エピソード9:厄災七幹
激闘の末、ミミック・ロードを倒したガーデラ達。
しかしそこに、魔王直下の幹部
厄災七幹のゴルドラが現れた。
ガーデラたちは、一歩も引かずにゴルドラを見据えたまま、身構えを解かない。
(冗談じゃない……よりによって、なんで今厄災七幹なんかが来るのよ)
喉の奥がひりつく。
目の前の男は、笑っているだけなのに――その存在そのものが、圧だった。
「うーん、そんな怖い顔しなくてもいいのに」
ゴルドラは肩をすくめ、軽く首を傾げる。
「僕はただ、調査に来ただけだよ」
「……調査?」
「そ。なんでもこの鉱山で冒険者が次々消えるって噂を、上が掴んだらしくてさ、『ちょっと見てきて』って言われただけ。ほんと、それだけ」
その口ぶりは、まるで散歩にでも来たかのようだった。
「で、中で調べてたら……そこの子が、ものすごい勢いで駆けてくるのが見えてさ」
ゴルドラの視線が、ちらりとフランズに向く。
「何事かと思ったら、今度は外から派手な音と声が聞こえてきてね、戻ってみたら――」
「でっかいミミックが、ちょうど死んでるところだった、ってわけ」
両手を広げ、楽しげに話す。
「いやぁ……一部分だけだけど、なかなか楽しませてもらったよ。正直、こんな面白いことになるなら、もっと早く来ればよかったなぁ」
笑顔。
軽い口調。
だが、その奥にあるのは――明確な“観察者”の目だった。
「……ま、いっか。もう終わっちゃったみたいだし」
ゴルドラはあっさりと興味を切り替えるように言った。
「えーと? つまりさ、あのデカいミミックが、冒険者が消えてた原因って考えていいのかな?」
「ええ」
ガーデラは短く頷く。
「洞窟の奥に、大量の骨が積み上げられていたわ。冒険者たちはミミックに奥まで誘い込まれて殺されていた」
「そして――死体は、さっきの“親玉”に捧げられていた」
一瞬、夕風が吹き抜ける。
ゴルドラは顎に手を当て、少しだけ考える素振りを見せた。
「へぇ……なるほどね」
その声は、情報を咀嚼しているだけの、軽い感想だった。
次の瞬間。
「じゃ、ちょっと見てこよ」
そう言い残し、彼はくるりと踵を返した。
「え?」
ガーデラそう漏らすより早く、ゴルドラは洞窟の方へ駆け出していた。
白い軍服が夕闇に溶けるように揺れ、あっという間に坑道の奥へと吸い込まれていく。
「お、おい!」
フランズが反射的に声を張り上げるが返事はない。
ゴルドラはあっという間に洞窟の闇の中に消えていった。
その場は再び、不気味な静寂に包まれた。
「……なんだか、随分と軽い奴だな」
フランズは肩の力が抜けたように呟き、ゴルドラが消えた洞窟の奥を見やった。
あまりにも拍子抜けする態度だったが、その軽さこそが、かえって不気味だった。
その時だった。
ガーデラは、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
「テラ殿!」
フランズはメルザを背負ったまま、慌てて駆け寄る。
ガーデラは額に手を当て、荒く息を吐いた。
「……最悪……」
「まさか……厄災七幹の奴に、こんな所で会うなんて……」
夕日の光が、彼女の蒼白な横顔を照らす。
それは戦いの疲労だけではない――もっと根の深い恐怖の色だった。
「……テラ殿、聞いてもよいか?」
フランズは慎重に言葉を選ぶ。
「その“パンデラズ”というのは……一体、何なんだ?」
ガーデラは一瞬だけ目を閉じ、そして静かに口を開いた。
「……簡単に言えば、魔王軍の主戦力よ」
低く、重い声だった。
