5、安息の食卓
「食事の支度をしてまいりますので、暫くここでお待ちください」
「は、はい……」
二人暮らしのこじんまりとした小屋の中へと案内されたアクア。
薪をくべた囲炉裏の周りは優しい暖かさに包まれ、不安を抱えたアクアの心を優しく解きほぐしていきました。
「そうだ、その前にこれを胸に付けてもよろしいか?」
「これを胸にですか?」
ナオトから渡されたのは、ホタテの貝殻が二つ付いたひも状の物体でした。
「人間の女性は人前に出る時に胸を隠すものです。秩序のある成熟した社会ではこれを付けるのが常識です。まぁ……人に襲い掛かられない為のおまじない程度に考えて下さい」
「はぁ……確かにお姉様も言っておられました。人は衣服を着る生物で、人前では肌を隠す生き物だと」
「その通りです。お美しい身体を簡単に晒しては色気に惑わされる者も現れるやもしません。親父の上着だけでは心許ない。人前に出る時は胸を隠すよう心掛けて下され」
真剣な表情を浮かべて、丁寧な口調で理由を説明するナオト。
衣服を着る風習のない人魚の国で育ったアクアには必要だと言われても実感は持てませんでしたが、大人しく従って両手を上げてホタテの貝殻で作られたブラジャーを付けてもらいました。
「変じゃないですか?」
「とても似合っていますよ。人魚が現れなくなって時が経過したので、驚かれることに変わりはないでしょうが、幾分、トラブルに巻き込まれる事態は軽減されましょう」
「そうですか……。よかった、ありがとうございます」
そこへ海水の入った大きな桶を持ってくるお爺さん。
アクアはそこに尾鰭を浸し、頬をやや紅色に染めながら頷いて待つことになった。
あまりの手際の良さに驚いたまま、奥の部屋へと入っていく後ろ姿を見送る。初めて見る若い人間の男性を前に、アクアは恋に落ちてしまったアーリアとの談笑を思い出さずにはいられませんでした。
(私、胸がドキドキしてる。一体、どんな料理が出て来るんだろう……)
高揚して敏感になった身体の異変を紛らわせようと、どんな料理が出て来るのかを想像して待つアクア。ずっと憧れを抱いてきた人間との対面。それを好意的な形で迎える事が出来た喜びはアクアにとって想像以上に大きいものでありました。
「長旅お疲れ様でしたアクアさん。どうぞ遠慮なく召し上がって下さい」
湯気を上げる新鮮な海鮮素材が入った鍋料理にタイの刺身が差し出される。この時代でも贅沢品とされる豪華な御持て成しに相違ありません。
「こんなにも沢山……ありがとうございます。お二人もご一緒に食べましょう」
ようやく笑顔を取り戻し、天真爛漫な少女だった頃のようなあどけない微笑みを浮かべるアクア。
アクアは一口食べる毎にほっぺが落ちそうな程、夢中になって出された料理を味わい尽くしました。
感動を覚える幸福な時間。それは絶え間ない笑顔をもたらし、海の傍で暮らす親子と信頼関係を築いていくきっかけになっていったのでした。




