エピソード11:混沌うごめく会議
魔王城での会議への参加を告げられたガーデラ。
恐怖と不安でグズグズの精神を押さえ、メルザと共に魔王城へ向かった。
魔王城の大広間。
一瞬の閃光とともに、ガーデラとメルザの姿が現れた。
空気が揺れ、重たい静寂が落ちる。
ガーデラは無意識に息を吸い、ゆっくりと吐いた。
久しぶりの内装。
天井の高さ、照明の暗さ、石と魔力が混じった独特の匂い。
「帰ってきた...帰ってきてしまった」
視線が自然と城内を彷徨う。
「ああ……あそこ……」
遠くの回廊を指でなぞるように見る。
「あの廊下を右に曲がれば、私の部屋が……」
「本来、ここは私たちにとって憩いの場のはずですが...今は、敵の本丸も同然なんですよね」
「言わないで!理解してるけど言わないで!」
その時、
「待ってたわよ」
背後から落ち着いた声が響く。
振り返ると、リヴァーネが静かな足取りで近づいてきていた。
「予想よりも、随分と遅かったわねガーデラ。あなたならもう少し早めに来ると思っていたわ」
ガーデラは一瞬だけ肩を強張らせ――
すぐに表情を整える。
「ごめんなさいね。こっちも何かと忙しかったから、少し遅れちゃったわ」
(ホントは行きたくなさ過ぎてギリギリまで粘っていただけだけど...)
「ところで、資料の方はできたの?」
「問題ないわ、ちゃんと人数分、用意してきた」
ガーデラは束ねた資料を差し出す。
リヴァーネはそれを受け取り、ぱらぱらと数枚めくって目を通した。
「よし、それじゃあ早速会議室に行きましょうか」
「.......そうね」
「頑張ってください、ガーデラ様!」
メルザがガーデラの肩に手を置こうとしたその瞬間、
「おおっとメルザ!」
リヴァーネはガーデラの腕をとり、咄嗟に自分に引き寄せる。
「悪いけど、ここから先は
魔王様直属の重役と 厄災七幹 だけの空間よ」
淡々と、しかし有無を言わせぬ声音。
「あなたは入れないわ」
「え?...あ、はい」
「会議が終わるまで、せいぜいお菓子でも食べて待ってなさい」
ガーデラを引いたまま言い放つ。
「行くわよ、ガーデラ」
「え……ええ」
二人は会議室へと続く廊下を歩いていった。
残されたメルザは、その背中を見送りながら、ぽつりと呟く。
「……お菓子って……」
大広間に再び静寂が戻った。
暗い廊下の中、二人の足音だけが響き渡る。
規則正しく、静かで、無駄のない歩調。
その隣を歩きながら、リヴァーネはちらりとガーデラを盗み見た。
(フ...フフフフフ...)
外面は冷静沈着・有能秘書・魔王直属重役。
――だが、内心は...
(はあああああああああ!!!!!)
(やっと!!やっと二人っきりになれたぁぁぁぁ!!!)
心の中で喜びを叫び、床を転げ回る。
(久々のガーデラちゃん、あああやっぱり可愛いい!)
(水晶で見た時も可愛かったけど、やっぱり生がい・ち・ばーん!!)
(なにこの横顔!?この真面目そうな表情!?この微妙に緊張してる肩!?)
(一生懸命に調査を頑張っていたのね...あ!尊すぎっる!!)
表向きは表情一つ変えないが、内心は荒れていた。
(はぁ……勇者の調査に行くって言って、それっきり数日音沙汰なしで……)
(お姉ちゃん、ほんとに寂しかったんだからね!?)
(毎日水晶握って寝たし!?仕事中も「今どこ歩いてるかな……」って考えてたし!?)
(ああガーデラちゃん、そんな不安そうな顔して...大丈夫よ!何かあったらお姉ちゃんに泣きついていいのよ?)
(その時はね...全力で抱きしめて!頭を撫でて!!ついでに匂いを嗅いで!!!)
(あっ…駄目……想像しただけで……えへへへへへへへへへへ)
一方。
隣を歩くガーデラの内心は、別ベクトルで大惨事だった。
(ああああああああああああああ嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
(行きたくない!!会議行きたくないよー!!!)
足取りは落ち着いている。
背筋も伸びている。
その姿は誰が見ても、魔王の側近として申し分ない。
しかし中身は、ほぼ断末魔である。
(厄災七幹全員集合って何!?)
