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エピソード15:不信なウサギ

剣の光に導かれ、ゲミニの村に訪れたガーデラ達。

そこは獣人が人間によって奴隷にされ虐げられていた。

ガーデラは村長のコルスに村から逃げた獣人たちを調査してほしいと言われる。

湧き出る感情を抑え、ガーデラは要望を受け入れる。


しかし、ただ言いなりになるままでは終わらなかった。

タウロスの町で手に入れた大量の金貨を使い、

ロザの両親をコルスの支配から解放した。

屋敷を出ると、

ガーデラたちはすぐにロザの両親の首輪へ手を伸ばした。

かちり、と金属が外れる音。

「よし、もう大丈夫よ」


重い首輪から解放された二人は、

その場に崩れるように膝をつき、そして次の瞬間、

ロザを強く抱きしめた。


「ロザ……!」

「父さん! 母さん! 会いたかった……!」

三人は互いの存在を確かめるように、

何度も名前を呼び合い、声を殺して涙を流す。


「勇者様……本当に、ありがとうございました」

ロザの父が深く頭を下げる。

ガーデラは、少しだけ視線を逸らした。

「いいわよ別に感謝なんて」

「ただ親子が再会できただけ。それだけのことよ」

その場に、わずかな温もりが生まれる。


――だが、それは長くは続かなかった。

周囲から突き刺さる、冷たい視線。

ひそひそと交わされる、抑えた声。

相変わらず、村の奥から聞こえてくる獣人のうめき声と、人間の怒号。

そのすべてが、ここが「許された場所ではない」ことを突きつけていた。


ロザは思わず耳を塞ぎ、身体を小さく縮める。

両親は慌てて抱き寄せ、必死になだめた。


「……テラ殿」

フランズが低い声で言う。

「とりあえず村を出よう。彼らにとって、ここは気の休まる場所ではない」

「そうね」

ガーデラは頷いた。


「まずは、コルスが言っていた廃墟に向かいましょう」

「もし本当に獣人たちがいるなら……ロザたちも、そこに預けられる」

「メル」

「一応、ここを転移先として保存しておいて」

「了解しました」

メルザは足元に静かに魔法陣を展開する。

淡く光る紋様に、魔力が集束していく。


村の喧騒を背に、ガーデラたちは歩き出した。

この村で起きている“歪み”から、

まだ何一つ、終わっていないことを知りながら。


その光景を屋敷の窓から覗く者がいた。

「……くそ」

低く、吐き捨てるような声。


コルスは拳を強く握りしめる。

爪が食い込み、ぎり、と奥歯が軋んだ。

「冗談じゃねぇ……」

「ここまでやってきたんだ」

「今さら、壊されてたまるかよ……!」


そう呟くと、コルスは窓に背を向けた。

室内に差し込む光が、その表情を半分だけ隠す。

懐へと手を入れ取り出したのは、遠隔水晶。

指先で転がしながら、コルスはゆっくりと魔力を注ぎ込む。

水晶が、かすかに脈打った。






村を離れたガーデラたちは、

鬱蒼とした森の中を静かに進んでいた。

背後から聞こえていた怒号や呻き声は、

いつの間にか完全に消え、

今は木々のざわめきと、風が葉を揺らす音だけが耳に届く。


「フランズ」

「なんだ?」

「屋敷では……ありがとう。よく耐えてくれたわね」

フランズは一瞬だけ目を伏せ、低く息を吐いた。


「いや。我の方こそ感謝すべきだ」

「あのままなら、我は一線を越えていたかもしれん」

少しの沈黙。


「それよりも、テラ殿」

「コルスのことだが……タウロスでの話が正しければ、奴は魔族ということになる」

「だが、見た限りでは――」

「ええ。ただの人間にしか見えなかったわ」

ガーデラは前を見据えたまま答える。


「噂や情報なんて、伝わるうちに歪むものよ」

