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エピソード14:思想と支配

タウロスで休息を取り終えたガーデラ達。

次なる場所を示す剣の光は、

いつもと違い、強く荒ぶっていた。

タウロスの町を後にしたガーデラたちは、

剣から伸びる青い光を道標に歩いていた。


鉱山地帯を抜けたばかりの道はまだ荒れており、

足元には砕けた石が転がっている。

朝の空気は冷たく澄んでいて、遠くから風に揺れる草の音がかすかに届いていた。


しかし、それをかき消すように、

ジャラ……ジャラ……。

場違いなほど重たい金属音と、

「ぜぇ……ぜぇ……」

フランズのあまりにも必死な呼吸音が聞こえていた。


「フランズ、大丈夫?」

前方を歩いていたガーデラが振り返る。

そこには、肩から金貨の袋を背負い、

明らかに限界へ向かっているフランズの姿があった。

一歩進むたびに揺れ、金属音が無慈悲に追い打ちをかける。


「し...心配...するな..たいしたこと...な」

息も絶え絶えに返事が返ってくる...

あまりにも説得力がなかった。


一応、金貨は分配している。

だがそれでも、一人が背負う量としては十分すぎるほどだった。

「は..はは...この程度の試練...我にすれば...児戯にも等しい..」

「……無理してるの、丸わかりですよ」

メルザが、ため息混じりに言う。

「……」

フランズは何も言い返せず、視線を逸らした。


しばらく歩いたところで、ガーデラが口を開く。

「少し休憩しましょうか」

「まだ町も見えてないし」

その言葉を聞いた瞬間、


「そ、そうか!」

フランズが、明らかに必要以上に元気な声を出した。

「では! あそこの木陰がよいだろう!」

そう言って、半ば逃げるように前方を指差す。

――あまりにも分かりやすかった。


三人は道脇の木陰へと移動する。

フランズは袋を下ろした瞬間、

魂が抜けたような声を漏らし、木の根元に寝ころんだ。


「やっぱり限界だったんじゃない」

ガーデラが呆れ半分で言う。

「うう...休みすぎて体がなまったか」

フランズは空を仰ぎ、遠い目をしながら呟いた。


その様子を横目に、ガーデラは背中に差していた剣を抜く。

刃から伸びる青い光は衰えることなく、

進むべき方向を指し示していた。

剣から伸びる光に視線を向ける。

強く、太く、意思を持つように伸びる光。


「……気になりますね」

隣に腰を下ろしていたメルザが、静かに口を開く。

「町長さんが話していたこと」

ガーデラは、剣の光から視線を外さないまま、小さく頷いた。


――魔族が、獣人を奴隷にしている。


タウロスの町長の言葉が、頭の奥にこびりついて離れない。

「本当なんでしょうか、あの噂」

その声には、わずかな揺らぎがあった。

「さあ……」

ガーデラは静かに答える。

「行ってみないことには、分からないわ」


「ただ……もし本当だとしたら」

「今まで以上に、一筋縄ではいかないでしょうね」

その言葉に、メルザは小さく息を呑む。


「魔族……ということは」

寝ころんだまま、フランズが口を挟む。

「魔王が絡んでいると考えたほうが良いのか?」

その問いに、ガーデラは一瞬、言葉に詰まった。


――本当は、否定したい。

――けれど、確かな根拠もない。

――それに、下手に否定すれば、不自然に思われる。

ほんの一瞬の逡巡ののち、彼女は平静を装って答えた。


「……まあ」

「可能性は、あるわね」

それが今できる最善の答えだった。


「よし、ではゆっくりしている場合ではないな」

