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妙薬はホムンクルス  作者: 滝田利宇
第二章
13/17

旅の慰み


 王都脱出から五日目。

 ロイドとゼノンを御者台に乗せた荷馬車が街道を行く。

 冬には貴重な穏やかな日差しが降り注ぐ。

 ゼノンは毛布の下であくびをした。


 ミレーネが「飛ぶ練習がしたい」とごねるので、ロイドは好きにさせていた。

 馬車のはるか上を旋回したり、急に加速しては減速したり、ハチドリのように空中に静止したり、周りにロイドとゼノン以外の人間がいたら、「あれはなんの鳥だ」と聞くだろう。


 あれはカラスだ。

 普通のカラスらしからぬ動きをするのは、ミレーネが風の魔法を応用しているからだ。最初に突風を起こして急発進したときは、止まることができずに木に突っ込んだ。それから障害物のない上空で練習をするようになり、馬車の上を行ったり来たりしている。

 初めの内こそ、縦横無尽に飛び回る奇妙なカラスを、ゼノンもロイドも楽しく見守っていたが、この三日ほどですでに日常の一部になりつつあった。見慣れるにしては異様な光景だが、誰かが近づけばミレーネの鳥目がすぐさま見つけるだろうし、飛ぶのも上達したため、心配をすることもない。今はうたた寝を始めるゼノンも、あくびがうつったロイドも、カラスから目を離していた。


 そんな時のことだった。

 突然、「ガッ」と苦しげなカラスの声がすると、続いて「きゃっ」とらしくないミレーネの声が空から聞こえた。


「――空から?」


 ロイドが空を見上げた時には、ミレーネは地面に落ちていた。

 慌ててロイドは馬車を止めて、ミレーネの声がしたあたりへ走る。何事かと起きだしたゼノンが遅れてついてくる。


「けがは……って、ミレーネ?」


 そこにはカラスよりひと回り大きな鳥と格闘するミレーネがいた。ロイドが見つけた時には、体の正面を隠すようにその鳥を羽交い絞めにするところだった。鳥はタカだった。


「っと、けがはないよ、大丈夫。〈保護〉で――うわっ」


 カラスを捕まえたはずがなぜか人間に捕まり、重みで地面に引きずりおろされたタカは、完全に恐慌状態だ。「キエッ」と甲高く叫び、荒ぶるタカは爪やくちばしをミレーネにかすめるが、〈保護〉に守られ傷一つつけられない。


「けがはないから、二人はむこう向いててくれるー? あー、あの馬の時と一緒」


 必死のタカの裏から、のんびりと指示があったので、ロイドはそれに従った。指示をするまでもなくゼノンはむこうを向いていた。


「食うものいつか食われるべし。いただきます」


 その声の直後にタカの暴れる羽音が消えて、ロイドは「もう大丈夫か?」と尋ねた。


「うん、大丈夫。っと、ちょっと待って」


 再び「大丈夫」と聞こえて、少し間を開けてからロイドが振り返ると、白い残光に包まれるタカがいた。


「ミレーネか?」


 ロイドの問いに、タカが「キー」と鳴き返して、首を上下させた。

「へ?」ゼノンはタカをまじまじと見つめた。

 タカは先に馬車に乗り、着替えたミレーネがロイドとゼノンを待っていた。

 ゼノンの表情が硬いのを見て、ミレーネの顔も強張った。本人がいうよりいいだろうとロイドは判断した。


「ゼノンには話してもいいだろう?」

「……うん。お願い。ゼノンには信じてもらいたい」


 ミレーネの切実な訴えをロイドは聞き届けた。


「――ミレーネは動物ならああやって命をもらうことで、変身できるようになる。誤解のないようにいっておくと、動物ならばの話だ。人間にはできない。ちがうか?」

「ちがわない?」

「疑問で返すなよ」

「いや、人間にやろうとは思わないし、したこともないから。怖いじゃん」

「だそうだ。ミレーネがリラを襲ったとか、想像したか?」


 ゼノンがぶんぶんと首を振った。


「う、ううん。そんなことない。……ただ、動物でも、ちょっと怖いって思った」


 ゼノンの正直な言葉に二人はどきりとした。合わせるように、馬車が石を引いて跳ね上がった。


「まあ、俺も最初はそう思った」


 ロイドも正直なところを打ち明けた。


「やっぱり? わたしも馬でできた時は喜んでたけど、後から考えたら怖いなあって思った。あの時はいろいろ驚かせてごめんなさい」


 不意打ち気味に謝られたロイドは返事に詰まる。


「……それは、もういい。俺も謝らなきゃいけなかった」


 置いてけぼりにとまどうゼノンをミレーネが見据えた。


「怖がらせてごめんね」

「……ううん、大丈夫」

「あのタカになっても平気?」

「うん、か、母さん飛びたいでしょ?」


 互いにまだその呼び方に気恥ずかしさを感じているようだが、ミレーネは母と呼ばれていつも以上にうれしそうだった。


「ありがとう、ゼノン」


 本音をいうと、カラスより速く飛べる翼が欲しいと思っていたところ、天から降ってくるように襲いかかったのが、あのタカだった。後先考えずにタカの命を奪い返したが、今は早まったと反省していた。とはいえ、タカをそのまま逃がすのは惜しいという気持ちが強すぎた。どちらにせよ避けられない過失だった。ゼノンに隠し事があるうちは。


