エピソード4:終炎のフランズ
魔王城に帰るために、覚悟を決めたガーデラとメルザ。
村を出た二人は、剣から出る光を頼りに歩いていた。
光に従いしばらく歩いていると、一つの町が見えてきた。
ガーデラは剣を抜くと、確かめるように左右に振る。
すると光は揺らぐことなく町のほうを向き続ける。
「どうやら、あの町を示してるみたいね」
メルザが地図を広げる。
指先で現在地をなぞり、視線を町へと移す。
「あれは......アリエスの町ですね。特にこれといった特徴のない平凡な町です」
「まあ、とにかく行ってみなきゃわからないわ。」
ガーデラは、剣を鞘に収める。
二人はアリエスの町に向かって再び歩き始めた。
その町が、最初の試練となることも知らぬまま。
町へ入ったガーデラ達はすぐに異変に気付いた。
通り沿いの家屋は無残に崩れ、壁や屋根は焼け焦げている。
人々は瓦礫を運び出すことに追われ、診療所にはケガ人がベッドに横たわっていた。
「ひどい有様ですね...」
メルザが低く呟く。
「これだけの被害...並の魔物じゃないわね」
一人の町の住人の男がガーデラ達のもとに駆け寄る。
「あ、あの...すみません!」
「はい、何でしょう?」
男はガーデラの背中の剣を指さす。
「その背中の剣...まさかあなた様は...」
「あ...はい。ポラリスの村から来ました。勇者のテラです」
勇者という言葉に男の表情は一気に明るくなる。
「やはり勇者様!この町をお救いになるために来られたのですか!」
(まあ剣が示した方向に歩いてきただけなんだけど...)
内心でそう呟きつつ、ガーデラは曖昧に頷く。
「え、ええ。まあそんな感じです」
男は瞬時にガーデラの手を取り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!どうか...どうかこの町をお救いください!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
あまりの勢いに思わずガーデラは一歩後ずさる。
「いったいこの町で何があったんですか?」
横からメルザが問いかけると、男ははっとして手を離し、乱れた服装を整えた。
「はい....実はここ数日、ドラゴンが現れまして……」
「ドラゴン?」
「ええ、どうやら最近近くの山の洞窟に住み着きだしたようで、度々降りてきては、町を荒らしてるんです。」
周囲からは、住人たちの不安げにひそひそと不安げな囁きが聞こえてくる。
「昨晩は家が丸ごと燃えたらしい」
「薬草畑が全滅だそうだ」
「こんなことが続いたらこの町はもう……」
「......確かにこれはただ事じゃないわね」
「町の兵士たちが総出で応戦しているのですが、まるで歯が立たなくて……」
「町の皆さんで対処してるんですか!?」
思わず声を上げたメルザに、男は苦笑いを浮かべる。
「何せ相手が相手なもんで...町を訪れる冒険者はドラゴンの存在を知ると、皆逃げるように町を出て行ってしまうんです」
その言葉には、町全体を覆う絶望の重さがにじんでいた。
ガーデラは背中の剣に目を向け、この町に剣が反応した理由を理解した。
(なるほど...要するにそのドラゴンを討伐しろってことなのね)
「...あ、でも実は数日前に一人の冒険者がこの町を訪れまして」
「冒険者が?」
「ええ。ドラゴンの話を聞くと、”自分が討伐して見せる”と宣言し、町に留まってくれているんです」
「へえ、心強いですね」
反射的にそう返したメルザだったが、男の表情は浮かない。
「いや......そうでもないんですよ」
男は言い淀み、苦笑とも諦観とも取れる表情を浮かべる。
「何度も山へ向かってはいるんですが……その...毎回、満身創痍で戻ってきてまして……」
町の診療所の方へ、男はちらりと視線をやる。
「服は焦げ、体は傷だらけ、立って帰ってくるのがやっと、といった具合で……」
「命を懸けてくれているのは分かっているんです。ですが正直なところ……」
男は言葉を濁し、視線を落とした。
「……あまり、期待できない感じです」
(ドラゴン相手に、随分と無謀な奴ね...)
「勇者様!どうかこの町をドラゴンからお救いください!」
男は浮かぶかと頭を下げ、必死に懇願した。
(まあ状況的に断れないわよね...)
