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エピソード13:いつか嘘をつかないで

魔王城から帰ってきたガーデラ。

フランズの胸の中で積み上がった感情を爆発させた後、

泣きつかれて眠ってしまった。

雲ひとつない晴天。

澄んだ日光が、タウロスの石畳を白く照らしていた。


町では今日も変わらず、

つるはしの音と金槌の響きが重なり合い、

炉の熱気と人々の活気が通りを満たしている。


そんな喧騒から切り離された、宿の一室。

ガーデラはゆっくりとベッドから上半身を起こした。

「ん...んん..今何時?」

目を擦りながら気だるそうな声を出す。


「13時です」

声の方に目をやるとメルザがベッドに腰掛けていた。

「あ、メルz...メル..おはよう」


「はい。おはようございます」

「13時?昼間!?そんな寝てたの?」

「はい、熟睡してました」

「そ、そう……」


ガーデラは頭を掻きながら、周囲を見回す。

「フランズは?」

「先に起きて宿を出ました。食料の調達をすると言って」

「そっか……」

一瞬、ほっとしたような、

それでいて少しだけ落ち着かない表情を浮かべる。


そして、ふと眉をひそめた。

「……あれ?私、昨日……何してたんだっけ」

「確か、会議が終わって……宿に戻ってきて……それから……」


その瞬間

「...あ」


記憶をたどったガーデラの喉から、間の抜けた声が零れた。

「あ、あ……あ、ああ……」

記憶が一気に押し寄せ、

心臓が跳ねるように脈打つ。

みるみる顔が赤くなり、


そして、ガーデラは毛布を引き寄せて、

勢いよく、頭からすっぽりと潜り込んだ。


「ああああああ思い出したあ!」


毛布の中から、くぐもった悲鳴が上がる。

「私...私昨日フランズに..あああ」

じたばたと動く毛布が、ベッドの上で不自然に揺れる。


「めちゃくちゃ泣きついてましたね」

「やめて!鮮明に思い出しちゃうから!」

毛布の中から即座に抗議の声が飛ぶ。

「うう……ちゃんと我慢しようって思ってたのに……」

端が、もぞもぞと動く。


しばらく沈黙したあと、

ガーデラはそっと毛布から顔だけを出した。

「……ていうかさ」

「はい」

「ここ数日で思ったんだけど……」

うつむいたまま、どこか投げやりに呟く。


「もしかして...私って、チョロい?」

一瞬、メルザは言葉に詰まり、

視線をすっと逸らした。

「…………」

「……なによ、その間」


「うーん……まぁ」

「チョロいですね」

「うっ!...」

「というか、周りに流されやすいです」

「がっ!...」


ガーデラは再び毛布に顔を埋めた。

「はぁ……」

深いため息。

「私、自分で思ってる以上にメンタル弱いんだなって……この数日ですごく思い知らされた」

