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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士と花祭り
19/121

真導士と花祭り(4)

 自分のありさまに、ぼうぜんとする。


「たいへんお似合いでございますよ」


 妙齢の店員から出たほめ言葉を、素直には受け取れない。

 はっきり言って不似合いだ。自分にこのような格好が似合うはずがない。

 否定の言葉をもとめて、鏡ごしに黒髪の相棒へと視線を投げた。

 衣装室の入口にひかえていたもう一人の店員に呼ばれ、ローグが部屋に入ってきた。彼は、鏡の前で棒立ちになっている自分の姿を見て、あごに手をそえた。


「いかがでございましょうか」

 店員は、ていねいな言葉使いと、非のつけようがない鉄壁の笑顔でローグに問う。


「……やはり、スカーフがな。ラディールの織布もいいが、どうも模様が浮きすぎている」

 ローグは回答しながらも、鏡台のわきに並べられた華やかな布を見くらべている。


 店員二名は、にこやかな笑顔をくずさない。

 しかし、彼女たちのなかでは、めらめらと闘志が燃えていた。

 ルーゼの町にある、一軒の服屋。

 ほかの服屋よりも格段に品ぞろえが良いこの店は、祭りの日だというのに人影がまばらであった。

 ほかの服屋は、押すな押すなの大盛況であったから、その差は歴然。

 理由は、店の外観だけで知れた。

 この店は、ほかの店よりも値が高いのだ。

 迷いなく店に足をふみ入れたローグは、その事実を理解しているだろう。

 彼は、わざわざこの店を選んだはずだ。

 店に入った直後は、いまの担当よりも年若い女性が服を選んでいた。

 しかし、彼女ではローグの相手がつとまらなかった。

 すばやく察知した年配の店員が、いまの担当を呼びつけてきて……以降、ずっとこの調子だ。


「そうですわね。確かにこの模様では、お嬢さまの柔らかさが隠れてしまいますね。では、こちらはいかがでしょう」


 お嬢さま。


 むずむずっと背中がかゆくなる。

 ごめんなさい。ただの真導士の小娘なのですと、全力で謝罪をして回りたい。

 にこやかな店員から、静かにかもし出されている意欲。

 一つ一つに細かく注文をつけてくるうるさい客を、絶対に満足させてみせるという熱い思い。さすがは高級店とたたえたい気分だ。

「ああ、そちらの方がずっといい。表情が華やかに見える」

 紅花色のスカーフが、首にくるりと巻かれる。スカーフの生地は薄く、真珠色のドレスの細やかな模様が、透き通って見えた。

 スカーフを巻き終えた手が、添え髪を整え。それから両肩を押さえるように動いた。

 背後に立って、鏡ごしに全身を眺めていたローグが、しばらくして相好をくずす。

「よし」

 完璧だと笑った彼と、そんな彼を見て、勝利を確信したらしい店員二人。

 場の熱気に取り残されている自分は、反対側の世界で同じように取り残されている彼女と、つい苦笑いを交わし合った。




 全身にほどこされた装飾は、またもやおごりとなってしまった。

「誘ったのは俺だ。それに調査も商売のうちだからな。サキに持ってもらっては、うちの店の沽券に関わる」

 調査費用として実家に請求するからと言われ、続ける言葉を失ったのだ。


 あの人の件を追求しない対価は「流行りの調査に同行すること」であった。

 ちなみに、今回も分量は自分の一存となっている。


 これがローグの常套手段なのだろう。

 "誠意"というものはとても計りづらい。それを大いに利用しているらしい。

 自分が、あの人の件でローグを振り回していると思う分だけ、調査に同行してくれればいい――。

 そのように言われては、一回、二回で打ち切るような真似はできない。

 しかも、青の真術の謎を解かないかぎり、今後も腕輪は必要となる。

 利子を返しながらも、借金を重ね続けることは確実だった。

 つまり彼の調査があるたびに、同行することは決定事項となってしまったのだ。

 悪徳商人殿の思惑に、ずぶずぶとはまりながら人混みを歩く。


 前よりは慣れてきたけれど、人混みが苦手なのは以前と同じ。

 道いっぱいに人がいる光景は、本当に目まぐるしい。

 ぶつからないようにと縮こまって、手を引かれながらも、彼が人をかき分けた跡を行く。ローグのうしろにいるから、彼の姿を見てふり返る人々の顔がよく見えた。


 ルーゼの花祭りは聖華祭と違って、男も大いに着飾る祭であるらしい。

 趣旨にそったのか。

 それともこちらも調査だったのか。

 胸のうちまではわからないけれど、今夜はローグも着飾っている。


 正直な話。

 彼が着替えてきた姿を見たときは、口が開いてふさがらなかった。

 たっぷりとした白い絹の貫頭衣。

 そのうえに、華やかで派手な模様の金赤の織物をまとっている姿は、貴族にしか見えないのだ。

 おかげさまで見慣れているはずの端整な顔を、まともに見れなくなっている。


 どうしてこの美麗な人の恋人になれたのか。

 いまさらながら、もんもんと悩んでいる始末である。

 ローグと自分の組み合わせは、ひどく不格好だ。しかし、さきほどの店員たちは、疑問をおくびにも出さなかった。

