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エピソード16:支配の針

ゲミニの村を出て、森の中で出会ったウサギの獣人ルナに

廃村の教会に連れてこられたガーデラ達

そこで、村から逃げた獣人たちのまとめ役ザグマと共に

村を取り戻すための同盟を結ぶ

一方コルスは

水晶から連絡してくる人物の助言に従い

自ら生み出した蜂を

ガーデラ達の元へと向かわせた

ひび割れた壁の隙間から、細い日の光が差し込む教会の内部

その中央に置かれた古い机の上には、一枚の地図が広げられていた。


ガーデラとザグマ、そして仲間たちは、その地図を囲むように集まっている。

空気は張り詰め、誰もが言葉を選びながら沈黙していた。

やがてザグマが、ゆっくりと指を伸ばした。

机の上の地図――その中央に描かれた「ゲミニ村」を、爪の先で軽く叩く。


「まずは村の奴らをどうにかするのが最優先だ」

「コルスがどうやって村の人間どもを操ってるのか……」

「それが分からねぇことには、うかつに近づくこともできねぇ」

その言葉に、周囲の獣人たちも小さくうなずく。


しかし、腕を組んで壁にもたれていたルナが、不満げに鼻を鳴らした。

「なんでよ?全員で殴り込みに行けば済む話じゃないの?」

「馬鹿野郎」

ザグマが即座に吐き捨てる。

「んなことしたら、奴の思う壺だろうが」


ルナが口を開きかけた、そのときだった。

「それに――」

静かに、ガーデラが言葉を継いだ。

「コルスが村の人間全員を操れるってことは……」

少しだけ間を置いてから、顔を上げた。

「あの村全体が……あいつの人質になってるってことになるわ」


「人質?」

ルナが眉をひそめる。

「ええ。もしコルスが追い詰められて、全部を投げ出す気になったら……」

声は落ち着いていたが、その内容は重かった。

「最悪、村の人たち全員を道連れにするかもしれない」


「!?」

ルナの目が大きく見開かれる。

その横で、メルザが静かに言葉を添えた。

「確かに。もし操れるのであれば……自害を命じることも十分可能です」

淡々とした声だった。

だがその内容は、教会の空気をさらに重く沈ませるには十分だった。


ザグマが腕を組み、低くうなる。

「そういうことだ」

「下手すりゃ、奴には逃げられたのに……村人は全員死んだ、なんてことになってもおかしくねぇ」


ルナはぎゅっと拳を握りしめ、視線を落とす。

ガントレットからギリギリと金属音が漏れる。

「ルナ....」

ガーデラが思わず声をかける


「テメェの気持ちは分かる」

「俺だって、あんなクソ野郎に村を支配されてるって考えるだけで虫唾が走る」

ザグマはわずかに目を細める。

「……だが、押さえろ。村の奴ら全員救いてぇんなら――」

地図を指でなぞる。

「今は、考えることが先だ」


すると、フランズがゆっくりと口を開いた。

「なぁ少し聞きたいのだが」


その声に、皆の視線が自然と彼へ向く。

「他の村や町に助けを求めることはできないのか?」

真っ直ぐな目でザグマを見る。

「事情を話せば、我ら以外にも協力してくれる者はいると思うのだが」


ザグマは苦い顔をし、後頭部を掻きながら重く息を吐く。

「ああ……まぁ、そう考えるよな」

「もちろん俺たちだって、それくらいは考えてる」

そして、静かに続けた。

「だがなぁ……できねぇんだよ」


「できない?どういうことだ?」

フランズの眉がわずかに寄る。

