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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
118/121

決着

「いた!」

「おい、お前ら。そっちから挟め!」

「クルト! 爆弾だけは投げるなよ」


 わかってらい。


 至極楽しそうな声に、全員が不安を覚えたことだろう。

 狙うは接近戦。

 距離をとられると、展開の速さと真術の威力で引けをとる。数の利と自分達の力量を考えれば、接近戦を選ぶ必要がある。

 近づけば近づくほど、あちらも大掛かりな真術を選べなくなる。

 実際の戦闘となれば話は別だろう。しかし、とにかく一撃が入ればいいという条件。近づいた方が確度が高い。

 クルトとヤクスが真術を展開する。蠱惑と燠火。ヤクスの相棒は三系統の真術が使える。相棒から譲り受けたという輝尚石からは、同じ真円で違う系統の真術が展開される。意外性の演出に最適だ。

 だが、この一撃もかわされた。動きの素早さが常人離れしている。やりづらい相手だ。

 強烈な風の反撃を受ける。

 上空に飛ばされた同期達。ジェダスとフォルとエリクは、正師の結界で守られている。

 奴等は今日も棄権となってしまった。

「ヤクスは一旦引け。クルト、ダリオ、援護しろ」

 三人から了が返ってくる。ジェダスが削られたのは痛い。ヤクスを温存しておかないと後が辛い。

 輝尚石を掲げる。

 手に熱を感じながら、力を解放する。

 駆け抜ける炎豪。

 火の威力が落ちない内に、真円を描き炎豪を展開して重ねる。重なった炎は、また紙一重で避けられる。それを見届け左手に隠していた輝尚石を展開する。

 展開されていた炎豪が、風に乱されて範囲を広げた。男がいた場所を炎が飲み込み、大地ごと焼き尽くす。

「やった!」

 棄権組が上空で歓声を出す。響いた歓声。被せるようにヤクスが警告を出した。


「――ローグ、後ろだ!」


 振り返り、男の姿を捉える。掲げられた右手に鋭い風の気配。

 真術を展開することもできず、両腕で身をかばう。その瞬間、腹部に鈍い衝撃を受けた。

 一拍遅れて放たれた刃の如き風。大気を裂き、飛び去っていく。

「……チャド」

「攻撃の要がやられちゃ困るよ」

 体当たりしてきた同期は、青白い顔で苦笑した。

「二人とも避けろ!」

 反応した体が、男にしては細い腕を掴む。これもどうにか避けられた。

 間一髪だ。

「おい、いなくなったぞ?」

 言われて見やれば、男の姿が消えている。


 まずい。


 姿が見えなければ、どこから攻撃されるか予想できなくなる。

 ジェダスはすでに削られてしまった。残ったのは真力が高い者達のみ。

「やられたねー」

 緊張の面持ちでヤクスが言う。

「戦術を変えてきたようだ。お前が頼りになる。削られるなよ」

 真力が高く、気配に鈍い者達だけ残された。

 こちらの目論みに合わせて、男も戦い方を変えてきたのだ。ヤクスはその点でも例外。正鵠の敏さを男が知っているなら、狙われる確率がさらに高くなる。

「くっそ、あっちこっちに移動されちゃあ、狙いを定められねえ」

「問題は転送だね。どうしたら……」

 そう、問題は男が"転送の陣"を扱えること。

 上手く追い込めるまでにはなってきた。されど、転送で飛ばれては意味がない。

「転送を展開するまえに、めちゃくちゃ素早く攻撃するしか」

「それができたら苦労は……」

 ブラウンとダリオのやり取りに意見を出そうと振り返り。金と金の間にそれを見つけて、声を張った。

「来たぞ!!」

 二つの金の合間に、冴えた色が生まれていた。樹木に紛れ潜んでいた男が、こちら目掛けて風を飛ばしてくる。

 ブラウンとダリオにぶつかる寸前、真術が地面を削った。砂煙に飲まれた二人の叫び声が聞こえる。

 どこだ、大丈夫か。

 応答を呼びかけつつ砂煙を払い、二つの金の行方を求める。

「あ……」

 苦戦しながら砂煙の隙間に見つけた金達は、頑強な真術で保護されてしまっていた。


 残すは四人。

「……なあ、爆弾投げていいか」

「やめとけ」

 やけくそになってきたクルトを宥め、残った四人に指示を出す。

「散ろう。隠れて機を狙う」

 あと少し。

 もう少しで何かが見えてきそうだ。

 号令に合わせて散開した直後、チャドの悲鳴が聞こえた。……あと三人、だ。

 真術の余波に紛れ、身を潜める。


 手加減はされている。真術がぶつかる直前、必ず威力を削っている。

 最悪、当たっても大丈夫なように。正師の結界が間に合うように。自分達でも避けられているのは、奴の手心のおかげだ。隙と言えば隙に当たる。ただ、どうも弱い。決定打にはならんだろう。