胸の奥で、ガーデラは小さく呟いた。
「わかりました。必ずドラゴンを倒して、皆さんの平和を取り戻して見せます」
その迷いのない言葉に男は顔を上げ、また表情を明るくした。
「ありがとうございます!どうかこの町を...アリエスをお願いします!」
ガーデラの勇者としての初めての任務が始まった。
「そうとなれば、まずは情報収集ですね」
メルザが即座に切り替えるように言った。
「それでしたら……先ほどお話しした冒険者の方に話を聞くのが一番かと。何度もドラゴンに挑まれているので、情報は豊富かと思われます」
「その冒険者は、今どこにいるんですか?」
ガーデラが尋ねる。
「おそらく、で治療を受けているかと」
男は思い出すように上を見上げる。
「黒いローブを着ていて...赤い髪をしていて...確か名前は、”フランズ”と言っていました」
ガーデラはその特徴と名前を頭に刻む。
「フランズですね、ありがとうございます」
二人は男に軽く頭を下げると、その場を後にし、診療所に歩みを進めていった。
診療所。
薬草の青い香りと、微かな血の匂いが混じる。
簡易ベッドがいくつも並び、包帯だらけの負傷者たちが医師や助手の手を借りて治療を受けている。
「……随分とやられていますね」
メルザが思わず息をのむ。
「ドラゴンが相手となると、被害も馬鹿にならないわね...」
ガーデラ達は視線を巡らせながら、例の冒険者の姿を探していた。
そのとき――
「...あ!テラ様!」
メルザが控えめに声を上げ、ある一点を指さす。
そこには、一つのベッドがあり、赤い短髪の青年が腰を下ろしていた。
体は所々に包帯が巻かれ、服の下からも無数の手当ての跡が覗いている。
近くの壁には、彼のものと思われる焦げ跡だらけの黒いローブが掛けられている。
「あいつね」
ガーデラは短く呟き、メルザと共に青年へ近づいていく。
「あなたがフランズ?」
声をかけると、青年はゆっくりと振り返った。
眼帯をつけていない右目が鋭く光る。
「......誰だ?そなたは」
声は重々しく低く響く。
「ポラリスの村から来た、勇者のテラよ」
その言葉を聞いた瞬間。
青年の表情が、露骨に変わった。
口元が歪み、わずかに笑みが浮かぶ。
「ほおっ……勇者が、我の噂を耳にし、この街へ訪れたか」
「……え?」
ガーデラが戸惑うよりも早く、青年はベッドから立ち上がった。
そして――
おもむろに足を肩幅に開き、胸を張り。
片手を天へ掲げ、高らかに宣言する。
「いかにも!我が名はフランズ!この世界を覆いし闇に、終止符を告げる“炎”を与えし者!」
一拍置いて。
「またの名を――
終炎のフランズ!!!」
……。
…………。
………………。
診療所全体が、水を打ったように静まり返った。
医師の手が止まり、患者は咳き込むのも忘れ、ただ、窓を抜ける風の音だけが、やけに大きく響く。
((......なんだこいつ))
フランズは満足げに鼻を鳴らした。
「ふふふ……見惚れてしまったか? 仕方ない、我が名乗りは勇者といえど畏れ多いからな!」
しばらく気まずい沈黙が続いた後、耐えきれなくなったガーデラがようやく口を開いた。
「え、えっと……本当に、あなたがフランズ?」
「ああ、そうだ!」
即答だった。
「あなたが、ドラゴンと戦ってると聞いたのですが...」
メルザが尋ねると、フランズは胸を張り、包帯の巻かれた腕を誇示するように広げる。
「その通りだ!!我はこの町を、ドラゴンの恐怖から解き放つために戦っている!」
すると、診療所の奥から呆れた声が飛ぶ。
「おいフランズ!昨日も一人でドラゴンに突っ込んで、ボロボロになって帰ってきたばっかだろうが!」
「そうそう!」
別の男も続く。
「全身焦げ跡と傷だらけで、毎回診療所送りになってるだろ!」
「ぬ……!」
フランズは言葉に詰まり、歯を噛みしめる。
「こ、今回は……今度こそは……必ず討ち倒してみせる……!」
必死に言い返すものの、周囲の男たちは肩をすくめ、苦笑を浮かべるだけだった。
(……ここまで信頼ゼロなの、逆にすごいわね)
ガーデラは内心でため息をつく。
フランズは咳払いをひとつして、ガーデラの方を向きなおした。