声には、もう昨夜のような切迫感はない。

ただ、素直な疲れと反省が滲んでいた。


「まぁ、でも」

メルザは静かに言う。

「いいじゃないですか」

「……なにが?」

「そのおかげで、昨日ちゃんと弱音を吐けたんですから」

ガーデラは何も返さず、毛布の中で小さく身じろぎした。


メルザはベッドに近づき、毛布の端に手をかける。

「ちょ、ちょっと」

「さ、いつまでベッドにいる気ですか?」

ぐい、と遠慮なく引っ張る。

「いい加減に起きますよ」

「うぅ……」


抵抗虚しく、毛布がずるずると剥がされていく。

「食事をとって、外の空気も吸って、今日はしっかり休みましょう」

「……わかってるわよ」


ガーデラは渋々身を起こした。

窓の外からは、変わらぬ町の音と、暖かな陽射し。

昨夜、すべてを吐き出した心は、まだ不安定ではあるが――


確かに、少しだけ軽くなっていた。






一方町の中。

昼の陽気に包まれたタウロスの通りは、

金属を打つ音と人々の声で満ちていた。


フランズはその喧騒の中、

小さな果物屋の店先に立っていた。

「......」


手に取ったのは、赤く艶のあるリンゴ。

指先で転がしながら、

じっとそれを見つめ、動かない。


「兄ちゃん、どうかしたのかい?」

店主の声に、フランズははっと我に返った。

「あ、いや……すまぬ」

「実は、仲間がここのところ元気がなくてな。どうしたものか、考え込んでいた」


「ほぉー」

店主は顎を撫で、にやりと笑う。

「だったらよ、その子に何かプレゼントしてやるってのはどうだ?」

「プレゼント?」

「ああ、好きなもん貰えば、気分も少しは晴れるもんさ」


「好きなもの...」

フランズは呟き、動きが止まった。

リンゴを持つ手に視線を移す。


(……そういえば)

胸の奥で、何かが引っかかる。

(我は、テラ殿のことをほとんど知らぬ)


フランズはこれまでのガーデラとの会話や行動を思い返す。

しかし出てくるのは、


彼女が勇者であること。

責任を背負っていること。

強いこと。


勇者としての情報のみ。

(それ以外は……)

好きなもの

嫌いなもの

何に笑い

何に傷つくのかも


(……何も、知らないではないか)

それは、静かで、少しだけ重い感覚だった。


「兄ちゃん?」

店主が不思議そうに声をかける。

「……すまぬ」

フランズはリンゴを元の籠に戻した。

「感謝する。そなたのアドバイス、少し参考にさせてもらう」


「ああ頑張りな!まぁ、悩むほど大事な相手なんだろ?しっかり笑顔にしてやりな!」

「……ああ」

町の喧騒の中、フランズは再び歩き出した。


喧騒の中、

彼の思考には、昨夜の言葉が何度も蘇る。


(「……ごめん……話せない」)