 そんなところも高級店の証なのだろう。




「人、多いですね……」

「そうだな。聖華祭ほどではないが、ルーゼの花祭りも有名だ。祭がはじまって三十年くらいか。もうすっかり定着しているな」

「え、花姫のお話って神話ではなかったのですか?」


 人混みのなかでの会話は、声が遠い。

 話すときは、できるだけローグに近づく必要がある。


「花姫は実在の人物だ。けれど、神話と勘違いしている者も多い。まあ、少し伝説がかった話だから無理もない」

 自分もすっかり勘違いをしていた。

 花姫は百年ほど前にいた、実在の人物だったらしい。




 名は、マーディエル姫。

 国の書物にも記載されている、歴とした貴族の姫君だという。


 大戦終結のおり、四大国それぞれで遷都が行われた。

 数多の命が失われた日々を悼み。かつての王都を聖都と称し、パルシュナ神殿を建設することで、悲劇の魂を慰めようとしたのだ。


 聖都ダールは、そのようにして誕生した。

 ドルトラント王国では、新たな王都としてネグリアが選ばれた。

 これによって聖都ダールから新王都ネグリアへ、王侯貴族の大移動が発生することとなった。

 ダールからネグリアへと続く道には、金銀財宝をつんだ、煌びやかな馬車の列が、延々と続いていたと言われている。

 そんな経緯から、王侯貴族の馬車が連なっていた道は、いまでも"光輝の道"と呼ばれている。


 ここ、ルーゼにも"光輝の道"が通っている。そのため、人が集まりやすく、町は大いに発展していた。

 伝説の花姫――マーディエル姫も、聖都ダールから新王都ネグリアへむかう途中。このルーゼに立ちよって、花姫伝説を残したのだという。


 人混みをかき分けて進んだ先には、小高い広場があった。

 花祭りが開催されているだけあって、ルーゼの町はどこも花で飾りつけられている。

 けれども、ここはまた各段に花があふれていた。

 広場に設置されている椅子には、決められたかのように二つずつの人影がある。

 広場の各所にも灯篭が設置されていて、ぼんやりと人影をうつしている。

 なんの気もなく、ぐるりと周囲を見渡してから硬直した。


(ここって……!)


 自分のあわてを楽しむように、ローグは少しだけ笑った。

 彼は笑いながらも、広場に目をやって空いている椅子を見つけ出し、自分の手を引く。

「サキ、あそこが空いている」

 言うが早いか、手を道連れに歩き出してしまう。

 固まっていた足をもつれさせながら、ローグに連行されて……たどりついた場所には、二人が座れる大きさの椅子。

 家と同じように右側に腰をおろしたローグは、さあ座れと自分を誘う。


「どうした、座らないのか?」

「ローグ、あの……この場所って」


 もごもごと言う自分の顔は、きっと真っ赤にそまっている。自分で自分の顔が、熱くなっているのは知っていた。

 誘われても動くことができず、椅子の前で立つ。

 知識としてだったら、ここの名前を知っている。村のお婆さんたちが話していた昔話に、よく出てきていたのだ。


(いまじゃあ、こんなにしわくちゃだけれど。昔はよくお誘いを受けて、花療園(かりょうえん)に行っていたものだよ)


「なあ、さすがに花療園は初めてだよな……」

 立ちすくんでいると、不安そうな顔をしたローグが聞いてきた。

「当たり前ではないですか……! 足をふみ入れたことすらありません」

 失礼な発言に対し、動転しながらも言い返す。

 あせった自分とは逆に、安堵した様子のローグ。なにを不安がっているのかは知らないけれど、恋人にひどいことを言われて、うれしがる娘はいない。


 花療園。

 ひと言であらわすならば、恋人たちの園だ。


 普通の恋人であれば、逢瀬の場所は限られている。

 ほとんどの娘は親と同居しているので、娘の家で時を過ごすわけにいかない。

 かといって、男の家に行くのはとてもはしたない。

 店に入ってもいいけれど、年若い男女の給金など、たかが知れている。ちょくちょく会っていたら、金銭が続かなくなってしまう。

 そんな年若い男女のために作られているのが"花療園"。領主か町長の計らいで整えられていることが多い。


「そう、すねずに座ってくれ。なれない靴をはいているから疲れただろう?」

 まあまあとなだめる彼の手に誘われ、そっと腰をおろした。

「お洒落をするのも大変なのですね。貴族の姫君たちは、足を痛めないのでしょうか……」

 愚痴をこぼし。真珠色のドレスのすそからのぞいている、高いヒールの靴を見た。

 つま先からひざ下まで、すきまなく固められている革のブーツは、はきなれていない自分にとって、拘束具以外のなにものでもない。


「貴族だったら歩く方がまれだからな。帰りが辛いようだったら、ダールまで馬車でも拾うか」

「だ、大丈夫ですよ。馬車だなんて……そんな贅沢できません」

 ローグの提案を、大あわてで引き止める。

 乗り合いの馬車でも高かったのに、個別で馬車なんて拾ってしまったら大変だ。

 自分はこんなにも必死だというのに、彼は愉快そうに喉で笑っている。

 悪戯な左手が、頬に当てられた。


「サキは、ずいぶんと倹約家だ。俺たちの給金でまかなえないものの方が少ないと、ちゃんと教えたのに。その調子では、給金を貯めこみ続けることになる。あれからなにも買い物をしていないだろう」

