一章 ヒーローやってます Ⅶ
静寂に支配された、月明かりだけが照らす公園。そこに二つの気配があった。
一つは青年の者。二十代半ばくらいの会社員。魔族だということを除けば、至って普通のサラリーマンだ。
もう一つは彼と対峙するように立つ男。フードにサングラスと顔までは見ることのできないものの、がたいのいい体躯は一目で男だと判別できるほどだ。
「魔族だナ?」
サングラスの男が唸るように借問する。
「それがどうした」
青年は自分より体躯の大きい相手にでも怯むことなく応える。彼も端くれながらも魔族、常人に負けるわけがないと踏んでいるのだろう。
だが相手を完全に人として認識してしまったことが、その身を滅ぼすこととなった。青年はあくまでも端くれの魔族。対峙しただけで相手の力量と自分の力量の差が判別できるほどの力はない。
「そうカ。じャア殺シても問題ないナ」
一語一語を区切るような口調。すべてを言い終えた直後、巨躯の男が消えた。否、青年の瞳にそう映っただけで、実際は彼の瞳で捉えられないほどの超スピードで地を蹴ったのだ。魔族の青年に身構える時間はなく、男の右の握り拳が鳩尾へと打ち込まれた。
「う、く……」
青年が痛みを苦しみを覚える前に、さらに二度目、三度目と叩きこむ。その度に血反吐が空へと飛ぶ。それを見ても巨躯の男の力が緩むことはなく、むしろ強まる。最終的に踏ん張る力を失い支えをなくした青年の体躯が砂地を転がるように後方へと飛ばされた。
「ハハッ。口ほどニもないナ」
吐き捨てるように放った言葉ももう青年の耳には届かない。
巨躯の男は横たわる魔族に近づこうとせず、その場に立ち留まり右腕を前へと翳す。刹那――辺り一面を青白い閃光が瞬き、服の袖から数本の鎖が伸びる。空を裂きながらまるで生きているかのようにうねる鎖は、青年へと絡みつくと首を巻き締める。
魔族の男はもがき苦しむが、その息もすぐに断たれた。
「一名終わリ」
コートの内側から紙とペンを取り出し、人の名前と思われる字の上に重ねて横線を引く。
「残リ少しカ」
書かれた名前の七割ほど線で潰された紙を再び折りたたみしまう。
不気味な閃光が放たれたにも関わらず、一向に近隣の住民も警察も来る気配がない。
男は死体を一瞥し、身を翻す。闇に溶けこむようにその姿を消した。