「……でも、今はそれどころじゃない」

「一刻も早く、あいつをどうにかしないと」

「このまま放っておける相手じゃないわ」

フランズは無言で、小さく頷いた。


「しかし...随分と草木が生い茂ってるな。もはや道ではないぞ」

フランズが枝をかき分けながらぼやく。

「そうね、ホントにこんなところに獣人たちがいるのかしら」

ガーデラも半ば疑わしそうに周囲を見回す。


「急がねば日が暮れるな……まぁ最悪、メル殿に村まで送ってもらえばいいのだが――」

そう言って、フランズは後ろを振り返った。

そして。

「……ん?」

沈黙。


「……あれ?」

もう一度、目を凝らす。

「……メル殿?」

「メル殿? メル殿!?!?」


「どうしたのフランズ?」

「テラ殿、メル殿がいない!いや、というかロザ殿とその両親も!」

「え!?」

二人は同時にぐるりと周囲を見回す。


右。

左。

上。

下。


「……はぐれた?」

「……おそらく」

「……気づかなかったの?」

「……まったく」


「じょ、冗談じゃないわよ!!」

ガーデラが頭を抱える。

「私あの子に送ってもらう前提で歩いてたのに!!」

「す、すまない! コルスのことで頭がいっぱいだったのだ!」

「だからってちょっとは後ろ確認するでしょ!?普通!!」


「どうすんのよ!? このままじゃ私たち遭難よ!?」

「は!ま、まさか...コルスは最初から我々をこの森に閉じ込めるために誘導を!」

「全ては、あの男の手の内、策略だったというのか!!」


「.....」

「.....」


「....ないな...流石に」

「うん、これは単純に私たちが間抜けなだけね」

「うむ」

「って納得してる場合じゃないわよ!!」


その時。

――ガサツ。

茂みの奥で、枝が折れる鈍い音。

二人は同時に息を止めた。


反射的に、構える。

「なんだ!?何の音だ!?」

「メル?あなたなの?」


返事はない。

だが、確かに近づいてくる。

ガサ……ガサ……

枝が折れる音。踏みしめる足音。


「……ロザ? あなたなの?」

沈黙。

物音は、もうすぐそこだ。

「……魔物か? それとも、獣人か?」

「わからない……でも、何か来る!」

二人の緊張が張り詰め、茂みが大きく揺れた、その瞬間。


バサッ!!


中から勢いよく何かが飛び出した。

白く。

モフモフで。

耳が長く。

小さい。

「……ん?」

ガーデラの肩から、ふっと力が抜けた。


「なんだ、ウサギか」

小さなウサギは鼻をひくひくさせ、前脚で耳をかいた。

何事もなかったかのような無垢な仕草。


「まったく、おどかしおって」

「何気に初めて見るわね。へぇ……可愛い」

ガーデラは警戒を解き、ウサギに近づく。

そっと、手を伸ばした。


その瞬間、

視界が、暗くなった。

「へ?」

頭上に、巨大な影。

「テラ殿!!」

フランズが叫ぶ。

強引に腕を掴み、後方へ引き倒す。


ドゴォォン!!


地面が爆ぜた。

衝撃波が空気を震わせ、土砂が弾け飛ぶ。

二人は地面を転がる。

耳鳴りが走る。


「な……なに…何か落ちてきた?」

土煙の向こう。

クレーターの中心に、何かが立っている。

ゆっくりと、煙が晴れていく。


白く。

モフモフで。

耳が長い。

「……ウサギ?」

一瞬、そう見えた。


だが。

それは二本足で立っている。

整った人の顔立ち。

長い白髪。

軽鎧。

そして両腕には、銀色に光るガントレット。


「……獣人!」

次の瞬間、

「来るぞ!」

地面が砕ける。

爆発的な踏み込み。

一瞬で間合いを潰される。

狙いは――ガーデラ。


「っ!」

剣を引き抜く。

振り下ろされる拳。


ガンッ!!

