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エピソード10:地獄への日没

タウロスの町の異変を解決したガーデラ達。

しかしその裏では、魔王軍の勇者への警戒が強まっていた。

カラスたちを放ったリヴァーネは、踵を返し、静かにバルコニーを後にした。

自室へ続く回廊を、彼女は足音一つ立てずに進む。

やがて扉を開き、灯りの落ちた私室へ入ると、外套を脱ぎ、机の前に腰を下ろした。


「さてと、厄災七幹(パンデラズ)はこれでよし。少なくとも今夜中には、全員そろうでしょう」

「後は……」

リヴァーネは一瞬だけ言葉を切り、懐に手を伸ばす。

取り出したのは、淡く光を宿す遠隔水晶。


「...あの子を呼ばないとね」

水晶に、静かに魔力を流し込む。

光が脈打つように強まり、室内の影が揺れた。






一方そのころ、

ガーデラとフランズは鉱山の中で鉱石を運び出していた。

壁に半ば埋もれたものも、床に転がる欠片も、天井近くに顔を出した結晶も見逃さない。


掘る。

抱える。

運ぶ。

外へ出す。

ただそれだけを、機械のように、しかし異様な熱量で繰り返していた。


「フランズ! そこ! 壁の奥よ! ほら、まだ光ってる!見逃しちゃだめよ!」

「無論だ!一片のかけらも残さず、ここら一帯空にしてくれる!」

ガツン、とつるはしが岩肌を叩く音が洞窟に響く。


「ふふ……ふふふ……」

ガーデラは鉱石を抱えたまま、にやりと口角を吊り上げた。

「これ全部、金貨に換えたら……」

頭の中で、金貨がじゃらじゃらと積み上がっていく音がする。

「いったい……どれくらいの……えへへへ……」

欲望と金に目がくらみ、無意識に笑いが漏れる。

その表情は、勇者とその仲間というには、あまりにも汚かった。


その光景を、メルザは少し離れた場所から眺めていた。

呆れと疲労が入り混じった、何とも言えない表情で。

「昨日あれだけボロボロだったのに...どっからあんな体力が出てくるんですか...」

深いため息をひとつ。


その時、

カバンの奥から、かすかな振動が伝わってくる。

「……?」

メルザは眉をひそめ、カバンに手を突っ込む。

取り出したのは、遠隔水晶だった。

淡い光を放ち、かすかに震えている。


「これは!」

反射的に、メルザは駆け出していた。

「テ、テラ様!テラ様!」

「なによメル、悪いけど今忙しいのよ!」

ガーデラは壁に向かってつるはしを振りながら、振り返りもせずに答える。

「ほら、ここ! この奥! 埋まってる鉱石が全然取れなくて――」


「んなことやってる場合じゃないですよ!通信です!水晶に誰か掛けてきてるんです!」

メルザは一歩踏み込み、声を張り上げた。

「...え?」

ようやく手を止め、ガーデラが振り返る。

メルザが突き出した水晶を見て、目を見開いた。


「え、ホントだ!なんで!?私昨日ちゃんと報告したのに!」

「...と、とりあえず早く出ないと!」

混乱した声で言いながらも、ガーデラの表情が一気に引き締まる。

「フランズ!」

「ん?なんだ?」

「えっと...私、ちょっと休憩してくるわね」

「ああ分かった」

一切疑わないフランズの返事を背に、二人はそそくさとフランズの視界から外れる位置へ移動する。


鉱山の影に身を隠した瞬間、二人は変装を解き、魔族本来の姿に戻る。

「いったい誰なんでしょう?」

「さぁ、心当たりが全くないわ」

ガーデラは小さく息を整え、遠隔水晶の応答ボタンに触れた。

光が強まり、像が結ばれる。

映し出されたのは、椅子に腰かける女性の魔族の姿...


「あ、リヴァーネ!」

『久しぶりね、ガーデラ』

穏やかで、しかしどこか仕事の匂いを帯びた声が、

水晶越しに静かに響いた。


「あなたから掛けてくるなんて珍しいわね。何か用事でもあるの?」

『ええ、魔王様から重大な用事があるわ』

その一言で、ガーデラの眉がぴくりと動いた。

「魔王様から?」

『今夜、魔王城で会議を行うことになったわ』

「会議?...一体何の会議よ?」

『勇者についてよ』


「....え?」

一瞬、思考が止まった。

『今回の勇者は、今までと比べてもかなりの強者...もしもの時も想定して、今のうちに対策を練った方がいいとお考えになったわ』


その瞬間、

ガーデラの内心で、警鐘という名の鐘がフルスイングで鳴り響いた。

(……いや、いやいやいやいやいやいや!?)

顔は平静を装っているが、内側では大混乱だ。


(え? なんで? なんで“もう”会議!?まだ報告、二回目よ!? 二回目!!こういうのってさぁ!?普通、相場は五回目くらいからじゃない!?「そろそろ怪しいですね〜」とか言い出すの、もっと後でしょ!?なんでそんな警戒するの!?別にまだそんな大したことしー...)


