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Mermaid-マーメイドー  作者: shiori@


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12/12

11、海に還る

 窮地を脱し、一人寂しく人魚の国へ戻ったアクア。

 そんなアクアを待っていたのは籠の中での生活でした。


 警告を無視して人魚の国を離れ、島に向かったことが知れ渡り、セイレーンの逆鱗に触れてしまったアクアは鳥籠のような形状をした大きな檻の中に閉じ込められてしまったのです。


 来る日も来る日も籠の中での生活を強要され、地上にはもう行かないと言っても信じてもらえないアクア。

 たとえ門番を任されたマーマンに訴えかけても事態が進展することはありませんでした。


 それからさらに時が経ち、もう一度だけ……もう一度だけでもいいから、愛するナオトに会いたいという衝動にアクアは焦がれていきました。


「人と出会い、長寿であることがめでたいものでないと思い知りました。

 大切な人が消え去って行くのを見送るばかりの生にどれほどの価値がありましょう。

 私は……人魚などではなく人として一緒に添い遂げたかったです。

 こんな籠の中で生涯を終えることなど受け入れられるはずがありません!

 貴方とならたとえ短命であっても死を恐れる気持ちはありません。なのに、どうして貴方に会いに行けないのですかっ! 私は貴方が生きている間に傍にいたいのです!」


 耐え切れなる度にヒステリックに泣き叫ぶアクア。幾ら時が流れてもそれは変わりはしません。それはもう、アクアが自分達よりも遥かに人間の方が短命であるという現実を知ってしまったからです。


 愛という鎖に繋がれたアクアはナオトのことを諦めきれません。

 しかし、セイレーンに逆らった罪は重く、アクアが閉じ込まれている檻は強固で、ただ時間だけが過ぎ去ってしまっていきます。


 このままではナオトの寿命がやってきて、二度と会えなくなる。

 もう、アクアは気が狂いそうになる日々を送ることしか出来ませんでした。

 

 そんな日々が続いたある日、ずっと独り言のように漏らす、消沈したアクアの思い出話を聞かされてきた門番のマーマンはアクアへの恋心に苛まれ、ついに籠を開けてしまいました。


 そっと開かれた鍵。優しさに触れたアクアは懸命に涙を拭いました。 


「我らと比べて人間の寿命が遥かに短いというなら、手遅れになる前に今すぐ会いに行ってあげて下さい」


「いいんですか? こんな事をしたら貴方まで」


「恋をするというのはこういう誤った衝動に駆られてしまうことです。それを教えてくれたのはアクアさん、貴方です」


「そうかもしれませんね。ごめんなさい、ご迷惑をおかけします」


 マーマンの言葉に感謝して頷くアクア。

 アクアは痛む足さえ忘れて、忘れもしないナオトの笑顔を求めて駆け出していきました。


「ナオトさん、こんなにも人を愛することが辛い事だとは思いませんでした。

 それも全部、教えてくれたのはナオトさんです。

 ナオトさんのせいなんですからね。

 だから、会えないのはもう嫌です!」


 泡に包まれた人魚の国を飛び出し、最初の頃とは比べ物にならないほどに軽快な泳ぎで、会いたい衝動に身を任せ真っ直ぐに島へと向かって行くアクア。

 そうして、アクアは人魚の国に戻ることは二度とありませんでした。



 波が静かにそよぐ音が聞こえ、心地よい夜風が海岸を包む。

 あの日と変わらない海。しかし、受け入れがたいほどに過ぎてしまった時間。

 思い出の小屋は無情にも住む人を変え、残酷にもそこはアクアの居場所ではなくなってしまっていました。


 花嫁のヴェールを頭に被り、ウェディングドレスを着たアクアはガラスケースに入れられた和時計を両手でギュッと握り締めるように大切に掴む。


 それらは全て、ナオトがアクアの為に残した愛のプレゼントだった。


「私はあの人の下へ向かいます。だから、どうか好きなように私を食べて下さい。私の想いはあの人に届くまで朽ちる事はありません」


 人生で最も美しい晴れ衣装に身を包み、誰もいない海岸で一人呟く。

 月明かりが寂しく一人彷徨うアクアの身体を照らす。


 そうして、涙を溜めた瞳で悲しき歌を口ずさむアクア。

 時が止まった世界で、酔いしれてしまいそうな程の美声が海岸に響き渡る。

 

 そして、アクアは自分が幸福であったことを噛み締めると、夜明けを迎える前に地平線の先まで続く海へと向かって進み、尾鰭から順に身体を沈めていった。


 物語はこうして終わり、アクアは人魚の国に帰ることなく、ナオトが暮らす永遠の世界を求めて旅立つのでした。


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