「ええ、先を急ぎましょう」

三人はそれぞれ荷をまとめ、出発の準備を整える。

フランズも金貨の袋に手を伸ばした。


しかし、

「……ん?」

手探りするが、袋の感覚がない。

視線を移すと、そこには何もなかった。

「え?あれ!?」


「どうしたの?」

ガーデラが振り返る。

「な、ない!」

フランズは思わず声を張り上げた。

「ここに置いてあった金貨の袋がない!」

「うそ!?」


その瞬間、

「あ、あれ!?」

メルザが叫び、道の先を指さした。

視線を向けると、

フードを深く被った小さな人影が、袋を抱えて必死に走っていくのが見えた。

揺れるたびに、ジャラジャラと無情な金属音が鳴り響く。


「おい!貴様待て!」

フランズは反射的に駆け出した。

重い袋を持っているせいか、人影の足はそれほど速くない。

数歩で追いつき、そのまま腕を掴んで地面に押さえつける。


「うぐ!」

「まったく……」

フランズは息を荒げながら、袋をひったくり返した。

「人が苦労して手に入れた大事な金貨を...」

そう言いながら、フードに隠れた顔を覗き込む。

「……?」


一瞬、言葉が止まった。

「あれ?そなた...」

「フランズ?何かあったの?」

遅れてガーデラとメルザが駆け寄ってくる。

そして三人の視線が、フードの中へと集まった。


「あ!!」

そこにあったのは見覚えのある顔。


「ロザ!!」


袋を盗んでいたのは、

タウロスの鉱山で異形ミミックから助けた、あの少年――ロザだった。






「ご、ごめんなさい!」

ロザは叫ぶように言うと、迷いなく地面に膝をつき、額を土に擦りつけた。

小さな体が、必死に震えている。


「ロザさん、どうしてこんなことを」

メルザが戸惑い混じりに問いかける。

ロザは恐る恐る顔を上げ、唇を噛みしめながら口を開いた。

「本当にごめんなさい。どうしても、お金が欲しかったんです」


「そういえば鉱山でもそんなこと言ってたわね」

「なぜ、そこまで金を欲する?」

フランズが低い声で問う。

「しかも、命を危険にさらしてまで」


「それは...その...」

ロザは視線を落とし、言葉を失った。

拳を握りしめ、何かを押し殺すように肩が小刻みに揺れる。

「安心して」

ガーデラは一歩近づき、柔らかく言った。

「何を話しても、あなたを傷つけたりはしないわ」


しばらくの沈黙の後――

ロザは深く息を吸い込み、覚悟を決めたように頷いた。

「……わかりました」

「お金が欲しかったのは...両親のためです」

「両親?」

「はい」


ロザは小さく肯き、ゆっくりとフードに手をかけた。

「!!」

フードを外した瞬間、三人は驚いた。

その下に現れたのは、


白い髪、

そしてその間から飛び出すように伸びた、白い毛並みの犬のような耳が二つ。


「そなた、獣人だったのか」

「はい。僕の故郷の村は、人間と獣人が一緒に暮らしている村だったんです」

その声は落ち着いているが、どこか震えていた。

「でも……数か月前、新しく村長になった人間の男が、急にこう言い出したんです」


――『本日より、この村の獣人はすべて、我々の奴隷とする!』


三人の表情が、一斉に険しくなる。

「村にいた獣人たちは……ほとんどが捕まって、拘束されました」

「僕は、たまたま外に出ていて……なんとか逃げられたんです」

声がかすれる。


「でも……両親は捕まってしまって」

「そのまま、奴隷に……」

拳を握るロザの手が、白くなる。

「それで……」

「何とか両親を解放してほしくて、村長に頼みました」