ザグマは言葉を選ぶように少し黙り込み、やがて口を開いた。

「実はなぁ...」






一方その頃、

教会の外では、二人の獣人の男たちが見張りに立っていた。

崩れかけた石壁の陰。

森へと続く小道を警戒しながら、彼らは交代で周囲を見渡している。


しかし、長い緊張のせいか、ひとりの男がぼそりと呟いた。

「なぁ、お前どう思う?」

隣に立っていた男が首を傾げる。

「何が?」


「いや、あの勇者たちだよ」

男は教会の扉の方をちらりと見た。

「ほんとに信頼していいのかねぇ」

すると、もう一人が肩をすくめた。


「えー?でもルナが連れてきたんだろ?」

気楽な調子で言う。

「それにザグマさんが認めたんだ。心配いらねぇだろ」

「まぁ……それはそうだけどよ」

最初の男は腕を組み、まだ納得しきれない様子だった。


「ま、万が一暴れるようなことがあればよ、あの人たちが何とかしてくれるよ」

「あー、そうだな」

男たちは小さく笑い合う。


そのときだった。

「……ん?」

ひとりが、ふと顔を上げた。

耳がぴくりと動く。


「どうした?」

「いや……」

男は森の奥へ視線を向ける。

「なんか聞こえね?」

皆が同じ方向を見る。


森の奥――木々の向こうから、かすかな音が聞こえてきた。

ブーン……

空気を震わせるような、低い羽音。

「...虫?」

だが、その音は次第に大きくなっていく。

ブーン……ブーン……


そして次の瞬間。

森の暗がりから、黒い影が一斉に飛び出した。

「蜂?」

無数の小さな黒い蜂。

目は赤く濁り、

腹部は脈打つように膨張している。


それがまるで黒い雲のような大群となり、一直線にこちらへ向かってくる。

「おい……」

男の声が震えた。

「なんか……こっち来てねぇか!?」


蜂の群れは、信じられない速度で距離を詰め――

一瞬で、獣人たちを包み込んだ。

「うわぁ!?なんだこれ!」

「おい!やめろ!こっち来るな!」


男たちは腕を振り回し、必死に蜂を追い払おうとする。

だが群れは散らない。

むしろ、意思を持っているかのように、彼らへとまとわりついてくる。

「くそっ!離れろ!」

「なんだこの蜂――」


その瞬間。

鋭い痛みが走った。

「ぐあ!?」

男ちの短い悲鳴が、森に響いた。






「助けを呼びに行った仲間が戻らない?」

教会の中、ガーデラは首をかしげる。

「ええ、数週間前から他の村や町にゲミニの状況を知らせて、協力を求めようと仲間を四回ほど向かわせたんだが……誰一人として帰ってこなかった」


「最初の頃は身勝手に村を見捨てて逃げたんじゃないかと思ったが、

全員ってなると流石ににおかしい」

「まさか...コルスが」

ガーデラの目が、わずかに細くなる。


「……ああ」

ザグマは短くうなずいた。

「何かしてるとしか考えられねぇ」

重い沈黙が落ちる。

教会の中にいる全員が、その意味を理解していた。

外へ出た者たちが、誰一人として帰ってこない。

それが偶然のはずがない。


「だから今は、もう誰も行かせてねぇ」

ザグマは低く言った。

「今ここにいる奴らだけで、何とかするしかない」


そのときだった。

――ガタガタ。

教会の扉の向こう側で、何かが揺れるような音がした。

全員の視線が扉に向く。


「何か、外が騒がしくないか?」

フランズが眉をひそめる。

「お前ら!何かあったのか?」

ザグマが呼びかけたが、返事はない。