 チャドの言う通りだ。問題は転送。転送されれば、こちらはどうしたって追えなくなる。

 転送の直前を狙う。奴が転送をする時は、大掛かりな真術を狙った場合のみ。例えば自分が真術を展開する前に、ヤクスかクルトに攻撃を仕掛けさせれば。……いや、それは難しい。真術の展開速度では追いつけない。何かを仕掛けようとしても、奴の真術の方が早い。




(ローグ、落ち着け。急ぐと見えるものも見えなくなる)

 わかっている。

 考えているから放っておいてくれ。


(全部を一緒くたにしようとするのはお前の悪い癖だ。一括だけにするな、分割も考えに入れろ)

 分割。行き止まりにぶち当たったら、とりあえず全部分けてみろ。自分だけわかったような顔をして、兄貴はそう言ってくる。

 わかっているなら助言ぐらいしろとぶつくさ言ったら、痛烈なデコピンを食らった。

 あれは本当に痛かった。


(誰も見たことがない、聞いたことがない代物ってのは、いままでもあった何かの新しい組み合わせ。卵がなければひよこも生まれない。予想外ってのもそうだ。組み合わせが思いつかなかっただけで、駒はとっくに揃っている。よく自分の手の中を見てみろ)

 手の中か。

 言葉を反芻し、腰に手を当て、あるはずの袋がどこかに落とされていたことを知る。

 迂闊なことをした。彼女の輝尚石を全部なくした。自分の輝尚石も、残り一つ。


(いつも言っているが、突拍子がないだけじゃ駄目だ。突拍子もなく、かつあり得ると思えるものが一番。馴染みが薄いものには誰も見向きをしない。目を凝らしてよくよく探せよ。いざとなったら倉庫を空にしろ。破産したら全部持っていかれるんだ、出せるだけ出してしまえ)

 空だ。とっくに何も。

 ……いや?

 ポケットをまさぐっていた手が、意識的に避けていた駒を見つけた。


(駒が揃ったら、あとは組み合わせを考えるだけ。昔から得意だろう)

 あの男にとって予想外な事態。突拍子もない出来事。突拍子がないと感じるが、心のどこかであり得るとも思える何か。

 転送。別の地点に移る真術。

 導士相手には手加減をする。雛の保護。慧師の指令は絶対。任務の遂行。そして手の中のこれ。

 靄がかかっていた思考に光が差し込んできた。

 視界がぱっと晴れる。下りてきた閃きは、きれいな蜜色に輝いている。

 これだ。これならいける。


「ヤクス……!」

 小声で呼ぶ。

 呼べば、長身の友人が草陰から顔を出す。ヤクスとは一定の距離を保っていようと、示し合わせていた。

「これを」

 ポケットに残っていた最後の輝尚石を、転がして渡す。

「合図をしたら、全力で放て」

「……悪い考えでも浮かんだか?」

 言葉がおかしいだろうと、苦笑いを返す。

「いい考えと言ってくれ」







 一番小ざかしかった"赤いの"に流水を見舞う。左手に隠し持つ袋を風で切り、こぼれた中身を転送で飛ばしておく。

「あー、オレの最高傑作が! 返せこの野郎!!」

 輝尚石から大降りに展開された炎豪を弾き返し、炎の追撃を重ねる。展開した真術が、厚い壁に当たった感触。

 的確に展開された結界を見届け、残る二つの気配を探る。

 結界の内側から、返せ、返せと喚く餓鬼の声がやかましい。

 何が最高傑作だ。

 ローブに引っ掛けてしまったせいで、飼い犬が鼻とへそを曲げていた。吠え癖が悪化したらどうしてくれる。

 残すは"長いの"と"黒いの"。

 正鵠と燠火の組み合わせだけは避けるべきだが……、まあいい。"長いの"はどうやら正鵠の真術を使えぬようだ。奴の輝尚石を早めに潰せばいい。

 まだ喚き続けている餓鬼の声が、無駄に響く。潜伏している二羽の雛は真眼を閉じている上、餓鬼の声が微かな物音を遮っている。

 どこからくるか。気配を鎮めて動きを待つ。

「ローグレスト殿、まだまだいけますよ!」

 餓鬼の声に他の声が被さる。上空から落ちてきた歓声が、さらに場の静寂をかき乱す。

(……あいつら)