「そしたら……」

「『大金を持ってくれば、お前に売ってやる』って……そう言われたんです」

沈黙が落ちた。

「それであの鉱山の噂を聞いてやってきたってわけね」


「はい……」

「せっかく皆さんに助けてもらったのに……」

「恩知らずなことをしてしまって、本当に……ごめんなさい!」

再び、地面に額をつける。

謝罪というより、縋りつくような動作だった。


「いいわよ、謝らなくて」

ガーデラはかがみ込み、ロザの頭にそっと手を置いた。

「そこまで追い詰められてたら、手段なんて選べないわ」

温もりに触れた瞬間、ロザの肩がびくりと揺れる。


「……しかし、妙だな」

フランズが顎に手を当てる。

「町長が聞いた噂では、獣人を奴隷にしているのは“魔族”だと」

「では……情報が食い違っている、ということでしょうか?」

メルザが不安げに言う。


その時だった。

「あ、あの……」

ロザが遠慮がちに口を開く。

「それに関しては……少し、心当たりがあるんです」

三人の視線が、一斉にロザへ向く。


「その……村長に選ばれた人なんですけど」

「何ていうか……変なんです」

「どういうこと?」

「家族もいませんし」

「村の人に聞いても、その人のことを……」

「『知らない』『いつからいたか分からない』って言う人が多くて……」


「え?じゃあそいつ、村の人間じゃないかもしれないってこと!?」

ガーデラが思わず声を上げる。

「はい、恐らく...」

一瞬、風が吹き抜けた。


「そんな奴に村長を任せるとは、村の人間は何をやってるんだ!」

フランズは半ば呆れた声でい言った。

「それが……そこも、おかしいんです」

ロザは震える声で続ける。


「新しい村長を決める時は、いつも数人が立候補するんです」

「でも……その時だけは……」

「その人以外、誰も立候補しなかったんです」

「そして……」

「その人が、獣人を奴隷にすると言い出した時も……」

ロザの声が、かすれる。


「村の人たちは……誰も、反対しませんでした」

「誰も!?」

メルザが驚く。

「全員が……賛成したということですか?」

「はい……」

ロザの指が、ぎゅっと握られる。


「今まで……僕たちに優しくしてくれて」

「一緒に笑って、普通に暮らしていた人たちも……」

視線が落ちる。

「突然……人が変わったみたいに……」

「僕たちを……」

「……まるで.....家畜を見るような目で……」

ロザの体が、小刻みに震え出した。


「ロザ、無理しないで。もういいわ、それ以上無理に話さないで」

ガーデラはそっと声を落とし、震えるロザの肩に手を置いた。

そのまま顔を上げ、メルザ、そしてフランズと静かに視線を交わす。


「テラ殿、これは...」

フランズの声は低く、重かった。

「ええ、どう考えても異常ね」

「つまり……」

メルザが言葉を選ぶように続ける。

「その“新しく村長になった人物”が、町長さんの言っていた…魔族、ということですか」


「まだ断定はできないわ」

ガーデラは冷静を装って答える。

「でも、それが一番自然な線ね」

「なぜわざわざそんなことを?」

フランズの問いには、怒りと困惑が混じっていた。


「さあね、わからない...だからこそ」

「それを確かめるためにも先を急ぎましょう」

二人は、迷いなく頷いた。

「ロザ、貴方も一緒に」


「え、僕もですか?」

不安に揺れる声。

「心配しなくていいわ」

ガーデラは微笑み、ロザの手を取った。


「多分――行く先は、同じだから」

そのまま、背中に差した剣へと視線を向ける。

剣から伸びる青い光は、先ほどよりもなお強く、鋭く。

