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エピソード17:愚王

教会で黒い蜂の大群に襲われたガーデラ達

蜂に刺された者は体を操られ、仲間に攻撃をし始めた。

蜂たちを倒したガーデラ達は、確信に近い疑惑を抱き、

コルスと話をするためにルナと共に、ゲミニ村に戻るのだった。

ゲミニの村の入り口――


まばゆい光とともに、ガーデラたちの姿がその場に現れた。

夕刻となって、沈みゆく朝日が村を照らす。

「……戻ってきたな」

フランズは周囲を見渡す。


村は以前と変わらず、獣人たちを鎖で繋ぎ、過酷な労働を強いていた。

鞭のひと振り、棒の打撃、耳を突き刺す怒号。

そのすべてが絶え間なく響き渡り、空気を重く沈めている。

ルナの体が、小さく震えた。

仲間が苦しむ姿への怒りか――かつて一緒に暮らしていた人間が振るう暴力への悲しみか――

その胸の内は複雑に絡み合い、抑えきれない感情が表情に滲む。


「ルナ殿、あまり見るな」

フランズが片手でルナの視線を遮り、低く囁いた。

「とりあえず、早くコルスのところに向かいましょう」

ガーデラが歩き出そうとしたその瞬間、


「おやおや、勇者様!」

前方から声が響いた。

一人の見覚えのある村人が歩み寄る。

ガーデラたちが初めて村を訪れた際、案内を務めた男だった。


「いつお戻りになられたのですか? わかっていればお出迎えいたしましたのに」

「ああ、いえ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

ガーデラが軽く返すと同時に、男の顔を見たルナが突然口を開く。

「フェザードさん!」

男――フェザードの目がルナに向く。


「あたしよ! ルナ! わかるでしょ?」

しかし、そこにあったのはかつての温かい視線ではなく、冷たく、侮蔑に満ちた目つきだった。

「……なんで、そんな顔するの?」

ルナの声が震える。

「やめてよ...そんな目で見ないでよ...ねぇ!」


フェザードは一瞥し、冷たい声で吐き捨てる。

「獣がきやすく話しかけんな」


その瞬間、ルナは言葉を失った。

胸に突き刺さるような痛みと屈辱が、身体を支配する。

小さく肩を震わせ、視線を地面に落とすしかなかった。


「おい、我の友人を随分な愚弄をするではないか?」

フランズの鋭い視線がフェザードを真っ直ぐに射抜く。

「い、いえ! 私はそういうつもりでは……」

フェザードの声はかすかに震えた。


「フランズ」

ガーデラが静かに呼びかけ、短く目線を送る。

「....わかっている」

フランズは小さく頷き、意を決したように視線を前に戻す。


フェザードは再びガーデラに目を向け、落ち着いた声で続けた。

「えっと、それで、勇者様……今度はどのようなご用件で?」

「調査の結果を、コルス……村長さんに報告しに行くところです」

言葉を選びながらも、ガーデラの口調には揺るぎない決意が宿っていた。


「そうですか。では、私がまた案内いたしましょうか?」

フェザードの声には、どこか不自然な温かみが混じっていた。

「いえ、大丈夫です。屋敷の場所はもう覚えていますから」

ガーデラは後ろにいる仲間たちを見渡した。

「みんな、行きましょう」

メルザとフランズは軽く頷き、ルナも小さく応じた。


屋敷へ向かって歩き出す一行。

ガーデラは自然とルナの方へ視線を向けた。

操られていることは理解している――

それでも、かつて共に暮らした人から向けられた嫌悪の言葉は、

彼女の心を深くえぐり続けていた。


「ルナ」

ガーデラの呼びかけにルナは顔を上げる。

「大丈夫。絶対に取り戻して見せる」

その言葉にルナの内心は、ほんの少しではあるが軽くなった

「うん...ありがとう」






屋敷の中。


重厚な扉の前に、ガーデラたちは立っていた。

空気は妙に静かで、外の喧騒が遠くに感じられるほどだった。


ガーデラは一歩前に出ると、振り返らずに言った。

「ルナは、ここで待ってて」

「え?」

ルナは即座に眉をひそめた。

「なんでよ!?あたしもコルスと話したいって言ったじゃない!」

その声には、怒りと焦りが混ざっていた。