「……それで、テラ殿そなたは何故、我に会いに来た?」
「ドラゴンのことについて教えてほしいの。何度も戦っているあなたなら、色々知っていると思って」
「ほう...なるほど」
フランズは片目を細め、不敵に笑った。
「我の輝かしき戦闘の数々を知りたいというわけか」
「いや、そういうわけじゃあ...」
ガーデラが慌てて訂正しようとするが、フランズは聞いていなかった。
「よかろう!」
包帯だらけの腕を大げさに広げる。
「みっちりと教えてやる。ただその前に、外に出よう。いつまでも世話になっているわけにもいかん」
「え?あ、うん...わかったわ」
フランズは壁に掛けられていた、焦げ跡だらけの黒いローブを手に取り、肩に羽織る。
それだけで、さっきまでの“包帯まみれの負傷者”が、”冒険者”へと早変わりした。
「ドクター、世話になった!」
診療所の出口で、フランズは振り返り、手を振る。
「あいよー。またやられたら戻っておいでー」
「安心しろ! 次に戻る時は、ドラゴンを討ち果たした後だ!」
勢いよく言い放ち、フランズは扉を開けて外へ出ていった。
静寂が残る中、男がぽつりと呟く。
「……あのセリフ、何回目だ?」
「多分……十二回目くらいだな」
「そんなにやられてるの!?」
思わず声を上げたガーデラに、男たちは苦笑した。
「ああ、毎回重傷を負って担ぎ込まれてくる」
「懲りない奴だよなー」
その声に、嘲りはなかった。
諦めと、それに混じる微かな感情がのっていた。
「フランズさん……そこまでやるってことは」
メルザが静かに言葉を継ぐ。
「本気で、この町を救おうとしているのですね」
「そうなんだよな」
男が腕を組み、天井を見上げる。
「俺たちより、よっぽど重傷なはずなのにさ、それでも一人で何度もドラゴンに挑んで...」
男たちは、小さく息を吐いた。
「正直、無茶だとは思う」
「でも……」
「そこだけは、シンプルに尊敬してるよ」
ガーデラは、閉じた診療所の扉をじっと見つめ、小さく呟く。
「なるほど...ただの馬鹿ってわけじゃなさそうね」
何度も挑み、何度も敗れ、それでも立ち上がる男。
一見面倒くさそうな男だがその胸の奥には、確かな“正義”が燃えていた。
診療所を出た三人は、被害の残る町中を歩きながら話を続けていた。
フランズは歩調を緩めることなく、低い声で語る。
「ドラゴンは不定期に町へ降りてくる。そして、家屋を壊し、住人に危害を加える。奴は本能ではなく悦楽のために町を襲っている」
「ドラゴンは凶暴で残虐な魔物です」
メルザが静かに補足する。
「暇つぶしとして村や町を襲うのも、珍しくありません」
「ドラゴンを倒さない限り、この町はいずれ滅びる!」
フランズは拳を握り、断言した。
「……確かに、一刻も早く何とかした方がよさそうね」
ガーデラは周囲の瓦礫と疲弊した住人たちを見渡し、小さく息を吐く。
すると、
家の前に散乱した瓦礫を何度も運ぶ住人の姿が目に入り、フランズは足を止めた。
「テラ殿、少し良いか」
「どうしたの?」
フランズは答えず、住人の方へ駆け寄ると、瓦礫を運ぶのを手伝った。
すべて運び終えると、フランズは頭を下げる住人に軽く手を振り、ガーデラたちのもとへ戻ってくた。
「すまない、話の途中に」
「別にいいわよ、それくらい」
「フランズさん……優しいんですね」
メルザが素直に言う。
フランズは肩をすくめる。
「まあ、傷が癒えるまでドラゴンと戦えないのでな。これくらいはしなければ住人に申し訳がつかん」
その姿を、ガーデラは何も言わず黙って見ていた。
三人は再び歩き出し、話は自然とドラゴンへ戻る。
「ドラゴンは攻守ともに隙がない」
フランズは声を張る。
「漆黒の鱗は我が炎をたやすく弾き!爪と牙は巨岩を粉砕する!」
大げさに言い放つが完全に嘘ではないことはフランズの体が物語っていた。
ガーデラは、どこか呆れたように言う。
「あなた、よくそんなのと何度も戦えるわね片目まで失って……」
「おっと、それは違うぞテラ殿...」
フランズは即座に否定した。
「え?」
眼帯に指をかけ、低く笑う。
「これは“失った”のではない……“封じている”のだ。我が炎を」
