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真導士サキと二つ星  作者: 喜三山 木春
第九章 暗流の青史
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嫌な予感

「ローグレスト、落ち着くのだ」

 何度も聞いた小言を、キクリ正師はただ繰り返す。


「そうそう。とにかく安静にして、まずは回復させないと。オレの診立てでは、まだまだ病人なんだからな。今度こそ、ちゃんと言うこと聞いてくれよ」

 弱りきった顔をしている癖に、頑として方針を貫こうとするヤクスを睨んでやった。

「そう不貞腐れるなって。お前、本当にやばかったんだからな? もともと体力があったから乗り切れただけで、他の奴だったら、まだ生死の境をうろちょろしてるはずだ。丈夫に生んでくれたお袋さんに感謝しとけよ」

「……もう元気になった。いい加減ここから出してくれ」

「だーめーだって。気持ちはわかる。でも、悪いものを全部出してからじゃないと無理。体力は戻ってきてるけど、真力も気力もずたぼろだ。頭痛いのを隠しても、オレにはわかるんだからな」

 何だかんだと意外に敏い友は、通さないぞとばかりに腕を腰にあてた。

 意味がないだろうと腐してやりたいが、頭痛がひどくて話すことを諦めた。


 そう意味がない。

 何せ自分は、結界の外に出られない。


 気がついたら、ここにいた。

 説明によると、中央棟の"治癒室"と呼ばれる部屋らしい。

 懲罰房の間違いではと聞いたところ、キクリ正師が困ったように笑っていた。そうやって苦笑いとなった正師は、細かく細かく、噛み砕いて説明をしてくれた。

 お前達を咎めはせぬ。

 真っ先に言われたのはこれだ。上げてきた理由はいくつかあった。

 まず、見回り部隊が襲撃を行ったということ。奴等への下問はすでに行われていて、襲撃した理由も明らかとなっている。結果、自分達は完全な被害者である証明が成され、逃げるに至る動機も十分だと確認がとれたとのこと。

 詳しくは体調が整ってからと濁されたものの、どうもそういう形で落ち着いたようだ。

 第二に、自分と慧師との間にあった約束事。

 誰も手出しをしないで放っておくとの過日の約束。これが反故となってしまったため、慧師が不問にすると決めたということ。

 そして第三の理由は――。


「いつまでこうしていればいいのですか……」

「まだだな。お前のように真力の高い者は、他の真導士よりも時間がかかるのだ。まあ、今日中には抜けるのではないかと思う。いま少し、辛抱していなさい」

「真術でとっとと抜いてもらうわけには?」

「お前の下にある真円が、その真術だ。これ以上の方策はないから、おとなしく待ちなさい。仕方がないのだ。一度、体内に取り込んでしまった以上、時間をかけるより道はない。……納得いかぬだろうが、今回のことはいい勉強になったと思っておきなさい」


