表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第七章 旋廻の地
30/121

憂いの果実

 何かに集中していなければ、いてもたってもいられない。

 眠る彼女をたまに確認しながら、古ぼけた紙に記された黒の文字を視線でなぞる。


 削除された十二年前。

 消されている情報を、復活させることなど不可能だ。ならば、他の手段であぶり出してやろう。

 歴史と言えども人の手で作られてきたものだ。神々が関わっているならまだしも、人が関わっている事柄で、唐突に何かが生まれたりはしない。同じように何かが消えたりもできない。

 必ず影響が残る。その影響から情報をあぶり出す。

 十三年前と、十一年前以降を比較すれば可能。そして実際に、必要な断片が集まってきている。


 まずは、サガノトスの構成。

 内勤の高士の数と割り当てが、大きく変わっているのだ。やたらと歴史書や古文書を管理、解読する部門への登用が増加している。

 さらに、見回り部隊の変化。里内部の平穏を維持する自警団の部隊。かつては大半が燠火で構成されていた。

 しかし、いま現在は燠火と蠱惑の数が拮抗している。

 蠱惑の扱いという部分は、変化の軸になっているように思えた。登用されている高士のほとんどは、結界の真術の使い手だ。結界を張ることを得意とする高士ばかりを、集められるだけ集めたという印象を受ける。

 キクリ正師の抜擢もこれの影響だろう。

 十代で正師となったのは、サガノトスの歴史上でキクリ正師のみ。誰よりも若くして正師となった人は、蠱惑の真導士。さらに結界の使い手でもある。

 そして居住区の整備。

 かつて里の西側に高士地区が、東側に導士地区があったらしい。いまではどちらも空白地帯となっている。

 最後に……高士の数が減っている。

 サガノトスの名簿上では、事件や事故、任務中の死であれば"死亡"と記され。老衰や病死であれば"除籍"と記されている。

 この規則に則って言えば、十三年前のサガノトスでの死亡者は二人だ。

 だが、十一年以降は様相が一変する。

 若い世代を中心に、高士の死亡者が増えていた。

 死因については何も書かれていない。事件、事故、任務中の死亡であれば、詳細が個別に記されているはず。だが、彼らの死因は定かにされていないのだ。

 不自然に増えた死者。彼等はそもそも里に居住していないような、任務に対する意識が低い者達に多く。シュタイン慧師が就任してから輪をかけて増加している。

 見逃せない大きな要因だ。

 散らばる歴史の断片と格闘する。これらを繋げられれば、十二年前のことがわかってきそうなのだが……。


 ふと風が入り込んできて、本の頁をぱらりとめくった。

 夜が降りてきた大気は、昼間より幾分過ごしやすい。風をもう少し味わっていたかったが、そろそろ窓を閉めた方がよさそうだ。

 霧が出る頃合いがある。まったく出ない時もあるが、出る時はいつも同じ頃合いだ。

 部屋の窓を閉め、窓掛けを下ろす。真術で造られた家は、どの部屋も構造が一緒だった。一連の作業は自室であっても居間であっても変わらない。

 もちろん彼女の部屋であっても、だ。

 窓を閉め、枕元近くに設置した椅子に座る。眠る彼女の表情はわずかに険しい。

 夢の中で何か起こっているのかはわからない。表情から推察するしかできないのだ。無駄だと知ってはいても、彼女の頬に触れ、慈しむ。

 束の間、滑らかな肌の確かな感触を味わう。

 寝ている時は気配が薄い。真眼を閉じ切っているから、さらに薄いと感じてしまう。真眼の隙間からこぼれている清涼な風を感じ、目を閉じた。

「どうして、お前なのだろうな……」

 いつもだ。

 いつもいつも、何故か彼女ばかりが狙われ、巻き込まれる。

 囲いを作って隠していても、息を詰めて潜ませていても、災いの渦は、目敏く彼女を見つけて追い込んでいく。

「どうして……」

 眠る彼女に問い続ける。

 追放される条件に記憶の削除が入っていなければ、喜んでサキと共に追放されただろう。一度手にした力を失うのはきっと不便だ。それでも彼女を危険から遠ざけられるなら、一も二もなく選んだというのに。

