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一章 ヒーローやってます Ⅲ


 継人と恋夏が悠生の部屋を訪れて二時間余りが経過しようとしていた。

 蒼い空を背に雲の隙間から顔を覗かせていた太陽も、西の空へと沈んで行く。

 ヒーローショーのアルバイト、これからのヒーローの活動を含め雑談に花を咲かせた後(というよりは他にすることがなかった)、後輩二人は帰っていった。

「めんどくせぇ」

 部分部分で凹凸を見せる扉の前、悠生は立っていた。ただし、悠生本人の部屋ではない。悠生の部屋番号を五とするなら、そこは四。つまるところの隣人というわけだ。

 とりあえずノックを二度試し見るが、野太い音が反響するだけで中からの返答はない。

 次いで右斜め上に取り付けられているインターホンに指を乗せる。初めにインターホンを鳴らさなかったのは壊れている可能性も考慮に入れてだった。実際、悠生の部屋のは鳴らないならまだしも、機械音ならず奇怪音を奏でるのだ。

 ――ピンポーン。

 奇怪音ではない機械音、しかしどこか濁ったチャイムが静まり返ったアパートの廊下にまで鳴り響く。

「今日も留守か……」

 独りごちて踵を返そうとしたところで、悠生の瞳が空っぽの郵便口を捉えた。

『隣人さんの郵便口広告の束で埋まってるッすね』

 悠生の頭に継人の何気ない一言が蘇る。確かに彼はそう言っていた。継人と恋夏が居た時間は小一時間ほど。居留守かもしれない……日を改めてまた来るのが面倒な悠生は鍵がかかっていることを確認した後で、最終手段に打って出ることにした。

 ――ピンポーン。

 再び響くチャイム音。ただし一度では止めない。悠生の指が間を空けることなくチャイムのボタンを鳴らし続ける。

 しばらくして、

「うるさあぁぁぁぁい」

 ドアの奥から聞こえた怒鳴り声とともに、鍵の開いた音の後ドアが少しだけ開いた。

 電気が付いてないのか中は真っ暗で、悠生からは姿を確認することはできない。わかるのは声の高さから女性だということくらいか。

「やっと出たか……」

「新聞の勧誘ならお断りですよ」

「……洗剤持った新聞勧誘なんていると思うか?」

 漆黒に潜む真紅の双眸が、洗剤を抱える悠生を一瞥する。

「……勧誘してくれたら洗剤サービス、なんてものも最近始まったかもしれませんよ? 主婦には大助かりじゃないですか」

「確かに、ないとは断言できないが――」

 バタン、とドアの閉じる音が悠生の言葉を遮った。

「…………」

 悠生のこめかみに筋が浮き立つ。いつ以来だろうか、怒りを覚えたのは……

 無言でチャイムのボタンに手を掛け、再度連打に走る。

「あー、もうなんなんすか。洗剤の勧誘ならお断りですよ。確かに今は自分、洗剤ないですけどお金もないんで」

 先ほどより早い時間でドアが開いた。

「洗剤の勧誘ってなんだよ……」

「で? 用があるなら早くしてくれませんか。こう見えて自分、結構急がしい身なんで」

「用というか挨拶だ」

「挨拶……?」

「隣りに引っ越して来たんだよ。大家のやつにあんたを守るように頼まれたからな、顔ぐらいは合わせておこうと思って」

「はあ、そうですか」

 表情は見えずど、その声からは明らかなめんどくささが聞き取れた。

 そりゃそうだ。いきなり知らない、しかも引っ越してきたばかりの隣人に「あんたを守る」と言われたなら、よっぽどの奇人でない限りは十中八九同じ反応をするだろう。もちろん悠生自身もその一人だ。

「大家から聞いてないか?」

「聞いてないですねー。知ってると思いますけど、あの人ほとんどいないですから」

 そういえばそうだった。

「多分また外国にでも行ってるんじゃないですかね。無類の旅行好きですし」

「その情報はいらないな」

「デスヨネー」

 ……会話終了。訪れる十秒ほどの短い沈黙。それを打ち破ったのは隣人の方だった。

「それで、なんの話でしたっけ?」

「大家になにも聞いてないのかって話だ」

「ああ、そうでした、そうでしたね。自分はなにも知らされてないですよ。なんせ、さっき言ったような大家ですから」

 それは大家としてどうなんだ。尻目に抱える洗剤を見る。重いわけではないが、ずっと同じ体勢のせいかだるい。

「もしかして、ヒーローですか?」

「ん?」

「守るって話からしてヒーローかな、なんて。違いました?」

 無意識に聞き返した悠生に、可愛い物腰、しかしどこか鋭い声がドア越しに突き刺さる。

「……そうだ」

「やっぱりそうでしたかぁ。でも自分、ヒーローに守られるほど落ちぶれてないんで。どうせ引きこもりですし危険なんてないですし、ええ」

「…………」

 歯に衣着せぬ物言いでドアの奥の隣人が言い募る。

 元々最低限でしか気に掛けないつもりだったが、こう堂々と言われると悠生でもムッくるものがある。

「用事も終わったということで、これで失礼しますね」

「では」という声とともにカチャリとドアが閉まる。

「はぁ……」

 残された悠生の口からはため息が零れ、部屋へと帰るべく体の向きを変えようと右足を浮かした直後、

「あー、待ってください」

 ギシギシと木の軋む音とともに再びドアが大きく開かれた。その角度は先ほどのおよそ二倍、ほぼ全開に近い。というわけわ、だ。隣人の姿が悠生の眼前に晒されるわけで、

「眩しい……日のあるうちは外に出るもんじゃないですね」

 身長は中学生くらいだろうか。しかし顔立ちは整っていて、十人見れば十人が美少女だというだろう。ただし、艶のある黒髪は寝癖だらけで、二つの真紅の瞳の下には隈ができ気だるそうに半分だけ見開かれている。……いわゆる残念系美少女というやつだ。

 まだ幼さの残る童顔がゆっくりと悠生の方へと向く。

「…………っ!」

 別に美しさに呑まれたわけでも、一目惚れでもない。ただ記憶の隅に眠るとある人物と合点した、それだけの話。ただの見知った顔、それだけで済めばどれだけ良かったものか。だって彼女は、

「初めまして、ヒーローさん。自分魔族幹部級のナギサ・ルル・マモン。今では廻谷渚って名乗らせてもらってます」

 魔族。しかも、魔族保護法に適されていない最高位の魔族なのだから。

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