あの村で受けた言葉と視線が、まだ胸の奥で燻っているのだ。


だがガーデラは、静かに首を横に振った。

「気持ちはわかる」

短い一言。

それだけで、ルナの言葉が少しだけ詰まる。


ガーデラは扉に視線を向けたまま続けた。

「でも、先にどうしても確かめたいの」

「確かめる……?」

「どうしてあいつが、ここまで獣人たちを嫌うのか」

「テラ殿……」

フランズが低く呟く。


ガーデラはわずかに目を伏せる。

「勝手かもしれないけど……もし何か理由があって、こんなことをしているなら」

一拍、間が落ちる。

「まだ……やり直せる可能性があるから」

その言葉に、ルナは何も言い返せなかった。


「あなたがいると話ずらくなるかもしれない。だから...」

ルナは小さく息を吐き、視線を落とした。

「……わかったわよ」

その短い返事に、ガーデラそっと微笑む。


「何かあったら、すぐ呼ぶから」

そう言って、ガーデラは扉へと手をかけた。


扉が開き、ガーデラたちは静かに室内へと足を踏み入れた。

室内は薄暗く、窓から差し込む光だけが空間をぼんやりと照らしている。

その光の中に、コルスが立っていた。

窓の外を見つめたまま、まるでこちらの存在に気づいていなかったかのように。


やがて、ゆっくりと振り返る。

「おや、勇者様……お戻りになったんですね」

その声は妙に滑らかで、しかしどこか湿り気を帯びていた。

言葉の一つひとつが、耳の奥にまとわりつくような不快さを持っている。

コルスは口元だけで笑みを作る。

「調査の結果……何か発見はありましたか?」


ガーデラは一歩も引かずに視線を返した。

「……ええ、おかげさまで色々と」


「だろうな」

コルスは肩をすくめるように笑う。

「わざわざ教えてやったようなもんなんだから」

その言葉に、空気がわずかに揺れた。

もうそこには、以前まで見せていた“村長”の顔はない。

穏やかさも、丁寧さも、すべてが剥がれ落ちている。


ガーデラは静かに問いかけた。

「もう芝居はしないのね」

コルスは鼻で笑う。

「ここまでやっておいて、今さら白を切る馬鹿がどこにいるんだよ?」


その瞬間だった。

コルスの片手に、ゆっくりと魔力が集まる。

そして――

掌の中に現れたのは、見覚えのある...黒い蜂。

それはまるで呼吸するように蠢きながら、彼の周りを飛ぶ。


蜂を見た瞬間、ガーデラ、フランズ、そしてメルザの表情が一斉に険しくなる。

その空気の変化を見て、コルスは小さく笑った。

「なんだ? どうせ感づいてたんだろ?」

肩をすくめるように言い放つ。

「今さら隠す理由なんてねぇよ」


コルスがゆっくりと指を立てる。

すると黒い蜂は、その指先へと迷いなく飛び移った。

まるで主に従う当然の行動のように。

蜂を眺めながら、楽しげに目を細める。


「そうさ。こいつは俺のスキル――《ヘクサゴン・キャッスル》によって生み出された使い魔、“ソルジャービー”だ」

ソルジャービーの羽音が、微かに部屋の空気を震わせる。

「俺の思うがままに動き、刺した奴を従順な駒にする」

コルスは誇示するようにソルジャービーを軽く弾いた。

「珍しいだろ? スキルの中でも稀な召喚系……滅多にお目にかかれねぇ代物だ」


その言葉を、フランズは冷たい視線で受け止める。

目は細く、怒りと警戒が混じっていた。

「それで村の人間を操り、自身を村長に仕立て上げ、獣人を奴隷にした……全ては貴様の計画か」


コルスは即答する。

「ああ」

一拍の間もない。

そして、まるで当然のことを語るように続けた。

「今やこの村は、俺の思い通りの“城”で俺は全てを支配する”王”だ」

その姿は、まるで玉座に座り、民衆を見下す王の様だった


「それでどうする? わざわざ俺のところまで来るってことは、俺を倒しにでも来たのか?」

その瞬間、部屋の中に響くの羽音が、一層耳障りなものへと変わる。

低く、重く、まとわりつくような羽音。

まるで部屋そのものが生き物になり、侵入者を威嚇しているかのようだった。

メルザとフランズもまた鋭い視線でコルスを射抜いていた。


だが、ガーデラだけは違った。

彼女は武器を構えることなく、真っ直ぐにコルスを見据える。