「....考えてみれば当たり前か」

誰に聞かせるでもなく、呟く。

「まだ仲間になって数日……ましてや、何も知らぬ我に……話そうとは、思わぬか」

頭に手をやり、ほんの少しだけ、歩みを緩めた。


その背中は、町の賑わいに紛れながらも、

確かに何かを探し始めていた。






宿を出たガーデラ達も、同じ頃、町の通りを歩いていた。

昼の光に照らされたタウロスの町は相変わらず賑やかで、

鉱石を運ぶ人々と、鍛冶の音が途切れることはない。


「さて……町に出たはいいけど」

ガーデラは辺りを見回し、少し困ったように肩をすくめる。

「特に何かする予定、ないわね」


「そうですね」

隣を歩くメルザが頷く。

「せっかくの鉱山地帯ですし、何か珍しいものでもあればいいのですが」


その時――

向こうから、一人の人影が歩いてくるのが見えた。

「ん?」

「ん?」

互いに視線を向け、次の瞬間。

「「...あ」」

思わず声が重なった。


「フランズ!」

「テラ殿!もう起きて大丈夫なのか?」

「ええ。おかげさまで」

ガーデラは小さく笑い、素直に続けた。

「昨日は……ありがとう」


「ああ...」

フランズは短く返事をしたものの、

どこか視線が定まらず、彼女と目を合わせようとしない。


「...どうしたの?」

ガーデラは首を傾げる。

「いや、別に……」

一拍置いてから、話題を変えるように言った。

「そなたらは、これからどうするのだ?」


「それがね」

ガーデラは少し考えてから答える。

「今のところ、特に予定はないの。とりあえず町を回ってみようかって」

「そうか...」

ほんの短い沈黙。

その沈黙を断ち切るように、フランズが口を開いた。


「...なぁ」

「せっかくなら」

言葉を選ぶように、少し間を置いてから続ける。

「一緒に回らないか?」


「え?」

一瞬、言いよどみ、視線を逸らす。

「我らはまだ、お互いのことをよく知らぬだろう」

「良い機会だと思ってな」


ガーデラとメルザは顔を見合わせ、ほんの少し考える。

やがて、ガーデラが微笑んだ。

「……いいわ」

「一緒に行きましょう。話でもしながら」

「ついでに買い物にも行きましょう」

メルザも柔らかく頷く。


「そうか」

フランズの表情が、わずかに和らぐ。

「では、行こうか」

こうして三人は並び、

再び町の中へと歩き出した。


町を歩く中、フランズがふと口を開いた。


「なぁ、テラ殿」

「なに?」

「そなた……その……」

少し言い淀んでから続ける。

「好きな食べ物とか、あるか?」


「食べ物?」

ガーデラは一瞬考え、すぐに答えた。

「そうね……甘いものがいいわね」

「そうか」

フランズは小さく頷く。

「なら、スイーツが評判の店を探すとしよう」


「いいわね!」

ガーデラの声が弾む。

「では、町の人に聞きながら行きましょう」

メルザが自然に話をつなぐ。

「ああ」


その後も三人の会話は途切れることなく続いた。


好きな動物は?

好きな季節は?

本は読むか、どんな話が好きか。

花は、色は。

逆に、苦手なものは何か。


深い話ではない。

ときどき話題をかわされることもあった。

それでも――


意識しなくても、足取りが軽くなっていた。

特別な出来事は何もない。

世界を揺るがす話題も出てこない。

けれど――


「ほぉ、意外だな」

「それ、想像つきますね」


そんな言葉が自然とこぼれ、

気づけば笑い声が増えていた。

歩く足取りも、いつの間にか軽くなっている。


特別な出来事はない。

世界を揺るがす話題も出てこない。

けれど。


互いを「勇者」や「仲間」としてではなく、

一人の人間として知っていくこの時間は、


とても穏やかで、

とても温かく、

そして、確かに有意義だった。






気づけば、空はすっかり夕暮れに染まっていた。

西の空に沈みかけた太陽が、町全体を橙色に包み込む。

昼間の喧騒は落ち着き、どこか穏やかな静けさが流れていた。


「綺麗ね、この町の夕日は」

「そうだな」

ガーデラは柵に手をかけ、高台から町を見下ろす。

その隣で、フランズも同じ景色を眺めていた。

メルザは食料の調達に向かい、今は二人きりだった。


「...フランズ」

「ん?」

「今日は、ありがとう」

ガーデラは少し照れたように言った。

「おかげで、気分がすっかり晴れたわ」


「そうか」

フランズは胸を張る。

「まぁ、当然だろうな!我が必死に気を利かせたのだから!」


ガーデラは小さく笑う。

「そうね、今日はあのうるさいテンションじゃなかったもんねー」


「なっ! うるさいとはなんだ、うるさいとは!」

慌てて声を荒げる。

「我はいつだって大まじめだ! だが今回は…そなたが病み上がりだったからその…抑えたのだ! 我の胸奥から溢れ出る、こう…そういうものを!」


「わかったわかったて」

「別に馬鹿にしてないわよ。ありがとう気を使ってくれて」

一瞬、間が空く。


「ホントに、貴方のおかげで助かったわ」

ガーデラは夕日から目を離さず、続けた。

「引き離そうとしても、必死に素直にさせようとしてくれた。正直昨日のあれがなかったら...