 上空から。地上から。雛達の鳴き声がする。音を探らせないつもりか。柘榴の雛はまた格別に癖が強い。


 煩わしい歓声を聞き流し、気配を探す。"長いの"はともかく、"黒いの"の気配なれば……。

(ここか)

 右手後方にそれらしき気配がいた。"長いの"も近くに潜んでいるだろう。奴等の距離は近い。

 探り当てた先で気配が拡大した。暑苦しく荒々しい、巨大な真力。

 振り向き。方向を定め。反撃の展開をしている最中に、想定の人影とは違うと気づいた。

「いっけえ、ヤクス!!」

 囮のつもりか。

 反撃を取りやめ、転送に切り替える。"長いの"が構えている輝尚石から炎豪の気配。"黒いの"の輝尚石と見て間違いなかろう。

 奴の力は厄介だ。

 尋常でない真力量のせいか、多重真円の真術に近くなっている。

 転送を展開しつつ、"長いの"の周囲に目を凝らす。近くにいるだろう黒い人影を探している時、想定していなかった気配を探り当てた。


(何故)


 完成間近だった転送を弾き、風を編む。


(大人しくしていろと言い聞かせたはず。家を出るなとあれほど)


 己の足元。"長いの"と相対している側の空間に、展開がはじまっている。ほのかに揺らぐ、清流に似た風の真力。

 地面にくっきりと描かれた天水の真円と、大気に流れる"守護の陣"の気配。

 お前は何をしている。何を考えている。

 人をかばっている場合か。お前の真力では太刀打ちできぬ。

 苛立ちを覚え、弾かれてしまうだろう守護の前に風を生む。奇想天外な娘は、こちらの想定をいとも簡単に逸れてしまう。躾が先だったかと、己の不手際を激しく悔やんだ。


(この馬鹿犬が……!)


 炎を風で遮ったことを視認し、勢いを増幅させ炎を押し返す。

「っうわあ!!」

 腑抜けた悲鳴と共に、展開されていた炎豪が消失した。巨大な炎豪を生み出していた輝尚石が派手に割れ、代わりに結界の展開が成される。

 わずか息を吐いた己の真後ろに、風の気配。

 そして、背中に衝撃が加わった。前へと屈んだ動きが間に合わず、食らわされた打撃が、肺の機能を一時止める。

 前転して着地した己の目の前には、黒い髪の雛鳥。


「――見事」


 若い正師が言い。雛達から飛び切りやかましい歓声が上がる。

「入ったあ!」

「勝ったぞー!!」

「やりましたね、皆さん」

「オレの最高傑作を返せー!」

「蹴り入れるって、お前さー……」

 ぜいぜいと肩で息をしている黒の雛鳥の手を見やる。そこに握られている千切れた組み紐から、風の気配がしていた。

 "守護の陣"が籠められた術具。

 輝尚石だけだと油断したか。己の迂闊さに舌打ちをする。

「……お返しだ」

 乱れた呼吸の合間に、黒い雛鳥はこう言った。何の話かと考え、雨が降っていた過日の出来事を思い出す。

「隙がなければ隙を作る。……突拍子もなく、それでいてあり得そうな事態」

 手の中の組み紐を眺め、雛は言う。

「やりかねないと思ったでしょう。自分のことなどお構いなしで人にかまける。サキはそういう娘だと。……同じ意見なのはうれしくはありませんが、俺もそう思います」

 確かに、あり得ると思った。

 "張りぼての町"でも、船の実習でも同じような行動をしていた。己の怪我を省みず、人を救うために戦う難儀な天水。

 何をしてもおかしくない、究極に厄介な娘。

「複数の輝尚石をばら撒き、煙幕代わりにする手法。これを応用しただけだ。見知った真力が一つあれば、当人だと錯覚するかもしれない。気配に敏い相手なら難しい。しかし、真力が高く気配に鈍い相手ならどうか……。貴方の実習は役に立ちました。お礼を申し上げましょうか」

「ぬかせ」

 加減をしてやるのではなかったか。

 背中の鈍痛のせいで、苛立ちが倍増した。

「キクリ正師。真術ではありませんが、一撃は一撃でしょう」

 問われた相手が快活に笑った。

 記憶を刺激するその姿で、男が言う。

「制約は設けておらぬ。賭けはお前達の勝ちだ。よくぞ成し遂げた」

 誇らしげに笑った黒い雛に、散り散りになっていた雛が群がる。


 口々に称え合い、かと思えばからかい合う。

 誰が誰よりも怪我をしているだとか、実に下らぬ話で盛り上がっている雛達と、羽の短い群れを見守る正師の影。




 いつしか苛立ちが消え、光景に見入っている自覚を持った。

 懐かしいと思えてしまうことが何よりも不思議だと、そう思った。

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