「……その前に、聞きたいことがある」

「……あ?」

「あなたが、ここまでする理由」


コルスの眉がわずかに動く。

ガーデラは言葉を続けた。

「あなたは力で村を支配して、人間と獣人の共存を否定した。村を壊してまで、そこまであなたを動かすのは何?」

その問いを口にしながら、ガーデラの脳裏には、

以前の会議で見たゴルドラの姿がよぎっていた。


何かを守るためなら、救うためなら、人はどこまでも残酷になれる

もちろん、それが許されるとは限らない。

だが、理由も知らぬまま斬り捨てれば、

同じことがまた繰り返される気がしていた。


「もし……何か理由があるなら、今からでも話して」

静かな声だった。

だが、その奥には強い意志が宿っている。

「そうすれば、まだ……別の選択肢があるかもしれないから」

部屋の空気が止まる。

羽音だけが、不気味に響き続けていた。


その時、コルスは小さくため息をついた。

「いいだろう。なら話してやるよ」

力が抜けたように肩を落とし、ゆっくりと天井を仰いだ。

ソルジャービーが、ぶぅん……と不快な羽音を立てながら周囲を旋回する。

「俺が村を支配した理由……」


ガーデラたちは息を呑み、次の言葉を待った。

その心の中には、かすかな希望が芽生え始めていた。


だが――

次の瞬間、その顔がぐしゃりと歪んだ。


「そんなもん――あるわけねぇだろ!!」


耳障りな笑い声が部屋に響く。

そこに浮かんでいたのは、悪意そのものだった。

人を嘲り、踏みにじることを心から愉しむ、邪悪な笑み。


「っ……!?」

ガーデラの肩がわずかに震えた。

コルスはそんな反応を見て、心底愉快そうに目を細める。


「勘違いすんなよ? 俺は別に、獣人が嫌いだとかでも恨みがあったわけでもねぇ」

「正直、種族なんざ興味ねぇ。操るのはどっちでもよかった」

ソルジャービーが、彼の周囲を不気味に飛び回る。

「人間を選んだのは、ただ扱いやすかったからだ。簡単にソルジャービーを寄生させ、楽に動かせるからな」


吐き捨てるような言葉。

そこには罪悪感も、後悔も、一切存在しなかった。


「まあ、しいて理由を挙げるなら……」

コルスは両手を大きく広げる。

まるで喝采を浴びるかのように。


「俺が楽しむためだなぁ!!」

狂気じみた高笑いが部屋に響き渡った。

「いやぁ、この数か月は本当に充実してたよ。人を操って、好き勝手に動かして、逆らう奴を潰して、」

恍惚とした表情で笑う。

「やっぱりいいもんだなぁ。“人の上に立つ”ってのはよぉ……!」


ガーデラは言葉を失っていた。


そこに悲しい過去はない。

歪められた信念も、救いを求める叫びもない。

ただ、自分の快楽のためだけに、人を踏みにじっていた。

その事実が、胸の奥を冷たく締めつける。


フランズは険しい表情のまま、低く吐き捨てた。

「……なんという醜悪さだ」

メルザも嫌悪に眉をひそめる。

「とんだクソ野郎だ……」


コルスは口元を歪め、心底愉快そうに笑う。

「悪いなぁ、勇者!」

「お前の描いてた“しょうもない感動劇”を、ぶち壊しちまってよぉ!」

嘲るような声が部屋に響く。

その下劣な笑みに、ガーデラの胸が強く締めつけられる。


「まぁ安心しろ」

コルスはゆっくりと手を突き出す。

周囲を飛んでいたソルジャービーが、スっとガーデラの方を向く

「お詫びに王の護衛として……上手に使ってやるよ!!」


次の瞬間。

黒い蜂が一直線に飛び出した。

ガーデラは反応できなかった。

あまりにも醜悪な本性を見せつけられた衝撃が、まだ思考を鈍らせていたのだ。

「テラ様!!」

メルザの叫びが響く。


ソルジャービーが、ガーデラの目前へ迫る。

――その瞬間だった。


ドゴォォンッ!!


背後の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

「!?」

突然の衝撃音に、ガーデラはハッと我に返る。

反射的に身を低くした直後、巨大な扉が彼女の頭上をかすめる。

その勢いのまま、ソルジャービーを巻き込み――


「……え?」

間抜けな声を漏らしたのも束の間。

次の瞬間には、


ドガァァァン!!