「私無理だったかも」


「……そうか」

フランズは少し考えるようにしてから言った。

「だが我も、あの時は少し配慮が足りなかったと思っている」

「え?」

「出会ってまだ数日の、何も知らぬ相手に、簡単に胸の内を明かせぬのは当然だ」

視線を夕焼けに戻す。


「あ、いや、あれはそういう意味じゃ...」

「いや、たとえ違ったとしても、互いに知らない者同士で秘密を打ち明けるのは難しいだろう」

「まぁ...そうね」


「だから」

フランズは体ごとガーデラの方を向いた。

「今日は、たくさん話をした」

「何が好きで、何が嫌いか」

「それだけでも十分、互いを知ったと言っていいだろ?」


「フランズ...」

「だから、今後、何かあって話せる内容であれば、迷わず我を頼れ」

「我も迷わずそなたを頼る!」

夕日が二人の影を長く伸ばす。

「そう...そうね」

ガーデラは微笑み、頷いた。


「……そうだ。テラ殿」

フランズが思い出したように口を開いた。

「装飾品を買いに行かないか?」


ガーデラは首を傾げる。

「装飾品?どうしたの急に?」

「せっかく鉱山地帯の町に来たのだ」

「何か形に残るものを買っておいた方がよいだろう?」


「あー……確かにそうね」

ガーデラは納得しかけてから、ふと眉をひそめる。

「でも大丈夫? そういうのって、結構高い気がするけど」

「テラ殿」

フランズは少し呆れたように言った。


「忘れたのか? 我々がこの町で何をしていたのか」

「....あ」

「そうだ……」

ガーデラの顔がじわっと変わる。

「私たち、今――死ぬほど金持ってるんだった」


「ああ」

フランズは真顔で頷いた。

「だから正直な話……できるだけ減らしてくれなければ、我が後で死ぬ」

「そ、そうね……」

ガーデラは苦笑しつつ立ち上がる。


「それじゃあ行きましょうか」

「ああ、頼む」

夕暮れの町に、二人の足音が重なっていった。


たどり着いたのは、町でもひときわ目を引くアクセサリーショップ。

ショーケースに並ぶ宝石は、夕日を受けて淡く輝き、店内はまるで光を集めたようにきらびやかだ。

「すごいわね……流石、鉱石の町」

ガーデラは思わず息を漏らした。


「お嬢ちゃん、何か買っていくかい?」

店主の声に、ガーデラは一度うなずき、ゆっくりと店内を見回す。

指輪、首飾り、耳飾り、髪飾り――

どれも綺麗だが、逆に多すぎて決めきれない。


しばらく迷った末、ガーデラはフランズを振り返った。

「……ねぇフランズ」

「どうした?」

「あなたが選んでくれない?」

「我が?なぜだ?」


「私、こういうの買ったことなくて」

「どれがいいのか、正直わからないのよ」

少し照れたように視線を逸らしながら、ガーデラは続ける。

「だから、あなたが選んで」


「そうか....なら...」

フランズは改めて装飾品へと視線を移す。

いくつかに手を伸ばしかけては引っ込め、また別のものを見る。

真剣そのものだった。

やがて、ひとつの装飾品を手に取る。

「これがいいと思う」


それは髪飾りだった。

全体に銀の装飾が施され、

中央には、澄んだ青色の宝石がはめ込まれている。


「...どうだ?」

「……うん」

ガーデラは少し間を置いて、柔らかく笑った。

「いいわね、これ」


「おおそうか!」

フランズの顔がぱっと明るくなる。

「では店主、このこれを頼む」

「あいよ」


受け取ると、ガーデラはその場で髪を後ろに結び、そっと飾りを留めた。

「どう?」

「おお、とてもよく似合ってる」

「そう、ありがとう」

そのやり取りを、店主はにやにやしながら眺めていた。


「テラ様!フランズさーん!」

そのとき、遠くから声が飛んでくる。

袋を抱えたメルザが、小走りで近づいてきた。

「探しましたよホントに」


「ごめんごめん。どう?食料は調達できた?」

「はい、これだけあればしばらくは大丈夫です」

「では、そろそろ宿に戻るか」

「そうね、明日には出発できるようにしましょう」

「メル、その袋少し持つわ」


三人は並んで宿に向かって歩き出した。

「あれ?テラ様、どうしたんですかその髪飾り?」

「フランズが買ってくれたのよ」

「なかなか我もいいセンスしているであろう?」

「自分で言うそれ?」


夕日の中、軽い笑い声が重なった。

日が沈むまで、その時間はとても穏やかであった。






一方その頃魔王城。

夕刻の陽が高い窓から差し込み、厳めしい石造りの室内を柔らかく照らしている。