ガーデラは今までの勇者としての活動を思い出す。


・ドラゴン討伐


・ミミック・ロードの討伐


※勇者になってまだ数日


(...てた!!めちゃくちゃ大したことしてた!!この短期間で! 町二つ救ってる!!なにこれ!?なにこの功績!?そりゃ警戒するわ!!どう見ても“なりたて勇者”の行動履歴じゃない!!)

胃の奥がきゅっと縮む。


『まぁ、今回の勇者がただ物じゃないってことは、ずっと傍で観察してるあなたが一番よくわかっているわよね』

「え、ええ...そうね」

(まあ私なんだけどね!その勇者私なんだけどね!傍にいるっていうか完全に0距離なんだけどね!)


『ごめんなさいね。調査で忙しい中急に掛けちゃったりして』

(すみません!!さっきまで鉱石掘ってました!血眼で!!欲望に身を任せて!!)


『今日もあなたは、今後勇者がどのように動くのかを冷静に考えていたのよね』

(金の事しか頭に入ってませんでした!脳内会議、議題はひとつ!!「これ全部売ったら金貨何枚?」冷静さ? なにそれ!?多分あの時、IQ2くらいしかありませんでした!!)


「別にいいわ。こっちはいつでも通信が来てもいいように、常に水晶を持ち歩いてるから。気にしないで」

『そう、わかったわ...と話がそれちゃった。まぁ要するに用事ってのは、会議にはあなたにも参加してもらうってことよ』

「へ?」

間の抜けた声が、思わず漏れた。


『今回の会議では、あなたがここ数日の調査で得た“勇者とその仲間の情報”が非常に重要になるわ。だから今夜、魔王城に戻ってきてちょうだい』

(ん?え?どゆこと?いや言ってる意味は分かるのよ?勇者がどんな奴かを言うってことでしょ)

(でもね、勇者は私なのよ。何?私が私の説明するってこと?もうそれただの自己PRじゃん!)


『そしてその情報をもとにして、勇者に対して今後私たちはどう動いていくかを考えるのかが、今回の会議の主な内容よ』

(私それどういう気持ちで聞いてたらいいのよ!?)

ガーデラは内心で盛大に叫びつつ、深く息を吐いた。

(...はあ。どう考えても逃げれる状況じゃないし...仕方ない。ここは腹をくくるしかない!どうにか上手いこと感づかれないように説明して、ゆったりと終わらせる)

(大丈夫、どうせ今回の会議も、魔王様と私とリヴァーネとゴルドラの4人でやるはず。下手に動揺しなければ問題なく終われる!よし!!)


