一章 ヒーローやってます
スタッフルームと殴り書かれたプレートの貼られた部屋。
ロッカーとショーの道具でほとんどのスペースを奪われたそこは、お世辞にも綺麗とは言い難い。中央に位置する長机とパイプ椅子のみが唯一の救いだ。
「だーかーらー、俺は本物の怪人や魔族とかと戦いたいんッスよ」
未だレッドの衣装を着たまま、レッドこと澤井継人が十八歳にしてまだ幼さの残る声で言う。
「悪がいないってことは世の中が平和ってことだ。いいだろそれで」
服を脱ぎながら着替え途中のブルーこと氷坂悠生は、目にかかりそうなほどの髪を払いながら気だるそうに呟いた。
「私も無駄な闘いはしたくないなぁ」
既に別の個室で着替え終えていたイエローこと草茅恋夏が、壊れかけのパイプ椅子に腰を掛け、十六歳にしては小柄な体躯と頭の両端で括った桃色の二つの尾を揺らしながら、悠生に賛同する。
「それに、今じゃ闘いたいと思って闘えるほど魔族はいないしな」
「そこはほら、探すんすよ、根気で」
「あのなぁ……」
ヒーロースーツから黒のポロシャツと紺のジーンズへと着替え終わった悠生は壁を背にため息混じりに呟いて、鞄からタブレットを取り出し慣れた手つきで操作する。
数秒後、画面に表示された文章を拡大し継人へと見せる。
「読んでみろ」
魔族――そう呼ばれるのは、吸血鬼だったり、竜だったりと様々な姿の人に害をなす生き物だ。意味もなく街を壊したり、人を殺す。それらを快感とし世界征服を企む地球の敵。だが昨今その魔族と呼ばれる生き物の数は急激に減衰し始めた。もちろん人間にとっては喜ばしい限りだが、それは"ヒーロー"と呼ばれる一部の人間にも影響を及ぼした。生まれつき異能や常人を超えた力を持つ者は魔族を倒すことを仕事とし、国から給金をもらえていた。しかし目的とする魔族が減れば"ヒーロー"も減るのは当たり前だった。今では給金は断たれ、仕事としてではなく『倒して活躍したい』『正義の味方でいたい』などの志を持つ者たちだけが活動する、いわばボランティアの様な形式となっている。悠生たちも元々は"ヒーロー"として日々悪の根を根絶やしにしていたのだが、いきなり仕事を無くし何の取り柄もない青年となった彼を雇ってくれるほど世の中は甘くはなく、今では個人の異能を生かしてヒーローショーに出るヒーロー役のアルバイターを請け負い、生活を繋いでいるのだ。
「でも全滅したわけじゃないんすよね? なら可能性はあるッスよね?」
「はぁ……」
本日幾度目かにもなるため息をつき、悠生はタブレットの電源を切ると自分の荷物を担ぎ上げる。
「あれ、どこ行くんすか?」
「……帰るんだよ」
「先輩、待ってください。私も一緒に帰ります」
悠生がドアの前まで行くと、今まで黙っていた恋夏が駆け寄ってきた。
「待ってくださいッすよっ!」
部屋を出た悠生と恋夏の背後から継人の張った声と、机と椅子を巻き込んで壮大に転げた音が聞こえたのだった。