「ふぁああぁあぁあ」

ゴルドラが大あくびをかきながら、のっそりと大広間にやってきた。

「おはようございまーす」


「ゴルドラさん……」

リボルバーの手入れをしていたヴァイアが、半目で顔を上げる。

「おはようって、もう夕方ですよ?」

「いくらなんでも寝すぎではないですか」

隣のディビアンも、呆れを隠さず淡々と告げた。


「いいじゃん別に」

ゴルドラは無邪気に返す。

「昨日は夜遅くまで会議してたんだから」


「あれ?」

ふと周囲を見回し、

「他のメンバーは?」

「俺たち以外は、もう魔王城を出ましたよ」

「各自、勝手に動いています」


「へぇー」

ゴルドラは軽く笑う。

「せっかちだねぇ。特にすることもないくせにさ」


「あの...それよりもですね」

ヴァイアが言いづらそうに口を開いた。

「ん?」

「あれ、何とかしてもらえませんか?」

指差された先に、ゴルドラは視線を向ける。


「え!?」

そこにいたのは――


「う……うう……うぅ……」

机に突っ伏し、

嗚咽を漏らしながら泣く、

リヴァーネだった。


「リヴァーネ...」

ゴルドラが、そっと声を落とす。

「え...いつから?」

「私たちが起きた時は既に」

「マジで!?」


「いや、実は……」

ゴルドラは視線を逸らしながら続ける。

「あのこさ、昨日の夜もあそこで泣いてたんだよ」


「へ?ってことはまさか...」

「うん、多分昨日からずっと泣いてる」

「「...マジかよ」」


「ほら見なよ、彼女の足元...泣きすぎてあそこだけ床がビショビショ」

「あ!ホントだ!」

「いったい何があったんですか?」

「まぁ、早い話」

ゴルドラはため息をついた。

「また逃げられちゃったってわけ」


「「……ああ」」

二人は納得したように、小さく息を吐いた。

「またですか...」

「そう、ああなったら長いんだよねーあの子」


「いや、それにしても長すぎません?」

ヴァイアが首を傾げる。

「いくらガーデラを誘えなかったからって――」


「あ!!」

「貴様!馬鹿!名前を出すな!」

「あ!やべ!」


そのとき、リヴァーネの嗚咽がピタリと止まった。

「……」

大広間が、不自然な静寂に包まれる。

「えっとぉ……」

ゴルドラが恐る恐る声をかける。

「リヴァーネ?」


次の瞬間。

「ガーデラちゃん……」

震える声が漏れ、

「ガーデラちゃん……」

「……ああああ……」

「あ、まずいこれ」


――直後。

「ぬぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

大声で泣き出し、後ろに倒れた。


「なんでー!!なんでー!!」

「どぼじでずぐがえっじゃうのー!!」

「わだじ、まだ、はなじだりながっだのにー!!」

「うわああああああああああああああ!!」

床を転げ回り、手足をじたばたさせながら大号泣。


「うわぁ」

「おいどうするんだ、癇癪だぞ」

「こりゃあ明日まで続くな」

ディビアンが冷静に言い放つ。


「……どんだけ好きなんだよ」

ヴァイアが呆然と呟く。

「ガーデラのこと……」


三人は、

床で泣き喚く魔王軍秘書を前に、

ただただ無言で立ち尽くしていた。






夜。

宿は静まり返り、外からは風に揺れる旗の音だけが微かに聞こえていた。

フランズが眠るベッドの向こう側で、

ガーデラとメルザはまだ起きていた。


「ガーデラ様、今日はずっと楽しそうでしたね」

控えめな声だった。

「ええ」

ガーデラは小さく笑う。

「フランズのおかげね。この人、私を元気づけるために、相当頑張ったみたい」

「……そうですね」


「ホントに...優しい人」

毛布の端を指でつまみながら、ガーデラは続ける。

「私が頼れるように、話しやすいように、必死に距離を縮めようとして……」


少し、声が詰まった。

「なのに私は」

「隠し事ばっかり」

「話さないで」

「嘘をついて……それでも、隣にいる」


沈黙。

「……正直ね」

ガーデラは、ぽつりと零す。

「このまま、何も知られずに旅が続けばいいって思ってる」

「全部隠したまま」

「最後まで正体がバレなければいいって」

「そう思ってる自分が……いる」


弱々しく、笑う。

「だって、怖いもの」

「今の関係が壊れるのが」

「嫌われるのが」

「拒絶されるのが」


フランズの横顔が、脳裏に浮かぶ。

あの真っ直ぐな瞳。

(もし自分が魔族だと知ったら)

