表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第七章 旋廻の地
35/121

どちらへ

「な……っ」

 角の仮面の発言に、ディアは言葉を喪失してしまっていた。


「何を驚く。出して欲しいのだろう?」

 角の仮面は重ねて言う。

 右手の短剣を握ったまま、微動だにせず目の前に立ち続ける。

「……謀には、乗らないわ」

「謀ではない。出して欲しいと言うならば、そこから出してやろう」

 きらきらと輝く不気味な仮面の奥に、金の表情よりも不気味な何かがただよっている。自分には、そのようにしか思えなかった。

 会話が途切れ。仮面達がぞろりと動いた。

 ディアと一緒に、檻の中を後退する。

「……来ないで。来ないでよ!!」

 規則正しく動く仮面達。

 ディアが、強く恐怖を叫ぶ。

 仮面の一人が檻の鍵を開け、ディアの腕をつかみ、檻の中から引き出そうとする。

「ディア!」

 手を伸ばし、彼女の腕を引っ張る。

 無駄だと叫ぶ頭の声を黙殺しながら、両腕でディアをつかんで引く。

 仮面の一人が邪魔をするなと言う。腹立たしくて、笑顔の奥にあるだろう瞳をきつく睨みつけた。

「お前は檻にいろ……」

 重なっている声音。

 仮面越しに言葉を発する、自身を消した誰か。

 次の瞬間には真術で弾き飛ばされ、檻に肩を打ちつけていた。腕を離してしまったと慌てて追うが、出口は無情にも塞がれた。

 ディアと自分の間に、埋められない距離が開いていく。

 葡萄色の髪を振り乱して抵抗するディア。両腕を捉えた二人の仮面が、角の仮面の方へと彼女を引きずって歩く。

 待ち構える者の手に握られた、銀色に輝く刃物。

 その光を見て、ざっと音を立てて血が下がっていった。


 捧げられる――。


 夢を彷彿とさせる光景。

 大いに焦り、そして言葉の限りに叫んだ。

 交錯する夢と現実。もはやどちらを見ているのか、わからなくなりかけていた。

 満ちる悲鳴。逃れられぬ凶刃への恐怖と、地の底から響き渡る咆哮。塗り重ねられ続ける世界に、逆らって手を伸ばす。


 力が欲しい。

 真導士になったというのに、自分は何も成せないのか。望む力は与えられず、呪縛となる力だけを有する自分。

 否定しても否定しても、隙間から顔をのぞかせる負の感情がある。

 できることなど、不吉な気配を覚ることくらい。

 あまりに無意味な力だ。

 そのくせ、不吉は決して自分を避けて通ってはくれない。確実に自分を。相棒を。友人達を巻き込んで走り抜けていく。

 不吉と……そして試練を。引き寄せるだけ引き寄せておいて、身に降りかかる火の粉を掃ってはくれない。

 誰を幸せにするでもない。誰を救えるでもない。危機から遠ざけることすらできない。

 疎ましく、憎たらしい力。

 "落ちこぼれ"と。

 "役立たず"と言われても当然だ。

 だって、ほら。

 逃れようと必死になっているディアを、かばうこともできない。

 知っている。

 この先に行われることを。

 自分だけは知っているのだ。待ち受けている残忍な儀式の……その顛末を。


「やめて――、ディアにひどいことをしないでください!」


 幾度となく味わった苦痛。

 血泡を吹き、激痛と恐怖の中、ただただ嘆き悲しむだけの時間。

 現実にしてなるものか。いや、夢のできごとは過去の現実。繰り返してなるものかというのが正しいのだろう。

 過去の時間は変えられない。

 この地に刻まれた過去の悲劇も、いまさら変えることはできない。


 それでも、いまここはサガノトスだ。真導士の里――"第三の地 サガノトス"なのだ。

 唯一の繋がりを持つ場所。

 自分の大切な、自分にとって唯一の『帰るべき場所』。

 守りたい、と思う。

 この場所で流れる時間を、悲劇に染めたくないと思う。

 これは欲だ。自分の我儘だ。自分だけが持つ、身勝手な願望だ。身勝手な自分は、強欲でかまわないと決めた。自分に繋がる大切なすべてを、二度と失わないと……そう決めてしまった。

 勝手なディア。自分のことが嫌いなディアだって、大切な同期の仲間だ。

 騒がしいサガノトスの時間を紡ぐ、導士の娘だ。


(失うわけには、いかない!)


 真眼を見開いた。

 帰ってきた白く輝く世界と、耳をつんざくような悲鳴。激しい耳鳴り――。

 深呼吸を一つ。

 眼差しに力を込めて、ディアの足元に真円を描く。視界の端で、紅玉がいっそう鮮やかに染まり、光を反射していた。

「放て!」

 白が展開する。

 ディアを覆うようにして編んだ"守護の陣"。

 驚きの表情で固まってしまったディア。彼女は紅玉をこぼして落としてしまいそうなほどに、目を開いていた。

 守護が自分の意志を汲み。彼女を拘束していた仮面達を、真円の外へと弾いて飛ばす。

 ざわめき、殺気立つ笑顔の仮面達。

 その下にいるのは導士だ。男女の区別もつかない彼等は、真眼さえ開ければ気配を辿れると思っていた。

 学舎で、喫茶室で、道ですれ違ったことくらいはあるだろう。いったい誰が自分を狙っていたのか、その答えを感じ取ってみせようと、額に集中した。

 しかし、これは――。


(気配が……視えない?)


 あまりに空虚な気配。

 金の仮面達からは、真導士が有している真力の気配を。……個人個人が有しているはずの、その特徴が感じられなかった。そう、角を生やした仮面からさえも、真力の気配がつかめない。

 おかしい。

 ギャスパルの舎弟達と揉み合った時も、この仮面達は確実に真術を展開していたはず。

 ならば、真力を有しているはず。

 しかし、彼等の周囲には真力の気配が一切しないのだ。真導士は、それぞれが有している気配の特色が違う。もしかしたら、角の仮面の"共鳴"を受けているのかとも思った。けれども角の仮面からも気配がしないのだ。

 これは"共鳴"ではないだろう。


(いったい……?)


「サキ!」

 鋭い叫びがして、金に視線を戻す。

 角の仮面の横に立つ金が、構えている。引き絞られた弓と先端で輝く矢じりが見え。視界がそれを捉えたと同時、自分に目がけて放たれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