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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
110/121

カルデス商人と作戦会議

「見事にぼろぼろだ」

 いい勉強になったか。


 簡単に言ってくれた正師を、二人並んでじと目で見た。

 オレはまだいい。

 開始早々に、気絶させてもらえた。

 悲惨なのはローグだ。

 意地か根性か。それとも悋気の賜物か。導士にしては善戦をしたことが仇となり、強烈な攻撃を食らわされたようだ。

 まとっていた衣服は、これまた見事にぼろ布と化している。気がついた時には、癒しを掛けてもらった後だったようで。実際の被害のほどは知れないけど。どんな真術を食らわされたのか、聞くのも怖い。

「ローグレストよ。どうだ、撤回する気になったか?」

「……いいえ」

「えー、まだやるつもりかよ」

「勝つまでやる」

 嘘だろ。

 思ったことをそのまんま口にしたら、凄みのある目で睨まれた。

 ……あーあ。完全に火がついてるわ、これ。

 大力無双はいいけど、喧嘩っ早いのだけ何とかなんないかな。カルデス商人はこれだからと、小声でぶつくさ言ってやる。

「無理だよ。めちゃくちゃな強さだったぞ。高士でも敵わないような相手ってこと忘れてないか?」

「……人数を増やす」

「ええ?」

 ぶすっとした表情のまま正師を見たローグは、またずうずうしいことを言い出した。

「導士の協力ならいいと言われた。何人までと制限はされていない。呼べるだけ呼ぶことにする」

 呼べるだけといっても、面子は決まってるようなもんじゃないか。

 ジェダスとクルトには拒否権がありそうだけど、あの四人がそれができるのか。……できる訳、ないか。




 この日から。

 強引でずうずうしいカルデス商人に巻き込まれた被害者が、日を数える毎に増えていった。

 最初はジェダスとクルト。

 次に燠火の四人。お嬢さん方には声をかけなかった。誘わなかった理由を聞いたところ、きっぱりとした返答がきた。

 娘がいれば、必然的に守りを固めようとしてしまう。やめろ、散らばれと言っても難しいだろう。それに相手は娘だからと手を抜くようなことはするまい。

 気力が整ったこともあり、持ち前の判断力が回復したようだ。

 無謀に見えて抜け目なく、かつ冷静に。

 やっぱりローグはこうでなくちゃ。人を振り回してくれた分、これから大いに働いてもらおうじゃないか。

 ……と、思っていたのははじめだけ。

 ずうずうしい商人とやりあえば、町医者なんて手の平の上。

 無駄に説得力があり、矜持をくすぐってきたりするから堪らない。最初は協力を請われていたように思うけど、いつの間にやら立場が逆転してしまっていた。

 そんなこんなで、今日も体よくこき使われている。


 無謀な賭けをはじめて、もう四日目。

 毎日ぼろぼろにやられた後、反省会を開いているのに。勝ち目なんか見えた例がない。

 ここは是非とも意見をと思い、キクリ正師ならどう戦うのかと聞いてみたけれど。これもさっぱり参考にならなかった。話に高度な真術が出てきたせいでもある。しかしその高度な真術を使って、引き分けに持ち込めるかどうかだと、断言されてしまったからだ。

 どれだけ腕が立つのかと、絶望的な空気がただよっている。


「どうしろってんだよ……」

 すっかり不貞腐れている赤毛の友人は、出来たばかりの傷を輝尚石で癒しながらぼそぼそ言った。

 ちなみに傷を癒すための輝尚石は、天水の相棒達が籠めてくれている。ジェダスから聞いた話では、日に日に数が増えていくから大変だと、ティピアちゃんがぼやいていたらしい。

 今度、焼き菓子でも持って参上するべきだろう。

「あの人、本当に人間っすかね」

 がっくりと首を折ったエリクの言葉に、フォルとダリオが弱々しく頷いた。ブラウンに至っては、返事をよこす気力すら失っているようで、卓の上で突っ伏している。

「オレは、邪神の手下だって言っても信じる自信があるぜ」

「そうですね……。いやはや、とんでもない賭けです。ローグレスト殿は勝算があってはじめたのですか」

 全員から注目を集めたローグは、クルト以上に不貞腐れた顔でこう言った。

「いや。一切考えてなかった」

 溜息が方々から放たれる。

 一段と暗くなった場で、ローグが何かを書きつけている音だけが響く。

 反省会の最中、ローグはこうやって何かを書いている。

 何かとは何だ。見ればわかるでしょと、麗しの相棒から突っ込まれたけど、"何か"としか伝えられない。

 ローグが書いている文字は、誰も読めないものだ。字が特別汚いということじゃなく、特殊な文字が用いられているんだ。聞けば、実家だけで使われている独特の文字なのだとか。

