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観測の外

北方・グランデル地方

旧街道の先、廃関所跡

夜は深い。

焚き火の火が小さく揺れる。

ルークは眠っていない。

右手の紋様が、薄く光を帯びている。

(収まらない)

奪わなかった。

だが、共鳴は確実に起きた。

何かが内側で増えている。

対面で座るイリシアが言う。


「本日の戦闘で、王性濃度は明確に上昇しました」


「奪ってない」


「共鳴でも収束は進みます」


淡々と。

だが声は前より硬い。

ルークは火を見る。


「……全部斬っても、終わらないってことか」


「はい」


即答。

二人の間に沈黙が流れる。

風が廃関所の柱を鳴らす。

その時。

空気が変わった。

イリシアの視線が上がる。


「来ます」

屋根の上に影が三つ降り立つ。

黒衣。

紋章入りの外套。


イリシアが小さく呟く。


「……神聖騎士団。特務」


中央の男が短く告げる。


「王性異常の追跡任務だ。同行を求める。」

短く、無駄のない声。

感情の起伏がない。

命令ではない。

だが拒否を想定している声音。

ルークが立ち上がる。


「……早すぎるな」


イリシアが小さく言う。


「とうとう王都が動きました」


特務たちの視線がルークの右手に落ちる。


「紋様確認。高濃度王性反応を確認。」


剣が低く唸る。


『面倒だ』


男が続ける。


「もう一度言う。同行を求める」


「もし拒否した場合、実力行使に移る」


ルークは笑った。

短く。


「最初からそのつもりだろ」


空気が張り詰める。

その瞬間。

一人が踏み込む。

速い。

だが。

ルークの方が速い。

斬撃。

火花。

互角。

(強い――ただの騎士じゃない)

刃越しに伝わる違和感。

重さでも速さでもない。

“圧”に耐えている。

王性の干渉を、弾いている。

違和感。

男の腕に刻まれた淡い紋様が、一瞬だけ光る。

人工刻印。

神殿が施す、王性適応処理。

微量の王性を埋め込み、侵食に耐えるための術。

器候補にはならない。

だが、王性と対峙するための兵。

しかもそれだけじゃない。

(こいつらの装備⋯)

イリシアが呟く。


「器の捕縛装備……」


二人目が背後に回る。

三人目が詠唱。

包囲。


「くそっ」


(適応者、か……)

だから共鳴が起きない。

だから奪いきれない。


「……面倒だな」


ルークの右手の紋様が、黒く沈むように輝く。

空気が静まる。


「……終わらせる」


剣を構える。

世界の音が遠のく。

王性が収束する。

斬撃ではない。

因果そのものを切る準備。


「――因果断絶」


踏み込み。

一閃。

光は走らない。

衝撃もない。

ただ、“結果”だけが置き去りにされる。

本来なら――

三人はすでに「斬られた後」になるはずだった。

だが、

中央の男が叫ぶ。


「位相ずらし、展開!」


三人の刻印が強制発光する。

空間がわずかに歪む。

断絶が、わずかに逸れる。

結果が、数センチ横にずれる。

沈黙。

次の瞬間。

中央の男の肩が爆ぜる。

後方の騎士の脇腹が裂ける。

三人とも膝をつく。

完全回避ではない。

完全防御でもない。

断絶を“受け損なった”。

中央の男が荒い息を吐く。


「……因果干渉確認」


刻印がひび割れている。

もう一度は無理だ。

ルークの視線が冷える。


(ずらした……?)


因果を読んだわけではない。

完成された王性でもない。

それでも。

“技術”で、わずかに抵抗した。

喉が焼ける。


“奪える”。


右手の紋様が、わずかに反応した。

騎士たちの刻印が崩壊しかけている。

刻印から王性の残滓が露出している。

紋様が熱を持つ。

共鳴が誘発される。

甘い。

(奪うか?)

