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アンヘル  作者: トレト
5/12

    母と兄 3

遅れました

 カーターの食事の様子を二人が見ていると、最後の一人が戻ってきた。青白い顔で俯き、ぶつぶつと何かを呟いている。茶色い髪はワックスで固められていて、上へ尖るように一つにまとめられている。青い目に生気は宿っておらず、下を見つめて動かない。格好は黄色のシャツに黒いズボン。目立つものは無かった。

 あまりに気分の悪そうな顔をした男にスレイブが呆れていると、カーターが店中に聞こえるぐらいの大声で喋りだした。


「この青い顔した奴がカイルだ! なあに、心配はいらねえ、こいつはいつだってこうだからよ」


「二人はいつも一緒にいるのか?」

 

 手を組み直したスレイブが、カーターに聞く。


「いや、四六時中ってわけじゃねえが、大概はいるな! 俺達三人はチームで動くんだ」

 

 カーターの話を聞きながら、視線を横にいるソリ―に移すと、ソリ―は頭をかく素振りを見せてスレイブに笑いかけた。

 そうこうしている内もカイルはそわそわしていて、いきなり口を押さえたかと思うとトイレにむかおうとする。しかし、カーターに服を掴まれ、無理やり引きずられながら店の外に連れて行かれた。


「この光景はいつもの事さ。ささ、ここは俺が済ますから、スレイブさんも車乗って!」

 

 ソリ―は立ち上がり、ズボンのポケットから銀色に輝く財布を取り出した。そしてそのままレジに行く。

 スレイブも立ち、店を後にする。外に出ると、道路脇に停めてあった黒いワゴン車にカイルが放り込まれているのが見えた。そして乱暴にドアを閉め、カーターは運転手側に乗り込む。スレイブはカーターの運転に身を任せるかと思うと気が引けたが、仕方なく後部座席に乗り込んだ。

 カーターがエンジンをかけ、やかましい音量で音楽を聴く。楽しそうに身を揺らしているカーターの後ろでは、カイルがむせび泣きながら嗚咽を繰り返す。スレイブは地獄のような時間を過ごしていたが、ソリ―が来たことによって救われた。


「カーター…………お前もう自分の飯代ぐらい自分で払え、お前と会うたびに俺の寿命が縮まる」

 

 助手席に座り込んだソリ―は、頭を抱えた。しかし、カーターはまるで聞こえていないかのように口笛を吹き、車を急発進させた。その拍子にカイルは胃液を吐き、ビニール袋の中にぶちまける。その表情は辛そうだ。

 スレイブは、この三人と行動を共にして大丈夫かと言う疑問が芽生えだしていた。





 街中を猛スピードで走っていた車が急に止まり、車内の全員が前に倒れそうになる。

 着いたのは廃れたビル。それほど大きいわけでは無く、近々取り壊しが決まっていたそうだ。

 ビルの周りにスレイブ達以外の車は無く、辺りは静寂に包まれていた。

 もうすぐ夜が更け、辺りは暗くなる。ビル街から少し離れたここは、誰も人が通らなかった。


「ん?」


 全員車から降りたところで、ソリ―がビルの入り口を見て止まった。スレイブも見ると、そこには、兄のシェイルが立っていた。写真で見たシェリーにうり二つ。しかし、目だけはスレイブの母と違っていた。淀み、暗い紺色の目。憎しみの目だ。その目は、スレイブを見て離さなかった。

 少し驚いたスレイブだったが、ロズから話を聞いていたため、予測は出来た。それほど感情も揺れ動かない。

 しばらく睨み合っていた二人だったが、それはカーターによる発言で中断される。


「アンタがロズの言ってた奴か。ヴィデッドはいるのか?」

 

 シェイルはカーターに視線を移し、軽く頷く。そして付いて来いと言うように、ビルの中へ入って行った。

 それを見たソリ―は肩をすくめ、カーターの背中を叩いて後ろを向かせ、シェイルの後を追った。後ろを向いたカーターはスレイブの横にいたカイルの首に腕を回し、強引に歩かせ、続いてビルの中へ入って行く。

 スレイブは何も言わず、薄暗いビルの中へと足を向けた。


 

 ビルの中は暗く、音がしない。静かすぎる程だ。

 スレイブは階段を上がり、ビルの中を観察している。

 壁はひび割れていて、二階と三階に大きくスプレーで落書きされていた。どこかのチームの名前らしきものと、スカルの絵が描かれている。それも消えかかっていて、灰色の壁がこちらを覗いていた。

 カーター達は五階にいた。崩れている扉の陰に隠れ、そこから部屋の様子をうかがっている。四人は緊張の面持ちをしていたが、カイルの首を絞めたままのカーターに、スレイブは口を歪めてしまう。


「おい、お前! なにニヤついてんだ、ヴィデッドだ! アイツがいるんだ!」

 

 カーターが興奮気味に、だが静かにスレイブを呼びつける。

 ヴィデッドと聞いた瞬間スレイブの笑みが消え、すぐに腰を低くし、カーター達の傍に寄った。カーターは顎で部屋の中を指し、唇を尖らせて息を吐き出す。その息は震えている。