「でも、いったん飛ぶのはやめとく」

「どうして?」


 ロイドは沈黙したまま、流れに任せようと思った。


「ゼノンにはもう、わたしのことで隠し事したくないなって思うから。お姉ちゃんのこととか、わたしだけの変身術のこととかの話。聞いてくれる?」


 ゼノンにとってもミレーネのことが知りたかった。


「聞く。全部聞きたい」


 全部と詳細はちがうよね、とミレーネは心の中で苦し紛れの言い訳をして、ところどころぼかしながら、自分がホムンクルスの実験に使われたこと、リラが同じ被害者としてミレーネに重なり合い、リラがミレーネを救ってくれたことを話した。リラの虐殺までは踏み込むことができなかったが、これもいずれ話すべきなのか、心の内にとどめておくべきなのか、ミレーネはまだ迷っていた。


「そのリラの記憶のおかげでゼノンを見つけたってところは前話したのと同じ」

「……」


 姉の身に起こった惨劇を聞いて黙り込むゼノンに、同じく黙っていたロイドが声をかけた。


「俺もミレーネから話を聞いただけだから、よくわからないこともあるし、うまくいえないけど、リラには感謝してる。俺をミレーネのところに案内してくれた。それがなかったら危なかったかもしれない。そのミレーネがリラの助けを借りながらゼノンを救った。……あー、同じ話になってすまん。そう、リラのことは誇っていいと思う。ただそれがいいたかっただけで、あとは」

「ぐだぐだだよ」


 ロイドが真剣な話をしようと頑張るが、ミレーネが茶々を入れた。ゼノンはぷっと小さく笑った。


「……なんだ、元気か。……あとは、四日前にミレーネがお前が大きくなったら話すっていってたが、子供の成長は早いな」


 ロイドは「あとは」の続きを無理やり変えてみた。


「ぜんぜん大きくなってないよ?」


 ゼノンの素直な答えに、ロイドは「精神的な意味でだ」と取り繕い、それをミレーネが「ああはいったけど、機会さえあればどうせすぐに話しちゃったと思う」とかきまわした。






 日が出ているうちに野宿の準備を始めた。切らした薪を集め、火を起こして食事を作る。一連の作業を真っ暗になってから行っていては遅い。特に冬の日が傾くのは早い。旅の初日は、そうした知識だけはあっても、習慣としては旅の常識が身についていなかった。一気に冷え込む夜の中、初日の分の薪を持ってきてよかったとミレーネは思った。


 旅の三日目の夜、ロイドの「旅の料理は寂しいな」の一言がきっかけで、食後の慰みとして、昔話の語り聞かせを交替でやってみることになった。もちろんゼノンは常に聴く側に回る。その日は、言い出しっぺのロイドにより有名どころの聖人伝説が語られた。初耳のゼノンにしてみれば、くすぶる冒険心をかき立てられるようで、とても面白かった。その聖人の巡礼地をつなぐ街道には、今も彼の洗礼名が刻まれている。一方のミレーネは、幼いころから聞き飽きた話だったので、あくびをしながら明日のお話のことを考えていた。ロイドがお堅い説法の担当になるのは予想できた。ならば少しでも面白いものを。

 次の日、ミレーネが披露したのは、宿の客に評判だったご自慢の創作物語のひとつ。




 むかしむかしのこと、ハンチンプトンという名前の町がありました。

 そのハンチンプトンには三人のぬすっと兄弟がいました。

 ぬすっとたちにはそれぞれ誰にも負けない才能があるのです。

 末っ子のハンはとっても力持ちで見栄っ張り。石橋をたたいて割るお馬鹿さんです。

 次男のチンはとっても足が速くて勇敢。石橋を渡ってからたたくおまぬけさんです。

 ちょっぴり脳みその足りない二人の弟を率いるのが賢い長男のプトンです。年上のプトンはとっても慎重で堅実。石橋をたたいて渡らない臆病者でした。

 さて、そんな能無し三人が今日も今日とて泥棒しようと狙ったのはなんと――




 最後にネコの影におびえて逃げ出した泥棒たちのドタバタ劇は、ゼノンには好評だった。続けてロイドが昔話の定義について語り出したので、二人は鼻白んだ。


 そうして、旅の五日目の晩。みっつ目の物語。


「今夜は俺の番か」


 ひっそりと夜の(とばり)が降りる。皓々たる月影がうすぎぬのような雲を裂いて、地面を冷たく照らす。ちっぽけなみっつの人影は深い闇に埋もれ、それらが囲む赤い焚き火と白銀の月の間には、無限の距離が横たわるようだ。


