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アンヘル  作者: トレト
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第二話 母と兄

 街を出たスレイブは、仕事を終えたと上司に連絡していた。

 古いタイプの携帯電話。どうやら繋がりが悪いらしく、スレイブは眉を寄せて聞いている。通話している上司の声は低く、落ち着いている声だ。だが、肝心の内容が余り伝わらない。


「ロズ。すまないが聞こえない」

 

 ロズは上司の名前。ロズ・グアディルと言えば、教団ではかなり高い地位におり、実力、人望、共に備わっている優秀な人物だ。


『……だから、いい加減携帯を買い替えろ。お前は何世代前の物を使っているんだ』

  

 先程よりはいくらか聞こえやすく、スレイブもしかめていた顔を元に戻した。


「今の携帯は良く分からない。通話さえ出来ればいいんだ、携帯は」


『お前の携帯は通話も出来てないぞ。壊れてるんじゃないのか?』

 

 少しふざけた声の調子でスレイブをからかう。機械を上手く扱えないため、スレイブは今の物と比べ壊れやすい昔の物を使っている。

 からかわれたスレイブは怒った様子で帰る事を伝え、通話を切った。乱暴にポケットへしまい、速足で歩き始める。

 川を挟んで見える大きな駅。街からそれほど離れていないため、二十分程歩けば着く。

 その駅を目指し、スレイブは空けた道を歩いた。

 

 暫し歩くと、駅に着いた。人が多いわけでもなく、少ないわけでもない。辺りを見ればベンチに腰掛ける老人や、再会を喜んでいるカップルもいる。

 スリンク駅。スレイブはそこで切符を買って、列車が来るまでの時間をどう過ごすか考えていた。

 売店などもあるのだが、特に買うものも無い。次の列車の予定表を見ると、空き時間がかなりある。溜息をつき、スレイブは近くのベンチに腰を下ろした。

 何もせず、ただ一点を見つめていると、


「動くな」

 

 頭に何かを突き付けられた。スレイブは一瞬驚いた顔をしたが、知っている声と、その声の主の性格を思い出し、呆れ顔で振り返った。


「や! スレイブ!」

 

 色彩に富んだ花束を突き付け、明るい笑顔でスレイブに話しかける。


「何をしてるんだ、ミロ」

 

 黄色の髪に、青い瞳。背はスレイブの胸辺りにしかない小柄な少年が、そう呼びかけられた。


「スレイブ今から帰るんでしょ。僕もなんだ。だから一緒に帰ろう!」

 

 ミロはスレイブと同じ教団の一員。拳銃を使い、その腕は確かな物。

 外見から判断すれば、年齢は十代半ばと言った所だが、本当はスレイブと同じ二十代で、仕事仲間且つ、友人でもある。姉を悪魔に喰われた過去があり、復讐のため、教団の一員となった。


「お前も依頼を受けたのか?」


「うん。犬の悪魔だったよ。群れで大変だった」

 

 そう言いながらミロは肩を回す。大変だった事の表現のようだ。


「倒せたのか?」

 

 分かり切っている事だが、わざと聞く。


「当たり前だろ? 倒せてなきゃ今頃ここにいないって!」

 

 困ったような顔でミロは言う。


「まあ、そうだな」

 

 何気ない会話に聞こえるが、内容は殺すか殺されるかと言った、一般には現実味のない物。しかし、二人はこれが普通なのだ。どちらも、悪魔の事を考えない生活等、想像も出来ない。

 二人が話を弾ませていると、駅にベルが鳴り響いた。これは間も無く列車が到着することを知らせる合図。スレイブは話を切り、荷物を抱える。

 ミロも鞄に花束を仕舞い、スレイブの横で同じように到着を待つ。

 列車は機械音と金属音を上げながら二人の目の前に止まった。そして、扉が開く。

 扉が低いため、背の高いスレイブは腰を曲げ、くぐるようにして列車の中に入る。一方ミロは笑顔で通った。

 席を決めるとそこに荷物を置き、ゆくっりと座る。横に長い席の窓側がスレイブ。通路側がミロの位置だ。座ると早々にスレイブは窓の外に視線を移し、風景を眺めだす。


「スレイブはどんな依頼だった?」

 

 前屈みになり、スレイブの顔を窺いながらミロは尋ねる。


「ん? ああ、ギートって言う蜘蛛の悪魔だった」


「ふーん」

 

 そこで、一旦会話は途切れた。そして、少しの沈黙の後、もう一度ミロが話し出す。


「お兄さんは元気?」

 

 兄と言う言葉が聞こえた瞬間に、スレイブは少し顔をしかめ、横目にミロを見る。そして間を僅かに空け、答えた。


「シェイルの事を俺が知っている訳ないだろう。ミロ、意地が悪いぞ」


「やっぱ、まだ仲直りしてないの? お母さんが死んだのはスレイブのせいじゃないでしょ」

 

 ミロがそう返すが、それからスレイブは口を聞かなくなってしまった。

 

 スレイブの母親、シェリー。優しく活発な彼女は多くの人々に愛されていた。そしてアークと言う教団の一員だった男と結婚し、兄のシェイルを授かった。誰もが羨むような幸せな日々。しかし、その日常は唐突に終わりを告げる。

 アークを憎む強大な悪魔がシェリーの存在を知り、孕ませた。勿論合意の上ではない。一方的な物だ。アークはこれに激怒し、悪魔を殺しに向かうが、逆に殺されてしまう。

 シェリーとシェイルは悲しんだが、シェリーは腹の子を産み、育てようと決めていた。

 シェイルはそれに反対したが、シェリーの決意は固かった。

 そして、二十六年前、スレイブを産んだ。

 だが、スレイブを産むと同時に、シェリーは殺された。アークを殺し、シェリーを孕ませた悪魔に。何故なのかは分からない。スレイブが何度かシェイルに尋ねたが、何も教えてはくれなかった。

 そしてシェイルは両親の復讐のため教団へ入り、スレイブと一緒にロズに引き取られた。

 当時アークと同僚だったロズは全ての事情を知り、快く二人を受け入れた。だが、兄弟の溝は深まるばかりで、一向に距離は縮まらない。そして、十二月の寒い夜、シェイルとロズが話していた内容を聞き、スレイブは母の死が悪魔によるものだと知る。

 スレイブは悪魔に復讐したいと思うと同時に、自らがその復讐の対象だという事実に耐え切れなくなり、全てを否定するかのように教団へと入った。

 

 昔の思い出に良い事は一つも無い。思い出せば必ず兄と悪魔の事を考えてしまうからだ。

 橋を渡る列車は定期的に揺れ、線路を走る。

 そこから目的地に着くまで、ミロとスレイブは一度も話さなかった。


 


お疲れ様です。

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