 ソリ―が体をどけて、スレイブが部屋の中を見やすいようにしてくれた。向かいのシェイルがスレイブへと視線を変えたが、ヴィデッドの姿を見ようと興奮しているスレイブはそれに気付かない。

 


 部屋は広い。壁を打ち壊しているため、五階は一つの広間のようだ。すでに日が暮れ、部屋の中は青と黒の陰に包まれている。赤い月が夜空を照らしていたが、ビルの中に光りは届いていない。

 暗い部屋の中に、身を震わせる魔力と、蠢く何かをスレイブは感じた。よく目を凝らし、闇を見つめていると、その正体が見えてくる。

 二つの頭。一つは片目の潰れた狼のもので、もう一つは黒髪の男性の顔。二つの首を辿って行くと一つの体に辿り着いた。大きな頭に見合った大きな体。胴体は人の形をしていたが、下半身は馬の体になっている。この二つ頭の悪魔が最初にスレイブの目に入った。

 一瞬この悪魔がヴィデッドかとスレイブは疑ったが、その傍に居る影から感じる禍々しい魔力に、スレイブは直感的にこの影がヴィデッドだと悟った。

 目を向けるのも躊躇われるほどに重い魔力。スレイブが今まで対処してきた悪魔とは比べものにもならないほどだ。スレイブはゆっくりと、激しくのたうつ心臓を押さえながら、影を見た。



 血で濡れた赤い肌。肉が見えているその体に体毛は無い。身長はスレイブより少し大きく、カーターといい勝負だ。唇が無いため歯が剥き出しになっていて、横に裂けている。目や鼻、耳があるべき所にそれらは無く、代わりに小さな傷がいくつも入っていた。そしてそれよりも大きな傷が右胸辺りから腰にかけて真っ直ぐに刻まれている。組んでいる腕の筋肉が軋み、真っ赤な血が滴っていた。その姿からは冷たく、黒い魔力しか感じられず、生気は感じられない。

 スレイブはその姿に恐怖した。全身から嫌な汗が噴きだし、スレイブの浅黒い肌を伝う。


(勝てない――)

 

 直感的に、そう思った。どうやっても自分が勝つ姿をイメージ出来ないスレイブは、戦わずしてヴィデッドの魔力に心を折られかけていた。


「恐怖しているのか? お前の父親だろう。まさに感動の再会だな」

 

 嘲笑い、スレイブを侮辱するシェイル。


「……黙れ」

 

 横目でシェイルを睨み、威圧するように低い声で唸るスレイブ。シェイルはそれに軽く笑い、前を向きなおした。


「お、おいなんだ、父親って……?」

 

 今の会話を聞いていたソリ―が二人に対して尋ねる。カーターも聞きたそうだ。

 しかし二人は答えず、黙っているままだった。ソリ―は申し訳なさそうに引っ込み、カーターは舌打ちをする。そのまま少しの間沈黙が続いた。

 痺れを切らしたカーターが突っ込もうとしたが、シェイルがそれを牽制し、静かに立ち上がる。


「知らせていなかったことがある。このビルにはあと二人待機している。そしてビルの周りに五人。アンタ達にはヴィデッドの監視、動きがあれば撃退に勤しんでもらう……俺は戦闘では役に立てない。すまないが、戦績のあるアンタ達に戦闘を任せる」

 

 シェイルはそう言い終えると、階段へ向かい、降り始めた。


「お、おい! それだけかよ!」

 

 ソリ―が動揺したままシェイルに聞く。シェイルはそれに頷くだけで、他は何も答えず、そのまま降りて行ってしまった。


「まじかよ……」

 

 項垂れ、座り込むソリ―の肩をカーターが叩いた。その顔に恐怖は浮かんでいない。


「まあ、いいじゃねえか! あんなに強い奴と戦えるなんてそうそうねえぞ?」

 

 不敵な笑みを見せるカーターに、ソリ―は乾いた声で、情けなく笑った。

 スレイブはカーターの姿を見て、恐怖が消し飛んでいた。恐怖してしまった自分を叱咤し、気を引き締める。そして部屋の中へ注意を戻そうとしたところで、酷く苦しげな声が聞こえた。


「……おお、なんと浅ましい生き物なのだ、人と言うものは。この私を欺けるとでも? 無理だ……貴様たちの存在などとうに知れておる。分かっているだろうに……姿を隠す意味などない事を」

 

 頭に響くかすれた低い声。絶望を感じさせるその声は明らかにスレイブ達へ向けられている。


「!」

 

 一瞬で全員が凍りつき、押し黙る。ソリ―はひどく緊張していて、拳を握りしめている。カイルは震え、口元に手を当てていたが、カーターは目つきを鋭くし、迫る戦闘に備え、魔力を高めていた。スレイブもカーターと同じで、魔力をかき集め、何度も体の中で爆発を繰り返している。燃えたぎる闘志に従うように魔力は膨れて行き、スレイブの体に熱を持たせていく。


「早く姿を見せよ、人間。私の気は長くないぞ……」

 

 カーターは舌打ちして立ち上がると、


「仕方ねえ。行くぞ」


 そう言って部屋の中へ入って行った。スレイブはそれに続き、暗い闇へ足を踏み入れる。

 ソリ―とカイルはゆっくりと、脅えながら二人の後を追った――。




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