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一章 ヒーローやってますⅡ


 そのアパートはヒーローショーを行ったテーマパークから三十分ほど歩いたところにあった。

 今どき珍しく一戸建ての木造建築、風が吹く度に轟々と犇めく呻き声を上げ、今にも取って付けたかのような屋根や壁が飛んでいってしまうんではと思わせる、ボロ臭い建築物だった。

「着いたぞ」

 悠生の一言に、恋夏と継人が同時に首を傾け目の前のアパートを見上げる。

「これが先輩のアパート……」

「オンボロッスね」

 恋夏は言葉を濁し、継人は率直な感想を告げた。

「安いんだよ」

 誰に聞かれたわけでもなく、そう応えた。

「……いくらなんですか?」

「ん」

 短く言って指を一本立てた。

「一万! 安いッスね」

 確かにいくら古いからといって、駅から遠からずの悪くない立地条件で一万円は安い。しかし、悠生の続く言葉はそれをさらに上回っていた。

「いや、千だ」

「千って……え! 野口ッスか、さすがに安すぎないッスか?」

「まあ条件付きだけどな」

「条件ですか?」

「このアパートの住人全員を守って欲しいとかなんとか」

 おそらく入居の際に、悠生がヒーローだとわかったからの頼み事だろう。今は防犯危惧一つ取りつけるのにも、結構なお金がかかるのだ。

「いかにも何か出そうッすもんね」

「なにかって……」

「幽霊……とか?」

 場が凍りついた。

「引っ越すのやめましょ! 危ないッスよ!」

「幽霊も魔族も似たようなもんだろ」

 いつまでもアパート前で叫んでいるわけにもいかないので、止めていた足を動かし始め敷地内へと入る。

 後方では後輩二人が顔を見合わせ項垂れた後、悠生の背を追った。



 亀裂の入るアスファルトの敷かれた地面に、コツコツと三つの足音が響く。

 狭長な廊下のため、悠生と継人が並び、後ろに恋夏とトライアングルフォーメーション。

「で? なんで付いてきてるんだよ」

「やっぱ気になるじゃないですか。一度くらい幽霊? 見てみたいッスよ」

「私は違いますよ。先輩が呪われたりしないか心配で、ですよ」

「お前ら……」

 口では呆れつつ言うものの制止はせず、悠生は自分が借りている最奥の部屋を目指す。

「部屋数多いッスね」

 向かい合う二対の部屋が六つ。

「住んでるのは俺を含めて二人だけどな」

「住人数は少ないッスね……」

「どこの部屋ですか、その人」

「隣り――」

 言い終える前に、悠生と継人の間から恋夏が肩越しに顔を覗かせ、

「女じゃないですよねっ!?」

「さあ。まだ見たこともない。それと耳元で声を上げるな、頭に響く」

「隣なのにまだ挨拶に行ってないんすか?」

「居ないんだよ。数回行ったが全部留守」

「案外もう死んじゃってたりとか……」

「不吉なこと言わないでよ継人」

恋夏の張った声に、継人が考え込んだ。

「前々から思ってたんすけど、俺も草茅より年上なのになんで呼び捨てなんすか! しかも下の名前で」

「継人は継人でしょ? 今更なに言ってるのよ」

「そんな、さも当たり前かのように言わないでくださいッスよ」

 後輩二人の会話をBGMに歩くこと数秒、悠生は自身の部屋の前へとたどり着いた。

「ここが先輩の部屋ですか? 番号を覚えと……かなくても突きあたりだし大丈夫だよね」

「隣人さんの郵便口広告の束で埋まってるッすね」

「入るなら最後の奴はドア閉めてこいよ」

 遅まきの後輩二人を後に狭い台所を抜け、テレビ、タンス、机、上着掛け、布団と最低限の家具しかない六畳ほどの殺風景な部屋へと踏み入った。強風が吹く度に薄い窓が轟々と唸りを上げる。

「中は意外としっかりしてるんですね」

「これでも本来なら家賃三万程だからな」

 上着を脱いで三脚の上着掛けへと掛け、腰を下ろす。

「言っとくがなにもないぞ」

 視線を端々へと見向ける継人に念を押す。

「氷坂さんってもしかして……そっちの気があるッスか?」

「どうしてそうなる」

「氷坂さんが女性に興味を示してるところを見たことがないな、と。現に恋夏にだってぐふぁっ」

 本日二度目のボディブローが炸裂。

 女に興味がないわけじゃないし、恋夏が好意を向けていることを気付かないほど鈍感でもない。自分には付き合う資格がない、といえば恰好つけすぎだが事実だから他に言いようがない。なんせ、まともに職にもついてないフリーターなのだから。

「私はお金なんて気にしませんから。先輩が先輩だから、その……」

 恋夏が優しくほほ笑んだ後、頬を染め言い淀む。

 俯く彼女の頭を撫でる。触り心地のいいさらさらな髪の感触、ほのかに漂う柑橘系の甘酸っぱいシャンプーの香りが悠生の鼻腔を擽る。

「ごめんな……」

 掠れた声を零す。

 上手く聞き取ることのできなかった、顔を上げて小首を傾げる。

「え? 先輩、なにか言いました?」

「気にするな。独り言だ」

「そうですか?」

 きょとんとする恋夏を斜眼に、自分への苛立ちをごまかすように髪を掻いた。

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