「狩りに行こうぜ」と冒険者について行った追放王女、結果的に祖国が傾いた
アルフェリア王国、国境地帯。
魔物が出るこの荒れ地を、好んで歩くのは冒険者くらいのものだった。
その日、冒険者ガイルは一人で街道を進んでいた。
日が落ちる前に、隣国側の宿場へ着きたい――そんなことを考えていた、その時だった。
「キャー!」
悲鳴が響いた。
見ると、街道脇の岩場で、ひとりの女が魔物に追い詰められている。
ガイルは頭をかいた。
「……目の前で死なれるのは、寝覚めが悪いな」
ため息混じりに剣を抜く。
次の瞬間、魔物の喉を一閃した。
鈍い音を立てて、魔物が地面に倒れる。
――とたん。
「キャー! すごいですわ!」
女は目を輝かせて駆け寄ってきた。
「初めて見ましたわ! お強いのですね!」
魔物に襲われた直後とは思えないほど元気だった。
◆
「ほら。飲め」
ガイルは水袋を差し出した。
「まあ、ありがとうございますわ」
女はそれを受け取り、水をひと口飲んだ。
助けたのは、どうにも妙な女だった。
名をリゼットという。そして、なんと王女らしい。
「正確には、元ですわ。追放されましたので」
さらりと言い切られ、ガイルは眉をひそめる。
「なんでまた」
「姉を毒殺しようとした疑いですわ」
「疑い?」
「ええ。便秘薬を調合してほしいと頼まれて、渡しただけですの」
「便秘薬……」
「効果は抜群ですのよ。三日以上悩んだ便秘でも――」
「言わんでいい」
「今思えば、わたくしに姉が頼むのも、おかしな話でしたわね」
「嵌められたんだな」
「そういうことですわね」
あっさりした口ぶりだった。
ガイルは頭をぽりぽりとかく。
「なんでそこまでして」
「愛妾の娘ですから」
「あー……」
それ以上は聞かなくても、だいたい察した。
ガイルは大きく息を吐く。
「……仕方ねえ。隣国の国境まで送ってやる」
「まあ! 本当ですの?」
「ここに置いてく方が面倒そうだ」
リゼットはぱっと顔を輝かせた。
◆
道中、リゼットは妙に楽しそうだった。
「冒険者というのは、どんな魔物を倒すのです?」
「いろいろだ」
「ドラゴンも?」
「たまにだな」
「すごいですわ!」
いちいち目を輝かせながら話しかけてくる。
ガイルは、変な女だと思った。
追放された元王女だというのに、怯えている様子もなければ、恨み言を口にするでもない。
危機感が薄いのか、妙に肝が据わっているのか。
ふと、リゼットが道端の草を見て足を止めた。
「……これは」
摘み取った葉を指先でひねり、香りを確かめる。
「どうした」
「傷薬に混ぜると、腫れが引きやすい草ですの」
「そんなのまで分かるのか」
「ええ、薬草の知識はそこそこありますのよ」
そう言ってリゼットは胸を張った。
ふと、彼女は周囲を見回しながら首をかしげる。
「この辺り、いつもこんな感じですの?」
「そうだ」
「どうしてですの?」
「国が防衛費をケチってるからだよ。魔物を間引かねえせいで、隣国側の街道まで潰れてる」
「まぁ。それは隣国もお困りでしょうに」
「……知らないのか?」
ガイルが呆れると、リゼットは頷いた。
「わたくし、王宮の隅に押し込められておりましたの。許されたのは、物語や薬草の本くらいでしたわ」
言い方は軽いが、笑って済む境遇ではないだろう。
だが、本人がそうしている以上、ガイルも深くは踏み込まなかった。
やがて、隣国の砦が見えてきた。
ガイルは門番に事情を説明した。
「元王女を拾った」
その一言で、門前は大騒ぎになった。
ほどなくして砦の守備隊長が現れ、事情を聞くと深く息を吐いた。
「で、お前はどうしたい」
「保護をお願いしたいですわ」
「つまり、お前は我が国に亡命したいと」
「はい」
「断る」
即答だった。
リゼットは目を瞬かせる。
「まあ」
「『まあ』じゃない」
守備隊長は腕を組み、リゼットを見据えた。
「元王女など抱え込んで何の得がある。そちらの国との面倒事が増えるだけだ」
さらに続ける。
「だいたい、こっちは前から迷惑してるんだよ。おたくの国で増えた魔物が、国境を越えてこっちに入り込んでくる。向こうは満足に討伐もしない。こっちで手を出せば越境だと文句をつけてきて、正直たまったものじゃない」
「まあ、そうでしたの」
リゼットは素直に頷いた。
「では、交換条件はいかがでしょうか?」
「なんだ?」
「わたくしの名を使って、討伐隊を組むのです」