金属と金属が激突する。

衝撃が腕を通して骨まで響く。

「重!?」

金属と衝撃が、火花を散らす。

剣がきしむ。

足元の土が沈む。


獣人は即座に後方へ跳躍。

着地と同時に、再び低く構える。

「お前ら、コルスの差し金だな!」

鋭い声。

完全に敵意が剥き出しだ。


「コルスの?」

「あたしたちを始末しに来たんだろ!」

「ちょ、ちょっと待って!誤解よ!」

「私たちはただ――」


「黙れ!」

ガントレットを互いに打ち付け鳴らす。

鈍い金属音が、森の静寂を砕く。

「またそうやってアジトに侵入する気だろ!」

「人間の言うことなんて、信用できるか!」


獣人は再び地を蹴った。

ガーデラは剣を振るい、振り下ろされる拳を受け流した。

衝撃が腕から肩へと駆け上がる。


「落ち着いて!話を聞いて!」

火花が散る。

「あなたたちを傷つけるつもりはない!」


「ほう?じゃあいったいお前らは、何をしにわざわざこんな森の奥に入ってきたんだ?」

ガーデラの動きが一瞬、止まる。

「それは...その...」

「コルスから聞いたんだろ!」

獣人の声が鋭くなる。


「森のアジトのことは、あいつくらいしか知らねぇ! 違うかぁ!」

その言葉に、ガーデラはゆっくりと剣を下ろした。

フランズも表情を険しくする。

「……うん」

静かな声だった。

「確かに、森のことはコルスから聞いたわ」


空気が凍る。

「そして、そいつから調査を依頼された」

「テラ殿! そんなにハッキリと――」


「随分とあっさり言うじゃねぇか」

獣人は低く笑った。

「けどまぁ……やっぱりな!」

獣人の口元が歪み、瞳が怒りに染まる。


「でも」

「ああ?」

「それでも信じてほしい」

ガーデラは視線を逸らさない。

「私たちは敵じゃない。あなたたちを助けたい」

まっすぐな瞳。


「だからお願い、少しだけ話を...」

「...またそのセリフか」

低く、押し殺した声。

「やかましいんだよ...」


「敵じゃないだの、助けたいだの」

拳が震える。

「何度も何度も似たような言葉ガタガタ並べやがって!」

怒りが爆ぜた。

「こちとら、もう――うんざりなんだよ!」

ガントレットを合わせ、鈍い金属音を鳴らす。


フランズが小さく息を呑む。

「まずいな、完全に敵意むき出しだ」

「……そっか」

ガーデラは呟いた。

脳裏には、あの夜の会議でのゴルドラの言葉がよぎっていた。


《「“和解したい”って言いながら、平気で嘘をついて近づいてきて」

「油断したところを、殺そうとしてきた奴も……何人もいた」》


(何度も...裏切られてきたのね)