「魔王が直々に選別した、戦闘に特化した七人の魔族で構成された組織」
「それが――厄災七幹」
一拍置き、彼女は続ける。
「……と言っても、今は№1が空席で、実質六人しかいないけれど」
「魔王軍の……主力」
フランズの喉が、ごくりと鳴った。
「……やはり、強いのか?」
ガーデラは、はっきりと頷いた。
「ええ。全員――文字通りの、化け物よ」
その言葉には、一切の誇張がなかった。
「メンバー全員がその気になれば、簡単に滅ぼせる実力を持っている」
「あいつらは……私たちとは、強さの次元が違う」
沈黙が落ちる。
フランズは、先ほどまで軽口を叩いていた白い男の姿を思い出し、背筋に冷たいものを走らせた。
すると、
洞窟の奥から、ゴルドラが何事もなかった顔で戻ってきた。
「いやー、面白かった」
あまりにも場違いな第一声だった。
「……もう戻ってきたのか!」
「うんうん。君たち、ありがとねー」
「おかげで十分調べられたよ。いやほんと助かった。これで上から怒られずに済む。よかったよかった」
その口調は、強敵との死闘があった場所とは思えないほど軽い。
「……はい、これお礼」
そう言うと、ゴルドラは懐から何かを取り出し、無造作にフランズへ放り投げた。
反射的に受け取ったそれは、一冊の本のような形をしていた。
だが、表紙には文字ではなく、複雑な魔法陣が刻まれている。
「なっ……何だこれは?」
「あれ、知らない?」
ゴルドラは首を傾げる。
「それは、“記景の書”。景色をページに写して保存できる魔道具だよ」
「さっきそれに、洞窟内の様子をある程度入れておいたんだ」
「……え?」
「なに!?」
フランズが慌てて本を開き、ページをめくる。
すると――
そこには、先ほどまで彼らがいた洞窟の内部が、そのまま切り取られたように写っていた。
骨の山。
荒れ果てた通路。
そして、ミミック・ロードが潜んでいた広間。
「それあげるよ。それだけあれば、十分でしょ?異形のミミックが冒険者を襲ってた証拠」
「あとは君たちが、うまく説明すればいい」
フランズは本とゴルドラを交互に見て、思わず言葉を失った。
「……いいのか?」
「初対面の相手に、こんな貴重な魔道具を渡して……」
「あー、全然大丈夫大丈夫」
ゴルドラは手をひらひらと振る。
「どうせあんまり使わないし」
「僕、まだ持ってるしさ」
「余ったページは、好きに使っていいよ」
その軽さに、誰もすぐには返事ができなかった
にこやかな笑顔の裏で、
ゴルドラの視線は――すでに次の何かを見据えているようだった。
そのときだった。
洞窟の奥、まだ闇の残る通路の先から湿った空気を裂くような、不快な鳴き声が響いた。
視線を向けると、そこには一匹の異形ミミックが姿を現していた。
歪な体を引きずりながら、外の空気を嗅ぐように首を揺らしている。
「なんだ、まだいたんだ」
ゴルドラが、少しだけ面倒そうに呟く。
その瞬間、フランズがはっと息を呑んだ。
「まずい!今は夕刻だ!太陽はもう沈みかけている!この辺り一帯、日陰になってる……日光が入っていない!」
異形ミミックは甲高い咆哮を上げ、ためらいなど一切なく、洞窟から飛び出した。
「まったく……しつこいなぁ」
ゴルドラは、溜息交じりにそう言うと、足元に転がっていた小さな石を一つ拾い上げた。
「……?」
「……何をする気だ?」
フランズが首を傾げたその刹那。
ガーデラの背筋に、凍りつくような予感が走った。
「やばい! フランズ、伏せて!!」
ゴルドラは手に取ったいしを軽く投げつけた。
次の瞬間。
ドォォォォンッ!!!!