扉が全身に叩きつけられ、コルスは勢いよく壁へ叩きつけられた。

「ゴバァァァッ!!」

短い悲鳴。

壁と扉に挟まれ、はみ出た手足が、ピクピク痙攣している。

部屋の中に、一瞬だけ静寂が訪れた。


ガーデラたちが、そろって後ろを振り返る。

「……ルナ」

そこに立っていたのは、ルナだった。

拳を固く握りしめ、肩を震わせながら、荒い息を吐いている。

その目は、怒りと憎しみで赤く染まっていた。


「……この、クソ野郎」

絞り出すような声だった。

壁に押しつけられたコルスを睨みつける。

歯を食いしばり、今にも噛み砕きそうなほど強く。


「何が“人の上に立つ”だ」

声が震える。

あまりにも強い怒りと、踏みにじられた悔しさの震えだった。

「そんなくだらねぇことのために、村を奪ったのかよ……!」


ルナは一歩踏み出す。

「ふざけんじゃねぇ!!」

怒鳴り声が、部屋の空気を切り裂いた。

「馬鹿にしやがって! お前に、この村の何がわかる!」


瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。

だがルナはそれを拭おうともしない。

ただ、コルスを真正面から睨みつける。

「ここはお前の城なんかじゃねぇ!」

「私たちは、お前の道具なんかじゃねぇ!!」


その叫びは、胸の奥に溜め込んでいたものを一気に吐き出すようだった。

怒りだけではない。

悔しさ、悲しさ、裏切られた痛み――すべてが混ざっている。


「返せよ……」

ルナの声が、かすかに掠れる。

「全部、返せ……!」

ガントレットがギリギリと音を上げる


「私たちの村! 優しかった人たち! 全部!」

「でなけりゃ――」

「ここで殴り殺してやる!!」


コルスは壁際に倒れた扉を押しのけ、服についたほこりを払った。

その仕草はひどく落ち着いていて、つい先ほどまでの狼狽が嘘のようだった。

「まったく……村長に随分ひどいことしてくれるじゃないか」

その声には、怒りよりもむしろ呆れるような色が混じっていた。


「黙れ!」

ルナが鋭く叫ぶ。

「お前なんかが、村長を名乗るな!どこの馬の骨かもわからねぇのに!」

コルスはそれを聞いて、薄く笑った。

「……じゃあ、教えてやろうか?」


「……は?」

ルナの眉がわずかに動く。

コルスは、楽しげに口元を吊り上げた。

「俺の正体を」

その瞬間、ガーデラたちの空気が変わった。

三人の脳裏に浮かんだものは同じ。

タウロスで町長から聞いた...


コルスはそんな彼らの反応を見て、面白そうに目を細めた。

「なぁ、勇者?」

ゆっくりと、ガーデラに視線を向ける。

「この村に来る途中、噂なんかは……聞いたりしたか?」

「……えぇ」

ガーデラは短く答える。


その一言に、コルスは満足げに笑った。

「そうか。なら、もうこんな格好も……意味はないな」


次の瞬間――

黒い煙が、コルスの足元から吹き上がった。

それは瞬く間に全身を包み込み、部屋の空気を一変させる。

ねっとりとした嫌な気配が廊下へまで滲み出し、魔力が黒く膨れ上がっていく。


吹き荒れる黒い風に、ガーデラ達は目を細める。

やがて煙が晴れた、その時。

「「「「!?」」」」

コルスの姿に全員が目を見開く


その姿は、もはや先ほどまでの村長ではなかった。

金色の髪。

頭からは、黒く捻じれた二本の角。

その姿は、まごうことなき――


「魔族……」

フランズが、低く呟いた。

コルスはその反応を楽しむように、両手を広げる。

その手のひらから、ソルジャービーが現れる。


「さて、改めて名乗っておこうか……」

コルスの口元に、邪悪な笑みが浮かぶ。

もう、隠す気など一切ない。

蜂たちが彼の周囲を旋回する。


「厄災七幹……? いま、厄災七幹って言ったんですか?」

メルザの声が、わずかに揺れる。

コルスは肩を竦め、当然のように笑った。

「名前くらいは聞いたことあるだろ?」


フランズは、魔族としての姿を現したコルスを鋭く睨む。

その脳裏に浮かんだのは、タウロスで対峙したあの男...