「あたしはもう、お前ら人間なんざ信用しねぇ!」

獣人が地を蹴る。

空気が裂ける。

「なぶり殺されたくなけりゃ...」

獣人は再び跳躍し、一直線にガーデラへ向かう。

「とっととここから消え失せろ!!」


「テラ殿、危ない!」

だが。

ガーデラは――


剣を、構えなかった。


次の瞬間、


ドゴッ


鈍い、骨に響く音。

拳がガーデラの頬にめり込む。

衝撃が頭を揺らす。

視界が白く弾けた。

体が宙に浮く。


ガーデラそのまま、木をへし折りながら後方に殴り飛ばされた。

轟音とともに倒れ、地面を転がりる。

「テラ殿ー!!」

フランズの叫びが森に響く。


一方、殴った側の獣人は、

「え……」

その場で、固まっていた。

拳が震え、先ほどまで燃え上がっていた怒りが、急速に冷えていく。

「うそ……そんな……なんで」

理解が追いつかなかった。


「ゲホッ...ゴホッ」

血が地面に落ちる。

赤が、森の土にじわりと滲んだ。

ガーデラはふらつきながらも立ち上がる。


視界が揺れる。

頬は熱を帯び、口の中は鉄の味で満たされている。

それでも、顔を上げた。


「お前……どういうつもりだ!? 死にてぇのか!」

獣人の声には怒りよりも、動揺が混じっていた。

ガーデラは息を整え、かすれた声で答える。

「……これが一番……信じてもらえるから」

「...テラ殿」

フランズの拳が震える。


「...ふざけんな」

獣人の歯が軋む。

「そんなわかりきった芝居に、あたしが騙されると思ってんのか!」

「貴様!いい加減にしないか!」

しびれを切らしたフランズが魔力を練り始める。

空気が震え、地面の落ち葉が浮き上がる。


「フランズ!」

「!?」

「大丈夫、多分もう...次はない」

その言葉に、フランズは息を呑む。

獣人が再び構える。

脚に力が込められ、地面が沈む。


「舐めんじゃねぇよ!!」

爆ぜるように跳躍。

一直線。

「テラ殿!」


ガーデラは――動かない。

剣を握らない。

防がない。

目を閉じる。

そして、両手を広げた。

完全な無防備。


「無理だ!次は確実に死ぬぞ!」

拳が迫る。

風圧が頬を打つ。

「やめろー!!」

フランズの叫び。


――だが。

寸前のところで、拳は止まった。

森が、静まり返る。

獣人の荒い息だけが響く。


ガーデラはゆっくりと目を開けた。

至近距離で、赤く揺れる瞳と視線が絡む。

「……なんで」

獣人の声は、怒鳴り声ではなかった。

崩れかけた声だった。

「……なんで、そこまで」


ガーデラは微かに笑う。

唇の端から血が伝う。

「ただ、賭けただけよ。あなたに」

拳が、震える。

「あなたも、ホントは信じたかったのよね。でも...できなかった」

「また裏切られるのが……怖かったから」


拳が、ゆっくりと下がる。

力が抜ける。

膝が崩れる。

獣人はその場に膝をついた。

荒く吐き出される息。

怒りが抜け落ちた後に残る、空虚。


ガーデラもゆっくりとしゃがみ込む。

ふらつきながら、そっと肩に手を置いた。

「大丈夫、私は絶対...あなたたちを傷つけない」

獣人は俯いたまま、答えない。


その時、

「テラ様!フランズさん!」

草木をかき分ける音とともに、メルザたちが駆け込んできた。


「メル!あなたどこに行ってたのよ」

「すみません、ついはぐれてしまって。ところで先程の大きな音は一体...」

言葉が止まる。

「……!?」

メルザの視線が、ガーデラの頬に固定された。

赤く腫れ上がった跡。

乾きかけた血。



「ど、どうしたんですかその傷!?一体何があったんですか!?」

即座に駆け寄り、治癒魔法を展開する。

淡い光が頬を包み、痛みがゆっくりと引いていく。

「まぁちょっと色々あってね...」


「ちょっとで済むことじゃありませんよ!!」

声を荒げて怒るメルザ。

その視線が、すぐに獣人へ向く。


「まさかこの人にやられたんですか!?」