雷鳴のような轟音とともに、
石は空中で爆ぜ、凄まじい光と衝撃が炸裂した。
地面が跳ね上がり、空気が叩き潰される。
爆風が渦を巻き、視界を煙が覆い尽くす。
フランズは咄嗟に地面に伏せ必死に踏ん張る。
ロザは耐えきれず、軽々と吹き飛ばされ地面を転がる。
耳鳴り。
焼け焦げた匂い。
肌を刺す熱。
やがて――
轟音が消え、煙がゆっくりと晴れていく。
ガーデラたちは、息を呑みながらその先を見た。
そこにいたのは――
何事もなかったかのように立つ、ゴルドラの姿。
彼の足元の地面は、円状に削れ、黒く焼け焦げていた。
だが――
異形ミミックの姿は、影も形も存在しなかった。
まるで最初から、そこにいなかったかのように。
「あっ、ごめんごめん。大丈夫?」
何事もなかったように、ゴルドラは軽く手を振った。
「……い、一体……何が起こった?」
フランズはまだ耳鳴りが残るのか、頭を押さえながら問いかける。
「石が……爆発した、のか……?」
ガーデラは息を整えながら、低く言った。
「……言い忘れてたわ」
「パンデラズは、全員が“スキル”を持っているの」
「スキル……メル殿が持っていた特殊能力か」
「そういうこと」
ゴルドラはあっさり頷いた。
「僕のスキルはね――《ラウド・デストロイヤー》僕はこの手で触れた物を、爆弾に変えることができるんだ」
「……爆、弾に?」
フランズの声が、明らかに裏返った。
「うん」
ゴルドラは屈託なく笑う。
「さすがに生き物は無理だけどさ、片手で持ち上げられる物なら、だいたい何でもいけるよ」
「石とか、剣とか...」
ゴルドラはガーデラのもとに歩み寄り、彼女の肩に手を置く。
「服とか……ね」
「!!」
ガーデラの全身に、冷たいものが走る。
「テラ殿!」
フランズが叫ぶ。
しかし、ゴルドラはあっさりと手を引き、肩をすくめた。
「あっはは!「冗談、冗談だってーそんなことしないよ」
その笑顔は、あまりにも軽い。
その軽さこそが、何よりも恐ろしかった。
「勝手に勇者を殺しちゃったら、魔王に怒られちゃうしね」
ゴルドラは軽く肩をすくめた。
「それにさ、僕はこんな可愛い女の子を爆破するほど、いかれた奴じゃないつもりだよ」
そう言って立ち上がると、乱れた軍服を軽く払って整える。
「さて、と。やるべきことはやったし、僕はもう帰るよ」
「町の人たちへの説明、頑張ってね」
踵を返し、歩き出そうとした。
その時、
「……待って」
ガーデラの声が背に飛ぶ。
ゴルドラは足を止め、振り返る。
「ん? どうかした?」
ガーデラは一瞬、言葉に詰まった。
それでも、腹の底に溜まった疑問を吐き出す。
「どうして……記景の書を渡したの?」
「言ったでしょ? お礼だって」
「私たちと、あなたは敵同士なのよ」
声が、わずかに震える。
「私は勇者で……魔王を……あなたたちの“ボス”を、殺すかもしれない」
「そんな相手を助けて……あなたに、何の得があるの?」
ゴルドラはすぐには答えなかった。
夕暮れの光の中、しばらく空を見上げ――
やがて、ふっと息を吐く。
「確かに、得はないね」
そう前置きして、穏やかな声で続けた。
「ただ……なんていうかね」
「僕、君みたいな子、放っておけないんだよ」
彼は顎で示す。
フランズの背中で、静かな寝息を立てるメルザの方を。
「君さ、戦いが終わった瞬間、自分の怪我より先にその子の心配してたでしょ」
「自分のほうが、よっぽどボロボロだったのに」
ゴルドラはガーデラへ視線を戻す。
その目は、どこか真剣だった。
「話してる時もそうだ。誰よりも一歩前に出て、剣に手を当ててた」
「体力なんて、もう残ってないくせに、僕のこと、内心じゃちゃんと怖がってるくせにさ」
小さく笑う。
「……ああいうことを、咄嗟にできる奴って、今どきそういないよ?」
「そんな奴が、必死になってやったことなのに――」
「誰にも信じてもらえないなんて……」
一拍置いて、肩をすくめた。
「……そりゃ、あんまりじゃない?」
「そう思っただけさ」
夕日の残光が、白い軍服を淡く染める。
彼は再び背を向けた。
「じゃあね、勇者君」
「次に会う時は……立場が違うかもしれないけど」
そう言い残し、ゴルドラの姿は静かに闇へ溶けていった。
残されたのは、沈黙と、胸に残る言葉の余韻だけだった。
ゴルドラが去ったあとも、ガーデラたちはしばらくその場から動けずにいた。
夕暮れの風だけが、焼け焦げた鉱石の間を静かに吹き抜けていく。
「……最後まで、つかみどころのない奴だったな」
フランズは深く息を吐き、記景の書を大事そうに懐へしまった。
「次に会うときは……敵同士、か」
ガーデラは俯いたまま、ぽつりと呟く。
胸の奥に、重たいものが沈んでいく感覚があった。
(……当たり前よね)
ゴルドラは魔王エデルス直下の”幹部”。
そして自分は、女神に選ばれた“勇者”。
この先、魔王を討つことになれば、厄災七幹は必ず立ちはだかる。
ゴルドラも、他のメンバーも。
思い浮かぶのは、魔王城で見知った顔。
己を信頼し、側近として迎え入れてくれた魔王。
そして、その傍らで肩を並べていた“災厄”たち。
(私は……どこまで行くつもりなの?)
