表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士と花祭り
17/121

真導士と花祭り(2)

 いまいだいている感情を、正しく言葉にするのは難しい。


 ありとあらゆる感情が、入りみだれ、まぜこぜになっている。

 いかなる詩人であろうとも、この心情を的確に表現できる者などいないだろう。

 じりじりと焼けこげた感情を腹のなかで飼いながら、ごろりと寝転がる。


 日に日に暑くなってきている大気。

 そのおかげで、窓を開け放しているというのに、涼を感じることができない。

 転がっているだけで背中に熱がたまり、不快感が強くなっていく。

 こういう日は、蜜色の相棒のそばにいるのが一番いい。

 だが、またもや部屋にこもったきり出てくる気配がしない。

 立場が悪くなると、すぐ自室に避難する。

 なにかあると逃げ帰るなんて、ジュジュと同じだ。いまごろ部屋で小さくなっているに違いない。


 問題の腕輪は、彼女の手にわたってしまった。

 証明がある送付物なので捨てる必要はないと、血相を変えて言いつのってきた彼女に負けたわけではない。

 人の贈り物を勝手に取りあげるのはよくないと、忠告してきたヤクスに負けたわけでもない。


 ジュジュが飛んできたのだ。

 たなの上から飛び乗ってきた獣に気を取られ、そのすきに、サキが小箱をうばっていった。

 両手できつくおさえ。大切そうに抱きしめながら、自室にかけていった彼女。


 ひど過ぎるだろう。


 やっとの思いで、気持ちを通わせ合ったばかりだというのに。彼女は相変わらずままならない。

 婚姻してしまえば、女は男の意志にしたがう。

 しかし、婚姻前の男は散々と言っていいほど、女にふり回されるのが世の常。


 数の少なさで、優位をたもっているのもある。

 ただ女は、婚姻したあとの一生を、男の意志にそって生きていくことになる。

 選ぶ女側も必死だ。


 演劇や小説の題材として、数多く描かれている男女の哀楽。

 知識として、常識として知ってはいた。

 しかし、いざ体験するとなれば、つらいものだ。


 女にふり回される男達を、滑稽だと笑えていたのは遠い過去になってしまった。

 四大国全体の男女比率は、現在のところ六対四。

 王侯貴族が複数の女を娶るため、一般の男たちの競争率はさらにあがる。

 たとえ想いを通わせ合ったとしても、まだまだ油断はできない。

 名簿に二人の名が載るまでは、誰にでも機会はある。


 それを見こして、目立たぬようにと隠していたはずだったのに……いったいどこで目をつけられたのやら。

 自分の腕のなかで、ひっそりと実った白い果実。

 派手な花を咲かせなくとも、蜜の香りに誘われて飛んでくる虫は、思った以上に多いらしい。

 ……本当に迷惑な話だ。




 ごろりとしていた寝床から、半身を起こす。

 うだうだと悩むのは、やはり自分に合っていない。

 なにか行動を起こすべきだ。

 とにかく虫よけの強化と、あの男への対策が必要だろう。


 幸い……と言っていいかは謎だが、サキは世慣れていない。

 複数の男のあいだでひらひら舞って、相手の気持ちをもてあそぶような真似は絶対にしない。

 これだけは確信をもって言える。

 はっきり好意を表明した彼女の心は、いま現在、自分にむいている。


 虫よけに最適な品は、香油と髪飾りと服。そして装飾品。

 ゼニールの腕輪など、虫よけとして最上級の品だと言える。

 のろのろとしていたから、先手を打たれてしまったのか。

 ……腹立たしいことだ。

 流行りの敏感な者であれば、あの腕輪を見ただけで、貴族か豪商の想い人だと勘違いをしてくれる。

 余計な虫をはらうには最適だ。


 しかし、虫をはらってくれるなら歓迎できる。

 もらってしまったものは、もうしかたがない。悔しいが、ここは便乗させてもらおう。

 自分で動かなくとも、利が得られるのはいいことだ。


 ほかに必要な虫よけは、髪飾りだろうか?

 服を贈ってもいいが、日常を白のローブで過ごしている。見えない虫よけは無意味だ。

 髪飾りならば誰の目にも入る。早いところ、めぼしい品を探しにいくか。




 あとは、あの男だな……。

 なにから手をつけよう。

 そもそも、何者かもよくわかっていない。

 知っているのは、サガノトスにとって特別な高士だということ。そして年齢ぐらいだ。

 これでは対策などしようもない。


 知己を探してみるか?