一瞬、森の空気がまた張り詰める。

「いいのよもう、解決したことだから」

穏やかな声だった。


「テラさん!フランズさん!」

おずおずと、ロザとその両親が姿を現す。

その瞬間。

獣人の視線が、彼らに向いた。


「あれ...ルナさん」

「...ロザ?」

「ルナちゃん!無事だったのね」

ロザの両親を目にした瞬間、ルナは困惑した。

「え?なんで...あんたたち、村で捕まって奴隷になってたはずじゃあ」

「そこの勇者様方が助けてくれたんですよ」


ロザの両親は辺りを見回す。

抉れた地面。

折れた大木。

まだ舞う土埃。

「もしかして...さっきの音は、ルナちゃんが」

ルナは俯いた。

拳を握りしめ、言葉を飲み込む。


「あまり言わないでやってくれ」

フランズが静かに言う。

「森の仲間を守ろうとした。彼女なりのやり方だったんだ」

責める声ではない。

理解を示す声だった。


「ルナちゃん...」

ロザの母が、胸に手を当てる。


メルザの治癒が終わり、ガーデラはゆっくり立ち上がった。

まだ少し足元はふらつく。

それでも、ルナの前へ歩み寄った。

「どう?信じてくれる?」


「あたしは...あたしは...」

ルナの肩が震える。

拳を握り締め、顔を上げられない。

そのとき。


「...ルナさん」

ロザが一歩前に出た。

「この人たちは、大丈夫です」

真っ直ぐな声。

「ここに来るまで、僕は何度も救われました」

「この人たちなら、村を救ってくれるかもしれません」


小さな拳を握る。

「……信じてください。きっと、大丈夫です」

沈黙。

森を渡る風の音だけが、静かに響く。

長い、長い数秒。


そして――

ルナは深く、息を吐いた。

「……これだけ見せられたら、もう何も言えないわ」

その声に、棘はなかった。

ガーデラの胸から、ようやく力が抜けた。


「あんた、アジトに行きたいんだっけ?」

「ええ」

「わかった、案内するわ」

立ち上がり、ガントレットを外す。

金属が地面に軽く触れる音。

そして、手を差し出した。


「あたしはルナ」

ガーデラしっかりとその手をとり、強く握った。

「私はテラ、ありがとう、ルナ!」


固く、確かな握手。

敵意は消え、森に残ったのは、わずかな希望の気配だった。






一同は、深い森の奥へと進んでいた。

枝葉が頭上を覆い、昼だというのに薄暗い。

やがて、視界がわずかに開けた。


地面に石畳の名残。

崩れかけた井戸。

蔦に覆われた家屋の骨組み。

「これは……」

「随分と古い廃村ね」

人がいた痕跡はある。

だが、長く放棄された空気が漂っている。


ルナが足を止める。

「あそこだ」

指をさした先にあったのは、

辛うじて形を保った教会。

壁はひび割れ、屋根は一部崩れているが、

他よりは明らかに手が入っている。


「村から逃げた奴らは、みんなここで暮らしている」

フランズが小声で言う。

「……入った瞬間、我々袋叩きにされないよな?」

「失礼ね! あんた獣人を何だと思ってるのよ!」

ルナが即座に噛みつく。


ガーデラとフランズは、無言でじっと見る。

「……あ」

ルナの耳がぴくりと動く。

「いや、あたしはその……うん」

しどろもどろ。


「いやでも中にいる奴らは大丈夫よ!」

「もしもの時はちゃんと弁明するから!」

「ええ、お願いね」

軽口だが、緊張は本物だ。


ルナは扉に手をかけると手前に押した。

軋みを立てながら、ゆっくりと開く。

「帰ったわよ」

中にいた獣人たちの視線が、一斉に集まる。


「おうルナ」

「また森の中ほっつき歩いていたのか?」

「気をつけろよ、村の人間に見つかったら厄介なことに...」

視線が止まる。

ガーデラたちに。


「あ!?おい人間じゃねぇか!?」

「なんでここにいるんだよ!?」

「まさかコルスにバレちまったのか!?」

一瞬で騒然。


ガーデラとメルザは苦笑い。

フランズは咄嗟にルナの背中へ半歩隠れる。