圧倒的な威圧感。

底知れない魔力。

そして、“自分たちとは格が違う”と本能で理解させられた存在。

「ゴルドラと同じ...魔王軍の主力」


だが。

ガーデラとメルザの反応は、それとはまるで違っていた。

二人はコルスを見つめたまま、眉をひそめる。

その視線には警戒だけでなく、疑惑と混乱が混じっていた。


「そんなわけない……!」

メルザが思わず声を上げる。

「だって厄災七幹は――」

「メル!」

ガーデラが即座に声を被せた。

鋭い制止。

メルザは反射的に言葉を飲み込む。


コルスはそのやり取りを見て、怪しげに目を細めた。

「まぁ、信じられないよなぁ?」

くつくつと喉を鳴らしながら笑う。

「村を支配してたのが、まさか魔王軍の幹部だったなんてなぁ。やられる側からすりゃ、たまったもんじゃない。恐怖で腰抜かしてもおかしくねぇ」


そして。

コルスの視線が、ゆっくりとルナへ向けられた。

「それに――」

嫌な笑みが浮かぶ。

「そんな“大物”相手に暴力を振るった奴が、どうなるかくらい……わかるよな?」

弾くように指を向ける。

その瞬間。


――バシュンッ!!


空気を裂く鋭い音。

次の瞬間、一匹のソルジャービーが凄まじい速度で飛び出した。

反応する間もなく、ソルジャービーがはルナの脚を貫く。

「うぐっ……!」

鈍い音とともに鮮血が散った。

ルナは脚を押さえ、その場に崩れ落ちる。


「ルナ!」

ガーデラが叫ぶ。

その声を浴びながらも、コルスは愉快そうに笑っていた。

まるで、目の前で起きている絶望すら楽しんでいるかのように。

「おいおい、情けねぇなぁ」

「俺を殴り殺すんじゃなかったのかよ?」


ガーデラの手が、剣の柄へ伸びる。

だが――

「おいおい、動くなよ?」

コルスが手で制止する。

「わかるだろ? 今この村の人間たちには、全員ソルジャービーがついている」


薄い笑みを浮かべる。

「俺が命じれば、一瞬で奴隷の獣人どもを殺させ、自害させることもできるんだ」

ガーデラは剣の柄を強く握りしめた。

指先に力がこもる。

だが、動けない。

ここで迂闊に飛びかかれば、コルスは本当に村人たちをどうにかするだろう。


「テメェ……どこまでも命を」

メルザの声に、怒りが滲む。

コルスはそんな言葉を気にも留めず、ルナの方へ歩み寄った。

そして、まるで値踏みするように彼女を見下ろす。


「そういや思い出したよ」

無遠慮にルナの耳を掴み、引っ張る。

「お前、前の村長んとこの獣人か。たしか……フェザード、だったか?」

ルナの肩がぴくりと震えた。


コルスは愉快そうに続ける。

「厄介な奴だったよ。他の奴らと違って、ソルジャービーをつける暇がなくてなぁ」

ぞっとするほど軽い口調だった。

「仕方ねぇから、村長の座についてからにしようとしたんだが……感づかれて、獣人どもを逃がしやがった」

まるで昔話でもするように。

「お前を守るために、弱ぇくせに俺に剣向けてきたんだぜ?」

コルスは鼻で笑う。

「まぁ、一発も入れられずに終わったけどな」


その言葉が落ちた直後だった。

コルスは懐へ手を入れると、何かを取り出した。

「そうだ、これやるよ」

ルナの前へ、乱暴に投げ捨てる。


ころり、と床を滑ったそれは――ペンダントだった。

ロケット部分はバキバキに壊れ、中の写真も破れている。

見る影もないほど、無惨に壊されていた。


コルスは鼻で笑う。

「俺に負けたあとでも、大事そうに握っていやがってよ」

ルナの瞳が揺れる。

「気に入らねぇから、ソルジャービーを寄生させたあと……踏みつぶさせてやったよ」


その瞬間、ルナの震える手がペンダントへ伸びる。

壊れたそれを、そっと拾い上げる。

指先が、かすかに震えていた。


抑えようとした。

だが無理だった。


「……っ、う……」

大粒の涙が床へ落ちる。

嗚咽が漏れる。

怒り。

悲しみ。

悔しさ。

そのすべてが、とうとう限界を超えていた。


「まぁ、泣くなよ」

コルスは、しゃくり上げるルナを見下ろしながら嘲るように笑った。

「俺に一撃入れた褒美だ。あいつらを殺したあと、フェザードの奴隷にしてやるからよ!」

その言葉が落ちた、次の瞬間だった。


横から火球が飛んでくる。

「――っ!?」

コルスは咄嗟に、ルナの耳を掴んでいた手を離した。

炎は腕をかすめ、熱だけを残して背後の壁へ弾ける。


咄嗟に顔を向けると、そこにはフランズが静かに立っていた。

燃え残る火の揺らめきの中、彼の表情はどこか落ち着いていた。

「まったく……聞けば聞くほど、屑な男だ」

静かな声だった。

だが、その一言には、鋭い刃のような怒りが込められている。


「とても、“王”の器ではない」

「……あ?」

コルスはゆっくりと立ち上がった。

先ほどまでの余裕は消え、代わりに苛立ちが顔を歪ませる。

「お前、俺の話を聞いてたか?」

「俺はいつでも、この村の住人を殺せるんだぞ?」



フランズは一歩も退かない。

「そうなれば、我らが躊躇する理由は消え去る」