勇者として進めば、魔王軍と敵対する。
魔王の側近として考えれば、それは裏切りに等しい。
今日、目の前で消えかけた命が脳裏をよぎる。
ロザの震える声。
必死に駆け回るフランズの背中。
(見捨てられなかった)
勇者だからではない。
ただ“守りたい”と思った。
ガーデラの胸の奥で絡まっていた思考が、少しずつほどけていった。
その時、
「まあ、とりあえずだ」
フランズが明るく声を上げる。
「全員生きて帰れたことを喜ぼうではないか!」
「色々あったが、こうして記録も手に入った。今はそれだけで十分だろう」
「フランズ……」
「確かに、次に会った時は命の奪い合いになるかもしれん」
フランズは遠くを見るように言った。
「だが、それを考えて立ち止まっても仕方がない。我らが今やるべきことは、この鉱山で起こったことを町の住人に伝え、安心させてやることだ」
「そうであろう? ……テラ殿」
ガーデラはしばらく黙り込んだまま考える。
(先のことは……確かに、わからない)
旅の未来も。
勇者としての結末も。
それでも、“今”だけは、選べる。
ガーデラはゆっくり顔を上げ、フランズを見る。
「ええ、そうね」
「この先どうなるかを悩むより、今なにをすべきかを考えた方がいいわ」
小さく、しかし確かな笑みを浮かべる。
「ありがとう、フランズ」
「……少し、胸が軽くなった」
その言葉に、フランズは満足そうに頷いた。
すると、不意に背後から控えめな声がかかった。
「あ、あの……」
振り返ると、ロザが遠慮がちに立っていた。
「ああロザ。あなた、大丈夫だった?」
「はい。あの、この度は……本当に色々と、ありがとうございました」
そう言って、ロザは丁寧に、深く頭を下げた。
「そなた、これからどうするのだ?」
「今日は宿に戻って、休もうと思います」
「そう。なら私たちと、いっしょに行きましょ」
ガーデラはにこりと微笑む。
「はい」
「よし! では宿に行こうか! 明日に備えて、今日はゆっくり休もう!」
フランズの号令とともに、彼とロザは先に町の方へ歩き出す。
――が。
「あ、フランズ。ちょっと待って」
「ん? どうした?」
ガーデラは少し言いづらそうに視線を逸らし、間を置いてから口を開いた。
「その……さっき、ゴルドラに触られたときに……」
「うん?」
「その……」
「……腰が、抜けちゃって……」
「え?」
フランズは一拍遅れて、ガーデラの足元を見る。
そこには、威厳ある勇者の立ち姿ではなく――
ぺたりと座り込んだまま、微動だにしないガーデラの姿があった。
「そ...そうか。わかった。我が連れて行こう」
フランズは紐でメルザを背中に固定すると、ガーデラを抱き上げた。
「...すみません」
「...いいえ、大丈夫です」
ガーデラは顔を少し赤くし、フランズは何とも言えない表情を浮かべる。
こうして一行は、それぞれ微妙にズレた思いを胸に抱きながら、宿へと向かうのだった。
その夜。
「ん...んん...」
メルザは、柔らかな寝具の感触に違和感を覚え、ゆっくりと意識を浮上させた。
体は起こさず、まぶただけを持ち上げ、視線を静かに巡らせる。
「...ここは?」
見慣れない天井。ほのかに木の香りがする室内。
「起きちゃった?」
不意にかけられた声の方に目をやると、ベッドの傍の椅子にガーデラが座っていた。
「ガーデラ様、ここは...宿屋ですか?」
「ええそうよ。フランズがここまで連れてきたの」
「フランズさんは今どこに?」
「隣の部屋で爆睡中。相当、疲れてたみたい」
「そうですか...」
メルザは小さく息を吐いた。
沈黙が一瞬、部屋を満たす。
「...あの」
ためらいがちに声を出すと、ガーデラはすぐに視線を向けた。
「どうしたの」
「...すみませんでした。あの時、命令に背いて勝手に行動して...」
言葉を絞り出すような声だった。