嫌な予感が、ガーデラの背中を駆け上がる。
「この眼帯の奥に眠る――漆黒のレッドアイ」
「ひとたび解放されれば、視界に映るものすべてを焼き尽くす!山は灰に、海は蒸発し、この大地すら“終焉”を......」
(ああ、めんどくさいとこ触れちゃった)
ガーデラは遠い目で空を見上げた。
そんな中、今度は倒れた木の撤去に手間取っている住人たちの姿が、フランズの目に留まった。
「……テラ殿、すまない」
彼は一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、
「少し、待ってくれないか?」
「……ええ、いいわよ」
ガーデラはためらいなく頷いた。
フランズはすぐに住人たちのもとへ駆け寄り、共に木を撤去した。
口々に礼を述べる住人たちにフランズは軽く頭を下げると、再びガーデラたちのもとへ戻る。
「すまないな、何度も話を止めてしまって……」
そう言いながらも、フランズの視線は落ち着きなく周囲をチラチラと見ている。
ドラゴンの襲撃によって、住人たちは瓦礫や倒木の処理に追われていた。
「……ねえ」
ガーデラが、その様子を見逃さず声をかける。
「気になるんだったら助けに行けば?私たちも協力するから」
「……え?」
「話はその後でもいいでしょ」
フランズは一瞬言葉を失い、それから小さく息を吐いた。
「……すまない」
「大丈夫です」
メルザが穏やかに微笑む。
「早く終わらせましょう」
こうしてガーデラたちは町を巡り、瓦礫を運び、倒木や岩を撤去していった。
気づけば夜になっていた。
町を包む静けさの中、ランプの明かりが部屋を照らす中、ガーデラ達はフランズからドラゴンの情報を聞き出した。
「...とまあ、これくらいだな我がわかることは」
メルザは最後の一行を書き留め、そっとペンを置いた。
「ありがとうございました。おかげで、詳しいことはほとんど把握できました」
だが、フランズの表情は晴れない。
ランプの光が、伏せられた眼帯の影を濃く落とす。
「……すまなかったな。本当なら、もっと早く話を終えられたというのに」
低く、重たい声だった。
「だから、別に気にしてないって言ってるでしょ」
「……そうか」
フランズは短く答え、それ以上何も言わなかった。
一瞬、部屋に沈黙が落ちる。
その静けさの中で、ガーデラは自分の胸の内に溜まっていたものを、ようやく言葉にした。
「ねえ」
フランズが顔を上げる。
「どうして手当たり次第に住人を助けるの?あの人たち、あなたにはもうほとんど期待してないのよ?」
冷たく、静かで、ただ事実をそのまま置いたような問いだった。
フランズはすぐには答えなかった。
しばらく視線を宙に彷徨わせ、やがて、いつもの大仰な調子に戻る。
「特に理由はないな!」
胸を張り堂々と答える。
「我は助けたいから助けているだけだ!」
「……そう」
拍子抜けするほど、単純な答え。
それでもガーデラは、その続きを待った。
「それに、だ」
フランズは少しだけ声を落とす。
「手の届くところで、誰かが助けを求めているなら、我は迷わず、その手を伸ばす」
少し考えた後、ガーデラは、ゆっくりと息を吐いた。
「でもね......その手を伸ばしても、振り払われることだってあるわ」
部屋を照らすランプの炎が、微かに揺れた。
「実際……私も、体験したことがある」
ガーデラの脳裏には、遠い記憶が滲むように浮かび上がった。
――雨が降っていた。
冷たい雨粒が葉を叩き、重く湿った匂いに包まれていた森の中。
調査を終え、帰路についていたガーデラは木々の陰から、かすれた声を聞いた。
「誰か……誰かいないのか……!助けてくれ……!」
悲鳴というには弱く、懇願というには必死すぎる声。
ガーデラが声の方に足を運ぶと、そこには一人の人間の男がいた。
脚に深い傷を負い、地面に倒れ込んでいる。
魔物にやられたのだろう。血は雨に混じり、土を黒く染めていた。
ガーデラは男に近づき、そっと手を差し伸べる。
「大丈夫?」
男は咄嗟に、その手を掴んだ。
だが次の瞬間、彼の視線がガーデラの姿を捉えた途端、顔色を変えた。
「……ま……魔族……!!」
男は慌てて手を放し、足元に落ちていた剣をガーデラに振りかざした。