ただ、扉の向こうから、わずかな物音だけが続いている。


「おいルナ、ちょっと見てきてくれねぇか?」

「えー……」

ルナは少し気だるそうに息を吐きながらも、しぶしぶ扉へ向かった。

そして、軋む音を立てて扉を開ける。

「ちょっとあんたたち、ガタガタいったい何をして――」


しかしその先にいたのは、何も変わらない見張りの男たちだった。

少しだけ気まずそうにこちらを見るだけの、いつもの顔。

「おうルナ、どうした?何か用か?」

ひとりが頭を掻きながら尋ねる。


ルナは目を細めた。

「なによ。なんかしてたんじゃないの?」

「いや? 俺たちはただ見張りしてただけだぞ」

別の男が肩をすくめる。

「どうかしたのか?」


ルナは扉の前で腕を組み、じとりと彼らを見る。

「騒がしかったから見に来たのよ」

「さっきザグマが呼んでたのに、あんたたちまったく返事しなかったじゃない」

「ああ?」

男はきょとんとした顔をした。


「ザグマさんが? いやー、すまん。全然聞こえなかった」

「まあいいわ。とりあえず何も起こってないのね?」

「ああ、全然異常なし!ノープログレムよ!」

「はいはい分かった。まったく...返事位しなさいよね」


ルナは呆れたように肩をすくめ、教会の中へ引き返した。

「大丈夫! 何もないって――」

その瞬間だった。


ザシュッ


鋭い音が空気を裂いた。

ルナの言葉が途中で途切れる。

腹部に走った衝撃。

次いで、冷たい痛みが遅れて広がった。

彼女の体を刃が貫いていた。


「......え?」

背後から突き出した刃先を見て、ルナは目を見開き、振り返る。

そこにいたのは、先ほどまで気安く話していた見張りの男だった。

だが、もう別人のようだった。


口元から笑みは消え、目は底冷えするほど冷たく光っている。

獲物を仕留めたことに何の感情も浮かべていない、無機質な視線。

何のためらいもなく剣を突き刺している。

教会の空気が、一瞬で凍りついた。


「ルナ!!」

ザグマの声が、教会の中に響き渡った。


刃を突き立てた男は、無言のまま剣を引き抜く。

血が宙に散り、男はそれを払うように剣を一振りした。

力を失ったルナの体が、どさりと石の床へ崩れ落ちる。


「なぜ...なぜルナ殿が刺された!?」

フランズは状況が理解できずにいる。

目の前で起きた出来事が、あまりにも唐突すぎた。


男は一切の迷いも見せず、倒れたルナへ歩み寄ると、

そのまま剣を振り上げた。

狙いは、首。


「やばい!」

ガーデラの体が、反射的に動いた。

床を蹴り、距離を詰める。

背中の剣を抜き放つと同時に、振り下ろされる刃へと滑り込んだ。


ガキンッ――!!


鋼と鋼が激しくぶつかり、火花が散る。

ルナの首へ落ちるはずだった刃は、ガーデラの剣によって止められていた。

「メル!ルナを避難させて!」

ガーデラは男の剣を押し返しながら叫ぶ。

「こいつ、本気で殺しに来てる!」


「は、はい!」

メルザはルナの傍に瞬間移動する。

「ルナさん!」

腹部から血を流すルナを素早く背負い上げると、そのままガーデラたちから距離を取った。

一方、ガーデラは男の剣撃を受け流しながら間合いを取る。


だが、

教会の入口から、新たな影が飛び込んできた。

見張りをしていた、もう二人の男たち。

手には、それぞれ剣。

そして何の躊躇もなく、ガーデラへ斬りかかってくる。


「……っ!」

ガーデラが構え直した、その瞬間。


ガキンッ!!