 ロイドが白い息を手に吐きかけてすり合わせた。ミレーネは膝の上にゼノンを乗せて、赤みのさした頬をこねまわしていた。


「では司祭の説教集から一つ」


 それを聞いただけでミレーネは「うえー」とうめいた。




 ある商人は市で品物をすべて売りつくし、お金をたくさんもうけて、帰途についていました。

 ある町に立ち寄った彼は、教会の前を通りかかったので、教会堂の中に入りました。そこで貴重品袋を足もとに置いて、神様に祈りを捧げました。

 祈りを終えて立ち上がると、貴重品袋のことを忘れて建物を後にしました。

 その町に住むある男もまた教会堂を訪れ、神様に祈りをささげるのを習慣としていていました。教会堂に入った男は商人の貴重品袋を見つけました。しっかりと封をし、鍵がかけてあります。さて、どうしたものでしょう。もし、大金の入った袋を見つけた、と公言すれば、関係のない人まで「自分がなくしたものだ」と騒ぎ立てるでしょう。そこで彼は貴重品袋を自分で保管し、司祭に言伝を頼みました。

「何かなくしものをした人がいたら、わたしの家に来るようにいってください」


 さて、商人は町を出るころになって貴重品袋がないことに気が付きました。慌てて教会堂に引き返しましたが、何もありません。貴重品袋を置いた場所には「探し物がある人は司祭に聞いてください」と書置きがありました。司祭にそのことで尋ねると、張り紙のある男の家に行ってみなさいといわれました。

 商人は「お導きのあった方へ」という張り紙のある家を訪ねました。

 男は出てきて、「どうなさったのですか」と尋ねました。商人は答えます。「私はなくしものを探してここまで来たのです」

 男は何も知らないふりをして、商人を試しました。

「何かをなくされたのですか」

「ええ! それはもう、大切な宝物です」商人は叫びました。「それはどんな?」「こういう封をして、こんな鍵をかけたお金の入った貴重品袋です」

 男は商人が本当の持ち主だとわかったので、貴重品袋を返しました。男の正直さに心打たれた商人は考え込みました。

「ああ、わたしにこんな財産を持つ資格はない。この人のほうがよっぽど資格を備えている。お金もきっと正しく使ってくれるにちがいない」そこで彼はいいました。「このお金はわたしなどよりあなたが持つべきです。あなたに差し上げます」男は驚きました。「そんな、受け取れません!」「いいえ、あなたにこそふさわしい。神にあなたの心の美しいことをご報告しなければ」「これはあなたの稼いだお金でしょう」「あなたと出会えたことがわたしの財産です。それでは」商人は鍵を男に握らせて去っていきました。

 残された男はしばらくお金の入った袋を握りしめてから、商人の後を追いかけました。

「泥棒です! 誰かその泥棒を捕まえてください!」

 近所の人々は商人を捕まえて、男に尋ねました。「こいつはいったい何を盗んだんです?」「彼はとんでもないものを盗んでいきました」「それは何ですか?」「わたしが今の今まで大事にしてきた清貧という宝物です」




「なるほど。泥棒つながりできたかあ」


 消えかかった焚き火に木の棒を投げ込みながら、ミレーネが感心した。


「でも、最後がわからないし、つまらないよね」

「わからないのにつまらないってどうしてわかる」

「間違えた。わからないと、つまらないよね。いや、わたしはわかったけど、ゼノンは話の落ちわかった?」

「うん」


 元気な返事があった。


「おー、ゼノン賢い。でも、お話はわたしのほうが面白かったよね」

「う、……うん?」


 ゼノンは首をひねった末にぎこちなく肯定した。ロイドが静かに咳払いした。


「山あれば谷あり、面白き話あれば、つまらなき話あり」

「雰囲気を盛り上げるわたしがいれば、落とすロイドあり」

「お、話が落ちた」


 ミレーネが小さく噴き出したが、ゼノンは意味がわからないまま、つられるように笑った。


「ちなみにこの説教は、あの司祭の力作らしい」

「よっしゃ、勝った」とミレーネは意味不明の勝利宣言をした。


 ふるーい民話や童話は現代的な感覚からすると、面白くはないと思います。なのに理不尽な暴力でいっぱいの世界がとっても刺激的。


 ミレーネの話は筆者の創作ですが、ロイドのどろぼうの話は、おっと、だみ声の刑事が来たようだ……。


 またつまらぬものを書いてしまった。

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