「ちょ、あんたたち落ち着けって。こいつらは...」

ルナが弁明しようとしたその時、


「うるさいぞテメェら!」


奥の方から、ひときわ大きく低い声が聞こえた。

「ルナが連れてきてるってことは、危ねぇ奴らじゃねぇってことくらいわかるだろ」

奥から歩いてきたのは、

黒い毛並みを揺らす、大柄な獣人。


「でもよザグマさん!ルナが騙されてるって可能性も...」

「アホか」

一喝。

「テメェらならまだしも、ルナみてぇな警戒心のつえぇ奴が、んな簡単に言いくるめられるか」

視線がルナへ。


「ま、さしづめ一発ぶん殴って判断したんだろ?」

「...まぁそんな感じ」

ザグマがガーデラたちを見る。


「手荒な歓迎で悪かったな。あいにく最近は張り詰めてる」

「別に構わないわ。状況は大体知ってる」

一瞬、目が細められる。

「俺はザグマ。一応ここの奴らのリーダーだ」

「私はテラ。こっちは仲間のメルとフランズ」


「ほぉ……お前さんか。最近噂の勇者ってのは」

空気がざわつく。

「えぇ!?テラ、あんた勇者だったの!?」

「知らずに襲ってたのか?」

「.......」


「まったく、だからあれ程世間の情報には目を向けろって言ってるだろうに」

「まいっか」

ザグマが顎で奥を示す。

「とりあえず座れ。立ち話するほど、俺たちも余裕はねぇ」


教会の奥。

簡素な木椅子。

焚き火の跡。

壁に寄り添う子どもの獣人。

この場所が“隠れ家”であり“最後の砦”であることが、はっきりと伝わる。


「で? 勇者さんが俺たちに何の用だ?」

ザグマは腕を組んだまま言う。

「物珍しさで見に来たってわけじゃあねぇんだろ?」

「ええ、ゲミニの村でコルスからあなたたちのことを聞いてね」


――コルス。

その名が出た瞬間、教会の空気が凍る。

誰かが歯を食いしばる音。

「あなたたちが村を襲撃しようとしてるって話を聞いて、村を救ってくださいって言われたの」


「はぁ!?」

「なんだよそれ!ふざけんじゃねぇ!!」

「何が村を救うだ独裁者め!」

怒号が響く。

床が震える。


「いちいち騒ぐな!」

ザグマの一喝で、空気が締まる。

視線がガーデラへ戻る。

「それで、単に鵜吞みにしたわけじゃねぇんだろ?」


「ええ。表向きはあいつに協力してるけど……流石にどっちがヤバいかは分かるわ」

「まったくあのイカレ野郎は...」

ザグマは低く吐き捨てる。

「襲撃なんて誰がするかよ。俺たちが何も疑わず村の人間を恨むと思ってんのかね?」


「明らかにおかしいだろ。長年共存してきた獣人を急に奴隷にしだすことに誰も反対しないなんて」

ガーデラが静かに言う。

「……操られてるってことよね」

「だろうな」

ザグマは頷く。

「いつからかは分からねぇ。だがあいつは、村の人間全員に何かして、」

「自分を村長に仕立て上げ、俺たちを奴隷にするように仕向けた」


「でも...」

ガーデラが目を細める。

「わかるぞ勇者さん。あんたの言いたいこと」

ザグマが口角をわずかに上げる。

「“雑すぎる”……そうだろ?」


ガーデラは頷く。

「ええ、やり方に穴が多すぎる」

「誰が見てもおかしいのは自分だと思われるのに、それを隠そうともしない」

「それに、そんな大事を起こせば、他の村や町、最悪国が動くかもしれないってのに」


「あやつの行動は、後先を考えてるようには見えなかった」

フランズも低く言う。

ザグマの目が鋭くなる。

「そこなんだよなぁ」

教会の空気が重く沈む。


「あれだけボロを出しておいて、あそこまで余裕ぶっこけるはずがねぇ」

「あいつには“保証”がある。何かは知らねぇが、そのボロをたやすく消せるほどの保証が」

「それが分からねぇ限り、うかつに近づけねぇ」

沈黙。

焚き火の火が小さく弾ける。


「でも」

「黙ってるわけにもいかない」

「ああ」

「あいつのせいで、獣人も人間もひどい有様だ」

「この借りは、きっちり返さねぇとな」


「そういうわけなんだが勇者さん」