「その瞬間、貴様を地獄に火葬する」

その瞳に、迷いはなかった。


「フランズ」

ガーデラが、短く呼んだ。

フランズは一瞬だけ視線を向ける。

「...っ!」

そのわずかな隙に、ガーデラは何かを察し、メルザへ小声で告げた。


コルスは鼻で笑う。

「ほう、言ってくれるじゃねぇか」

そして、わざとらしく肩を揺らす。

「魔王幹部、厄災七幹のこの俺に」

「だから何だと言うのだ?」

フランズの返答は、あまりにも淡々としていた。


「はっ……」

コルスは笑う。

だが、その目はもう笑っていない。

「そんなにこの獣人が大事か?」

視線が、床に倒れ込むルナへ向けられる。

「こんな、ただ泣きわめいてるだけの弱者が」


「弱者?」

フランズは静かに首を傾げた。

「悪いが、我にはそうは見えん」

「……は?」

コルスの眉がひくりと動く。


フランズはルナを見た。

そして、まっすぐに言い切る。

「ルナ殿は、貴様に村を奪われてからずっと、仲間を守るために戦ってきた」

火のように、しかし燃え盛るのではなく、確かな強さを宿した声。

「傷つくことも、傷つけることも恐ろしかったはずだ。だが、それでも恐怖を押し殺し、仲間のために拳を振るってきた」

フランズの言葉にルナはゆっくりと顔を上げる。


「我らが味方だと言った時も、裏切られた過去を抱えたまま、それでも信じた」

フランズは一歩、前へ出る。

「そして今は、村を救うために元凶の前へ自ら足を踏み入れている」

「これだけのことがありながら、一体誰が、その者を弱者と呼ぶ?」

静かに、しかし鋭く視線が、コルスを貫く。


ルナの目が揺れる。

目から新たな涙が零れ落ちる。

だがそれは、先ほどまでの絶望の涙とは違っていた。

胸の奥に溜まり続けていた痛みが和らぐような、

どこか救われたような気がした。


フランズは、淡々としたまま言葉を続けた。

「というか……むしろ“弱者”は貴様の方だろう?」

「……あ?」

コルスの声が、低く濁る。


「操ることでしか他者と交われず、隠れて騙し、自らは前に出ることもなく」

一つ、また一つと指を折るように、事実だけを並べていく。

「他者を見下し嘲笑い、いざ危険になればその他者の命を盾にする」

静かな声なのに、空気が重く沈んでいく。

「どこを切り取っても貴様は、情けない小物でしかない」


フランズは止まらない。

「あーいや、それすら正しくないな」

「……」

コルスの表情から、余裕がわずかに剥がれ落ちる。


「これだけ揃っていながら、そのことにすら気づけない」

「貴様は“弱い”というより……」

一拍置いて、鋭く断ち切る。

「もはや、愚かだな」

その言葉が落ちたあと、フランズはほんのわずかに目を細めた。


「まぁ一応だが」

軽く、嘲るような余白を入れる。

「今の貴様の頭の中では、ここは“村”ではなく“城”。貴様は“村長”ではなく“王”なのだろう?」

「その妄想くらいは尊重して....」


静かに結論を置く

「愚王――というのはどうかな?」


コルスは息を荒くし、フランズを睨みつけた。

「ふざけるのも大概にしろよ……ガキが」

その瞬間、ソルジャービーの羽音が一段と強くなる。

空気そのものが、刺すような殺意に変わっていく。


「勇者さえ殺せば後はどうでもいいと思っていたが……気が変わった」

コルスはゆっくりと指をさす。

「貴様だけは、この手で直々に殺してやる」

歪んだ笑みが浮かぶ。

「簡単には殺さん...全身串刺しにしてやる!」


「ならば」

フランズが一歩前に出る。

「こちらも宣言させてもらおう」

「……は?」


次の瞬間だった。

フランズはおもむろに足を肩幅に開き、胸を張り。

片手を天へ掲げ、高らかに声を上げる。

「我々はこの偽りの城を堕とす!そして汚濁に塗れし支配の鎖を断ち切り!」

「貴様打を倒してくれる!」

声が一気に響き渡る。


「せいぜい悔いる準備をしておけ……コルス!!」

コルスの表情が怒りに染まる。

「調子に乗るなああああああ!!」

攻撃を仕掛けようとしたその瞬間――


「フランズさん!できました!」

メルザの声が室内に響いた。

「……っ!?」

「了解した!」


フランズは即座に動いた。

火球を放ち、コルスの動きを封じる。

その隙に床を蹴り、ルナのもとへ飛び込む。

「テメェ....!」

「まぁとりあえず」

フランズはルナを抱え上げ、コルスへ視線を向けたまま言い放つ。


「一時撤退だ!」

火球が再び放たれる。

コルスが防御に入った瞬間、フランズは大きく後方へ跳ぶ。

その体をガーデラが受け止めた。

「メル!」

「はい!」


「逃がすか!」

コルスはソルジャービーたちを放つ。

だが次の瞬間、眩い光が全てを飲み込んだ。


そして――

四人の姿は、その場から完全に消失していた。


「クソッ!」

コルスは怒りに任せて、壁を思い切り殴りつけた。

鈍い音が室内に響く。

「あのクソガキが……」

歯を食いしばり、低く吐き捨てる。


(追うか?...いや、その間に村に入られる可能性がある)