(「会議」って言われた時点で嫌だったのに、その中身が地獄オールスターズとか何の罰ゲームよ!?)
(逃げたい……本気で逃げたい……)
一瞬、視線が後ろに向く。
(私の部屋に…鍵かけて…布団に潜って……)
(無理だ!リヴァーネが隣にいる時点で無理!今ここで逃げたら、絶対に怪しまれる!)
(あああああああああ!!!!なんで!?)
(なんで私はここ最近、常に逃げ場ゼロなのよ!?)
お互い冷静を装いながら心の中で真逆の感情を爆発させる。
(はぁ...この廊下を歩ききったら、二人っきりのこの幸せな時間が終わっちゃう)
(ああ、このこの廊下が終わったら、会議室での地獄の時間始まっちゃう)
二人の心は、同時に深いため息をついた。
リヴァーネは、内心で胸を押さえる。
ガーデラは、内心で胃を押さえる。
(ああ、ホントに...)
(もう、ホントに...)
((この廊下永遠に続いてくれないかなぁ!))
同時に、まったく逆の意味で
二人は終わりの見えない廊下を心から望んでいた。
だが、現実は非情である。
前方。
重厚な扉が、静かに――しかし確実に、近づいてきていた。
会議室。
長い机を囲むように、すでに六人の魔族が集まっていた。
ソファにだらしなく腰を沈め、お気に入りのリボルバーを手入れしているのは、
《厄災七幹№4――狂彗のヴァイア》
「なぁディビアン、勇者っていったいどんな奴なんだろうなぁ?」
口元には楽しげな笑みが浮かび、期待を隠しきれない声。
その隣で、腕を組み、背筋を正して座っているのは
《厄災七幹№3――黒戦王ディビアン》
「それを知るために今回は集められたのだ。私が知ってるわけないだろ」
全身を覆う漆黒の鎧の奥から、低く厳格な声が響いた。
「ああ〜、早く始まんねぇかなぁ!」
ヴァイアはマグナムをくるりと回す。
「どんな奴で、どういう戦い方すんのか……知りたくて仕方ねぇぜ!」
「ヴァイア...もう少し緊張感というものを持てないのか?」
ディビアンの声が鋭くなる。
「私たちが集められたということは、相手が相当の強者だということ。魔王様が“軍の存亡がかかる”と判断されたのだぞ。貴様は軽率すぎる」
「ちぇー、相変わらず固ぇ奴だなお前は。そんなんだからいつまで経っても№3なんじゃねぇのか?」
「...なんだと?」
空気が一変する。
「お?キレちゃった?やるなら別に構わねぇぜ。ただいいのか?また№が下がるけど」
「貴様!!」
ディビアンは立ち上がり、剣に手をかける。
対してヴァイアも、即座にリボルバーを構えた。
「おいおい君たち、こんな場所でおっぱじめないでくれよ」
向かいのソファに優雅に脚を組んで座り、軽い声で割って入ったのは
《厄災七幹№5――不死の異形メラード》
指先で髪を整えながら、ため息をつく。
「やるなら外でやってくれ。僕の体にほこりがつくだろ?」
「ホントに、おこちゃまは血気盛んで困るね。もっと僕みたいに優雅にしてほしいものだよ」
「......ねぇジスト?」
そのすぐ背後に、音もなく立っている長身の影は
《厄災七幹№6――消葬のジスト》
「orehabetunikamawanaizo.toiuka,okotyamatoitteiruga,omaeaituratohobonennreikawaranaidaro?」
「......ごめん何言ってるのかさっぱりわかんない」
「oi......」
場の空気が一瞬、妙に白ける。
そこへ、控えめな声が震えながら割って入った。
「あ、あの……ヴァイアさん、ディビアンさん……会議前に口論するのは、ちょっと……」
恐る恐る声をかけたのは、
《厄災七幹№7――白銀の舞姫ラティナ》
「ああ?」
「ん?」
同時に向けられる二つの視線。
「ヒッ!す、すみません!何でもないです!」
ラティナが縮こまった、その頭に、ぽん、と手が置かれる。
「あーあー、まったく」
軽い調子でそう言いながら、ラティナの頭を撫でるのはゴルドラだった。
「二人とも、ラティナを怖がらせないでくれよ」
そして、ヴァイアとディビアンに視線を向ける。
「それに、彼女が言うようにもうすぐ始まるんだ。喧嘩なら終わった後いくらでもしてくれよ。何なら僕が、ストレス解消に付き合ってあげるけど?」
その一言で、張り詰めていた空気が緩む。
ヴァイアはしぶしぶリボルバーを収め、ディビアンも無言で剣を鞘に戻した。
その時、
重厚な扉が、低く軋む音を立てて開いた。
入ってきたのは、ガーデラとリヴァーネ。
「待たせたわねあなた達」
静かで、よく通る声。
それだけで、部屋の視線が一斉に二人へと向けられる。
「おうおう、リヴァーネ」
ヴァイアがにやりと笑った。
「人を呼びつけといて、そっちが遅刻か? 随分と身勝手なもんだな」
「仕方ないでしょう?戦闘しかしないあなた達と違って、私たちは色々仕事があるのよ。ね、ガーデラ」
「え、ええ...そうよ!忙しかったのよ!」
冷静さを保つが内心は....