「俺から……離れるなよ」

 繰り返し、繰り返して願う。言えないままの本心は、自分の中でしっかりと根付いていた。

 消えてしまいそうだ。

 大気に溶けて混ざってしまいそうだ。何者かに奪われて離れていきそうなのだ。

 掠めた思考を、強制的に排除する。

 駄目だ。

 考えに飲まれるな。共に在ると決めた。二人で世界を駆けて行こうと約束をした。頬を染めて、楽しそうに未来を描いていたサキの笑顔を想う。

 願いが通じたのだろうか。待ち望んだ瞳がこちらを見た。

「ローグ……」

 夢から覚めたばかりのサキの瞼に、口付けを落とす。

 唇から肌の冷えが伝わってきた。眠るサキの体温は低い。あたためてやろうと寝床に腰かけ、身体を起こしたついでに腕の中に収める。

 難なくもげてきた白の果実。甘い香りが鼻腔をくすぐり、ささくれ立っていた心に癒しが与えられた。

「気分はどうだ?」

「大丈夫です。しばらくは起きていられそう……」

「倉庫から果物を貰ってきた。食べられるか」

 脇机の上に用意した、彩り鮮やかな果実。それを見て、サキの顔がほころんだ。

「一人占めしないで待っててくれたのですね」

 くすりと笑った彼女。ランプに照らされた琥珀が蜜色に輝く。

 まさに至福の一時だ。




 きょとんとした表情のサキは、積まれた書物を見つめている。

「こんなに読めるのですか?」

「読む。意地で読んでやる。要点だけ抜き出せば何とかなる。どの書物に何の情報が載っているかを調べてから、緻密に読めばいい」

 用意していた果実は、ぺろりと平らげられていた。

 腹が減るよりも、喉の渇きが辛いらしい。夕飯というには軽目だが、いまのサキには最適な食事だったようだ。

 二人して寝床に並んで腰かけている。無防備過ぎる彼女は、まったく疑問を抱いていない。信頼と信用を崩してはならんと、一人苦心をしている現状はわかってもらえていない。

 サキがいいと思っているなら、それでも構わない。……ただ、この無防備さは考えものだ。

 蜜色の相棒の自室に、自分の席を確保してからというもの。居間で過ごすよりも、こちらで過ごす時間が多くなってしまっている。

 何せ起きるたびに盛大に転ぶものだから、とても目が離せない。

「サキ。今日見た夢はどのようなものだ」

 夢の話は遠ざけられるよりも、吐き出した方が楽になると言っていた。

 吐き出させてやろうと、話題を振る。


「いままでで一番変な夢でした。金の仮面を被った人がたくさんいて……」

 金の仮面――。

「それは夢ではない」

 つい夢と現実を混同しているのだと思った。そうしたら彼女から強い否定が返る。

「違うのです。夢でも出てきて、それからこちらにも出てきたのです」

 必死な様子で言葉を重ねるサキの瞳に、吸い寄せられていく。

「夢だと黒い衣装をまとっていました。夜で……何人かと一緒に逃げていたのです。でも、捕まってしまって。そこで目が覚めました。水が欲しくて居間に行って……。外から声をかけられました。扉を開けたら同じ金の仮面が並んでいて。最初はよくわからなかったから、夢の続きかと――」

 早く全部を吐き出そうとしているかのように、しゃべり続ける。

 蜜色の瞳がゆらゆらと揺れていた。まるで心の震えが瞳に出ているようだ。

「同じでした。まったく同じ仮面です……」

「そうか」

「捕まってから、また石の神殿に……。そこに一つだけ形が違う仮面がいました。大きく角を生やした」

「家に来た奴等の中にもいたか?」

 首を小さく左右に振る。

 俯いたサキは、膝元の夜着を握り締めてこう言った。

「途中ですから。だからまた戻ることになります」

 生贄として殺される夢の中に。

 若草色の袖が首に絡まってきた。自ら抱きついてきたサキの身体に、動揺しつつも腕を回す。

 無防備な恋人は、隠れた努力を無意識に踏んで歩く。

 これは試練だ。

 自分が持つ、気力の底力が試されている。

「戻りたくない。ここにいたい。ずっと一人ぼっちで寂しい……」

 心細さで染め上げられた悲しい声。華奢な身体を包んでいる腕に、力を込めた。


(どうして、サキなんだろうな……)


 他の人間であったなら。

 例えば自分がこの"呪い"を受けていたのなら、ここまで苦い気分を味わうことなどなかったろうに。

 抱き締めている最中に、絡んでいた腕がずるりと落ちた。

「サキ……?」

 顔を覗けば、眠りに落ちかけた琥珀が滲んでいる。

「ローグ、わたし……」

 何かを呟いたけれど、大気で溶けて耳には入らなかった。腕の中で崩れ落ちた彼女を、想いごと抱きしめる。

 ランプの炎が、自分の真力に反応して大きく揺らいで燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