 高士連中と仲がいいとは思えんが……たとえば同期であれば、知っていることも多いだろう。

 しかし同期をあたるにしても、唯一の手がかりはシュタイン慧師のみ。

 慧師は、さすがに無理だ。

 選定のときと、中央棟の面談時のほかに、顔を合わせたことがない。

 最上位の真導士に、一介の導士が気軽にたずねて行くのは難しい。ほかの同期を探すとしても、名前すら知らないのではな……。




 ――そう、それだ。


 同期連中の名前を探してみるのが先だ。

 図書館にいけば、名簿くらいは取ってある。

 たしか、自分たちの名簿が入っているたなに、過去分の名簿も並んでいた。

 できることからこつこつと、だな。


 さらに対策を打つならば、サキの気持ちを手放さないこと。

 これが、なによりも肝要だ。

 みっともない部分ばかりさらしていては、せっかくの想いが離れてしまう。

 ヤクスから散々言われたが、どうも自分は短気なようだ。

 故郷では、一度も言われたことはなかった。しかし、カルデスの外では短気の部類に入るらしい。


 寝転がった拍子にみだれた頭髪を整える。

 外見のみだれは心のみだれ。

 店がまえが汚ければ、どんなにいい品を並べていても三流に落ちる。

 死んだ婆さんが言っていた言葉が、ふっと頭を横切った。

 ついでに、やかましい実家の様子までもが浮かんできて、わずかげんなりとする。

 そういえば。

 すっかり記憶から飛びかけていたが、郵送物のなかに実家からの手紙が来ていた。


 …………読みたくない。

 しかし、読まなければ帰ったときが面倒だ。

 重い腰を寝床からあげ、机のうえに広がる雑多な郵送物のなかから手紙をぬき取る。

 あいかわらず分厚い。

 この字は二番目だな。自分への手紙は交代制になったらしい。

 まだ小さい六番目と七番目以外の三人が、交互に手紙を書いてくる。

 一番目からの手紙は来ないので、まだ実家に戻っていない様子。行商を言い訳に、いったいどこまで行っているのやら。


 封を開けて、真っ先に出てきたのは輝尚石の一覧だ。

 自分の籠めた輝尚石は、高く売れたらしい。

 もっと送ってこいと催促してきている。

 真導士が個人的にやりとりできる輝尚石の数は、里に規制されている。前回の手紙で説明したはずだろうが。

 兄弟のなかでも押しが強い、二番目らしい手紙だ。

 だが、実現は不可能なのでさっくりと無視をする。


 あとは、各町の流行りを探ってこいとか、そういう話ばかり。

 元気にしているかの一言もない。

 あいつらに案じられてもとは思えども、なにもないというのもどうだろう。

 あれやれ、これやれとの指示は、実家にいるときと同じ。真導士の里にきてまでこき使われるとは、思ってもみなかった。

 とくに家族についての話に飛ばないので、いつも通りなのだろうなと理解して読み進めていき……最後の一文に到達して、げんなりとした気持ちが大きくなった。

 手紙の末尾には、こう書かれている。


 いい女がいたら紹介しろよ。


 冗談も、休み休み言え。

 自分のことで精一杯なのに、兄貴の面倒など見ていられるか!

 普通は逆だろうに。

 一切頼りにならない兄たちを、脳裏に浮かべて罵倒してやった。そのまま、矢の催促を甘んじて受けているがいい。

 むかついた気分を手紙ごと丸め、強引に封筒にもどして机にしまう。


 ……ったく、何の参考にもなりはしない。

 むしゃくしゃとしながら椅子に腰をかけ、机のうえに肘をついて顎を乗せた。


 空を見つめながら、考えるのは彼女のこと。

 主張しないサキの好みは、あいかわらず把握できていない。

 さきほどの腕輪だって、きれいだとほめたものの、うっとりと見とれるとまでいかなかった。

 ゼニールですら劇的な効果が見えないとは、なかなか手強い。

 このあいだは失敗してしまったが、もう一度聖都に下って買い物でもするか。

 しかし、毎度毎度ダールで買い物というのもつまらんな。ここは一つ、ほかの町に行ってみるのもいいだろう。




 そういえば……と。

 ついいましがた、適当に丸めた手紙をふり返る。

 二番目の手紙に書かれていた町。

 聖都から近く、聖華祭に並ぶほど有名な祭を催している町の名前。


 花祭りのルーゼ。

 花姫の伝説が生まれた町で行われる、一年に一度の祭は、ちょうどいまの時期ではなかったか?


 日付を確認しようと、分厚い手紙を取り出して紙をめくる。

 出てきた日付は明後日。

 都合がいいことに、つぎの日は休みだ。

 座学を終えてから出かけても、日付が変わる前に帰ってこられる。

 それに、休みの前日ならば、時間を気にせずゆっくりと楽しめるだろう。


 里の外なら、ギャスパルたちも忘れていられる。ひさしぶりに二人で、解放感を味わいに行くとしようか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