(ぐぁあああ来ちゃった!!)
(無理無理無理!!ここ完全に地獄!!)
(なにこの部屋!?圧!!圧がやばい!!)
(空気が重い!黒い!殺気と狂気が煮詰まってる!!)
(何ここだけ世界違うの!?脳が拒否反応起こしてるんだけど!?)
「やぁ、ガーデラ君。久しぶりだねぇ」
ゴルドラが軽く手を振る。
「元気してた?」
(久びりじゃなーい!昨日会った!昨日会って記景の書渡された!)
(ああ、立場上は私が上なのに...もし今ばれたら、こいつら全員に...)
想像しただけで、何かが昇ってきた。
(ダメダメダメ!!考えちゃダメ!!)
「さっガーデラ、私たちも席に着きましょう」
二人は机の手前のソファに腰掛ける。
その瞬間、リヴァーネは気づかれないようにガーデラの手を引き、少し近づけてから座った。
「それじゃあ、始めましょうか」
リヴァーネはガーデラから受け取っと資料を厄災七幹に配る。
そして、懐から遠隔水晶を取り出し、静かに魔力を流し込む。
「魔王様。こちら会議室」
「側近ガーデラ、秘書リヴァーネ、厄災七幹六名。全員揃いました」
「いつでも……始められます」
『....わかった』
低く、威圧的な声が会議室に響く。
ガーデラは咄嗟に心臓が跳ね上がり、厄災七幹の面々も姿勢を正し始めた。
すると、部屋の奥に設置された大型の水晶がゆっくりと光を帯び始めた。
揺らめく光。
歪む空間。
形を成していく影。
やがて映し出されたのは――
玉座に座る、魔王エデルスの姿。
『お前たち』
『今夜は急な招集にも関わらず、集まってくれたことに感謝する』
声だけで、場を支配する存在感。
『特に厄災七幹』
『普段は招集をかけぬが……よく集まってくれた』
「エデルス、御託はいいからさっさと本題に入ろ」
ゴルドラの軽い声が、重い空気を裂く。
『...そうだな。では...始めようか』
その言葉と同時に、地獄の会議が、幕を開けた。
『今回呼び出したのは、リヴァーネからも聞いているように勇者についてだ。数日前、ポラリスの村で行われた儀式によって、新たに勇者が誕生した。先代の勇者から約20年ぶりだ。そして、ここからが問題なのだが、今回の勇者は今までのと比べて、遥かに強い。ここ数日だけでかなりの功績をあげている』
「具体的にはどれ程の?」
「それについては、ガーデラが説明するわ。彼女は勇者が誕生してからずっと観察を続けていた。....ガーデラ」
「はい、では順を追って説明いたします」
ガーデラはこれまで自分が勇者として行ってきたことを話す。
・アリエスの町でドラゴンを討伐
・冒険者を一人仲間にする
・タウロスの町で異形ミミックを討伐
・現在体力回復のために町に滞在中
「...っと、以上が現時点までの行動記録です」
厄災七幹はそれぞれ資料に目を通しながらガーデラの話を聞く。
「ありがとうガーデラ。それじゃあ...厄災七幹、この功績を見たあなたたちの感想を聞かせてもらおうかしら?」
「へぇ、すげぇじゃん!正直想像以上だよ!」
ヴァイアが身を乗り出し、
まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。
(やめて!ワクワクしないで!それ完全に狩る側のテンションだから!!)