 念入りに治癒を掛けてもらったのに、隠し事が多いのだけは直らなかったようだ。

 かりかりとした音の合間に、あ……と控えめな声がした。声に反応した幾人かの視線を受けて、緊張で顔を引きつらせた男は、青白い顔をわずかに伏せた。

 本日より参戦をしてきた新入りは、そうとう肩身が狭そうにしている。


 そりゃそうだろう。


 いきなりの参戦と意外な人選。全員が全員して、どう絡んでいけばいいかと悩んでいた。それは新入りとしても同じだったようで、ずっと黙りこくっていた。

 意外な新入り――蠱惑の導士、チャドは。前回、会った時より少しだけ血色が出てきた顔を下に向けて、おずおずと話し出す。

「いつも、こんな感じなの……か?」

 これに黒髪の友人が反応した。

 反応されたことでびくりと反応し返したチャドは、紙のように白くなった。

「何が言いたい」

 書きつける手はそのままに、ローグが聞く。

 呼びつけた張本人のはずなのに、あたりが厳しい。仲裁に入ろうかとも思った。でも、途中で気分が変わり、流れにまかせてみることにした。

「だから……、いつもこんな風にやられているのかと思って」

「ああ、それがどうした」

 インクをつけて、新しい文字を書きつけていく。字に乱れが生じている。

 間違えた箇所を潰して、次の行へと移る動きをそれとなく追う。

「あ、いや……」

「言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうだ」

 きつい言いようが、チャドを許しきっていないと告げている。呼んだのお前だろと言いかけて、ごっくんと飲み込んだ。

 二人の間にあるわだかまりは、二人の間で解決するのがいい。

 ローグだって、思惑があって声を掛けたに決まっている。黙っておいてやろう。

「一人、一人潰されていくのもいつも通りか……」

「いつも通りだ。……何が言いたいのかは知らんが、まどろっこしい。意見があるなら言えばいいだろう」

 強い口調に圧され、口を噤んだチャドを全員が見ている。

 心配そうにしている燠火の四人とは対照的に、ジェダスもクルトも顔色一つ変えずにいる。

 二人も、そして本人も試されていることは知っている様子だ。

 ローグは、この機会にチャドを振り分けようとしている。彼女に対する侮蔑は本人から出たものか、真術に由来するものか。

 見極めて清算しようとしている。いまやらなければ難しくなるから、機会を得て動いたんだろう。

 その抜け目のなさが頼もしく恐ろしい。

 真術が掛かる前は、こんな奴だったか? ……こんな奴だったな、うん。


「じゅ、順番もいつも通りか」

 順番……?

 復唱したローグに視線を合わせ、チャドは顎を引いた。

「今日はヤクス、クルト、ジェダス、僕。それからダリオ、フォル、ブラウン、エリク。最後にローグレスト」

 そうなのか。

 真っ先に落とされたから、後のことは良くわからない。気絶させられるのはオレくらいで、他の連中は意識を保っている。反省会の時は、話を聞いているだけで終わる。女神はいつ振り向いてくださるのか。そろそろ挫けてしまいそうだ。

「昨日はどうだった?」

「昨日もヤクスからだったぜ。その後ジェダスで……」

「直後にクルト殿でしたね。エリク、フォル、ダリオ、ブラウン、最後にローグレスト殿」

「ローグレストさんはいつも最後っすよね」

 エリクは右手首を撫でながら言う。そうなんだ。話を聞く限り、ローグは最後まで抵抗をしている。同じ導士でもやっぱり力量差はあるようで。真っ先に潰されるオレとはえらい違いだ。

 ちょっと落ち込んできた。今夜は相棒に気合を入れなおしてもらおう。

「そうか」

 聞いておいておきながら、何も言わなくなったチャド。ローグはきつい顔で黙ったチャドを見ている。我慢が利かなくなったら仲裁くらいはしようと構えていたところ、思わぬ方向から火が吹き上がった。

「おい、チャド。言いてえことあるなら言えよ! もじもじと面倒くせえんだ!!」

 クルトの方が早々に我慢を切らしてしまった。

 ジェダスが宥めようとしているけど、鎮火するかどうか微妙なところだ。

「あ、その。間違ってるかもしれな……」

「うるせえよ、早く言え! 言えったら言え。また変にもじもじうだうだしてたら、この特製爆弾投げるからな!!」

 この一言に、クルトを残し全員が卓を離れた。

「やめろ、クルト。室内はまずい」

「ローグレスト殿の言う通りです。自爆になりますよ」

 ちなみにこの特製爆弾。辛味がきつい香辛料でできている。

 これをぶちまけたら最後、肺の中まで辛味で埋まる。真術が通用しないから夜なべして拵えてきたと言っていた。本人曰く、この十年で最高の出来らしい。


(破裂させたら大変だよ。昔、道の真ん中でやっちゃって、町中の大人から怒られてたもん)