何も語らず、ただ一つの方角を、揺るぎなく指し示していた。


まるで――

この出会いも、この話も、

すべてが最初から決められていたのだと告げるかのように。





しばらく歩いていると、視界の先に集落が見えてきた。

一同は足を止め、ガーデラは剣を抜き取る。

左右に振ると、剣から伸びる青い光は――迷いなく、村の方角を指し続けていた。


「……あそこね」

メルザは地図を広げ、光の指す方向と照らし合わせる。

「あれは...ゲミニの村です」

「あれです!僕の村です!」

ロザが思わず声を上げる。


「やはり同じであったか」

ガーデラは目を細め、村を見つめた。

遠目には、ごく普通の村に見える。

煙突から立ち上る煙。

畑の向こうに並ぶ家々。

異様さは、まだ感じ取れない。


「……入るわよ」

ガーデラは振り返る。

「みんな、油断しないで」

四人は自然と距離を詰め合い、警戒したまま歩みを進めた。


村の入り口に差しかかった時、一人の村人が近づいてくる。

「おやおや、旅のお方ですかな」

人懐こい笑みを浮かべ、朗らかな声で言った。

「ようこそ、ゲミニの村へ」


あまりに明るい対応に、三人は一瞬だけ戸惑う。

「な、なんか...思ってたのとちがう」

「本日はどのようなご用件で来られたのですか?」

「あ、えっと……その……」

ガーデラが言葉を探していると、


「テラ殿....あれ」

フランズが何かを見つけ、ある一点を指差した。

「え?」

ガーデラは、ゆっくりとその先へ視線を移す。


――その瞬間。

「……っ!」


村の奥。

鎖で繋がれた獣人たちが、地面を掘り、重い荷を運ばされている。

傍らでは人間たちが、鞭や棒を振るい、怒声を浴びせていた。


バシッ、と空気を裂く音。

罵倒の言葉。

苦痛に歪む呻き声。


「ひどい...」

メルザは思わず声を漏らす。

「どうかされましたか?」

村人の声に、ガーデラははっとして一歩下がる。

ロザは震えながらフランズの脚に抱き着く。


「ん?」

村人はロザに目を向ける。

次の瞬間、

その視線が、明らかに変わった。

濁り、冷え、

軽蔑と侮蔑を混ぜたような目。


ロザはそれに気づき、顔を伏せる。

すると、

フランズが一歩前に出て、ロザの前に手を差し出した。

「我の友人に、そのような視線を向けるのは控えていただけるか」

村人は一瞬ぎょっとし、慌てて表情を取り繕う。

「し、失礼しました……!」


「フランズさん...ありがとうございます」

ロザが小さく呟く。

「気にするな」

短く、それだけ答えた。


「そ、それで……」

村人は話題を戻すように言った。

「本日は、どのようなご用件で?」

「実は……」

ガーデラは一呼吸置き、

「村長さんにお話がありまして。今、お会いすることはできますか?」


「村長ですか?」

村人は即座に頷く。

「ええ、問題ありません。よろしければ、案内いたしましょう」

「...お願いします」

四人は村人に連れられ村の中を歩いていく。


歩くたび、

人間の怒号と、

獣人のうめき声が、

否応なく耳に入ってくる。

ロザは視線を彷徨わせ、耐えきれず目を伏せた。


「……ロザ殿」

フランズが、低く囁く。

「今は、あまり見るな」

「……はい」

その声は小さく、かすれていた。


屋敷に入ったガーデラ達は、促されるまま荷物を降ろし、ソファに座っていた。

しかし、ガーデラだけは、剣を手放さなかった。

膝の横、いつでも抜ける位置に静かに置いている。


その空気を切り裂くように、

――バンッ!

