もやしでカサ増し、ポイント回収……主婦の知恵が「最強の軍事教本」として崇められる、勘違い聖女の救国論
空は禍々しい紫に染まり、魔王軍の放つ圧倒的な魔圧が大地を揺らしていた。
魔王城を目前にした人類連合軍は、今まさに絶体絶命の窮地に立たされている。
「くそっ、これほどまでに魔物の数が多いとは……! もはやこれまでか!」
血に塗れた騎士団長が剣を杖代わりに膝をつく。背後の兵士たちの目には絶望の色が浮かんでいた。
だが、その時――。
「……皆のもの、静粛に。聖女様が『神託』をお受けになるぞ」
参謀の厳かな声に、戦場に静寂が訪れた。
軍の最前線。そこには白銀の法衣を纏った聖女ユスティナが両手を組み、静かに目を閉じて佇んでいる。彼女の意識は今、遥か高次元……ではなく、現代日本のスーパー『ハナマル市場』を全力で駆ける主婦・桜井さんの精神と深く同調していた。
「……ああ、まずいわ」
ユスティナが震える声でポツリと呟いた。
その神々しいまでの悲壮感に、騎士団長は息を呑む。
(なんと……! もしや聖女様は既に、人類の滅亡という『最悪の未来』を予見されているというのか!?)
だが、ユスティナ(の中の桜井さん)の脳内を占めていたのは魔王の脅威ではなかった。
「……今日に限ってこんなに混んでるなんて。これじゃあお肉のコーナーまで辿り着けない……!」
(お肉……!? そうか、敵の主力部隊を『肉』と呼称されたのか! 敵軍のあまりの密集具合に、切り込む隙がないと仰っているのだな!)
ユスティナの額に、うっすらと汗が浮かぶ。
彼女の脳裏には今、ショッピングカートを強引に割り込ませてくるライバル主婦たちの姿が映っていた。
「……信じられない。強引すぎるわ。あんなの、まともに相手をしたら『ポイント』を無駄にするだけよ……。今は、耐えるのよ……」
(おお……! 敵の猛攻を『強引』と断じ、今は反撃の『ポイント(機動力)』を温存せよとの神託! なんと冷静な戦局眼か!)
兵士たちが固唾を呑んで見守る中、ユスティナはさらに深いトランス状態へと入り、虚空を見つめた。
「……あ。見つけたわ。……あれは、『半額シール』の予感」
その瞬間、ユスティナの瞳がカッと見開かれた。
「……全軍、聞きなさい。あっちよ。あっちに、『半額』の綻びがあるわ。今すぐ突撃して、カゴいっぱいに……『詰め放題』にするのよ!」
(……閃いた! 『半額の綻び』……すなわち、敵陣の防御力が半分以下に低下している死角があるということか! しかも、そこを起点に一網打尽にする『詰め放題(飽和攻撃)』を仕掛けろと!?)
「全軍突撃ィーー!! 聖女様が見出された『半額の勝機』を逃すな! 一兵残らず詰め放題だぁぁ!!」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
絶望に沈んでいた兵士たちがまるで「タイムセールの鐘」を聞いた主婦のような狂乱の勢いで、魔王軍へと襲いかかった。
「……ええ、そうよ。急いで。……卵は一人一個までなんだから」
祈りを捧げたまま、虚無の表情でそう呟くユスティナを、騎士たちは「なんと慈悲深く、冷静な御方だ」と涙ながらに拝むのであった。
聖女ユスティナの意識は今や完全に戦場を離れ、夕暮れの『ハナマル市場』精肉売り場に降臨していた。
「……タイムセールまで、あと五分。今から走れば、間に合うわ!」
突如としてユスティナが切羽詰まった表情で叫んだ。
それを聞いた騎士団長は、衝撃に打たれたように目を見開く。
「……ッ! 『あと五分で総攻撃を仕掛けろ』という神の猶予か! 聖女様は我々に、勝利を掴み取るための最後のチャンスを提示してくださったのだ! 諸君、この五分に命を懸けろぉ!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
騎士たちの士気が爆発する中、ユスティナ(の中の桜井さん)はチラシを脳内で凝視し、苦渋の決断を迫られていた。
「……メインは、鶏肉……? いや、今日は奮発して牛のステーキ……? ううん、ダメよ。予算が足りないわ。贅沢は敵よ……!」
(なんと……! 空挺部隊(鶏)ではなく、王国最強の重装騎士団(牛)を投入せよとの神託! しかし、同時に兵の犠牲(予算)を最小限に抑えよという、究極の慈悲……! 聖女様は我々の命を、一ゴールドの無駄もなく使い切るおつもりか!)
