが誤魔化してくれたし。後は自分達で何とかできるでしょ」

 むしろ何とかしてもらわないと困る。

 ただでさえ、やらなきゃいけないことが山積みなんだ。彼等の人生相談ばかりをやっているのは絶対に無理だと思う。




 この三日の内に、真導士の里は蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 呪いの場の騒動は、思っていた以上の重大案件として、里の上層に取り扱われている。

 見回り部隊にしっかりと顔を覚えられていたオレ達は、次の日に呼び出しを受けた。中央棟での質疑応答はかなりの時間を要したものだ。


 あそこで何をしていたのか。

 何をしようとしていたのか。

 そもそも、何故あの場所に立ち入ったのか。


 質問に質問を重ねられ、異常なまでの追及を受けた。

 罪人を見極めようとしている質問の数々。対する答えは、ジェダスが一手に引き受けてくれた。ジェダスが居なければ、下手すると誰かが謹慎処分になっていたかもしれない。

 口が上手い友人の功績を内心で称えつつ、あの日からの出来事を思い起こす。


 原因不明、正体不明の瘴気からどうにかこうにか逃げ帰ったあの日。

 その夜の内に、里の東側――"呪い"の場があった区域への立ち入りが、全面的に禁止された。

 そして、キクリ正師に相談を持ちかけた色紐。

 動きがないと焦れていたというのに、すべてが里に没収されのだ。重い腰を上げたかと思えば、一気にけりをつけてきた里の態度に、心の隅で不満を感じている。

 やればできるのに、わざと放っておいたのではないかと思えてしまう。


 さらには、導士間で真術を用いて決闘をするのに、申請が必要となった。

 高士、もしくは正師立会いの元、修業場で行うようにとのお達しが出た。

 "呪い"の場の騒動は、不安にかられていた同期の面々にとって、最後の打撃となってしまったらしい。こんな場所にいたら身がもたない。記憶を消してくれて構わないから、故郷に帰してくれと希望した者が多数出たのだと聞いた。

 その考えは、文句のつけどころがないくらい正しいと言えた。

 結果、里の上層はやっと身の安全を保障すると約束した。真導士はそれほど貴重な存在なんだろう。いまや里のあちこちに高士が立ち、導士達の安全を見守るようになっている。


「悩みが減って、気が軽くなりましたね」

「そうだな……と言っても、一番厄介なのが残ったままだ」

 クルトが赤毛を掻きながら、口を尖らせた。

「なあ。まだ"宿下がり"は顔を見せないのか?」

 "宿下がり"。

 うちの地方では、"貝かぶり"と呼ばれていた。

 葉っぱの裏によくいる、雨の大好きな虫の名前。自宅に引っ込んで、ちっとも顔を見せなくなったカルデス商人には、新しい渾名がつけられていた。

「サキ殿の体調は……?」

「うん、もう大丈夫だ。眠り病は完治してないけど、生活に支障が出るほどじゃあないよ」

 儚い琥珀の友人は、あの日に負った怪我の後遺症もなく。心配していた貧血の症状も治まり。元気になったと言い切れる程度には回復をしていた。

 "呪い"の場が結界に覆われた影響か、昏々と眠りにつくことがなくなったのもいい傾向だ。


「サキちゃんは大丈夫にはなったんだけどさ。正直ローグの方が重症かもね……」

 自宅の居間に、溜息が満ちた。

「恋は盲目とは、このことでしょうか」

 ジェダスの発言に苦く笑う。

 大切に大切に守っていた相棒を、手酷く痛めつけられてしまったあの日から、ローグは家から出てこなくなった。

 表向きは、夏風邪をひいた相棒の看病と言っておいたけど。いつまで誤魔化せるか。

 誰とも会わないわけじゃない。けれど、友人以外の訪問は断固とした拒絶が続いている。

 チャドが謝罪をしに行った時なんか、そりゃもうえらい剣幕だったようで。とにかく誰も近づいてくれるなと、言って回っている最中だ。

「まったく。真導士が真導士の里を嫌っても、しょうがねえってのに」

「元からきな臭いと言っていましたし。無理もないでしょう。それに、里のやりようも悪いとは思います」

「だからって、いつまでも殻の中ってわけにもいかねえだろ。私闘も禁止された。座学を休んでいた連中も、学舎に顔を出してきてる。ローグレストとサキだけ学舎に来ないとなったら、さすがに変だって話になっちまう」

「そうですね。サキ殿の能力が高くなっていることは、誰にも知られない方がいいのですが。学舎を休んでまで隠すのは良策とは……」

 眠り病は心配だけど、家から出てこないのではかえって目立つ。

 人の興味をひく行動はしないに限る。彼女の現状は秘密にしておきたい。

 ばれたら大変なことになる。サキちゃんの力は、ただでさえ異能だと言われているんだ。力が強くなっていると知れたら、あの執拗な追及が彼女に降りかかってしまう。

 里が何を隠しているのかは知らない。

 何を危惧しているかもわからない。でも、その一部でも見知ってしまったら、口を塞ごうとはしてくるはず。記憶を消すための追放なんてことも、有り得そうに思う。

「ローグレストの"青の奇跡"についても、めちゃくちゃしつこかったもんな」

「ええ。あの追及を全部はね返した胆力には、恐れ入りましたよ」

 とりあえず肯いておいた。

 正体不明の瘴気をことごとく消滅させた、見たことも聞いたこともない真術。

 見回り部隊が、"青の奇跡"とまで称した真術については。史上最大の真力を持つローグが編み出したと、誰もが信じている。

「あんな力を隠し持ってるなんて、これだから商人ってのは油断ならねえ」

「隠し玉を持つのも仕事の内なのでしょう。宿から出てきたら詳しく聞かせてもらいましょうかね」

「情報料をぼったくられないように、気をつけた方がいいよ」

 居間に、ささやかな笑いが落ちた。


 しばらくむさい茶会を楽しんだ後、友人達はそれぞれの家へと戻って行った。

 最後の一人を見送って、往診の準備をする。

 準備と言っても、患者の症状は落ち着いてきているから、大したものは必要ない。初日よりもずいぶん軽くなった鞄を片手に、家を出た。

 さんさんと降り注ぐ夏の日差しの下を、一人で歩く。




 道端には、赤と藍の花。

 何の憂いも見せず、美しく咲き誇っている様が、どうにも目に染みた。

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