扉が勢いよく開いた。


「いやーっ! 旅のお方! この度はゲミニの村へお越しくださり、誠にありがとうございます!」

陽気すぎるほどの声と共に、一人の男が入ってきた。

年の頃は二十前後だろうか。

若々しく、整った顔立ち。

にこやかな笑顔を絶やさない。


だが、その服装はどこか異様だった。

上等な生地に、過剰なまでに施された金の装飾。

光を受けて、わざとらしくきらめくそれは――

まるで「自分は特別だ」と誇示しているかのようだった。


「私がこの村の村長、コルスと申します」

深々と頭を下げたかと思うと、

断りもなくガーデラたちの向かいのソファへ腰を下ろす。

「さてさて」

にこやかな笑顔のまま、言葉を続けた。

「本日は私にご用があると聞きましたが……一体、どのような?」


「はい」

ガーデラは慎重に言葉を選ぶ。

「剣の導きにより、この村を訪れたのですが...」

「……剣の、導き……?」

コルスの目が、一瞬だけ大きく見開かれる。

「!!」

次の瞬間、声色が一変した。


「ま、まさか……あなたは――勇者様では!?」

「え、ええ……」

曖昧に頷く。

「おお……! まさか、まさか……!」

コルスは勢いよく立ち上がると、ガーデラの手を両手で掴んだ。

「この村の危機を知り、救いに来てくださったのですね!?」

「え?あ、はい...そんなところです」


「いぃやぁー!まさか勇者様がこの村に来られるとは!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

激しく上下に振られる手。

その力の強さに、ガーデラは思わず顔を引きつらせる。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」

どうにか手を振りほどくと、

「えっと、村の危機というのは何ですか?」

姿勢を正し、問いかけた。


「ええ、ええ」

コルスは何事もなかったかのようにソファに座り直し、服の乱れを整える。

「実はですねぇ……」

声は軽く、楽しげですらある。

「この村、今――襲撃の危機にさらされておりまして」

「襲撃?」

「はい」

コルスはにこにこと笑いながら続けた。


「数か月前、この村から獣人が“数匹”逃げ出しましてねぇ」

「そいつらが結託して、村を襲おうと企てているのですよー」

「いやぁ、もうどうしたものかと、頭を悩ませておりましてねぇ」

あまりにも軽い口調。

まるで、他人事のような語り方。


ガーデラは剣に置いた手に、ほんの少しだけ力を込めた。

「いやぁ、それにしても」

コルスは満足げに息を吐く。

「しかし勇者様が来てくださって本当に助かりました。これで一安心ですよ」


その言葉を、ガーデラはすぐには受け取らなかった。

一拍、間を置いてから、静かに口を開く。

「...あの、少しいいですか?」

「はい、何でしょうか?」


「その獣人たちは...なぜ村を逃げ出したのですか?」

慎重に言葉を選ぶ。

空気が、わずかに張り詰める。

しかしコルスは、少しも動じなかった。


「ああ、それですか」

まるで天気の話でもするかのように、軽く頷く。

「私が村長になってから、この村では獣人を奴隷にすることに決めたんですよ」

――あまりにも、あっさりと。


「それでですね」

コルスは指を組み、楽しそうに続ける。

「ほとんどの連中は、先ほど外でご覧になったでしょう? ちゃんと拘束できたのですが……」


口元に、わずかな苦笑を浮かべる。

「不覚にも、数匹ほど取り逃がしてしまいましてね」

「まったく、獣人というのは無駄にすばしっこくて、困ったものです」

ロザの肩がびくりと跳ねる。


「まぁ、とにかく」

コルスは話を締めくくるように、手を叩く。

「その逃げた獣人たちが、今、この村に攻め入ろうとしているのです」

声は明るく、どこか弾んでいる。

「もしそんなことになれば――」

わざとらしく両手を広げ、

「村は甚大な被害に見舞われてしまう!」


大げさな身振り、芝居がかった口調。

だが、その目は笑っていなかった。

――否。

“最初から、何もおかしいと思っていない”目だった。


「なぁ...少しいいか?」

低く、重い声だった。

フランズが、ゆっくりと口を開く。


「襲撃を避けたいのであれば」

「今すぐ、獣人を解放すればいいのではないか?」

部屋の空気が、ぴんと張りつめる。


「村を離れた獣人たちが、この村を襲おうとしている理由は明白だ」

フランズは視線を逸らさない。

「仲間が、奴隷として非道な扱いを受けているからだ」

「それくらい、誰が見ても分かるだろう?」

一瞬沈黙が走った。


ほんの一瞬。

だが、その間に、ガーデラは確信した。

この男の答え次第で、事態は決定的に変わる。


しかしコルスは、喉の奥で小さく笑った。

「なぜ、そんなことを?」

