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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
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不毛な問答

 作戦会議を終え、奴等は帰っていった。

 キクリ正師は隣の部屋。夕飯がきたら呼ぶと言われている。

 気力と体力の回復。これがないと、勝負をはじめるのを許可できないとのこと。

 世話好きな人だ。

 この点は、ヤクスよりもずっと重症だ。無償でここまでするのかと、少しばかり新鮮な気分を味わった。もはや道楽の領域に入ってきている。かの親鳥にとって正師は天職なのだろう。


 寝床に転がって、明日の手順を確かめる。

 抜け漏れはないか。他に優先するべき事項はどうか。そろそろ一矢報いたいところだと、丹念に洗っていく。


(いつまでそうやってるつもりさ)

 割り入ってきた高めの声。

 これは珍事だと身を起こす。

「何だ。やっぱりしゃべれるのか」

(当たり前だよ。寝ぼけてるの?)

 白の獣は、実に人臭い仕草で溜息を吐く。

 ジュジュが人の言葉をしゃべるのは久方ぶり。あの日以来だ。

 すっかり獣のふりをしていたが、ようやく本性を出してきた。こいつとは、一度腹を割って話さねばと思っていたんだ。

(まったく、君には呆れた。サキを危ない目に合わせて……。あーあ、君を連れて行くんじゃなかったよ)

「小言を言うくらいなら知恵を貸せ。サキを守りたいのは同じだろう」

(さあ、どうしようかな。君よりあの人の方がずっと強いじゃないか)

 言ってくれる。

「そう思うなら、何故こちらにいる。お前だったらサキの居場所がわかるだろう」

(うるさいなー。ぼくにだって事情があるんだ。好き好んでいると思わないでよ)

 ああ言えば、こう言う、だ。

「お前、意外と性格悪いな」

(君に言われたくない)


 不毛過ぎる。

 こんな話をしたくて機会を待っていたのではない。


「ジュジュ。あの時、"一つ"になると言っていたな。サキは"一つ"になったはずだろう。俺は"サキ"がサキに入っていくのを視た。羽が生えたのはその影響だろうが、いまも記憶が欠けている。どういうことだ?」

 青の壁の向こうにいた小さな"サキ"。あの娘は、サキが忘れていることを知っていた。いや、サキからこぼれた記憶を持っていたというのが正しい。分かれていた二人は"一つ"になった。その証拠に"青の奇跡"が形を成している。

 だが、サキ自体に変化がない。隠れていた理由も。紅い夢を見る理由も。思い出して当然だろうに。

(上手く混ざれてないんだ)

「混ざる……。サキと"サキ"がか?」

(うん。ぼくもびっくりした。すぐに混ざって元に戻ると思ってたから)

「何が原因だ」

 白の獣が首を傾げる。サキを思わせる仕草だ。飼われていると飼い主に似てくるのだな。

 ジュジュは悩んだ末にこう言った。

(サキが、サキらしくなったからだと思う)

「何だ、それ……」

 声の拍子が外れてしまった。こいつが変なことを言うからだ。

(もともとのサキと、いまのサキじゃ違いが大きくなった。だから、上手く混ざらなくて、分かれたまんまなのかな……)

 言っておきながら自信はない様子だ。

「子供から大人になれば、変化して当たり前だろう」

 ジュジュが「うーん」と抜けた声を出す。何故だか腑に落ちていないらしい。

(変化するって、どういうこと?)

 妙な問いだと感じた。

「まあ……。いいことも悪いことも味わって育つことだ」

 イタチだからなのか。どうも人の普通に対して理解が及んでいない。

 とはいえ、イタチにわかりやすく説明するのは難しい。漠然とした表現を選んでしまったなと、口に出してから思った。

(サキに、たくさん好き嫌いができちゃうの?)

「まあ、そういうことだ」

(それじゃまずいんだってば)


 ……何だって?


「まずいって、どうしてだ」

 行儀よく座っているジュジュは、内心を表すように尾を振って床を叩く。

 乾いた軽い音が、感情の起伏を伝えてきている。

(好き嫌いがたくさんできると、うれしいとか悲しいとかをいっぱい感じてしまう。あとは、人に同調しやすくなる。好きな人が悲しいと自分も悲しくなるでしょ)

 こいつは何を。

(そんなの、サキがつらいばっかりじゃないか)

 何を言って――。


 疑問をぶつけようとした矢先、扉が叩かれた。

「ローグレストよ、夕飯が届いたぞ」

「あ……、はい」

 しまった。

 会話を聞かれはしなかったか。正師達にはジュジュの話までしてないのだ。

 話し込んで油断していた。

 ジュジュが大慌てで、部屋の隅にある専用の寝床へと突進する。イタチのふりを再開するようだ。

 くるりと丸まり、白の毛玉になったところで扉が開かれる。

「おっ、起きていたか。何度も呼んだのだがな」

「考え事をしていまして……」

「明日の作戦か。今日はずいぶん長く話し合いをしていたな。今年の雛は向上心が高くて感心だ」

 ご満悦なキクリ正師に、愛想笑いを返す。

 隠し事に気づかれぬよう、適当な相槌を打ちながら部屋を出る。


 次にジュジュと話せるのはいつになるか。

 その時まで聞くべき事柄をまとめておこうと、頭に書きつけを残すことにした。

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