記録の始まり
〜〜〜神殿騎士団本部〜〜〜〜
S級試験の余波。王の痕跡。
それを感知した存在がいた。
神殿騎士団・第一観測官――イリシア。
彼女は“見る者”。
王の因果を観測し、選別する。
「興味深い」
星色の瞳が細まる。
「これは、完全ではない王……そして、器候補」
イリシアは微笑む。
「世界はまた、循環を始めるのですね」
そして彼女は決める。
「直接、観測しましょう」
――ルークと、出会うため
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残滓は、いつも静かに現れる。
それが現れたのは、街道沿いの廃屋だった。
旅人が消えた、とだけ聞いている。
ルークは扉を押し開けた。
空気が、重い。
床に散らばるガラス片が、わずかに浮いている。
歪み。
星くらいの王が残した、世界のひび割れ。
その中心に、いた。
黒く揺れる塊。
形は曖昧。
見る角度で獣にも、人にも見える。
「……いるな」
剣は何も答えない。
ただ、熱を持つ。
塊が動いた。
空間が歪む。
床がめくれ上がる。
ルークは一歩踏み込む。
音が、遅れる。
斬る。
それだけ。
黒が崩れ、霧のように消える。
静寂。
「今のを、もう一度見せていただけますか」
急に背後から声がした。
ルークは振り返る。
扉の外。
一人の少女が立っていた。
灰色の外套。腕に抱えた記録帳。
全くもって逃げる様子はない。
「危ないよ」
ルークは言う。
少女は首を振る。
「もう消えています」
淡々とした声。
「あなたが斬った瞬間、歪みが収束しました。歪みの構造を理解していたように見えました」
ルークは少し考える。
「……見えたから」
「何が?」
「壊し方」
少女は沈黙する。
観察する目。
恐怖より、分析。
(記録される側か)
「あなた、名前は?」
「……ルーク」
少女はページを開く。
さらさらと書く。
――街道廃屋
――残滓消滅
――討伐者:ルーク
ペンが止まる。彼女はなにか引っかかたように言う。
「本名は?」
一瞬胸が重くなる。
ルークは直ぐに彼女から目を逸らした。
「それ、必要?」
「記録には」
少しだけ、間。
「……今は、それでいいです」
少女は静かにページを閉じた。
「私はイリシア。王都で残滓の記録をしています」
風が吹く。
彼女の髪が揺れる。
「最近、残滓の出現間隔が短くなっています」
ルークは黙る。
イリシアは続ける。
「星くらいの王は循環する存在です。歪みが溜まれば、いずれ“王”が生まれる」
言葉は落ち着いている。
けれど、その奥にわずかな焦り。
「あなたのように、残滓を理解して斬れる人間は多くありません」
ルークは肩をすくめる。
「たまたまだよ」
イリシアは、じっと見る。
「……偶然、ですか」
その言葉に、わずかな引っかかり。
剣が小さく震える。
『関わるな。いやな予感がする』
ルークは心の中で返す。
(無理)
イリシアは言う。
「しばらく同行させてください」
「なんで?」
「あなたが、、王に近づいているかもしれないから」
静かな爆弾。
ルークは目を細める。
「意味わかんない」
「まだ、仮説です」
イリシアはページを押さえる。
「だからこそ、確かめたい」
少しの沈黙。
ルークは外を見る。
空は、何事もなかったように青い。
「……好きにすれば」
イリシアは小さく頷く。
「ルークさん。これからよろしくお願いします」
二人は並んで歩き出す。
少し距離を空けて。
剣がルークにしか聞こえないように低く呟く。
『ルーク、記録されれば消えるぞ』
ルークは聞こえないふりをする。
夕日が伸びる。
イリシアの記録帳のページが風に揺れる。
一瞬、空白が見えた。
まだ何も書かれていない未来。
(あそこに俺の終わりが書かれるのか?)
小さく息を吐いた。




