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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第六章 倉皇の迷宮
11/121

駆ける

(行ったか)


 暗い心地で、事実を噛みしめる。

 サキ達は窮地を脱した。

 それなのに、安らぎが湧いてこない。

 娘達だけでも、中央棟に走らせる。理性が出した最善の策と自身の勘とが、上手く重なり合っていないように思える。

 ……これで、本当によかったのだろうか。


 前方から炎が上がった。

 すかさず、旋風をお見舞いしてやる。

 力量差は、誰の目にも明らかだ。

 奴らにもわかっているだろうに、何度も飽きることなく撃ち返してくる。


 蒸気に満ちた場。

 せいぜい隣に立つ、ヤクスくらいしか視界に入らない。

 クルトとジェダスは近くにいる。

 自分が真術を展開すると気配が薄れるから、収束のたび位置を確認している。……真力が高いのも考えものだ。


「ローグ、やり過ぎるなよ」

「わかっている」

 喧嘩くらいなら処罰はされない。

 しかし真術を使って大怪我をさせたら、さすがに罰を免れないだろう。

 こういったときの罰は、重くて謹慎程度だと聞いた。

 だが、自分が外に出られない状況を作りたくない。一人になったサキが狙われることなど、目に見えている。

 奴らに炎豪は使えない。

 導士相手に使う真術としては、威力があり過ぎる。

 道の後方から進んでくる気配は、まだまだ遠い。奴が来るまでには場を抜け出せるだろう。


「おかしいですね」

 蒸気の向こうで、ジェダスが悩んでいる。

「誰も追いかけませんか。狙いはローグレスト殿一人……ということでしょうかね」

 白く濁っていた大気が晴れてきた。幻惑の蒸気が消えていく。

「いっそ、ローグレストを置いていくか」

 薄情な悪餓鬼が笑っている。

「それは名案だね、一人でも大丈夫そうだし。早くお嬢さん方を追いかけないと……」

「どいつもこいつも冷たいな。本格的に、友人の選び方を考え直すべきだろうか」

 喉で笑いを潰しながら、足元に真円を描いた。

 蒸気の役目は終わっている。視界を確保した方がいいと、そう判断した。


 旋風を展開する。

 白の竜巻が、蒸気と幻影を消し飛ばし、天空まで舞い上がっていった。

 確保した視界には、五人の男。林の中でうろついていた奴らも、すでに姿をあらわしたようだ。

「クルト。どいつが燠火だ」

 燠火から潰していけば、あとが楽になる。

 放たれていた炎豪の威力を鑑みても、自分一人で二人までならば、同時に相手ができる。

 奴が来る前に、余計な人間を片づけておきたい。

「おい」

 何故か、言葉を詰まらせているクルトに催促をする。

 急ぎたいというのに、どうしたことだ。

「やりやがった……!」

 怒りを吐き出したクルトを見る。

 挑発を仕掛けてきていた男が、不愉快な高笑いをした。

「ローグレスト、罠だ。後ろの二人は喫茶室ではいなかった。それに……ギャスパルの相棒が来ていない!」

 視界が赤に染まる。

 自身の勘が発していた警告を、みすみす取りこぼしてしまった。

 自分の迂闊さを呪い。サキが駆けていった道を行こうとして、二人の男に塞がれる。

 腹の底からの咆哮と共に、輝く白を吐き出した。

 邪魔をする奴らを弾き飛ばしながら、ただそれだけを脳裏に描く。

 かけがえのない蜜色を求めて、今度こそ大地を駆けて飛んだ――。







「がんばって。もう少しだよっ」

 中央棟に向かう、最後の角が見えてきた。

 石壁の角を越えれば、残すは直線のみ。

 中央棟の入口から、真っ直ぐに伸びている道。正面の大扉へと連なっているその道まで、あと少し。


 遅れがちになってきたティピアの手を取り、ひたすらに駆ける。

(早く、早く……)

 先ほどから、耳の奥がきんきんと鳴っている。

 後方で展開されている真術の余波と――里のあちこちに視える白の光。


 学舎で。

 修業場で。

 同時に複数の乱闘が起きている。


 どうりで見回りと出くわさないはずだ。

 これも、ギャスパル達の作戦なのだろう。黒髪の相棒への異常な執念を感じて、いやな汗が背中を伝っていった。


 中央棟に正師はいるだろうか?