ガーデラは軽くため息をつく。
「別にいいわよ」
あっさりとした口調。
拍子抜けするほど、責める色はない。
「だって、その結果、みんな助かったんだから。あなたの判断は間違ってないわ」
「……ですが……」
なおも言い募ろうとするメルザを、ガーデラは手のひらで制した。
「それに、今回のことで少し安心したのよ」
「安心?」
「ええ」
ガーデラは視線を少しだけ逸らし、言葉を選ぶように続ける。
「元々あなたは、私が巻き込んだみたいな形で一緒に旅をしていたでしょう? だから……ひょっとしたら私に気を使って、無理に付き合っているんじゃないかって、思ってたの」
メルザは、はっと息を呑んだ。
「でも、あの時あなたが私に言ってくれた言葉は……間違いなく本音だった」
ガーデラは、メルザに向き直り、柔らかく微笑む。
「それが嬉しくて、安心したの」
「ありがとう、メルザ。私について来てくれて」
その一言は、命令でも勇者としての言葉でもなく。
ただの、ひとりの仲間としての――素直な感謝だった。
メルザの胸に、じんわりと温かいものが広がる。
「はい...これからもあなた様の秘書として、仲間として、精一杯ついていきます」
「うん、でも...無茶はしすぎないこと。わかった」
「は...はい」
「よし」
ガーデラは立ち上がり、そっと布団を整える。
「じゃあ、もう寝なさい。明日も早いから」
「わかりました...おやすみなさい。ガーデラ様」
小さくそう返しながら、メルザは目を閉じた。
意識が再び眠りへ沈んでいく直前、
「ええ、おやすみ」
耳元で聞こえたガーデラの声は――どこまでも穏やかだった。
「...さてと、私もそろそろ寝ないと。でも、その前に...」
ガーデラはポケットに手を突っ込むと、ゆっくりと遠隔水晶を取り出した。
一方――
町から離れた岩山の中。
月明かりに照らされた岩肌の陰で、一人の男が遠隔水晶を手にしていた。
ゴルドラだった。
淡く脈動する水晶の光が、彼の顔を照らす。
水晶の向こうには、椅子に腰掛けた一人の女性魔族が映し出されていた。
『ミミックが?本当なんでしょうねその情報』
疑念を隠さぬ声音。
「ホントも何も、ちゃんとこの目で確かめたし、記景の書にだって記録したよ」
ゴルドラは肩をすくめるように答える。
『そう...信じられないわね』
「まぁ無理もないよね。でも、これが事実だ。冒険者は凶暴化したミミックによって殺されていた」
水晶越しに、女性の魔族は一瞬だけ黙り込む。
『...ゴルドラ』
「なに?」
『あなたはどう思う?今回のミミックについて』
ゴルドラは少し考える素振りを見せてから、いつもの調子で言った。
「...ま、普通じゃないよねー。異常な肉体の変化、戦闘能力と知力の上昇、そして、日に当たると崩れる」
「どう考えても、“自然環境で変化しました”じゃ収まらないよ」
『それじゃあ...誰かが意図的に作り出したって考えていいのかしら?』
「むしろ、そう考えない方がおかしいくらいだよ」
即答だった。
「あのミミックたちは誰かが作り出して、鉱山の中に住み着かせた。これは、ほぼ間違いないだろうね」
『何のために?』
「んなこと僕が知るわけないでしょ」
軽く笑い、続ける。
「まぁまともな理由じゃないってのは確かだね。ミミックの生態に作った奴の性格の悪さが滲み出てるよ」
女性の魔族は、無言でメモを取り続ける。
やがてペンを置き、顔を上げた。
『わかったわ。ゴルドラ、あなたは予定通り魔王城に戻って、記景の書を持ってきてちょうだい』
「あいわかった。で、君はどうするの?」
『今わかる情報だけでも、魔王様に報告しておくわ』
「了解。エデルスによろしくね」
その一言を最後に、水晶の光がふっと弱まった。
通信が切れ、岩山には再び夜の静寂が戻る。
「さてと、今日はもう遅いし、明日の朝出発するか」
