2、旅立ちのアクア
無情にも日々は過ぎ去って行く。
一向に帰る気配を見せないアーリアを想う気持ちはアクアの中で次第に大きくなっていきました。
「お姉様……一体どこに行ってしまわれたのですか? 幸せに暮らしているのですか? 残されたアクアの気持ちを考えては頂けませんか……」
人間達への憧れを抱いたまま、喪失感を植え付けられたアクア。
未だアクアの中では人間に対する善悪の判断は付きません。
それはアーリアが幸せに暮らしているのか、それとも不幸に遭遇して帰ることが出来なくなってしまったのか、明らかにされないまま、ただ時が過ぎていくからです。
行方知れずになったままアーリアは人魚の国に戻ることなく、長い月日が過ぎて行きました。
他の人魚達の追随を許さぬ程、読書家であったアクアは深海の図書館の館長を引き継ぐことになり、地上への遠征許可もやがて下りることとなりました。
姉の行方が知りたい。そして、人間との出会いに焦がれるアクアはついに人間達の暮らす近海へと向かう決心をして、旅立ちの時を迎えます。
「誰も勇気を出して、この人魚の国を出てお姉様を捜し出そうとしない。
このままでは、お姉様とは永遠に会うことができない……。
私はそんなのは嫌。受け入れられない。
まだ、人間が恐ろしい存在なのか、優しい存在なのか、分からないままなのに」
泳ぐのが苦手な事を心配する声も聞かれましたが、アクアの決意は固く、一人、人魚の国から勇気を持って旅立っていったのです。
しかし、人魚の国がある珊瑚の海を越えて、人間の暮らす近海へと出た経験のないアクアの旅は前途多難なものでした。
自由に運動させることが出来る尾鰭に力を込め、島を目指して進み始めたアクアは危険とされるイタチザメに遭遇してしまいました。
早速訪れた危機的状況。イタチザメは食べるものを選り好みしない雑食で、あらゆる海洋生物を捕食する恐ろしい海の支配者です。
獲物を求めるぎらついた眼差しでアクアを捉える獰猛なサメ。
鋭い刃を無数に生やし、殺気を放つその姿を見たアクアは冷たい氷に浸されたように震え上がりました。
「逃げなきゃ……逃げなきゃ……こんなところで死にたくないよ……」
イタチザメに獲物として認識され、急速に迫る絶命のタイムリミット。
瞳を潤ませ、恐怖で竦んでしまった尾鰭を両手で掴み、必死に蘇らせようとするアクア。焦れば焦るほど、冷静さを失ってしまう状況下。
周りの海洋生物が危険を察知して逃げ惑う中、アクアは完全に出遅れてしまいました。
”キャシャァァァァ!!”
信じられない程に耳障りな超音波を上げるイタチザメが怯えるアクアに襲い掛かります。
「ヤダヤダヤダヤダっ!! こんなところで食べられたくないよっ!!」
宝石のように綺麗な瞳から零れる涙。
大変な窮地を迎えたアクアは後ろを向き、尾鰭だけではなく両腕も駆使して必死に距離を取ろうと、歯を食いしばって身体を動かして逃げました。
(何とか……何とか、逃げなきゃ! お姉様もここにはいない。
助けてくれる仲間もいない。今は一人なんだから!)
しかし、逃げる者を追い掛けるのが捕食者の習性。
イタチザメは容赦なくアクアに接近し、今にも食いちぎらんと迫ります。
切迫する状況の中、アクアはいざという時の為に用意していたウニを大きな袋から何とか取り出し、開いた口の中に向けて勢いよく投げ込みました。
「これでも喰らえっ! ウニーー! ウニ――! ウニーー!
なんとかなれー! ウニーー! ウニ――! ウニーー!」
大盤振る舞いとばかりに迫る口腔に向けて、頭を振りながら次々に投げ込んでいくアクア。
気付けば瞳まで閉じて、無我夢中で投げ込んだアクアはウニが手元に無くなったところで再度瞳を開けました。
”キャシャシャァァ!!”
するとイタチザメは荒れ狂うように苦しみ出し、アクアからついに離れていきました。
間一髪、イタチザメの襲撃を掻い潜ったアクア。
しかし、気付けば自分が一体どこにいるのかも分からず、完全に迷子になってしまいました。
魚の国に帰ることも出来ず、広大な海原を彷徨い続けてしまうことになったアクア。
次第に日は暮れ始め、顔を上げて空を見上げると燃え上がるようにオレンジの空に変わっていました。