(魔王の側近だと知ったら)


「……でも」

ガーデラは、ぎゅっと胸元を押さえた。

「それでも」

「このまま逃げ続けるのは……もう、嫌」

「ガーデラ様...」


「メルザ」

顔を上げる。

「私は……いつか必ず、フランズに話す」

「正体も」

「やってきたことも」

「今まで隠してきた嘘も、全部」


メルザは、少しだけ間を置いてから言った。

「それで...失うことになってでもですか?」

ガーデラは、迷わず答えた。

「うん」

「それでも」


その手は震えていた。

震えていたが、逃げてはいなかった。

「それでも私は、本心で話したい」

「勇者としてじゃなく」

「魔族としての私で、ありのままの私で」

「嘘をつかずに向き合いたい」


ガーデラは無意識に、髪に手を伸ばす。

昼にフランズが選んでくれた、銀の髪飾りを指先でそっとなぞった。


「...わかりました」

メルザは柔らかい声で言った。

「なら、頑張りましょう、今まで以上に。フランズさんとしっかり向き合えるその日まで」

「私も、微力ながらサポートしていきます」


「ありがとう、メルザ」

そうして二人はベッドについた。

まだ誰も知らない静かに胸の奥で息づいた決意と共に。


翌朝。

ガーデラたちは荷をまとめ、宿の前に立っていた。

朝の空気は澄んでおり、鉱山地帯特有の金属の匂いがかすかに混じっている。


「またいつでも、訪れてください。どうかお元気で」

見送りに現れた町長が、穏やかな笑みを浮かべて言う。

「はい。ありがとうございました」

ガーデラは丁寧に頭を下げた。


「フランズー、出発するわよ」

声をかけられたフランズは、返事をする余裕もない。

肩には、金貨がこれでもかと詰め込まれた袋。

今にも音を立てて破れそうなそれを、必死に支えていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!せめて分配してくれ!!」

よろめきながら叫ぶが、

「勇者様、これからどちらへ向かわれるご予定ですか?」

町長の問いかけに、完全にかき消される。

「おおい!無視をするでない!!」

抗議の声も虚しく、誰も振り返らない。


「そういえば……この数日間、剣からの反応はありませんでしたね」

「確かに、もうそろそろ来てもいいはずなんだけど...」

ガーデラが腰の剣に手をかけた、その瞬間だった。


――カッ。


剣から青い光が出始めた。

「あ、きました!」

「またこんなタイミングよく!?」

だが、次の瞬間、全員が違和感を覚える。


「……なぁ、この光」

「こんなに、大きかったか?」

いつもなら、淡く瞬く程度の導きの光。

しかし今は違う。


激しく、荒々しい。

すぐに収束せず、暴れるようにうごめいている。

「え!? ちょ!? なに、なんなの!?」

ガーデラが思わず声を上げる。


そして、一瞬でぎゅっと凝縮されかと思えば、

太い針のような形となり、はっきりと一つの方角を指し示した。

「……なんか」

「随分、荒々しくないですか?」


「あの方角は...」

町長が、顎に手を当てて視線を向ける。

その表情から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。

「町長さん、何か心当たりでも?」

ガーデラの問いに、町長は一瞬言葉を選ぶように間を置く。


「……ええ。最近、その方角をまっすぐ進んだ先にある町で、少々物騒な噂が立っておりまして」

「噂?」

「はい、何でも...」


()()()()()()()()()()()()()という噂が」


「「え!?」」

「なんだと!?」

その言葉が落ちた瞬間、三人の背筋を嫌な感覚が走り抜けた。


剣の青い光だけが、

何も語らぬまま、進むべき道を指し示していた。

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