ゴルドラはその場にごろりと寝転がり、夜空を見上げた。
無数の星が、冷たく瞬いている。
「あまり大事にならなきゃいいけどね」
独り言のように呟き、目を閉じる。
だがその言葉とは裏腹に――静かな夜は、どこか不穏な気配を孕んでいた。
翌日、
ガーデラ達は町長の屋敷を訪れ、鉱山の件について報告を行っていた。
卓上に広げられた記景の書をめくりながら、洞窟内で起きた出来事を一つ一つ丁寧に説明していく。
異形のミミック、積み上げられた白骨、そして冒険者たちの最期――。
「そうですか。まさか、あの廃鉱にそんな恐ろしい化け物がいたとは...」
町長は顔を青ざめさせ、深く息を吐いた。
「もし気づかずに放っておいたら、いずれ町にも被害が出ていたでしょう...勇者様方、この度はタウロスを救っていただきありがとうございました」
「一応、鉱山の中にいたミミックたちはすべて倒したつもりですが、万が一のこともありますので、なるべく近づかないよう住人に呼びかけといてください」
「承知しました」
町長は深々と頭を下げた。
「それで……今後はどうなさるおつもりですか?」
「もう少しこの町に滞在します。傷のほうがまだ癒えてないので」
「そうだな...我もまだ体力が万全ではない。しばらく休んで、完全体にならねばな!」
「かしこまりました。回復するまで、どうぞごゆっくりしていってください」
和やかな空気が戻った、そのとき。
町長の視線が、フランズの手元に向けられた。
「おや?すみませんフランズ様、そちらの手に持っている鉱石は...」
「ああ、これか?洞窟内の大広間で積み上げられていた鉱石だ。一応これも証拠になるかと思って持ってきたのだが」
「少し見せてもらっても?」
町長はフランズから渡された鉱石をじっくりと眺める。
すると、彼ははっとしたように顔を上げた。
「……すみません。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「え?ああはい」
ほどなくして、町の鑑定所から鑑定士が呼ばれた。
鉱石を前にした鑑定士は、次の瞬間――目を見開いた。
「す……すごい! これは魔鉱石です! しかもタウロスでも滅多に出ない高純度!
大きさ、状態、どれを取っても一級品ですよ!」
鑑定士はこうした口調ではなす。
「勇者様方!どうか、これを我々に売っていただけませんか!?このサイズなら……金貨五十枚は、余裕で出します!」
「「「金貨五十枚!?」」」
部屋の空気が一瞬で弾けた。
「えっ!? 嘘でしょ!? その鉱石、あの鉱山にに何百個もあるのよ!?」
「そうなんですか!?でしたら、いくらでも換金いたしますので、どうか持ってきてくれませんか?」
「待て待て待て!!いいのかそんなこと!?別に買わずとも、そなたらで持って帰れば...」
町長は笑顔で答える。
「いえいえ。異変を沈めてくださったお礼です。それに、あの鉱山は元々手放された土地。中にある鉱石も、見つけた勇者様方の所有物です。換金するもよし、持ち帰るもよし。すべて、お好きになさってください」
その瞬間、
ガーデラとフランズの中で何かが弾けた。
「フランズ」
「なんだ?」
「鉱山に戻るわよ」
「……今すぐか?」
「今すぐよ!!」
「もちろんだ!!」
「え!?ちょ...ちょっとお二人とも」
メルザが声をかけようとしたが既に遅かった。
二人は町長の屋敷を出ると、一直線に鉱山へ走っていった。
「テラ様! フランズさん!待ってください!そんなに動いたら傷が開きますよ!ねぇちょっと!止まってください!止まってくださーい!!」
必死に叫びながら、メルザも後を追いかけていった。
その一方、
魔王城、玉座の間。
高くそびえる天井の下、黒曜石の玉座に、魔王エデルスは静かに腰を下ろしていた。
広間には、炎の揺らめきと重苦しい沈黙だけが満ちている。
