敗者は愁い 2
一人はシェイルだ。動きやすそうな服を着ている。
もう一人は、スーツを着た男。青い目はスレイブを見つめ、赤に近い茶色い髪を手で押さえつけている。年は三十代前半と言ったところか。全体的に落ち着いた雰囲気をまとっている。
シェイルはカーターの様子を伺い、その後スレイブの横に立った。
「……見事に負けたな。奴がおとなしく去ったからいいものの、お前は命令を無視し、そして失敗した」
「ああ」
「ソリ―・トゥロウス、カイル・ブレンダ―は死亡……。二人とも死体で確認された。どう責任を取る?」
棘がある口調でシェイルが問い詰めていると、横にいた男がシェイル、と話に割って入った。
「それはちょいと辛いだろう。こっちもたった三人で当たらせたんだ、彼だけを責めるのは間違ってると思うぜ。な?」
誰だ、というスレイブの視線に気づき、男は自己紹介をした。
「アレックス・ロベルトだ。俺も一緒に戦えればよかったんだが……」
「ロベルトは各国を渡っている。悪魔の討伐、調査をかねてな。今回たまたま近くにいたんだ」
シェイルの説明に頷き、ロベルトの方を向きなおした。ロベルトは微笑むと、手を差し出したが、スレイブはその手を握らなかった。
「今は体を休めろ。こんな状態じゃ使い物にならんからな」
「…………分かった」
シェイルはうつむいているスレイブを静かに見下ろすと、すぐに部屋から出て行った。
「あいつはけっこうあんたのこと考えてるぜ。口には出さないが、俺には分かる」
「……何故そんなことが分かる?」
「パートナーだからだ。一緒に仕事をすることが多いからな。シェイルとの付き合いは長い。あいつにとっては、あんたが最後の家族なんだ。そりゃ心配するだろうさ」
スレイブは馬鹿にしたように笑い、それはないと返す。
「シェイルは俺を恨んでいる。憎しみこそあれど、愛は無い」
「いいや、あるさ。あいつは接し方が分からないんだろう。ただ、それだけだ。あんたを恨んでも仕方ない事は、あいつも分かってるはずだ」
ここでスレイブははっとした顔で尋ねた。
「あんた、俺達のこと知ってるのか?」
「まあ、一応な。深くまで入り込もうとは思わないから、安心してくれ」
ロズベルトは煙草をくわえると、至る所がへこんだライターで火をつけた。ぼろぼろで、傷がいくつも付いている。ライターの事を聞こうかと思ったが、どうでもいいことだとスレイブは聞くのを止めた。そして、当たり前のように煙草を吸うロベルトに注意する。
「おい、ここは病院だぞ。病人の前で煙草を吸うなよ」
「大丈夫だ。ここは特別に用意してもらった病室だから、鬼のような形相をしたナースにがみがみと怒られることも無い」
「俺が怒る」
そう言うとロベルトは困った顔をして、携帯用の灰皿に煙草を押し付け、火を消した。
「じゃあ、失礼するよ。シェイルの事は任せてくれ」
手で挨拶をすると、ロベルトは扉を開け、部屋を出た。
再び静かになった部屋で、スレイブは目をつぶり、眠ろうとしたが、眠れなかった。
真っ赤な視界に白い光が飛び込み、繋がりかけたまぶたを無理やり開く。カーターは、酷い頭痛に耐えながら、病室で目を覚ました。
ここがどこかを知ろうとして立ち上がり、窓の外を見る。まず目に入ったのは、窓のすぐそばで生えている草木。その次に、車椅子を押しているナースと、その患者。ここが病院だと分かると、カーターはよろめきながら病室を出た。
スリッパを履いていないため、冷たい廊下を素足で歩かねばならない。階段を上がり、屋上へ向かう。途中誰とも出くわさないことを少し不思議に思ったが、気にしなかった。
ぎこちない動きで開いた屋上への扉。外の空気は澄んでいた。今までは太陽がそこらを照らしていたが、もう雲が太陽の光を遮ってしまった。灰色の雲だ。向こう側は黒い。
カーターの視線の先に、男が一人いた。
スレイブだ。
ぼうっと立って空を見つめている。カーターはスレイブの方へ歩いた。
「なにしてんだ?」
「カーター……」
スレイブは驚いた表情で振り返った。
「傷は大丈夫なのか?」
カーターはなんでもないように返事をすると、頭の包帯を無理やりほどき、投げ捨てた。
スレイブは、罪悪感を感じている。自分が二人を死なせてしまったと、二人の親友であるカーターに負い目を感じているのだ。
「あいつらは……ソリ―とカイルは……」
カーターがスレイブを見る。スレイブは、しっかりと頷いた。
それを見たカーターはため息をつき、柵に体を預け、重い表情で昔話を始めた。
「俺達スラム出身なんだよ。全員親なし家なし飯なしでな。色々やっちゃいけねぇ事もしたが、生きていくためには必要だった。そんな時によ、悪魔と出会ったんだ。丸くてごつい、熊みたいな悪魔だったな。まあ、そこで俺達は見事に魔力を使い、倒したわけだ。
その場面を見ていた教団員に拾われて、現在に至る、だ。拾ってくれた奴は死んじまったがな」
途中詰まったり、せわしなく体を動かしたりと、あまり伝える事が上手くないが、カーターは話し続けた。
「スレイブ、あんたが責任を感じる必要はねぇさ。いつ死んでもおかしくない、あいつらだって分かってたはずだ。カイルなんて考えすぎて吐いてたがな! だから、誰のせいってわけでもねぇ」
背中を叩かれたスレイブは、カーターと笑いあい、屋上を出ることにした。雨が降って来たのだ。冷たく大きな雨粒。
その雨は、次第に強まり、容赦なく街を濡らした。