二人の剣は、ガーデラに届く前に止められていた。

その間に立っていたのは――ザグマだった。

両腕の剣で、二人の攻撃をを同時に受け止めている。


「テメェら、何のつもりだ。いきなりルナを刺しやがって。」

ザグマの声が低く唸る。

だが男たちは答えない。

ただ、無言のまま剣を押し込もうとしてくる。


ガーデラが横から叫んだ。

「違う!何か様子がおかしい!」

ザグマは男たちの顔を見る。

いつも冗談を言い合って笑っていた仲間たち。


しかし今、その表情には何もない。

感情が、完全に消え、目は焦点を結ばず、ただ虚ろに前を見ている。

まるで人形のように。


「確かに...こりゃ異常だな...だがまとりあえず..」

ザグマは眼を鋭く光らせ、剣を弾き返しながら叫ぶ。

「テメェら!ガキどもを避難させとけ!!」

「いったん戦場になるぞ!」


その言葉を合図に、教会の空気が一変した。

獣人たちが一斉に武器を手に取る。

剣、斧、槍――。

一方で、大人たちは子供たちを教会の奥へと急いで誘導していく。

泣きそうな子供の手を引きながら、必死に。


そのとき、フランズが何かに気づく。

「おい、何か聞こえないか?」


周囲の壁の外――教会の外から、かすかな羽音が聞こえてくる。

耳を澄ませば、低く、規則的な振動が、壁や床を通して体に伝わってくる。

「なんだ?...外に何かいるのか?」

音は次第に大きくなり、教会の中の空気が微かに震えた。

「来るぞ!」


次の瞬間、

ブーン……ブーン……

低い羽音と共に、黒い影が飛び込んできた。

窓の割れ目や、壁のひび、天井の隙間から、一斉に蜂の大群が侵入する。


「蜂!?」

困惑の声があちこちで上がる。

蜂たちはフランズたちを見つけると、まるで意思を持つかのように一斉に襲いかかる。

獣人たちは腕や武器を振り、必死に蜂を叩き落そうとするが、数が多すぎる。


フランズは向かってくる蜂たちを炎魔法で撃ち落とす。

パチパチと火花が飛び散る。

しかし、燃えても燃えても、蜂の数は衰えない。


そのとき、一人が背中を刺されてしまう。

「あぐっ!」

背中に鋭い痛みを感じ、声を上げながらその場に座り込む。


「おい!そなた大丈夫か!?」

フランズは手を差し伸べ、男を助けようとする。

だが次の瞬間――

「危ない!」


座り込んでいた男の動きが一変する。

突然、フランズへ向かって剣を振り上げたのだ。

「な、なに……!?」

目つきは冷たくなり、声一つ上げないで斬りかかってくる。


「おい!お前何やってんだよ!」

他の獣人が、狂ったように剣を振り回す仲間の背後から飛びつき、

必死に押さえ込むも、暴れて振り払われる。


すると、他の獣人たちも突如仲間に襲い掛かる。

「は!?こっちもかよ!?」

さっきまで何ともなかった獣人たちが、次々と仲間に襲いかかり始める。

教会の中に、金属音が一気に広がった。


「なんだこれは...何が起こっている」

フランズは目の前の光景に絶句する。

まるで、何かに取り憑かれたかのようだった。


その時、

――ぶん。

小さな羽音が、すぐそばで鳴った。

フランズが反射的に視線を落とすと、蜂の一匹が自分の腕にとまっていた。

次の瞬間、その細い針が皮膚へ深く突き刺さる。


「うっ!」

鋭い痛みが走る。

しかし、それと同時に――頭の中に何かが流れてくる。


どす黒く、粘つくような、ひどく不快なもの。

言葉にならない圧力が、脳の奥をねじ込むように広がっていく。


「ぐあっ!」

フランズは反射的に炎を手にまとわせ、腕の蜂を叩き落とした。

燃えた蜂はボロボロと崩れながら消えていった。

同時に、あの不快な感覚も同時に霧散した。


フランズは息を荒げながら、自分の腕を見下ろす。

そして、仲間に襲いかかっている獣人の背中に、

蜂が引っ付いているのが目に入った。

「まさか……!」


フランズはすぐさま駆け寄ると、指先に魔力を集めた。

そして、蜂の体めがけて素早く弾く。

蜂ははじき飛ばされ、床に落ちるより先に霧のように崩れて消えた。

その瞬間、獣人の動きがぴたりと止まる。

「……あ、あれ? 俺……何して……」

虚ろだった目に、ようやく人の色が戻る。


「やはりそういうことか!」

フランズの顔に、確信が浮かんだ。

入口付近で剣を振るうガーデラへ向かって、声を張り上げる。


「テラ殿ー!そいつらの体を探れ!」

「え!?なに!?」

「恐らく体のどこかに蜂がついている!それを取り除け!」

「この蜂がそいつらを操っているんだ!」


それを聞き、ザグマは短く笑う。

「なるほど...そりゃあありがてぇ」

ザグマとガーデラは力を入れ、剣撃を受け流した。

重い一撃を弾き返し、ふたりは素早く距離を取る。


「解決策がわかりゃ話は早い...速攻で終わらせるぞ!」

「ええ!」

二人は地を蹴って獣人たちに再び向かって行った。


「よし、俺たちも!」

他の獣人たちも暴れる仲間を必死に押さえつけながら、全身に目を配る。

「あったぞ!」

腕、脚、背中、うなじ......