「……だって、なにを買っていいか、わからないんですもの」

「尼僧のように無欲だな。少しは俗世にそまってもらわないと、神の道に進みかねない」


 おかしなことを言う。

 一度、真導士となった者は、真導士以外の道を歩めない。

 家業がある者は、真導士の仕事をしながら家業を継ぐのだ。

 兼業ならば許される。

 しかし、真導士を辞めて専業にすることは許されない。

 真導士となった自分が、神に仕えることに専念する尼僧になれるはずもないのに。


 笑いをこぼしながら、恋人を見あげる。

 おだやかに見返してきていたローグの黒の瞳に、灯篭の炎がうつっている。

 いつも視えている感情の炎とは違う。あたたかな色をしたゆれに目が奪われた。

 里の外にいるので、二人とも真眼を閉じ切っている。

 ほかの真導士との不必要な接触をさけるためだ。

 そのせいで、いまこのときばかりは互いの感情を探れないでいた。


「なにを考えている……」

 頬をなでながら、真面目な顔つきとなったローグが問う。

 灯篭が踊る黒に射止められている自分は、彼から目をそらせない。

「ローグこそ……。真眼が使えないと不便ですね。あなたの気持ちが遠い」

 答えと一緒に、もどかしさを伝えた。


 里にいるときは、このような気持ちを持ったことはなかった。

 常に多量に注がれる真力のなかでただよい。あふれ出たたくさんの感情にふれている。

 細やかな心情のすべてまでは読み取れなくとも、喜怒哀楽の起伏が隠されることなどない。

「真導士でない者は大変だろう。これでは相手がなにを考えているかわからん」

 強い力を帯びた黒が、目の前でゆれている。

 二人の想いが通じて以降、少しずつだが恥ずかしさが消えてきた。

 強く気高い瞳から、目をそらすような真似をしなくなった。

 むしろ、もっと見ていたい。もっと見られていたいと、思うようになってきたくらいだ。

 身のうちにある強欲は、留まることを知らないらしい。

 胸を締めつける苦しさすらも、自分のなかで育てておきたい。彼から与えられる全部を、自分だけのものにしたいのだ。


「ねえ、ローグ。気持ちは変わっていませんか……」

 いつもの光が視えず、いても立ってもいられなくなって言葉を紡いだ。

 頬をなでていた手が腰に回ってきて、ぐいと寄せられる。

「変わらない」

 すっかり馴染んだ体温。

 そして、彼を飾っている衣装から流れてくる、わずかな香木の匂い。

 不思議な心地を味わっているなかで、明瞭な想いを返された。

 彼の口から生まれた言葉を、光のかわりに大事にしまいこむ。

 これは、わたしのものだ。


「……想いが通えば、落ち着きを持てるものと思っていたんだがな。あいにくと俺の恋人は隠し事が多いようで、うかうかとするひまがない」

 宝物をしまっている最中に、甘いなじりを受けた。

 秘密を許容してはくれた。されど、気にしなくなったわけではないと……そういうことか。

「一人でふらふら歩き出すことは減ってきたものの、とても放っておく気にはならん。大人しく家に納まっていてくれない上に、あやしい影がちらつくのだから。……どこまで俺を、ふり回せば気がすむのだろうか」

 時、すでに遅し。

 とっくの昔に、ローグのなかで"悪女サキ"が誕生していたようだ。


「まあ、かまわないがな。相手が誰であろうと。たとえ古の神々であろうとも、わたしてやる気はない」

「わたし、そんなに御大層な人ではありませんけれど」

 小さく出した意見は、黙殺されてしまった。

 勘違いに勘違いを重ね続けた恋人は、抱きしめる力を強くしながら「サキはわかっていない」とすねてつぶやく。

「自分がどれだけ甘い香りを出しているのか、気づいてもいないだろう」

 これだから目が離せないと、低い声が耳元でささやいた。

 耳朶にふれるほど近い場所でささやかれた言葉は、身体の芯を通って、全身に広がっていった。


 満天の星空のもと、花でうめつくされたルーゼの花療園。

 周囲の雰囲気に飲まれた自分たちは、ありふれた恋人たちに混ざって想いを語らう。

 試練と試練の合間に許された、ささやかな時間。今日が終わってしまえば、また試練が待ちかまえている。


 女神から与えられた時を、一粒、一粒、ていねいに味わいながら。この夜ばかりは不安をおおい隠して、互いの存在を確かめ合った。


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