「!?」
ガーデラは咄嗟によけたが、手の甲を少し切られ血が出ていた。
傷を押さえ、その場に立ち尽くすガーデラに男は大声で叫ぶ。
「近寄るな、魔族!!」
「お前らなんかに助けられるくらいなら……死んだほうがましだ!!」
ガーデラは理解できなかった。
自分は、ただ助けようとしただけなのに。
ただ手を差し伸べただけなのに。
「どっかへ行け!!」
怒声と恐怖が混じったその言葉にガーデラは耐えられず、その場から逃げるように立ち去った。
翌日。
ガーデラはどうしても気になり、同じ場所を訪れた。
男は、そこにいた。
……いや、“倒れていた”。
動かない。呼吸もしない。
すでに冷たくなった身体が、森の静けさの中に横たわっていた。
差し伸べられた手を取っていれば、助かっていたかもしれない。
しかし彼は死を選んだ。
生きることよりも。
ガーデラに...魔族に助けられることよりも。
ガーデラは、しばらくその場から動けなかった。
雨はもう止んでいたのに、
胸の奥だけが、いつまでも冷たく濡れたままだった。
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「そんな人に出会った時...あなたはどうするの?」
ガーデラの声は、ひどく静かだった。
責めるでも、試すでもなく、ただ事実を確かめるような問い。
フランズは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
だがすぐに顔を上げ、いつもの大仰さを削ぎ落とした、真っ直ぐな声で答える。
「……どうもしないな。我は誰であろうと、一度伸ばした手を、引くことはせん」
その言葉は、重く、揺るがなかった。
「もし我が、そこで手を引いてしまえば……我はきっと、後悔する助けられた者を自分から諦めてしまったことに...」
フランズは、拳を握る。
「だから我は、例え振り払われようと」
「例え拒まれようと」
「それでも、手を伸ばし続ける」
「それが、我にできる唯一のことなのだから」
言い切ったその声には、誇りも、覚悟もどちらも混じっていた。
ガーデラは、しばらく黙っていた。
だが、その言葉に、胸の奥でのあの雨の日の冷たさが、少しだけほどけていくのを感じた。
「……そう」
ゆっくりと息を吐くように呟いた。
「わかったわ」
「ごめんなさいね。こんな、暗い質問をしちゃって」
フランズは肩をすくめ、いつもの調子を少しだけ取り戻す。
「気にするな」
「そなたが、少しでもスッキリしたなら、それでよい」
その言葉に、ガーデラは小さく微笑んだ。
その瞬間、
――ドォォンッ!!
世界そのものを叩き割ったかのような、凄まじい轟音が響く。
つい先ほどまで部屋を満たしていた、ぬくもりのある空気は、
一瞬にして引き裂かれ、冷たい緊張へと変わった。
「……なに!?」
ガーデラが反射的に立ち上がる。
同時に、フランズの表情から、先ほどまでの軽さが消え失せた。
「この音……まさか……!」
次の瞬間、窓の外から、悲鳴に近い叫び声が夜を裂いた。
「ドラゴンだー!!」
「ドラゴンが来たぞー!!」
「……やはり、来たか」
フランズは低く呟き、こぶしを強く握り締める。
包帯の下から、軋むような音がした。
「今度こそ……」
「今度こそ、決着をつけてやる!!」
ガーデラは剣に手をかけ、メルザは荷物をまとめ、フランズは黒いローブを羽織る。
三人は宿の扉を勢いよく開け、夜の町へと飛び出した。
炎と悲鳴が交錯する夜の中――
ガーデラの勇者初陣が、否応なく幕を開けようとしていた。
今回は少し長くなってしまいました。
お読みいただきありがとうございました。
どうも、作者の一二三四 五六です。
年末年始、少々忙しくて投稿が滞ってしまいました。
申し訳ございません。
これから投稿頻度を戻していこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
2026年も皆さんに作品を読んでもらうためにこれからも頑張っていきます。
そんなわけでこれからも側近勇者をよろしくお願いいたします。