一人の体に1匹、蜂が引っ付いていた。

すぐさま蜂を取り除くと、黒い影はボロボロと崩れ、霧のように消えていく。

その瞬間、獣人の目に光が戻る。

次々と、操られていた仲間たちが正気を取り戻していった。


だが、油断はできない。

蜂たちは再び獣人たちに引っ付こうと飛んでくる。

「やらせんぞ」

フランズが腕をかざし、炎を放つ。

燃え上がる炎が、蜂を空中で焼き尽くす。

パチパチと火花が舞い、燃え残る蜂も床に落ちる前に霧消する。


一匹、また一匹……。

無数に見えた蜂の数は確実に減り、ついに最後の一匹が消えた。

「テラ殿!あとはそいつらについている奴だけだ!」


ガーデラは剣を勢いよく引き上げ、獣人の振るう剣を弾き飛ばす。

その一瞬で体を巡らせ、目を光らせると、脚に一匹、蜂が張り付いていた。


「見つけた!」

手の中に魔力集中させると、稲妻が精密に脚の蜂だけを撃ち抜く。

電光が瞬き、蜂は破壊され、煙のように消えた。


ザグマは両手の剣を上に投げ、二人の獣人の視線を逸らすと、足を払って転倒させる。

「こっちもだ」

ザグマは一瞬笑みを浮かべると、体から蜂を引き離し、握りつぶした。


倒れ込んでいた獣人たちは、ゆっくりと起き上がり、キョトンとした表情を見せる。

「...んあれ?ザグマさん?」

「お、目ぇ覚めたか?」

「俺たち何して....あ!そうだザグマさん大変です!森から急に妙な蜂の大群が!」

「安心しろ。もう片付いた」


ザグマはガーデラに視線を向ける。

「あんがとな。おかげで助かった」

「別にいいわ。こっちこそさっきは助けてくれてありがとう」

教会の中に、戦闘後の静寂が戻った。

まだ緊張の余韻は残るが、仲間たちの顔には安堵の色が浮かんでいた。


ザグマは落ちていた剣を拾い上げ、軽く刃先を払った。

ため息混じりに言う。

「今のは一体何だったんだ?......とは、流石にならねぇよな」


その言葉に、ガーデラも静かにうなずいた。

彼女の中にも、すでに答えに近い確信があった。

「......コルスね」

短い一言だったが、それで十分だった。

「だろうな……つーか、逆にそうでなきゃ困る」

「ここにきて、新しい敵なんざ御免だ」


「あの蜂を使って、この人たちみたいに村の人間を操ってた」

そこへ、腹部の傷口を押さえながらルナが口を挟んだ。

「……あたし、刺されるまで気づかなかった」

声は少し掠れていたが、意識ははっきりしている。

「いつもと、全く変わってなかった」


腹部ににじむ血を見て、近くにいた獣人の一人が慌てて声を上げた。

「ルナ!どうしたんだその傷!?一体誰にやられた!?」

「テメェだよ」

ザグマが淡々と言った。

「え!?」


ザグマは腕を組みながら、低く呟く。

「要するに……普段と変わらねぇように振る舞わせることもできるってことか」

「……まったく、悪趣味だな」

その目が、教会の割れた窓の向こう――森の暗がりへ向けられる。


そして、深く息を吐き、近くに倒れていた椅子を起こして腰を下ろした。

彼はゆっくりと天井を見上げ、耳の後ろを掻いた。

「さて、これからどうするかねぇ」


重くなりかけた空気の中で、ガーデラが剣を背中へ戻した。

鞘が静かに音を立てる。

「とりあえず...私たちは村に戻るわ」

「なに?」


ガーデラは落ち着いた声で続ける。

