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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
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気合十分

 本日も晴天。

 絶好の決闘日和だ。


 昨日はよく眠れた。気力、体力、真力すべてが完璧に整っている。

 漲ってきた気合を胸に、今日こそは一撃を入れてやると天を睨みつける。

「気合入っていますね」

「当然だ。何のために作戦を練ったと思っている」

 燠火の四人は、半笑いで頷いた。

 最近、こいつらにもたるみが生まれている。当初の緊張は見る影もない。自分の周りに集まる奴等は何故かそうなる。きっとチャドもすぐに仲間入りするだろう。侮られていると思わんが、どういった力がはたらいているのやら。

「布陣の確認はどうしましょうか」

「大まかでいい。どうせすぐに散らされる。考えてきた風を匂わせる程度で構わんさ。輝尚石の分配だけしておけ」

「もう済みましたよ。ローグレスト殿はまだ大丈夫ですか」

「ああ、間に合っている」

 癒しの輝尚石はあと二つ。

 守護は三つ。

 蜜色の相棒が不在のため、蓄えが底をつきかけている。ティピアが自分用にも籠めてくれているようだ。しかし、気が乗らず手をつけていない。

 一度だけ貸してもらってみたけれど、どうも馴染まない。心なしか効果も低いように思えて、彼女の輝尚石に頼りきりだ。

 腰から下げた輝尚石の袋に、手を当てる。

 そよ風によく似た、彼女の気配。いまごろどうしているだろうか。

 青い空を仰ぎ、寂しがりやの面影を捜す。

「おーい、鼻の下伸びてるぞ」

「……うるさい、放っておけ」

 ヤクスはいつも邪魔ばかり、だ。


 一陣の風が吹く。

 正師の気配を受け、全員が姿勢を正す。

「今日も元気だな。結構、結構」

 やってきたキクリ正師は、いつものようにフードを被っている。

 昨夜の食事時に、決闘の見届けも任務は任務だと、至極まじめな顔で言っていた。

「近頃は、かなり動きがよくなってきている。今日はどこまで迫れるか楽しみだな」

 親ばか気味な正師は、毎日毎日励ましを与えてくれる。褒めて育てるを信条としている様子だ。

 意外と単純なフォルとブラウンの背筋が、気持ち伸びたように見える。

「さて、はじめるか」

 正師からの確認に、はいと応じる。

 キクリ正師から合図が出された。時を経ず、空中に転送の気配が満ちていく。

「あれ」

 フォルの間抜けな声が聞こえた。

「これって……」

 次にチャドが微妙な顔で何か言いかけ、口を噤んだ。


 凍りつくような吹雪の気配は、昨日と同じ。しかし、男からあふれ出ている真力の質が変わった。

 転送で渡ってきた男は、ゆっくりと風に乗り大地に降り立つ。

 降り立った男の足元で、真力がけぶる。気配の冷たさで火傷しそうに思う。


「……なあ、まずくねえか?」

 クルトの言葉に、返す言葉が浮かばなかった。圧倒的だと思っていた真力が、さらに大きく感じられる。

「まずいに決まってるじゃないか」

 ヤクスの弱気な返事が聞こえたのか、男が左の口角を上げた。

「諸君、先方も気合十分なようだ。ゆめゆめ油断はしないよう」

 気合で括れるのか。括っていいのか。訴えたい気持ちを抑え、覇気と真力を滾らせている男と相対する。

「条件に変更はない。知恵と知識とを存分に使い、己の力を試すがいい。……何、心配するな。万が一が起きないよう、今日は私も気合を入れると約束しよう」

 不安な助言をさらりと付け加えた正師は、右手を高く掲げ、決闘の開始を宣言した。




 閃光一線。

 開始と同時に放たれた力が、大気に散る。

 空を目掛けて展開された旋風の真術。真術の大きさも同じ。余波で視界が覆われるのも同じだ。しかし、真眼に走った痺れが違う。

 横目で友人達を追う。どうにか踏ん張っているようだ。初手は全員が耐えられるようになった。

 次は――。

「……やっぱ、オレかっ!?」

 緊張感が薄い抜けた声が、真後ろから聞こえた。

 真力を放出して精霊達を呼びつける。間に合えと願い、展開した真術は、ぎりぎりのところでヤクスを飛ばす。

「よっしゃあ!」

「みなさん、いきますよ!」

 景気のいい歓声に合わせたのか、ダリオとチャドが男を挟んで真術を展開する。小さく描かれた真円から、巨大な炎豪が駆け抜ける。

 これはさすがに避けられた。

 男は二人の真術を後転でかわし、そのまま旋風を生んで身を守った。何度見ても、素早いと思える真術の展開。間の短さが隙を埋めている。

 この男に隙を作らせる困難さを目の当たりにしたけれど、絶対に諦めるものかと覚悟を刻みなおす。

 二人の真術をさらりとかわした男は、身を翻し空へと駆け上がり、こちらを見下ろしてきた。

 その顔は冷酷そのもの。

 いつ見ても同じと感じていた顔だが、今日は雰囲気が違う。

「そう、簡単に一本取らせてはいただけないようですね」

「今日こそ特製爆弾ぶつけてやるからな」

「クルト、投げる時は投げるって言ってくれよー」

「それじゃ意味ねえだろ」

「……君達って、いつもこんななの?」

 さっそく崩れ始めた三人を、チャドが心配している。

 こいつらは緊張を家に忘れてきたのか。呆れた友人達だと苦笑を出す。

「ローグ、昨日話した通りでいいだろ」

「ああ」

「散らされたら」

 全員の視線を背に感じる。

「駄目で元々だからな、お前らに任せる」

 言った途端、クルトが真力を盛大に放出した。

 蠱惑に懐くへそ曲がりをかき集めて、真円を描く。白が輝き、精霊が踊る。


「――頼んだぞ」

 言えば、威勢のいい応答が方々から返ってきた。それぞれの真力に後押しされ、真眼を開く。

 深く息を吸い、腹に力を入れ足元に真円を描き、空へと駆け出した。

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