その時、硬質な扉を叩く音が、その静寂を切り裂いた。
「...入れ」
扉が静かに開き、現れたのは一人の女性の魔族だった。
「...リヴァーネか」
「魔王様、ご報告に参りました」
彼女の名はリヴァーネ。
魔王エデルス直属の秘書である。
「以前お話ししていた、タウロスでの鉱山の件について、厄災七幹のゴルドラから情報を得ましたので、お伝えしに来ました」
リヴァーネは手にしたメモに視線を落とし、淡々と、しかし一言一言を正確に紡いでいく。
異形へと変貌したミミック。
不自然なほど高められた戦闘能力と知性。
そして、自然発生では説明のつかない生態。
「なるほど...ゴルドラは、どう見ている?」
「“誰かが意図的に作ったと考える方が自然”とのことです」
「そうか...」
エデルスは低く呟き、ゆっくりと目を伏せた。
「人工の魔物か……厄介な話だな」
「...だが」
彼の思考は、別の一点へと鋭く向けられる。
「――それよりも、気になるのはそこまで異常に強化された魔物を葬った勇者だ」
リヴァーネが静かに頷く。
「ガーデラの報告によれば、その異形ミミックのボスを倒したのは勇者一行と聞いた」
「はい。ゴルドラもそう言っておりました」
「アリエスの町ではドラゴンを討伐したと報告していた....」
短く息を吐く。
「今回の勇者は、予想以上に強者かもしれんな」
その言葉には、評価と同時に、危惧が含まれていた。
「こちらも……そろそろ、本腰を入れて動く必要があるな」
沈黙を破り、エデルスはリヴァーネを見下ろす。
「リヴァーネ」
「はい、魔王様」
「今後の勇者について会議を開く...厄災七幹を招集しろ」
「かしこまりました。既にゴルドラは魔王城に向かっております。残りの五人についても、私が直ちに連絡を入れます」
「全員が揃い次第、遠隔水晶で知らせろ」
「承知いたしました」
リヴァーネは一礼すると、静かに扉を開け、玉座の間を後にした。
再び訪れる静寂。
エデルスは玉座に深く身を預け、天井を仰ぐ。
(勇者...お前は我を殺しに来るにか)
エデルスは心の中で静かに呟いた。
玉座の間から出たリヴァーネは、長い回廊を抜け、城の一角にあるバルコニーへと足を運んだ。
ガラス戸を静かに押し開くと、夜風がふわりと髪を揺らす。
「さてと...」
リヴァーネは一歩前へ出ると、背筋を伸ばし、背中へと魔力を集中させた。
次の瞬間――
彼女の背から、身体よりもはるかに大きな翼が生え出した。
深い闇をそのまま切り取ったかのような漆黒の翼。
羽ばたくこともなく、ただ静かに広がり、夜の空気を支配する。
リヴァーネはその翼に手を伸ばし、羽根を一本、また一本と抜いていく。
――五枚。
抜き取られた羽根に魔力を注ぎ込むと、羽根は淡く脈動し始めた。
そして、
バサッ。
羽根は形を変え、瞬く間に五羽の黒いカラスへと変貌した。
赤黒い魔力を宿した瞳が、一斉にリヴァーネを見上げる。
彼女は懐から手紙を取り出し、それぞれのカラスの脚へと結びつけていく。
「これでよし...さぁ、行きなさい」
その一言が合図だった。
カラスたちは一斉に羽ばたき、夜空へと飛び立っていった。
手紙に記されている文言は、ただ一行。
”魔王城にて会議。厄災七幹、至急集結せよ”
まーた1万字越えになってしまいました。
お読みいただきありがとうございました。
どうも、作者の一二三四 五六です。
なんか、色々情報が出てきてるんですが、皆さん大丈夫でしょうか?
もし「こうゆうところが分からない」というのがありましたら、
遠慮なく質問してください。
というか、本音を言うと...そろそろ感想が1個くらいは欲しいです。
卑しい奴かと思いますが、簡潔でもいいので、できれば感想を書いていただけるとありがたいです。
そんなわけでこれからも側近勇者をよろしくお願いいたします。