「たった数日でここまでの成果……」
ディビアンが資料を閉じ、低く息を吐く。
「確かに、すさまじい…油断はできんな」
(油断して!?むしろ寝ぼけて!?そんな脅威認定しないで!?)
「ドラゴン討伐にミミック退治、しかも仲間集めまでしてるなんて」
メラードは髪をいじりながら口角を上げる。
「随分と行動力があるんだねー。やっぱ正義感強い子なのかな?」
(剣が勝手に導いてるから行ってるだけです!本人は流され体質です!!)
「……わ、私……」
ラティナはおずおずと声を上げる。
「正直、ちょっと怖いです。こんな短期間で……大型の魔物を次々倒していくなんて」
(こっちが怖いわ!!今ここで一番恐怖してるの私だわ!勇者本人、夜ちゃんと眠れてないから!!)
「boukennsyawonakamanisuruttekotoha,karisumaseimoaruttekanngaeteiinokana」
(なんて!?)
『では、ここまで聞いたうえで質問だ。この勇者に対して、我々魔王軍はどう動くべきかをお前たちに聞きたい』
(お願い!変なこと考えないで!何もしないで!)
ガーデラの胃が、嫌な音を立てて締め付けられた。
「簡単な話だ」
低く、断定的な声が会議室に落ちる。
ディビアンだった。
漆黒の鎧の奥から、揺るぎのない声音が響く。
「このような危険人物...速攻で排除するべきだ」
(………………は?)
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
次の瞬間、脳内で警鐘が鳴り響く。
(排……じょ……?)
(ちょっと待って今なんて?)
(排除って言った?排除って言った!?)
「わずかな期間でこれだけの実績だ。放置すれば、いずれ我々の強大な敵となる」
「今のうちに手を打つのが最善だろう。我々全員で、即座に始末するべきだ」
(なんじゃその過剰な暴力は!?え!?なに!?全員!?厄災七幹全員!?ふざけてるの!?そんなことされたら、もう、もう泣く!泣くよこっち!?)
心臓が跳ね、背中に冷たい汗が伝う。
呼吸を忘れそうになる中――
「へ、くだらねぇ」
空気を切り裂くように、ヴァイアの声が入った。
「なんだと?」
「せっかくの勇者なのに、そんなあっさり殺しちまうなんて、そりゃあねぇだろ?」
(……え?)
「俺はどうせなら、もっと強くなってから戦いてぇよ」
(……あ、別の意味で最悪だった)
「ヴァイア!貴様...」
「同感だねぇ」
今度はメラードが、楽しそうに相槌を打つ。
「久々に強そうな子が出てきたんだ。すぐ終わらせちゃうのは、ちょっと嫌かな」
「……わ、私も……」
ラティナが小さく手を挙げる。
「ちょっと……戦ってみたい、気が……」
「oremo」
「貴様ら...これは遊びではないのだぞ!」
ディビアンの声に、苛立ちが混じる。
「ディビアン」
ヴァイアが、ゆっくりと距離を詰める。
「冷静ぶってるけどさ、お前も本当は思ってるんだろ?」
「”久々に、強い奴と戦えるかもしれない”って」
「な!?何を言っている!私はそんなこと...」
「俺たちゃ厄災七幹、戦闘しかほぼやることがねぇ」
ヴァイアは囁くように、しかし確実に刺す。
「そんな中で、数日でこれだけの実力を示した勇者だ」
「消しちまっていいのか?」
「このチャンス、逃していいのか?」
「ぐっ....!」
ディビアンの言葉が、詰まる。
肩に手を置き、耳元で囁く。
「ホントはしたいんだろぉ?」
「全力出して」
「ギリギリの」
「命削る戦い――」
「正直になれよ」
沈黙。
「……わ、わかった……」
絞り出すような声。
「そこまで言うなら……排除は、やめてやる」
「だが勘違いするな!」
「決して戦闘を楽しみたいからではない!」
「貴様らの協力が得られなかっただけだ!」
「はいはい」
軽く流される。
(え?何を見せられてるの私は?)
会議室に残るのは、血の匂いを嗅ぎつけた捕食者たちの期待。
そして――
(私、生きて帰れるのかな……)
勇者本人による、
あまりにも切実な絶望だけが、静かに膨らんでいた。
会議は、
さらに――混沌の深みへと、踏み込んでいく。