 まったく納得できない。

 かといって、これ以上キクリ正師に絡んだとしても、どうにもならんと口を噤んだ。

 そこで、扉が叩かれた。

 慧師がキクリ正師を呼んでいるとの知らせだった。中央に寝床だけが置かれただだっ広い部屋から、キクリ正師が出ていったため。ヤクスと二人で残される形となる。

「お前さー、体調が整ったら正師に礼を言えよ。そうとう心配かけたんだからな」

 説教臭い爺さんのように顔をしかめた友は、それにと加えて小言を出した。

「いくら真術のせいと言っても、かなり態度が悪かったからなー。他の正師だったら懲罰房行きだったかもしれない」

 たぶん、ヤクスの言う通りだろう。

 キクリ正師のおかげで、この部屋にいられる。ムイ正師だったら間違いなく懲罰房。その場合の罪名は「行儀が悪い」だ。

「……まったく気がつかなかった」

「そりゃオレもだ。まさかローグに"誘操の陣"がかかっていたなんて……。オレ達は大丈夫だって勝手に思い込んでたよ」


 "誘操の陣"――。

 大戦中に編み出された、いわくつきの真術。

 掛けた相手の精神を乱れさせ、不安定な状況におく。例の霧にも仕込まれていたその真術を、身の内に飼いこんでいたという間抜けな話。

 色紐と霧と送付物。あれだけ警戒していたにも関わらず、何とも情けない限り、だ。

「……飲み物と食い物が一番まずいと、教えておいてくれてもいいだろう」

「だよなー」

 術具と数えられるのは、装飾品に限らない。

 毒のように食物に仕込むこともできる。

 術具の基礎に、装飾品が選ばれるのには理由がある。貴金属や宝石の類は、真術の効果をそのまま保つことができるからだ。

 その中でも、金は特にいいとされている。よく保ち、よく通す。まさに術具として理想的な基礎と言える。

 しかし金は値が張る。

 そこで数も多く、値もそれなりの水晶を使うことが多い。輝尚石はそういう事情で生まれた術具だ。

 一方、貴金属とは違い。飲料と食物に込められた真術を放つには、かなり難儀をするという。

 さらに言えば、貴金属よりも格段に効果が落ちる。

 その代わり、一度体内に入れば効果が消えるまで時間がかかる。真力の高い者ほど排出に時間がかかるようで、なおのこと厄介。聞けば自身の真力が壁となり、真術を出しづらくなるのだとか。

 そんな話、初耳もいいところだと二人してぼやく。


 例として出てきたのは、ベロマの地下にあったラントプラムだ。

 ラントプラムには、成長を促す真術が仕込まれていた。口にして、短期間で真術が排出できれば、大人になって時が止まる。しかし、真力の高い者が口にすれば、真術が排出されずに成長を続け。老化を通り越して白骨化する。もしくは真術を支えられず、身体が崩壊してしまう。

 骨となった者達は、真力の高さが災いした。

 そしてそれは、自分にも同じことが言える。


「気力が整わないはずだよ。"誘操の陣"がお前の中で暴れてたんだもんな」

 壁に阻まれ、埃が積もるようにゆっくりと蓄積していた"誘操の陣"。

 それが最近感じていた不調の正体――。

「おかしいだろう……。俺は何度もヤクスの真円に入っていたんだぞ?」

「そりゃお前の真力が高過ぎたんだって。壁が厚くて中まで届かなかったんだろうって、正師も言ってた」

 頭痛が耐え難く思えて、ごろりと寝床に転がった。

「真力が減ってからじゃないと、全然わからなかった。今回は枯渇してよかったって思っとけよ。な?」

 気力の回復を促そうとしているのか。

 話の方向を楽天的に持っていこうとしているようだが、とてもそんな気分にはなれない。


「ヤクス……。サキはどうしてる?」

 ぎくりと顔を強張らせた友は、言葉を捜しながら視線を泳がせた。

「ち、ちゃんと保護されてるって。まだ会ってないけど、無事なことは確かだから」

「じゃあ、何故会えない? 真力と気力を整えようとしているんだ。相棒の助けがあってもいいと思う……」

 馴染んだ相棒の真力は、いまこの時にこそ必要だ。

 正師にも同じ主張をしたが、誤魔化されていまに至る。いったい何を隠していると、問い詰めたくもなる。

「サキに会わせろ。このままでは"暴発"を引き起こしそうだ」

「うわっ、巻き込まないでくれよ。まだ死にたくないって言ってるだろー」

 頭痛と闘いつつ、ヤクスに絡んで気を紛らわす。

 寝床に転がって、口を動かす以外に何もできない。ヤクスが居座っているのは、"治癒"という名の拘束を、患者が受けているからだ。

 相変わらずな奴だと思い、近頃感じていた鬱陶しさが消えていることを発見する。

 思考も明瞭になってきている。

 いまになって何故あのような短慮を起こしたのかと、また情けなさを感じた。


 頭にのっていた雲が、少しずつ晴れるに従い。どうもいやな予感が……と、真眼が騒ぎはじめた。

 だらだらと時間を過ごしている中で、増大していた予感。その正体が明らかになったのは、"闇の鐘"が鳴った頃。

 慧師に呼ばれ、執務室で面談している最中のことだった。

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