教団の使者 2
今書きなおしてます!すいません!
「――ッ!」
肩に視線を走らせると、図太い針のような物が天井から突き刺さっている。紫に見えるその針のようなものは、大きく脈打ち、何かを吸っていた。
(血を吸っているのか――!)
天井を見上げると、そこには獲物がいた。
巨大な蜘蛛の体に、綺麗な女性の顔。長く赤い髪を揺らし、その口から出している針が、スレイブの左肩を突き刺していた。
「俺の血は美味しいか?」
悪魔の姿を確認した次の瞬間、スレイブは魔力を解き放つ。
全身が燃えるように熱くなり、自分の体重を感じなくなる。体の底から力が湧出る感覚に、スレイブはまるで今の自分がどんな存在よりも優れていると思ってしまう。
「ギャハハハハハハハ! 人間! 人間? ウマイイイイイ!!」
「黙れ」
肩に刺さっている物を右手で掴み、握りつぶす。砕けた針は、悪魔の口に戻って行く。肩に残った先端を引き抜き、投げ捨てた。
(確かコイツは……ギートだったな。人語を喋るくらいは出来るのか)
ギートは、この悪魔の名称。存在が確認されている悪魔は、こうして教団が名称を付ける。確認が取れている悪魔は、弱いために記録を残せた者と、余りに強大なため存在を無視できない者と二種類ある。ギートは言うまでもなく前者だ。
天井に張り付いていたギートは、緑の糸を垂らしながら床へ降りた。
歯を鳴らすその様子から、早くスレイブを喰いたくてたまらないようだ。
先に仕掛けたのは、スレイブ。
飛ぶように跳ね、殴り掛かる。だが、それは軽く避けられ、逆に二本の足がスレイブを狙う。空中に浮いていたスレイブは、その攻撃を避けられず、もろに喰らってしまった。
本棚に叩き付けられ、仕舞ってあった本が散らばる。
かなりの衝撃に、スレイブの口から胃液が吐き出された。埃が立ち、部屋の中が白くなる。スレイブの視界がぶれ、状況が掴めない。
ギートは、その隙を見逃さなかった。
四本の足でスレイブの四肢を突き刺し、後ろの本棚に磔にする。そして、首元に噛みつく。
「くぅ……!」
鋭利な歯は、首に食い込み、赤い血がギートの口から滴る。愉悦にしたるような、恍惚の表情をギートは浮かべていたが、突然、驚愕の表情に変わる。後ろに仰け反り、大きく口を開け、腹の中の物を床に吐き出す。顔を歪ませ、憎しみの目でスレイブを睨んだ。
「お、お前ええ! 一体ナニを……!?」
自分が何故苦しんだのか分からず、何かしたのであろうスレイブに対して、疑問を叩きつける。
「貴様達だけが魔力を自由に扱えると思うなよ。人間を見くびるな、俺達は日々、貴様等を殺すために鍛錬している」
床に這いずり、自らの嘔吐物が体に付着しているギートをスレイブは冷ややかな目で見降ろしていた。軽蔑、侮蔑、憎悪、多くの感情がその目には含まれている。
「俺の体に侵入してきたのは、貴様だろう? おかげで魔力を大量に流し込めた」
魔力は本来、人が使うものではない。悪魔達の力であり、この力を知らなかった頃の人は成す術も無く、悪魔に虐げられていた。しかし、今は違う。人は魔力を知り、それを使う術を得た。
魔力は感覚で扱う。センスさえ良ければ、人でも、強い悪魔と渡り合えるほどになる。
想像力や感覚に富んでいると、魔力の幅が広がる。身体の強化や、痛覚の遮断。魔力自体を相手にぶつけたり、火や水等に形状や性質を変化させることも出来る。
それ程に、魔力には使い道があった。
ギートは、怒り狂っていた。最早自分が何をされたのか、スレイブが普通の人ではないことが気付けない程に。
甲高い叫び声を上げながら突進してくるギートに、スレイブは悠然と構える。そして、双方がぶつかった瞬間、スレイブはギートの口の中に腕を突っ込んだ。
呻きながら足でスレイブの体を殴り続けるが、
「死ぬ準備は出来たか?」
スレイブがそう言うと、今度は泣き叫ぶ。
白目を剥き、涎を大量に垂らす様子から、死にたくないと言っているようだ。しかし、スレイブはそれを聞き入れなかった。
「逝け」
大量の魔力が流れ込み、爆発音と共に砕け散ったギートの体。肉片が部屋中に飛び、張り付く。図書室は、血で汚れてしまった。
スレイブも血だらけになり、ギートの足や目玉が付いている。スレイブはそれを乱雑に払い、嘔吐物を見た。
溶けた手や頭。どこかで人を食べたのだろう。体の一部らしきものがいくつかあり、数人が捕食されたとみる。胴体等は消化されたのか、残っているのは体の端々しかない。
その光景に、スレイブは眉間にしわを寄せて、傍にあったギートの頭を蹴った。
屋敷から出たスレイブは、すぐに町長の元へと向かった。そして、悪魔の特徴、悪魔を殺したことを伝えた。
「そうですか……そんな化け物が皆を」
悔しそうに呟く町長。しかし、
「ですが、これで恐怖は無くなりました。ありがとうございます、スレイブさん……死んでしまった者も、これで安らかに逝けるでしょう」
深く頭を下げ、感謝の意をスレイブに伝える。この光景も、スレイブは見慣れていた。
多くの町がこうして悪魔の被害を受け、法外な依頼料を払い、何とか悪魔と戦おうとしている。魔力等が使えない一般の人々にしてみれば、これが最善の、唯一の対抗手段なのだ。だが、それも悪魔さえいなければしなくていい事。スレイブが悪魔を憎む理由の一つがそれだった。
家族の仇を討つために、腕と足を失いながらも、必死に、涙を流しながらスレイブに頼み込む者もいた。恐怖に支配され、廃人のようになってしまった者もいた。
それを目の当たりにする度に、スレイブの悪魔に対する憎悪は深くなっっていく。そして、今も、町長の姿を見て、スレイブの怒りは強くなる。
「気を付けろ。奴等は弱っている街や、人が好物だ。ギートはいなくなったが、他が住み着くかもしれん…………出来るなら、もう二度と会わずにいたいものだな」
もし、もう一度この街に来るときは、また悪魔関連でだろう。それは、双方望んでいない。
会わないことがこの街の平和。そう思っての言葉だ。
「……ええ」
顔を伏せながら返す。それは家から出て行くスレイブの背中に向けての言葉だった。
町長の家を後にしたスレイブ。空を見上げると、朝日が出かかっており、向こう側は明るい。暗闇に包まれていた街も、鮮明に姿を見せている。夜の美しさもあるが、光差し込むこの街も美しい。
(この方が良い……)
そう思いながら、スレイブは鳥の鳴く細い道を歩いて行った。
ありがとうございました。