コルスは深く息を吐き、一度目を閉じる。

そして、乱れた感情を押し殺すように、ゆっくりと呼吸を整えた。


「……まぁいい」

やがて、口元に薄い笑みが戻る。

「どうせ奴らは、この村に戻ってくる...その時に潰せばいい」

その目には、もう焦りはない。

あるのは、獲物を待ち伏せる者の、冷えた確信だけだった。


「後悔させてやる……」

拳を握りしめ、低く、低く言い放った。

「王に楯突いたことをな」






教会――。

ひび割れた天井や壁の隙間から、淡い光が差し込んでいる。

獣人たちは互いに怪我の治療をしながら、ガーデラたちの帰りを待っていた。


その時だった。

教会の中央に、眩い光が広がる。

突然の光に獣人たちが目を細める。

やがて光が静かに消えると、そこにはガーデラたちの姿があった。


「勇者さん!」

「おい! 勇者たちが戻ってきたぞ!」

安堵したように、獣人たちが一斉に駆け寄る。


しかし次の瞬間――。

フランズに抱えられたルナを見て、空気が凍りついた。

「ルナ!? どうしたその脚!」

「大丈夫……ちょっとへましただけ」

ルナは苦笑混じりにそう答える。


「メル殿。ルナ殿に治癒魔法を」

「はい」

フランズはルナをゆっくりと床へ降ろした。

その時、ルナが小さく口を開く。


「……フランズ」

「ん?」

「ありがとう。あいつに言い返してくれて」

フランズはそっと微笑む

「なーに気にすることはない。我はただ事実を述べただけだ」


「安心しろ。そなたは何一つ、奴に負けていない」

真っ直ぐに、ルナを見る。

乱暴に掴まれたせいで乱れていた耳の毛並みを、フランズはそっと撫でた。

その手つきは、不器用なくせに驚くほど優しかった。


「けれど、無茶なことするわね。あと一歩遅かったらあなたも危なかったわよ」

ガーデラは小さく息を吐き、その場へ腰を下ろした。

フランズは腕を組み、

「うーむ……少し挑発しすぎたか?」

などと、どこか他人事のように首を傾げたが、

「いえ、最高でした」

メルザが即座に親指を立てる。


すると、奥の方から足音が聞こえてきた。

「……部屋の外が騒がしいから来てみたが……やっぱりお前らか」

現れたのは、ザグマだった。

ガーデラの表情をうかがいながら、肩をすくめる。


「その様子じゃあ、聞きたいことは聞けたみたいだな」

「ええ」

ガーデラは静かにうなずいた。

「色々、喋ってくれたわ」

.ガーデラは屋敷での出来事を説明した。


..........話を聞き終えたザグマは、ゆっくりと息を吐いた。

「なるほど……厄災七幹ねぇ」

腰に手を当て、天井を見上げる。

「そりゃあ、あれだけ余裕なわけだ」


その言葉に、周囲の獣人たちがざわめき始める。

驚きと恐れ、そして怒り,

そして恐怖が入り混じったような声が、教会の中に広がっていった。


そんな中、ザグマは視線をガーデラへ戻した。

「で?実際に見てどうだったんだ」

一拍置いてから、さらに問う。

「勝てそうか?」


ガーデラは少しだけ目を伏せる。

そして、隠さずに答えた。

「正直、厳しいわ」

言葉は淡々としていたが、その内容は重かった。

「コルスのスキルはかなり凶悪だし……たぶん、あいつはまだ力を隠している」

「ソルジャービーだけじゃ、あんな余裕は出てこない」

ガーデラの脳裏に、屋敷で見たコルスの余裕がよぎる。


