閑話 大きすぎる母の愛と
顔面注意!
息が止まる息抜きタイム。閑話とは、むだばなしのことです。
ゼノンの一人称でお送りします。
それはぼくたちが王都を出発して三日目の夜に起こった。
ぼくは突然の息苦しさに目を覚ました。
確かに目を覚ました。なのに、目が開けられない。真っ暗な世界に放り込まれたまま、息すらできない。口も鼻もふさがれている。頭を動かそうにも、信じられないくらい強い力で頭が押さえつけられている。
もう、だめだ、と思った。今度こそ死んだ。
――いや、あきらめちゃいけない。
ふと、寝る前に父さん――心の中ではまだロイドさんって呼んでるけど、ロイドさんが話してくれた聖人伝説を思い出した。ロイドさんのお話は難しいけど、ためになる気がした。その物語の中では、ぜったいにあきらめない心の持ち主ががんばっていた。
ぼくはがむしゃらに全身で暴れた。やっぱりものすごい力だ。それだけじゃない。頭のまわりにぐにぐにとくっつくもののせいで、抜けだせない。それでもなんとか口にすき間ができた。必死になって目の前の柔らかいものに歯を立てた。
「うぃたっ!」
ヘンな叫び声が聞こえた。母さん――ミレーネさんが起きた。
自由になった。ほっと息をついた。本当に死ぬかと思った。
ぼくを殺しかけたのはミレーネさんだった。正確にはミレーネさんのばかみたいに大きい胸とばか力の二つが原因だった。ばかとかいってごめんなさい。かんだのもごめんなさい。でも、ばかっていってやらなきゃ気が済まない。
まずミレーネさんの胸は大きすぎる。うでとかおなかとかは細いのに、そこだけ大きいのは不自然だ。おかしい。気になる。あんまりじろじろ見ちゃいけないのはわかっているけど、目に入るんだからしょうがない。歩いていても、荷車がガタゴト揺れても、一緒に揺れる。見ていて飽きない。
それだけなら、たぶんぼくは死にかけなかった。
二つ目に、ばか力。ふだんはふつうの女の人と同じくらいの力しかないように見える。
だけど、寝ているときとか寝ぼけたときの力がおかしい。
きっと、ロイドさんより強い。ロイドさんが弱いわけじゃない。それこそ「そういうとき」のミレーネさんは大きな動物みたいな力で抱きしめてくることがある。クマとか馬の力が出せるの? って聞いても、変身しなければむりらしい。じゃあ、あれは何なのか。あれはなぞの力だ。今のところぼくしか知らない、なぞの怪力だ。寝ぼけたミレーネさんに勝てる人はきっといない。起きてるときのミレーネさんに勝てる人もぼくは知らない。
ともかく、おかげでぼくは寝不足になった。
そして寝るときは必ずミレーネさんに背を向けることにした。
「照れてるのー?」とか、楽しそうな声でぼくの背中をつついてくるけど、無視した。本当に危なかったって信じてもらえるまで、無視した。そう、あれはキョウキだ。
――あ、くっつかないで!
背中にあたる「それ」がこわい。
「ゼノンふるえてるよ? 寒いの?」
「ううん……」
それでも、背中は暖くて、気持ちよくて、すぐに寝てしまった。
閑話とは、むだばなしのことです。