守備隊長の眉が動く。
「アルフェリア王国の元王女が、国境の魔物討伐に協力を申し出た――そういう形にするのです」
穏やかな口調だった。
けれど、その場にいた誰もが黙った。
「そうすれば、人も金も動かしやすいのではありませんか?」
ガイルは思わずリゼットを見た。
ぽやぽやした変な女だと思っていたのに、こういう時だけ妙に頭が回る。
守備隊長は暫く黙り込んだあと、やがて笑った。
「……なるほど。元王女の政治利用か」
「ええ。どうせ捨てられた身ですもの」
守備隊長は腕を組んだまま、わずかに顎を上げた。
「面白い。やってみるか」
◆
その後、隣国は大規模な討伐隊を編成した。
名目は――アルフェリア王国元王女、リゼットの協力による国境討伐。
「わたくしもついていきたいですわ!」
「やめとけ」
「でも、わたくしの名を使うのでしょう?」
「名を使うのと本人が行くのは別だ」
「そんな」
だが、出発の日。
気づけばリゼットは討伐隊の最後尾にまぎれこんでいた。
「お前、何してる」
「端で見ているだけですわ」
「帰れ」
「もうここまで来てしまいましたもの」
「無理やりついてくるな」
砦へ戻すには微妙な距離まで来ていた。
結局、ガイルが目の届く場所に置くという条件で、リゼットの同行は認められた。
そこで意外なことが起きる。
「その傷でしたら、この草が効きますわ」
「こっちの煙は魔物よけになりますの。乾かした葉を混ぜるとよろしいかと」
薬草の知識が、思いのほか役に立ったのだ。
討伐隊の兵たちは最初こそ半信半疑だったが、実際に役立つと、見る目が変わっていった。
「少なくとも、その辺の貴族よりよっぽど役に立つな」
リゼットはそれを聞いても、ただ嬉しそうに笑うだけだった。
討伐は予想以上に進んだ。
魔物は徹底的に間引かれ、長く封鎖されていた隣国の街道は再び使えるようになった。
もともとその街道の先には、鉱山があった。
魔物の被害がひどくなってからは長らく放棄されていたが、隣国は以前から再開の機会をうかがっていた。
安全が戻ると、隣国はすぐさま調査と採掘を再開した。
そこで採れたのは――レアメタル。
それは長年、隣国がアルフェリア王国に依存していた資源だった。
◆
――討伐を終えた、その帰り道。
「お前はこれからどうするんだ」
ガイルがそう聞くと、リゼットは少し考えた。
そして、にこりと笑う。
「ついて行ってもよろしいかしら?」
「なんでそうなる」
「だって、行くあてがありませんもの」
「砦に残れよ」
「もう、わたくしの役目は終わったそうですわ」
「……だろうな」
政治に使える間は重宝されても、いつまでも保護してくれるとは限らない。
その辺りの現実も、ガイルにはよくわかっていた。
リゼットは小首をかしげる。
「だめですの?」
「面倒ごとしか増えねえ気がする」
「でも、薬草の知識はありますわ」
「変な騒ぎも連れてくるだろ」
「……たぶん、少しだけ」
少しじゃないだろ、と言いかけて、ガイルはやめた。
しばらく黙った末、盛大にため息をつく。
「……好きにしろ」
「まあ!」
リゼットは、ぱっと顔を輝かせた。
こうして、元王女と冒険者の奇妙な旅が始まった。
◆
――数か月後。
アルフェリア王国は混乱に陥っていた。
王妃の鋭い声が、謁見の間に響く。
「どうして討伐など許したのです! 止められなかったの!?」
家臣のひとりが、苦い顔で頭を下げた。
「止められませんでした。隣国は『アルフェリア王国の元王女が、国境の魔物討伐に協力を申し出た』という名目を掲げましたゆえ」
「リゼットが……!?」
「はい。それを我が国が表立って非難すれば、元王女を切り捨てたうえ、国境の魔物被害すら放置していたと、諸国に認めるようなものです」
「あの娘が……生きていたなんて……!」
王妃は扇を握る手に力を込めた。
「隣国はレアメタルを自国で賄えるようになり、余剰分は他国へ流しております」
「なんですって! あの国はもともと交易に強いのよ。
そこへ鉱石まで持たれたら……」
「はい。すでに幾つかの国が、隣国との契約へ乗り換えております」
しばし、重い沈黙が落ちた。
やがて王妃は、低く吐き捨てた。
「……生かしておくんじゃなかったわ」
アルフェリア王国の崩壊は、そう遠くではなかった。
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