ユスティナはさらにポツリと、確信に満ちた声で呟く。
「……牛はダメ、高いわ。ここは……、もっと薄くて数の揃う豚の『こま切れ』で攻めるべきよ。……あ、そうだ。足りない分は『もやし』でカサ増しすればいいわね。それが一番効率的だわ」
「……閃いた!」
聖女ユスティナの言葉を聞き、参謀が叫ぶ。
「重装騎兵は温存! 機動力のある軽歩兵(こま切れ)を大量投入し、数で圧倒せよ! さらに、カサ増し(伏兵)を周囲に配置して包囲網を築くのだ! これぞ、聖女様の『もやし戦略』である!」
戦場はもはやユスティナ(の中の桜井さん)の献立通りに動き始めていた。
彼女は今、戦慄の表情で鶏肉パックを手に取っている。
「……見つけたわ。あそこ、もうすぐ期限切れ。だから『半額シール』が貼ってあるのね。狙い目だわ。今なら『半額の労力』で落とせる……、急いで奪取するのよ!」
その直後、戦場に斥候の声が響き渡った。
「報告! 敵陣右翼、補給が途絶えて疲弊(期限切れ)しております! 防衛力がガタガタです!」
「信じられん……! 千里眼すら使わず、敵の綻びが『半額(半分以下の戦力)』で突破できることを見抜かれるとは! 全軍、右翼の半額コーナーへ突撃ぃ!!」
もはや魔王軍の悲鳴はユスティナには届かない。彼女は今、混雑を極めるレジ前で、獲物を狙う鷹の目になっていた。
「……列を読みなさい。あえて、あっちの『数が少ないところ』に潜んで、一気に駆け抜けるのよ。それが一番早いわ」
(なるほど! 正面突破ではなく、敵の守備が薄い『数が少ない箇所』に少数を潜伏(伏兵)させ、一気に本陣を突けということか! 流れるような采配……! まるで戦場が手に取るように全て見えておいでだ!)
その時、ユスティナの顔が絶望に染まった。
「……しまったわ! ポイントカードを忘れた……! ……いえ、大丈夫。証拠さえ残しておけば、後日付与で全部取り返せる。……損はさせないわよ!」
「おおおお……!」
後方で戦況を見守っていた国王さえもが、震える声で感嘆した。
「たとえ一時的に領土を奪われても、大義名分(証拠)さえあれば、後で国際社会から賠償を毟り取れると!? 聖女ユスティナ……、貴女は戦後の外交戦(ポイント回収)まで見据えておられるのか……!」
人類史上、これほどまでに主婦の知恵が「高度な軍事教本」として崇められた瞬間は、かつて存在しなかった。
そしてついに、連合軍は魔王城の最深部、玉座の間へと辿り着いた。
重厚な扉が弾け飛び、漆黒の玉座に座る魔王がその姿を現す。
「愚かな人間どもめ。我が『空間転移』の前で、塵に還るがいい……!」
魔王が指を鳴らした瞬間、その姿が歪み、全方位からの予測不能な連続攻撃が始まろうとした。人類最大の危機。だがその時、ユスティナ(の中の桜井さん)の視界は、ついに最終目的地である『レジ』に到達していた。
「……ああっ、もう! なんでこんなに混んでるのよ!」
ユスティナが怒りに震える声で叫んだ。
その凄まじい威圧感に、空間を跳躍しようとしていた魔王が思わず動きを止める。
(な、なんだこの圧は……!? 我の深淵なる魔力を『混んでいる』と一蹴したというのか!?)