「どっちみち、最初から戻るつもりだったし……あの蜂のことも、まだ確定してるわけじゃない」

そして一瞬だけ目を伏せる。

「それに――もし本当に、あの蜂で操ってるなら……聞きたい」

「どうして、そんなことをするのか」

教会の中に、短い沈黙が落ちた。


ザグマはしばらくガーデラを見つめ、それから小さく息を吐く。

「...そうか」

それ以上は何も言わない。

だが、その目はまだ少しだけ険しかった。


ガーデラは軽く肩をすくめる。

「心配しないで。下手に刺激して、村の人たちを危険にさらすようなことはしないわ」

「テメェらはどうすんだ?」

「悪事を知られたコルスが、そうやすやすと村から出してくれるとは思えねぇが」


ガーデラは迷いなく答える。

「問題ないわ」

後ろに立つメルザへ、軽く親指を向ける。

「ヤバくなったらメルのスキルでここに戻れる」


メルザは静かに頷く。

「はい。すでにこの場所は保存しました」

その言葉を聞いたザグマは、ふっと小さく笑った。

「……なるほどな」

椅子にもたれながら、腕を組む。

「やっぱ勇者様の仲間は、とんでもねぇもん持ってやがる」


ガーデラはフランズの方を向く。

「フランズ、村に戻るわよ」

「了解だ!」

フランズは力強くうなずく。


メルザは脚元に魔法陣を展開する。

淡い光が広がり、複雑な紋様が浮かび上がる。

「村の場所は保存しています。この中に入ってください」

フランズは即座に駆け寄り、迷いなく魔法陣の中へ入った。

ガーデラもその後に続く。


「それじゃあメル、お願い」

メルザがスキルを使用としたその時、

「待って!」

声が響いた。


振り返ると、傷口を押さえたルナが立っていた。

「あたしも連れてって」

強い目でガーデラを見る。

「あたしも……コルスと話したい」

「ルナ...」


ガーデラは一瞬考えこむ。

「……わかったわ」

ルナの目をまっすぐ見て言う。

「でも、なるべく危ないことはしないでね」


「ええ」

ルナは短くうなずき、メルザの魔法陣の中へ足を踏み入れた。

メルザは全員の位置を確認すると、静かに言った。

「それでは行きます」


次の瞬間、

魔法陣がまばゆい光を放った。

空気がわずかに歪み、光の粒が舞い上がる。

四人の姿は、一瞬のうちにその場から消えた。






その頃――ゲミニの屋敷の一室


コルスは机の上に置かれた遠隔水晶を睨みつけ、声を荒げていた。

「おい!どうなってんだ!」

「向かわせたソルジャービーが……全部殺されてるじゃねぇか!」

暗い水晶に淡い光がともっている。


「お前の予想じゃあ勇者を殺せるって言ってたじゃねぇか!」

水晶からくぐもった声が返ってくる。

『んっん~、確かに言いましたね』

落ち着き払った声だった。

それが、余計にコルスの神経を逆撫でする。


「じゃあなんだこれは!全然だめじゃねぇか!」

身を乗り出しながら怒りに身を任せる。

『なあに、答えは簡単ですよ』

「答え?」


『”私の予想より勇者が強かった”...ただそれだけです』

「......は?」

コルスは間抜けな声を漏らした。

『少々甘く見ていたみたいですねぇ』

『あなたくらいでも十分いけると思っていたんですが』

くすくすと笑う気配すらある。

『いやぁ、思ったよりも強かったですねぇ』


その瞬間――


バンッ!!


