4、運命の出会い
自己紹介を終えて、お爺さんの漕ぐオールに揺られ、島へと帰還する小舟。
その最中、親切にしてくれたお爺さんは過去に人魚の血を飲み、身体が良くなった過去があり、人魚の事を命を救ってくれた恩人として崇めてきたことを告げました。
過去に人里に降りた人魚はアーリアに限った話ではない。アクアは不思議なその逸話を疑うことなく素直に受け取り、自分達が人間達に感謝される存在であることを喜ぶのでした。
すっかり夜の帳を迎えた静かな海。船を降りたアクアは下半身を海水に浸し、月光を浴びてキラキラと水面が光り輝く、ムーンロードを目の当たりにしました。
(何て綺麗な海……これがお姉様がずっと変わらず焦がれ続けてきた、地上から見る美しい景色なのですね)
声に出来ない感動を覚えるアクア。写真や映像機材のないこの世界では自分の目で見る風景こそが嘘偽りないまことの真実。
どこまでも続く水平線の姿は深海から見てきた海とは全く異なり、幻想的な情景を映し出していました。
「アクアさんや。遠い人魚の国から旅立って苦労なさって、大変海が恋しいかもしれんが、身体が冷える前にオラの家に来るべ」
「はい、お爺さん。いつまでも、黄昏ている場合ではありませんね」
穏やかな夜の海から、地上へと上がって行くアクア。しかし、砂の地面に辿り着いたのも束の間、身体の自由が利かず、アクアは仰向けになったまま砂の地面に倒れ込んでしまいました。
「アクアさんや、大丈夫ですかい?」
「いえ……砂にヒレを取られて、大丈夫そうにありません」
倒れ込んだまま砂に塗れた顔を上げ、情けない体勢で訴えかけるアクア。
人間とはあまりに勝手の違う人魚の生態に釣り人は驚かされました。
「そりゃ、気が利かなんだ。衰えたオラの身体じゃ、アクアさんをここから運ぶのは難しい。息子を呼んでくるから少しばかり待っていて下され」
砂に塗れた身体を起こされ、何とか頷くアクア。
陽の当たらない夜の寒さで震え始めたアクアに上着を着せ、お爺さんは海の近くにある小屋へと慌てて戻って行きました。
月明かりを頼りに周りの景色を見渡すアクア。
恐怖感は無くなり、現実感のなかった地上の景色にも段々と慣れてきました。
暫くすると、お爺さんはもう一人、息子と呼んでいた精悍な顔立ちをした若い男性を連れてやってきた。
男性はハーフパンツにフードジャケットのみを着て、逞しい引き締まった筋肉を持った胸板を晒していて、人魚を見ても驚く様子もなく堂々とした振る舞いでした。
「ナオト、この通りじゃ。人魚様が参られた。困っておられるようじゃから、今日はうちに泊まってもらうぞ」
「承知。まさか生きている間に人魚と巡り合えるとは。家までお送りしますので、失礼いたします」
芯の強い渋い声色でそう言い放つと、いとも簡単に掬い上げるようにアクアの身体を持ち上げたナオトは豪快に担ぎ上げ、そのまま軽い足取りで歩き出した。
「うわぁ!」
前振りもなく、いきなり身体を持ち上げられ、宙に浮上したアクアは驚き、小さく悲鳴を上げました。
「えええっ! 私の身体、浮いてます。重くないのですか?」
「この程度、片腕でも十分運べます。その姿で地上を歩くのは不自由でしょう。女性を守るのは男の礼儀、遠慮する必要はありませんよ」
堂々と背筋を伸ばし、真剣な表情で砂の地面を歩き始めるナオト。
惚れ惚れする程に、頼りになるその姿にアクアは感心しながら自らの身体を託した。
人魚の国でもなかなか見かけない力強さを持った屈強な男性。
それでいて下心もなく平然と自分の役割に徹して持ち運ぶ姿はアクアにとって信頼するに値するものでした。