さらに桜井さんの脳内では最悪の事態が発生していた。
隣の列から、図々しそうなおばさんが買い物カゴを突き出し、自分の前に割り込もうとしたのである。
「……ちょっと! そこのあなた! 並んでるのよ! 『割り込み』はやめて頂戴!!」
ユスティナが魔王の鼻先に指を突きつけ、断罪の咆哮を上げた。
その一喝は、神託の鐘のように玉座の間に響き渡る。
「な、何だとぉぉぉーーー!?」
魔王は、文字通り戦慄した。
彼が今まさに発動しようとしていた『空間転移』は、世界の理に強引に『割り込む』ことで座標を移動する秘奥義。それを、発動の瞬間に正確に、しかも「やめて頂戴」と家事のついでに注意されるような軽さで指摘されたのだ。
(この聖女……、お、恐ろしい女だ……! 我の不可視の転移(割り込み)を完全に読み切り、精神的なプレッシャーだけで機先を制しただと!? この女の前では、因果律すら『並んで待つ』しかないというのか……!)
魔王に致命的な「隙」が生まれた。
その隙を、連合軍の精鋭たちが見逃すはずがない。
「今だぁぁ! 聖女様が魔王の『割り込み(時空魔法)』を封じられたぞ! 正々堂々と、正面から叩き伏せろぉぉ!!」
「聖女ユスティナ様に、栄光あれぇぇ!!!」
騎士団長と参謀、そして数多の兵士たちが高密度の連携で魔王に殺到した。
魔王は「割り込み禁止」という聖女の言葉が呪縛のように脳裏に響き、自慢の転移魔法を封じられたまま(と思い込んだまま)、人類の総攻撃をまともに食らって消滅していった。
「……ぐ、ぐはぁぁ……! まさか……、聖女の力が……、これほど、まで……とは……」
魔王の断末魔が響き、魔王城が崩壊していく。
世界を覆っていた闇が晴れ、美しい夕焼けが戦場を照らした。
ユスティナはゆっくりと目を開ける。
目の前には勝利に沸き、涙を流して自分を拝む騎士たちの姿があった。
「聖女様! お見事です! 世界は救われました!」
「……え?」
ユスティナはまだ頭がぼんやりとしていた。
彼女の脳裏には、先ほどまでの「熾烈な戦場」の残像と、割り込みおばさんへの怒りがこびりついている。
「……平和になって、よかったわね。……でも結局今日のメインディッシュ、何にしたんだっけ……?」
ユスティナが呟いたその言葉に、周囲は再び「おおおっ!」と感極まった。
(なんと……! 世界を救った直後だというのに、もう『次なる平和な日常の糧』のことを考えておいでだ! 戦うことではなく、その先の『食』……、すなわち生命の営みを慈しむお姿。これこそが真の聖女だ!)
その後、ユスティナは「救国の聖女」として歴史にその名を刻むことになった。
彼女が時折口にする「ポイント」「タイムセール」「半額シール」といった言葉は、高度な哲学用語として研究され、王国には「無駄を省き、効率的に勝利を掴む」という、妙に家計に優しい軍事国家としての伝統が根付くことになったのである。
一方、その頃。
現代日本の桜井家では、キッチンから香ばしい匂いが漂っていた。
「よしっ、完璧! やっぱり豚の『こま切れ』をもやしでカサ増しして正解だったわ。これでポイントも貯まったし、家計も大勝利ね!」
桜井さんは満足げにフライパンを振り、「節約レシピ・豚こまもやし炒め」を皿に盛り付ける。
彼女のスマホにはスーパーのアプリから『ポイント5倍確定』の通知が届いていた。
「あら、なんか今日はいつもよりおまけ(報酬)が多い気がするわ。……ま、頑張ったご褒美かしらね」
異世界では、一人の聖女が「伝説の軍師」として銅像になり。
現代では、一人の主婦が「今夜の家計」を守り抜き、家族の笑顔を引き出す。
二人の意識のリンクが切れた後も、それぞれの世界では「戦いの記録」が刻まれていく。
ユスティナは今日も神殿の奥で祈りを捧げながら、ふと空を見上げる。
「……次に『卵』が安くなる日、いつかしら。……いえ、これはきっと天啓だわ。……絶対に、見逃さないんだから」
その瞳には、かつての魔王軍を震え上がらせた、鋭い「主婦の眼光」が宿っていた。
――後に「特売の聖女」として崇められる彼女の伝説は、まだ始まったばかりである。
(完)
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