首を傾げる仕草は、まるで純粋な疑問のようだった。

「せっかく、私が“正して”あげたというのに」

「正す?」


「ええ」

コルスは当然のように頷く。

「獣人など、人間の姿をした“獣”でしょう?」

その言葉が、空間に落ちる。

「そんな連中が、人間と同じ地位にいるほうが間違っている」

声は柔らかい。だが、内容は刃だった。


「獣は飼われ、従い、役に立ってこそ意味がある」

「それが、自然というものですよ」

ロザの、息を呑む音が聞こえた。

「……随分と」

フランズの声は、氷のように冷え切っていた。

「偏った思想だな」

その視線は鋭く、明らかに嫌悪がこもっていた。


しかしコルスは、フランズの言葉など最初から存在しなかったかのように、

ゆっくりと視線をガーデラへ移した。

「――勇者様」

その呼びかけは、甘く、丁寧で、

同時にどこか人を試すような響きを帯びていた。

「どうか、この村をお救いください」


ガーデラは一瞬だけ目を伏せ、

そして静かに顔を上げる。

「...わかりました」


「テラ殿」

短い返答に、

フランズは思わず声を漏らしかけた。

だが、ガーデラは彼を制するように、ほんのわずか視線を送る。

冷静で、揺るがない目。


――今は、耐えて。


その意図を読み取り、

フランズは歯を食いしばって口を閉ざす。


ガーデラは改めてコルスに向き直る。


「その獣人たちが、今どこにいるのかは分かりますか?」

「ええ」

コルスは待っていましたと言わんばかりに頷いた。

「村のはずれにある森の奥、その廃墟です」

「獣人が頻繁に目撃されていましてね。恐らく、そこに集結しているのでしょう」

「……そうですか」

ガーデラは頷く。


「では、この後、そちらを調査してみます」

「おお!」

コルスの顔が、ぱっと明るくなる。

「それは心強い!ぜひ、お願いいたします!」

「はい」

ガーデラは一度だけ目を伏せ、

必要最低限の言葉だけを返した。


――だが、そこで終わらせない。


ゆっくりと視線を上げ、

今度は逃げ場を与えない声で続ける。

「それから、もう一つ。あなたに用があります」


「え? は、はい。何でしょう?」

「この子が――」

ガーデラは、そっとロザに手を置く。

「自分の両親を解放してほしいと、あなたに頼んだところ、」

「“金さえ積めば売る”とおっしゃったそうですね」

「それは、本当ですか?」


空気が、わずかに張りつめる。

コルスは一瞬だけロザを見やり、

鼻で笑うように答えた。

「……ああ、こいつですか」

「ええ、確かに言いましたよ」

「ですが、それがどうかしましたか?」


「フランズ」

名を呼ばれ、

フランズは無言で三つの袋を机の上に置いた。

――どさり。

鈍く、重い音。

袋の口から、

あふれんばかりの金貨が覗いている。


「これは...」

「タウロスで手に入れた金貨です」

ガーデラは一歩だけ前に出て、

コルスの目を正面から射抜いた。

「これだけあれば、十分足りますよね?」

「この子の両親を――私に売ってください」


一瞬、

コルスの顔から血の気が引く。

「な、何を言うんですか、勇者様!」

「こんな獣人のガキのために、なぜこれほどの金貨を……!」


「あら、ダメなの?」

ガーデラは首を傾げる。

その仕草は柔らかいが、声は冷たい。

「金さえ積めばいいんでしょう?」

「それとも……今さら取り消し、なんて言わないわよね?」


「ねぇメル?」

ガーデラの問いかけにメルザは楽しげに口角を上げた。。

「そうですよねぇ」

「せっかく条件も揃えて、しかも村長という立場で交わした約束を」

「自分の都合で反故にするなんて……さすがに、ないですよねー?」


沈黙。

コルスのこめかみが、ひくりと引きつる。

だが――

すぐに、張り付けたような笑顔を作った。


「...わかりました」

そう言って、ぱん、と手を叩く。

使用人が慌てて近づくと、

コルスは声を落として命じた。

「あのガキの両親を連れてこい」


しばらくして、扉が開く。

鎖の音。

そして、二人の獣人が引き出される。

「父さん!母さん!」

ロザは立ち上がり、駆け寄った。

「ロザ……!」

「無事だったの……!」

三人は抱き合い、声を殺して涙を流した。


ガーデラは、その光景を一瞥すると、

コルスへ向き直り、軽く頭を下げた。

「ありがとうございました」

「それでは――調査の結果をお待ちください」


「……ええ」

返ってきた声は、

露骨に不機嫌だった。

「期待していますよ、勇者様」


その言葉を背に受けながら、

ガーデラたちはロザと両親を連れ、部屋を後にした。

扉が閉まった、その直後。

コルスは小さく舌打ちした。


「下らねぇことしやがって...」

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