 いや、三人の正師がいなくても、慧師だけはいるはずだ。

 確信と希望が混ざり合った願いを抱えて、大地を駆けた。


 ティピアの手が、ずるりと落ちそうになる。

 躓いてしまった小さな友を振り返り、解けないように手の平を握り直して前を向く。

 振り向いて見れば、十歩先を駆けていたユーリが、そこで立ち止まっていた。

 肩で息をしているユーリ。

 彼女の三つ編みが、肩越しの世界で震えている。


「やっと来ましたか。待ちくたびれましたよ」

 聞いたこともない金属質な男の声。

 声と一緒に、目指していた角から、二人の男が姿を見せた。

「手際が悪くて参ってしまう。立てた作戦が失敗したかと、案じてしまうではないですか」

 男は、手元にある文言を、読み上げているような口調で話す。

 耳の後ろで束ねている栗色の髪は、ゆるく波を打って左肩に流れていた。柔らかそうな髪とは非対称な、極端に釣り上がった細い目が印象的だ。

 そばかすが散った顔には、張りつけたような笑みが浮かんでいた。


 男の周囲にも、劫火の移り火が舞っている。

「エドガー、何で貴方がここにいるの?」

「何で……ですか。簡単に言ってしまえば待ち伏せです。思い通り過ぎて、張り合いがありませんが。まあ、作戦が失敗するよりはいいでしょう」

 さて、と呟いた男は、ポケットから一つの輝尚石を取り出した。


「ローグレストの相棒は、どちらですか」

 輝尚石を掲げながら、自分とティピアに問いかける。

 咄嗟にティピアの手を引いて背にかばおうとしたところ、頑なな抵抗を受けた。

 自分の横に立つ、小さな友人。

 彼女から真力の放出を感じ取り、自分の傲慢を胸のうちで恥じ入った。


 自分も真導士なら、ティピアも真導士だ。

 友の勇気を傷つけてはいけないと、繋いでいた手を離す。


「どちら、と聞いているのですが……。"落ちこぼれ"をかばっても、いいことなどありません」

 笑いながら問うエドガー。

 その後ろで、静かに黙っていた男が真円を描いた。

 描かれた燠火の真円に対抗して、三人で真円を描く。


「天水だけでは逃げ切れませんよ」

「やってみなければ、わからないじゃない!」

「わかります。……いやだな、意味のないことは嫌いなのだけれど。答えないなら構いません、全員ギャスパルに従わせればいい。三人とも、僕の言う通りにしてください」

「誰が! あんな男に従うなんて、絶対にお断りよ」

 噛み合わない会話の外側で、ローブのポケットを探った。

 丸い感触を確かめて、ぐっと握り……袖に隠して持つ。


「何が、目的ですか?」

 聞けば、自分にエドガーの目が向けられる。

「ギャスパルの下に入ってもらいたいのです。自分の相棒が下ったとなれば、ローグレストもギャスパルに逆らわないでしょう。後はクルトですかね。あれも真力が高いから、早いところ組み込んでしまいたい」

「クルトが、あんな男に従うわけない! わたしを利用しようが何しようが、あいつは人の下に入らない。それこそ意味がないわ」

 ユーリの必死な抗弁に、エドガーは乾燥した笑みを濃くしていく。

「意味はありますよ。真力が高ければ高いほど、相棒の意味が重くなる」

 口内を潤そうと、唾を飲み込んだ。

「……相棒の真力を、利用する気ですか?」

 エドガーからの返答はなかった。

 しかし、劫火の下にある真力が小さく揺れた。


「僕達についてきてください」

「いやです、と言ったら……?」

「試したいのですか」

 物好きですねと言ったエドガーは、言霊も使わずに輝尚石を展開させた。

 瞬時に展開した三つの"守護の陣"。

 白い膜に弾かれた炎豪が、力を残したまま後方へ抜けていく。

 紛れもないギャスパルの気配。

 怖気のあまり、真眼を閉じてしまいそうになる。

 真術の炎よりも、劫火の気配の方が、遥かに脅威だった。


 絶対に触れてはいけない。

 触れればそこから喰らわれて、飲み込まれてしまう。


 怯懦を振り払い。右手で隠し持っていた輝尚石を掲げる。

「放て!」

 熱い海の旋風を、全力で解放した。

 撒いて押し返していく風を、一心に掲げて伸ばす。

 旋風を放っている自分の横を、ユーリが駆けていく。

 ティピアもそれに続いた。

 後方の林に入ったのを見て、自分も駆け出した。

 ちらと後方を振り返ったら、エドガーともう一人の男が、旋風によって飛ばされ、大地に倒れ込んでいた。

 すぐには起き上ってこないと踏んで、二人に合流することを目指す。


「ユーリ、どこへ?」

「林に隠れながら、みんなのところへ戻るのっ。もしギャスパルが居たら少し奥に入って、迂回して家に帰ろうよ。クルトならそうしろって言うはずだから」

 ティピアと一緒に了と返して、林に入り込んだ。

「あの男は、誰なの……?」

 足音に紛れて響く小さな質問に、ユーリが答える。

「ギャスパルの相棒!」

 返答と同時に、後方から劫火の気配がした。


「右へ――」


 左手後方に炎豪が着弾する。

 飛び散る火の粉と熱風が、守護を持たない娘の肌を照らした。

 道のある左手に向かって、執拗に炎が撃ち込まれる。

 合流を阻止しようとしているのだろうか。


 しかし、エドガー達が派手に真術を放っていれば、いずれ彼らが気づいてくれる。

 けれどいまは、とても攻撃に耐え抜けない。

「ユーリ、サキ。奥へ行こう……」

 炎に炙られながら、林の奥に向かう。

 爆ぜる煙の臭いが喉について、息をするのも苦しかった。

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