「俺たちに協力...してくれるか?」

大きな手が差し出される。

教会中の視線が集まる。


ガーデラは迷わない。

その手を、強く握る。

「ええ」

「よそ者でよければ、手を貸すわ」

ザグマが笑う。

「上等だ」


その瞬間。

教会の空気が、初めて“味方”の空気に変わった。

だが同時に――

全員が理解している。

これはただの同盟ではない。

“何か得体の知れないもの”に挑む、共闘だということを。






一方ゲミニの屋敷一室、


厚いカーテンで外光は遮られ、

部屋の中央には重厚なソファと机。

その上に置かれた遠隔水晶が、淡く光っている。

コルスは足を組み、苛立たしげに口を開いた。


「おい、お前の推測通り勇者が来たぞ」

水晶は淡く光るだけで向こうの景色は見えない。

ただ、くぐもった声だけが返る。


『んっん~、そうですか』

間延びした声。

『いやーそろそろとは思っていましたがついにですか』

『で?勇者は何と?』

「森の獣人たちの調査をしてくると言っていた」


「……だが恐らく嘘だ」

コルスの目が細くなる。

「奴らは獣人どもと結託して、俺をどうにかしようと企んでるに違いない」

水晶の光が、わずかに強まる。

『おーやおやおや』

『そこまでお考えになられるとは……流石、私が見込んだ人ですね』


コルスは拳を机に叩きつける。

「黙れ、気持ち悪い」

「……で、この後俺はどうすればいい?」

声に、わずかな焦り。

「このままだと、奴らに俺の城を崩される」


『なーに簡単なことですよ』

『その獣人を操って、勇者一行殺してしまえばいいですよ』

水晶の声は静かに、当然のように言った。

『あなたならたやすいでしょう?』


コルスは目を細める。

「いいのかよ?勇者殺しちまっても」

『問題ありません』

軽い声。

『調査の途中で獣人に襲われて死んだ、とでも言っておけば』

『事態は大きくなりますが、足はつきません』


すると、少しだけ声色が変わった。

『それに...本来今回の勇者はイレギュラー、存在してはいけないもの」

『速攻始末しなければいけないのです』


「あ?」

『いえいえ、理解しなくても結構です』

『それでは私は忙しいので、もう切りますよ』

『ちゃんと、私が教えた通りにやるんですよ?』

「チッ……わかったよ」


『では、頼みましたよ……アディオス』

光が消える。

部屋に、静寂。

コルスはしばらく水晶を睨みつけたまま動かない。

「……イレギュラー?どういうことだ?」


少し考えたが、その疑問はすぐに霧散した。

「……まぁどうでもいい」

立ち上がる。

窓の外、森を睨む。

「あいつらが何者だろうと関係ねぇ」


低く、冷たい声。

「俺の城を壊そうとする奴は――」

手のひらに魔力を込める。

空気が震える。

闇色の魔力が渦を巻き、凝縮していく。

「全員殺すだけだ」



次の瞬間、

手のひらから、黒い塊が弾け飛ぶ。

一つ。

二つ。

三つ。


それらは空中で形を歪めながら変質していく。

硬質な羽。

節くれだった脚。

針のような尾。

やがて、塊だったそれは

蜂の姿へと変貌する。


しかしそれは自然の蜂ではない。

目は赤く濁り、

腹部は脈打つように膨張している。

低い羽音が部屋に満ちる。


「これだけいれば十分か」

指を鳴らす。

十数体の黒い群れが、部屋の天井近くを旋回する。

窓を開けると、蜂たちは一斉に外へ飛び出した。


群れは空でまとまり、一本の黒い帯となる。

まるで意思を持った矢のように。

森へ向かって一直線に飛んでいく。

廃村のある方角へ。


コルスは腕を組み、満足げに呟く。

「さて……」

口元が歪む。

「世間には悪いが、勇者様の冒険譚は――」

「これでおしまいだ」


窓を閉める音。

部屋には再び静寂がもどる。

だが森の奥では、

すでに死の羽音が近づいていた。

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