「おまけに村の人たちは全員人質。ハッキリ言って...

勇者になってから今までで一番難しい相手よ」

ザグマはそれを聞いて、しばらく黙った。


「それじゃあ……諦めるか?」

静かな問いだった。

だが、その目は試すように鋭い。


その時――

それまでの重い空気をはねのけるように、

ガーデラは、ふっと笑った。

「まさか」

「絶対に勝つ。あんな奴に、いつまでも思い通りになんてさせない!」


ザグマも、満足そうに笑みを浮かべる

「そうじゃねぇと困る」

ガーデラは肩をすくめる。

「それに、フランズが堂々と宣言しちゃったせいで、どのみち勝たないといけないし」


「ただ勝つだけではない。村の者たちを解放し、奴に借りを返す」

「圧倒的な完全勝利!!」

「はいはい」

ガーデラは軽く流しながら、隣へ視線を向けた。


「メルは?」

「私だって!」

メルザは即座に答えた。

「あんなのに負ける気なんざありませんよ!」


その返事に、ガーデラは小さくうなずく。

「私たちはこんな感じだけど、そっちは?」

ザグマは片眉を上げた。

「聞く必要あるのか?」

そして、教会の奥にいる獣人たちを振り返る。

「なぁ、テメェら!」


ザグマの声に応えるように、獣人たちは一斉に声を上げた。

「おう!」

「やってやる!」

「村を取り戻すぞ!」

熱のこもった叫びが、教会の中に響く。


ガーデラは最後に、ルナへ視線を向けた。

「ルナ、あなたは?」

ルナは一瞬ペンダントを見ると、そっと懐にしまう。

そして、ガントレットを豪快に鳴らした。

金属音が響き、火花が散る。

「当然!」

その瞳には、もう迷いはなかった。

「あいつの顔面に、一発喰らわしてやる!」


教会の中で空気が一つになった。

不安も恐怖も残っている。

それでも今、この場にいる誰一人として、もう下を向いてはいなかった。


「それじゃあ、まずは作戦会議だな」

ザグマが手を叩きながら声を張る。

「とっとと準備するぞ!」


その呼びかけに、獣人たちは次々と奥の部屋へ向かっていく。

慌ただしい足音が、教会の床を鳴らした。


ザグマは振り返りざま、ガーデラたちへ声を投げる。

「お前らも来い。今夜中に終わらすぞ」

「ええ」

ガーデラは短く答え、仲間たちへ視線を向けた。

「行くわよ、メル・フランズ」


「はい!」

「了解!」

フランズは勢いよく応える。


「待っていろ、コルス! 必ず村は必ず取り戻す!」

拳を握りしめる。

「断罪してやる!貴様の愚行を!!」





しかし――

そんな熱狂の中、

ガーデラは表には出さず考えていた。

表情には出さない。

ただ一人、思考を巡らせる。


(自分を厄災七幹だと偽って、あれだけの横暴……普通の魔族ならありえない)

厄災七幹。

その肩書は魔族にとっても特別なもの。

勝手に騙り、本人たちの耳に入れば...まず命はない。


(やっぱり後ろ盾があるか……あるいは……)

そこまで考え、ガーデラは静かに息を吐き、

前へ視線を向ける。


(それを確かめるためにも、あいつには勝たないといけない)

部屋に足を運びながら、一人静かに覚悟を決める。

(教えてもらうわよ、コルス。あなたの――本当の正体を)

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