夢幻の約束
― 現実 ―
私が、ここで何をしているかって?
それは、みんなにある物語を聞かせるためだよ。それは、遠い時代のお話。
私の名前? そんなのは無いよ。あえて名乗るなら、語り部かな。
私のお話聞きたい? それじゃあ、語りましょう。終わりから始まる無限と夢幻の約束の物語を。
― 物語 ―
村から離れた山の麓の洞窟に、二人の子供が隔離されていた。
一人は、人々から鬼子と呼ばれられ畏れられている少年。
もう一人は、人々から魔女と呼ばれられ差別されてきた少女。
二人は、本来出逢うはずのない運命だった。あの日までは。
少年は、目隠しをされ、手足を鎖で縛られていた。少年からしたら、ただの玩具にしか過ぎなかった。だが、それを振りほどこうなどとは考えていなかった。
少女は、目隠しをされていた。少女からしたら、目隠しほど役に立たな無い物は無かった。
少年は、洞窟の中を移動していた。人々がさらに奥に行けと後ろから叫んでいる。少年は、そんなことに耳を傾けることはしなかった。周りに誰か居ないかと気配を探っていたから。少年の五感は、人の十倍以上に敏感だった。それ故に、自分以外にも隔離されている子供が居ることに気が付いた。少女は、遮る物さえも透過して見ることが出来る。それ故に、少年が歩いて来るのが見えた。
その日から二人は、話をするようになった。普通の人間からすると、口を開閉しているようにしか見えない。それは、二人にしか聞こえない音域での会話。二人は一日も欠かさずに会話をしていた。生きているかの確認から始まり、今日何をされたかなどのことを話していた。
二人が会話を交わすようになってから三ヶ月の月日が過ぎた。
外では、夏の季節を迎えていた。しかし、二人には関係のない事だった。そんなとき、一人の村人が二人を外へ連れ出した。
その村人は、二人と同じく異端者として蔑まれてきた。村から離れることで難を逃れていた。
村人が連れて来たのは、山の反対側にある海岸。そこには、三人以外誰一人としていなかった。二人は、つかの間の自由を楽しむことにした。異端者の村人は、近くにあった木陰に腰を据えた。この村人は、二人が遊んでいる様子を微笑ましい光景として見つめていた。
二人にしてみたら初めてだ。外で自由にするということは。小さい頃から、暗い中に隔離されていた二人は、目隠しをしながらではないと遊べなくなっていた。それでも、年相応の元気さで遊びまわっていた。
夕暮れ近くになった時二人が居るところに、突然の銃声と人々の怒声が聞こえた。二人は、それだけであの村人が殺されたのではないかと思い、人の気配がない方へ、ない方へ逃げた。
この時だけだった。二人が自由に外で遊んだのは。たった一人の村人が命を懸けて起こした奇跡だったと知るのは随分と後の事。
あの夏の奇跡から十年の月日が流れた。二人は、普通の子と同じように十八になっていた。
あの後、二人は追ってきた人間に見つかり、捕まって引き戻らされた。今日は、二人が処分される日になっていた。あの夏、逃げ出したことが重罪だと村人たちの間で決められていた。それは、二人の声を聞かずに。
村から遠く離れた、渓谷に二人は連れてこられていた。渓谷の下は、激流で落ちたら助からない。
二人は、そこで見た。あの日二人を外に連れ出してくれたあの村人を。白骨化していたが、二人にはわかっていた。何故なら胸部に銃創痕があったから。そこで二人の怒りは臨界点を超えた。今日まで抑えてきた力が暴走し始めたのだ。
少年は、姿を鬼神へと変化させ目の前の村人の集団に突っ込んで行った。村人を殺めていく姿は、一匹の魔狼にしか見なかったという。
少女は、姿を魔女に変化させ周りに居た村人を焔で包んで行った。その行為は、ただ人の魂をもてあそぶ悪魔にしか見えなかったという。
二人の怒りは、一つの村を滅ぼすだけでは止まらず、怒りの矛先は自分達を否定した世界そのものに向かった。そして二人の怒りが収まるまで、世界は地獄の形相と化していた。二人の怒りが収まったのは、それから十年後だった。世界には、生きている者が居るのかというぐらい、大地に海、大気までも荒廃していた。
この大災害を生き残った人は、二人はもはや人間でなくただの化物だったという。否定した自分達が悪いのではないかと考える人もいた。生き残った人々はこれを後世に語り継ぐためにこの十年のことを災害ではなく「大厄災」または「涙の災禍」といった。
― 現実 ―
これでおしまい。
二人がどうなったかって? それは、誰にもわからない。
もしかしたら、君の後ろや目の前にいるかもね。
私? 私は違うよ、ただの語り部。物語を過去から未来へと導く先導者。
どうしたら、こんなことにならなかったかって?
それは、みんなが二人を認めてあげればよかったんだよ。
二人は、居場所が欲しかったのさ。
私は、次の町にこれから行くからね。
でも、ほら親御さんが呼んでいるよ。忘れないでね、この話を。
このお話に続きはある。それは、二人が交わした永遠の約束にかかわること。このことを知る人間は、少ない方がいい。ましてや、あんな小さな子供に語る必要はない。
何呟いているの?
なんでもない。すぐに次の町に行こう。
ここに居ては危険だ。
うん。約束を成就させるためにも。
あぁ、約束の為に。
一組の男女の旅人が夕闇の中へと消えて行った。旅人の後ろ姿は鬼神と魔女の二人に似ていた。
『貴方にこの約束わかりますか? 貴方が命を懸けてでも成就させたい理想はありますか?』