一瞬、思考がよぎる。

目の前の騎士から王性を吸えば、簡単に騎士を倒す事ができるだろう。

だが――


「やらない」


低く呟く。

力任せに弾く。

屋根を蹴る。

距離を取る。

その瞬間。

世界が、ほんの一瞬だけ静止する。

そして――戻る。

次の瞬間。

ルークの視界が白く飛ぶ。

膝が折れる。

剣が石畳を擦る音が、やけに遠い。

(……立て)

命令が、身体に届かない。


『王の力の使いすぎだ』


剣が呆れたように言う。

右手の紋様がひび割れるように軋む。

熱い。

違う。

熱ではない。

“位置”がずれる感覚。

自分が、ここに固定されていない。

足元の感触が薄い。

呼吸が浅い。

心臓が、遅れて鳴る。

一拍、空白がある。


「……っ」


声が、遅れて出る。

視界の端で景色が二重に揺れる。

瓦礫の位置が、ほんの少し違う。

今、確かにあった結果が消えた。

その空白に、自分が引きずられる。

右腕から黒い靄が立ち上る。

紋様が収束しきれず、暴れている。

(まだ……完成してない)

歯を食いしばる。

立とうとする。

脚が、言うことを聞かない。

地面に手をつく。

冷たいはずの石が、やけに遠い。


「……三秒」


三秒あれば動ける。

三秒あれば逃げられる。

だが、その三秒が永遠みたいに長い。

奥で、重い声が響く。


――器が足りぬ。

――因果を断つなら、己も断たれる。

――思い出せ。


「黙れ……」


吐き出す。

心臓が強く跳ねる。

世界の輪郭が戻る。

足先に重さが返る。

遅れて痛みが襲う。

肩。

肋骨。

神経の奥。

無理やり因果を固定した反動。

代償は、確実に刻まれている。


無事だった騎士の一人が言う。


「対象、器候補と断定。よって危険度S級と認定」


空気が変わる。

器候補。

神殿による正式認定。

ルークの胸がざらつく。

(決めつけるな)

怒りではない。

拒絶。

中央の男が低く言う。


「相手も負傷している。捕縛優先。生存状態で確保しろ」


(今は戦うのはまずい……反動が大きすぎる)


騎士がルークを捉えようとしたその時。

イリシアが騎士の前に出た。


「彼はまだ完成していません」


特務の男が冷ややかに返す。


「“まだ”だろう?」


その言葉が刺さる。

右手が強く脈打つ。

奥底で、王の気配が揺れる。

違う。


「黙れ」


悲鳴を上げている体を無理やり動かす。

ルークは剣を構える。

右手が、わずかに震えている。

王の力を使えば、もっと楽になる。

奪えば、安定する。

完成すれば、迷いは消える。

分かっている。

だが――

それを選んだ瞬間、

自分ではなくなる。


「……違う」


低く、吐き出す。

選ばない。

奪わない。

完成しない。

それが今の自分だ。

けれど。

ただ逃げ続けるだけでは、

結局、流れに飲まれる。

逃げることと、抗うことは違う。


「俺は――」


言葉が詰まる。

何者なのか。

何を目指すのか。

答えが、まだ形にならない。

そのときだった。

空気が、わずかに震える。

遠くで――

もう一つの王性が弾けた。

鋭い。強い。

南東。

王都の方角。

イリシアの目が揺れる。


「……新規覚醒」


ルークの心臓が跳ねる。

右手の紋様が、強く脈打つ。

遠く、南東――王都。

自分とは別の王性が、はっきりと“生まれた”。

(誰かが……目覚めた)

代替の一人。

器候補の一角。

つまり――

王の座を巡る流れが、動いた。

収束が始まる。

自分か、その誰かか。

最後には、一つに集まる。

喉がひりつく。


「くそ……」


世界は勝手に“王”を選ぼうとしている。

特務班の一人が腕の装置を見る。

淡い光。

「反応増大……座標、王都中央域」

中央の男が低く告げる。

「第二王性確認」

騎士たちの意識が一瞬だけ逸れる。

捕縛対象が増えた。

優先順位が揺らぐ。

その隙。

ルークは煙の中へ飛び込む。

森へ。夜へ。

追撃の声が遠ざかる。

走りながら、胸の奥がざわつく。

(王都で……何が起きた)

イリシアが並走する。


「王都で収束が加速しています」


「分かってる」


南東。

あの方向。

拳を握る。

逃げるのか。向かうのか。

(俺が決める)

夜は、何も答えなかった。

だが確実に物語は王都へ動き始めていた。

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