コルスは机を思い切り叩いた。

「ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」

怒鳴り声が部屋に響き渡る。

「そんないい加減なことで済ませられると思ってんのか!」

顔を真っ赤にしながら水晶へ詰め寄る。


「どうしてくれんだ!」

「俺の築いた城を!」

「数か月の成果を!!」

荒い息が部屋に響く。


しかし――

水晶の向こうから返ってきた声は、先ほどまでとはまるで違っていた。

『......黙れよ』

低く、冷たい声。


「.......え?」

コルスの怒鳴り声が止まる。

水晶の向こうの声が、静かに続く。

『立場をわきまえなさい。誰のおかげだと思ってるんですか?』

ぞくり、とコルスの背中に寒気が走った。


『あなたのようなクズの行為が、この数か月、外部にまともに漏れなかったのは』

一拍の沈黙。

『誰のおかげかと聞いているんですよ』

「あ、いや……それは……」

さっきまでの勢いは消え、コルスの声が急に小さくなる。


しかし、水晶の声は止まらない。

むしろ、静かに圧を強めていく。

『そもそも怒りたいのはこちらなんですよ?』

『こちらはあなたのために色々してあげた』

『なのにあなたからは未だ何もなし』

わずかな間。

『それどころか、こちらが頼んだことすらまともにこなせない』


声がさらに低くなる。

『あえて汚く言うのであれば....』

そして、

はっきりと言い放った。


『ふざけるのも大概にしろよ?』


コルスの背筋を、冷たい汗が伝う。

水晶の向こうの人物は、淡々と続けた。

『何なら今から、私たちがあなたを始末しに行ってもいいんですよ?』

『こちらとしても、あなたとの繋がりがバレると都合が悪いんで』


「ま、待て!」

コルスは慌てて身を乗り出した。

「いや、待ってください!」

先ほどまで怒鳴り散らしていた男とは思えないほど、声は必死だった。


「すみません……ついカッとなってしまって……」

額から冷たい汗が流れる。

「もう一度……もう一度だけチャンスをください!」

水晶の向こうで、沈黙が落ちる。


やがて、静かな声が返ってきた。

『チャンス......ですか』

「何でもします!」

コルスは食い気味に叫ぶ。

「どんなことでもします!だから……お願いします!」


再び、沈黙。

その時間が、やけに長く感じられた。


そして――

『.....いいでしょう!』

コルスの目がわずかに見開かれる。

『では、一発逆転のチャンスを上げましょう』

「一発逆転?」

コルスは思わず聞き返した。


『はい』

水晶の向こうの声は、どこか楽しげだった。

『一週間あげます』

『その間に勇者を殺せれば――』


一拍置き、ゆっくりと言葉が続く。

『今後一生、あなたを援助しましょう』

「い、一生!?」

コルスの声が裏返る。

『私たちにとっては、それくらい本気ということですよ』

『もちろん、今以上の環境を用意することも可能です』

甘い誘惑のように言葉が続く。

『...やってくれますか?』


その瞬間。

コルスの顔に、にやりと笑みが浮かんだ。

さっきまでの恐怖が嘘のように、目に欲望が宿る。


「ええ……ええ!」

「もちろんです!」

コルスは大きくうなずいた。

「必ず始末して見せます!」

拳を握りしめる。

「俺が本気でやれば、あんなクソアマ敵じゃありません!」


水晶の向こうで、くすりと笑う気配がした。

『そうそう。その意気ですよ』

『あ、ちゃんと私が教えたように演じてくださいね?』


「はい!」

コルスは深くうなずく。

「次こそ、あなたの期待に応えてみせます!」

水晶の向こうの声が、満足げに言った。

『んん~、頼もしいですねぇ』


わずかな間。

そして、最後に軽く言い放つ。

『では……よろしく頼みましたよ』

『……アディオス』

水晶の光が、すっと弱まる。

通信が切れた。


静まり返った部屋の中で、コルスはゆっくりと笑みを広げた。

「くく……一生援助、か」

その目には、獲物を前にしたような歪んだ光が宿っていた。

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