第四話 東街ハイリッヒ・キルヒェ
長らく更新を止めてしまい申し訳ありませんでした。
雨の季節を迎え、傘を差す人の群れが闊歩する。
ヴィデッドが現れてから二カ月が経ち、スレイブとカーターはまた前のように依頼や任務をこなしていた。体の傷は完全に癒えているが、カーターの心はまだ癒えていなかった。普段は陽気に振る舞ってはいるが、悪魔との戦闘に立つと誰にも止められなくなる。怒りをぶつけ、どちらが悪なのか分からなくなるほどに凄惨な殺し方を、カーターはするのだ。
あれから共に行動することが多くなったスレイブは、それでいいと思っている。カーターが大切な友を奪われた辛みは、どれほどのものなのだろうか? そう考えても、答えは出ない。スレイブも親を殺し、自分という存在を生み出したヴィデッドに対して憎しみを持っていた。しかし、カーターとは違う。彼は多くの時間を共にした友を殺された。それも自分と一緒に戦っていた時にだ。いきなり突き付けられた虚無感と後悔の念は、彼をいとも簡単に押しつぶした。
スレイブの憎しみとは似ているようで全く違う。
ロズに呼び出されたスレイブは、カーターと共にバッシュへ向かった。
住宅街の中の一際大きな家の中へ入り、荷物を下ろす。ロズはキッチンからコーヒー片手に出て来た。
「わざわざすまない。遠かったろう」
「挨拶はいいさ。で? なんで俺達を呼び出したんだ?」
カーターはソファにどっしりと腰を下ろし、手を組み、本題へ入るよう急かした。
その様子を見ていたスレイブは座ろうとはせず、冷蔵庫から一本ボトルジュースを取り出すと、ふたを開け、口を付けた。
「教団が大きく動いている。代表が直々に命令を出しているんだ。これは今までになかった事だぞ。私も命を受けたのだが、その内容が、お前達を含めた複数人の団員をある場所に向かわせろというものだ」
「代表って……だれだ?」
「カーター、自分がいる組織のトップの名前も知らないのか……?」
ロズが溜息をつき、頭を抱えた。
代表の名前は知っていたが、その実態を一度も見たことが無いスレイブは、
カーターの質問にのり、ロズに聞きなおした。
「誰なんだ?」
「レフォルムという男だ。教団の代表であり、指揮官ではあるのだが、いつもは連絡すら取れない。どこで何をしているのか分からない状態がもう何十年も続いていた。しかし、昨晩に連絡があってな、お前達を東街ハイリッヒ・キルヒェに向かわせろと言われた」
「何十年? おいおい、レフォルムってのはいくつなんだ?」
これはカーターだ。眉を寄せて、面白くなさそうに顔をしかめている。
ロズは一旦間を置くと、
「知らない」
そう言い放った。
スレイブとカーターは何か微妙な雰囲気を感じ取り、それ以上聞けなかった。
「とにかくだ。お前達には列車で移動し、ハイリッヒに向かってもらう。同行するのはミロだ。向こうではシェイルとロベルトも待っている」
ロズが喋り終えるや否やすぐさまカーターは立ち上がり、荷物を抱え、玄関へ向かう。スレイブも同じだ。この空間から早く立ち去りたいと思っていた。だが、別にスレイブはこの家が嫌いなわけではない。ロズが発していた冷たい空気が嫌だったのだ。いつものロズと違う明確な証拠はないが、何かが違うと感じていた。それはスレイブの心に靄をかけ、緩やかに締め付けていた。
駅前に着いた二人は、ミロを探していた。といってもカーターはミロと会ったことがないため、実質探しているのはスレイブ一人だけ。カーターはその横でフランクフルトを頬張っている。
(どこにいる……! もしやまだ来ていないのか……?)
若干イラつき始めたスレイブ。腕を組み、足をしきりにゆすっている。カーターが最後の一口にかぶりつこうとしたその時、二人の首筋に電流が走った。
スレイブは構え、後ずさり、後ろを振り返ったが、そこにいたのはこのジメジメとした季節特有の陰気を吹き飛ばす、晴れ晴れとした笑顔のミロだった。
「ぶふっ! 久々にスレイブのそんな顔見たよ!」
「…………はあ、子供かお前は」
子供のように笑うミロに、呆れた顔でスレイブも笑う。
「おいてめぇ! 最後の一口だったのに、もう食えねえじゃねーか!」
喚くカーターが指差す方には、土埃にまみれた哀れなフランクフルトが転がっていた。これではもう食べられない。
「あー、ごめん。もう一本奢るから!」
もう一本という言葉にカーターの鼻がひくつき、額に浮かび上がっていた血管が沈む。
「……まあ、許してやらねえでもねえ」
不機嫌そうなカーターと、全く反省していない様子のミロに、スレイブは早く買ってこいと促し、先に駅の中へ向かう。
切符を買い終えると、ベンチに座り、列車と二人を待つ。
(そういえば……)
なんとなく考え事を探していたスレイブは、些細な事に気付いた。
(ハイリッヒ・キルヒェの近くに、ミロの村があったな。姉の墓もそこにあったはずだ)
そのことを思い出した弾みに、ミロと出会った時の事も思い出した。あの頃の廃人のようなミロを知っているからこそ、スレイブとミロは親友になりえたのだ。同時期に教団に入ったという事も関係はあるが、やはり二人が互いに共感し合えたのは、悪魔を恨んでいたからこそ。それ以外は、理由とは言えない程の微々たるものだ。あってもなくても変わりは無い。
そういう意味では、カーターもスレイブの親友と言える。ここ二ヶ月で、カーターと関係性は大きく変わった。
物思いに耽っていると、駅の構内にベルが鳴り響いた。
「お待たせ、もう来るの?」
小走りでスレイブの横に来たミロがそう聞く。それに頷くと、スレイブはカーターの方を見た。のろのろと歩き、紙袋を大事に抱えている。明らかにフランクフルト一本の大きさじゃない。しかもそのフランクフルトはカーターの右手にある。左の脇腹に抱えられた紙袋は膨らんでおり、その存在感はスレイブが気付くのに時間はいらないほどに堂々としていた。
「カーター……、また何か買ったのか」
視線は紙袋に注がれている。
「仕事前に腹満たしていくのは当たり前だろうが、ほら、言うだろ? 腹が減っては悪魔を討てぬ、ってな」
「そんな言葉は知らん。ほら行くぞ」
スレイブが前を向くのとほぼ同時に列車が停まった。少しばかり耳障り金属音が鳴ったが、それも直ぐに止んだ。
ミロが席を決め、そこに二人も座る。間もなくして、列車は走り出した。