 「息ができなくて苦しいから全力で逃げてね」とユーリちゃんから助言をもらっている。

 助言をしている最中涙目だった彼女は、被害を受けてしまったんだろう。

 勇気より、試したい気持ちでいっぱいだったクルト。勢いづいた友人は、後に起こることなどお構いなしに、この爆弾をお兄さん目掛けて投げつけたというから驚きだ。残念ながら目標を捕捉出来なかったため、一玉も当たらなかった。それに腹を立てているのだろう。クルトは色々と持て余してしまっている。

 だからといって、ここで撒いてもらっては困る。

 勘弁してもらいたい。

「あ……、だから順番が気になって」

「まだ言うか。順番が気になったから何なんだよ!?」

「戦い方というか、攻略の仕方に癖があるように思って」

「……あん?」

「順番が固定されているだろう。最初にヤクスで、最後はローグレスト」

「最初と最後は確かに……。けれども途中はばらばらでは」

 そうでもないよ。

 言ってからチャドは一度だけローグを見た。ローグは顎をしゃくって続きを促す。

「こう考えればいい。最初は正鵠。次は蠱惑で、その次は燠火。この順番から外れた日はあった?」

「言われてみれば。でも何故でしょうね。戦力で考えれば燠火の方が厄介でしょう」

「あの人自身が燠火だからじゃないかな。戦力が高いと言っても、相手は高士でこっちは導士。高士からすれば、導士が扱う真術なんて初歩中の初歩だよ。あの人にとって燠火の真術よりも、他の系統の真術の方がいやなのかと……」

「じゃあ、何で最初はオレなんだ? 高士なんだから、正鵠の真術は高等でめちゃくちゃ難しいってことは知っていると思うよ。導士が扱える代物じゃないって」

「だったら余計だよ。並の導士じゃ使えない。でも、ヤクスが並の導士かどうかまでは知らない。もしも使えたら厄介なんだ。特に正鵠は新しい真術を生み出しやすいと聞くし。次に蠱惑を狙うのも同じような理由じゃないかな、たぶん」

 たぶん、だけどね……。

 台詞の語尾が縮んでいく。熱を入れて語ったことを恥じるように肩をすぼめたチャドは、また気まずそうにローグを見た。

 ローグは、右手を顎に添えた格好で虚空を見ている。

「あるかもな……」

 考えがまとまったのか、一言呟いた黒髪の友人は「座れよ」とチャドに席を勧めた。

 二人の間にあったわだかまりは、上手く解けてくれそうだ。


「チャドの意見を正とするならこうも考えられる。前提として奴は凄腕の真導士。外勤に宛がわれる任務の中でも、難易度が高い任務を負っている。こなした任務の数もサガノトスで一番だ」

 聞けば聞くほど絶望的な情報を、淡々と語ってくれる。

「隙を突こうにも全然でしたよ。山にいる獣よりも鋭いや」

「だろう。隙はないと見ておくべきだ。実際はあるかもしれんが、少なくとも導士程度が見つけられるものではない。だが、隙を作るとしたらどうだ?」

「隙を作るって、何をしてもびっくりしなさそう……」

 クルトが何かに気づいて声を出す。

 その横で、ローグが自信ありげな様子でにやりと笑った。

「そう、だからだ。ヤクスが最初に狙われるのは隙を生まないため。人っていうのは、経験すればするほど判断が早くなる。逆に未経験な出来事が起これば、判断が鈍ってしまう。奴は燠火だ。燠火の戦い方なら熟知している。燠火と比較すれば蠱惑の方が厄介。正鵠はさらに厄介」

「なるほど。想定の範囲で戦えるようにしていると」

「ああ。隙がない上に警戒心も強いということだ」

「ますます絶望的じゃねえかよ……」

 ぐったりと背もたれに身を任せたクルトの言葉を、ローグは即座に否定した。

「そうでもない。奴がこれだけ警戒しているんだ。意外な"何か"が起これば対処できなくなる。導士相手でも可能性があるという、何よりの証明だろう。どんなに腕が立とうとも、隙は生まれてしまうと言っているに等しい」

 ふと見れば、皆が皆してローグの話に引き込まれている。

 こいつは人を乗せるのが誰よりも上手い。その上、好戦的な真力を出してくるから――。

「つまり、俺達でも勝ち目があるってことだ」


 否が応でも士気が上がる。

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