「わかった。今日中に資料をまとめて今夜、メルザと一緒に魔王城に戻るわ」

『ええ、お願いね』

「それじゃあ、私は調査に戻るからこれで...」

ガーデラが通信を切ろうと指を伸ばしたその時。


『あ、ちょっと待って』

「ん?どうしたの?まだ何か用事が?」

『ええ、一応伝えておかないといけないと思って...今回の会議厄災七幹(パンデラズ)全員招集しているから、その分の資料もお願い』


「......ん?」

ガーデラの思考が、完全に停止した。

「......ごめんなさいリヴァーネ、どうやら水晶の調子が悪いみたい。もう一度言ってもらえる?」

『今回の会議、厄災七幹(パンデラズ)招集しているから、その分の資料もお願い』


「......ははは、リヴァーネ。流石にその冗談は笑えな...」

ガーデラはチラッと水晶を見る。

リヴァーネの表情は、冷静・堅実・冗談ゼロ。


「...え?...マジ?」

『マジ』

厄災七幹(パンデラズ)が?」

『ええ』

「全員?」

『ええ』


次の瞬間。

ガーデラはフラッと後ろに倒れる。

「ガーデラ様!」

「あ...あ..ああ」

目は上向きになり、体はピクピクと小刻みに痙攣している。

「ガーデラ様!しっかりしてください!」


『まぁ、あなたの気持ちも分かるわ』

リヴァーネは涼しい声で続ける。

『あいつら、絡まれると結構めんどくさいもの。正直、私もあまり会いたくないわ』

『でも安心しなさい。別に大したことはしなくていいわ。あなたはただ、勇者の情報を提示すればいいだけ。たったそれだけでいい。その後は私が上手いこと進めておくから』


「......」

『聞いてる?』

ガーデラは倒れたまま反応しない。

『まぁいいわ』

リヴァーネは淡々と続ける。

『じゃあ、私は準備があるから切るわ。くれぐれも、遅れないようにね』


『メルザ』

「は、はい!」

『しっかりとガーデラを魔王城まで送るのよ』

「承知いたしました」

『それじゃ、また魔王城で』

通信は切れ、水晶から光が消えた。






メルザはガーデラのほうに視線を向ける。

「ガ...ガーデラ様...大丈夫ですか?」

するとガーデラはゆっくりと体を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。


「...ガーデラ様?」

そして、見つけたつるはしを手に取ると、彼女は勢いよく立ち上がり、

「フランズお待たせ―!さぁ!続きを始めましょう!」

そしてそのまま、全力ダッシュで坑道の奥――鉱脈の楽園へ向かおうとする。


「ちょちょちょちょちょちょ!?」

メルザが慌てて止める。

「何考えてるんですか!?なに何事もなかったかのように採掘再開しようとしてるんですか!?」

「え、なんでー?」

ガーデラは首を傾げ、きょとんとした顔で言う。

「ほらほら!早くしないと日が暮れるわよ!」


「そんなことしてる場合じゃないでしょ!?今のうちに会議について考えないと!」

「かいぎ?何それ?わかんなあい♪」

「”わかんなあい♪”じゃないです。現実逃避しないでください!ちゃんと向き合って、真剣に考えて、それから...」


「...メルザ」

不意に、ガーデラは真剣な声で名前を呼んだ。

ガーデラはメルザの両肩に手を乗せ、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「お願い...今だけ...今だけでいいから忘れさせて...会議のことも...厄災七幹(パンデラズ)のことも...」


一瞬、言葉が途切れる。

「じゃないと...死ぬ...私、ストレスで死んじゃう。」

口元は笑っている。

だが、その目は今にも泣き出しそうで、体はプルプルと震えている。


(あ...やばい...これマジのやつだ)

メルザは一瞬だけ逡巡し、やがて小さく息を吐いた。

「わ、わかりました。では...今だけは忘れましょう。ただ、夕方くらいには考えましょうね...」

「うん...ありがとう」

そうして、二人は鉱山へ戻っていく。


(今だけ...今だけ忘れろ!そうだ、考えなくていい!欲望に身を任せろ!)

「フランズー!待たせたわね!」

「見ろテラ殿!こんな大量に出てきたぞ!」

フランズは得意満面で、積み上げられた鉱石の山を指す。


「わーすごいわね!これだけで一体いくらになるのかしら?」

(必死にテンション上げてるこの人...)

「そうだな...そこらへんは鑑定士と()()せねばわからんな」

「相談?」

「ああ相談だ」

「テラ様?」


(相談...話し合い...討論...会議...会議)

「ゴブァ!!(吐血)」

「テラ様ー!?!?」

「ん?どうしたテラ殿?」

「あ、いやいやなななな何でもないわよ!気にしないで!」


「そうか……」

フランズは特に気にした様子もなく、

つるはしを肩に担ぎ直した。

「それにしても、腹が減ったな」

「そ、そうね。そろそろ昼食にしましょう。フランズ、あなた何食べたい?」


「うーん...今日は()()の気分だな!」

「ゴブァ!!(吐血)」

「テラ様ー!?!?」

二度目の吐血は、もはや芸術点が高かった。





夕刻、

ガーデラ達は鉱山を尽くし、町の鑑定所で換金を行っていた。

「いやぁありがとうございます!これだけあれば、この町発展することができます!」

鑑定士は目を輝かせながら、鉱石を抱える。

「ではこちらの鉱石、すべて換金でよろしいですね?」


「ああそうしてくれ」

すると、鈍い金属音とともに、台車が運ばれてくる。

その上には、二人の身長を軽く超える金貨の山。


「な!?」

「ええ!?こんなに!?」

メルザは思わず後ずさる。

「お、おい!ホントにもらっていいんだろうな?」

フランズが若干引き気味に聞く。


「もちろんです!持ってっちゃってください!この町では金貨よりも鉱石のほうが価値があるんで!」

「どうなってるんだここの経済状況は...」

鑑定士の満面の笑みにフランズは遠い目をする。


「ところで...」

鑑定士はふと、部屋の隅を指差した。

「勇者様はどうされたんですか?店に入ってからずっとあの様子ですけど?」

そこには、壁際で小さくしゃがみ込み、膝を抱え、うつむきながら、ブツブツと何かを呟くガーデラがいた。


「それが、我にもさっぱりわからんのだ。話しかけても全く反応しなくなったし」

メルザは一瞬言葉を失なったが、急いでフォローに入る。

「お、おそらく疲れているだけです!ほら、昨日の傷が癒えてないのに鉱石を掘り続けていたので!」

「そういうものなのか?」

「そういうものなんです!」


「ささ、早く宿に戻りましょう。私たちも休まないといけませんし」

「ああ、そうだな」

フランズは頷き、ふと金貨の山を見下ろした。

「ところで、この金貨はどうするのだ?」

「それは...フランズさんが持って行ってください」

「え?我が?これ全部?」

「私はガーデラ様を支えて行かないといけませんので...頑張ってください」


「さあテラ様、宿に帰りますよ」

「......あい」

ガーデラは魂の半分を落としたまま、メルザに肩を支えられ、ふらふらと鑑定所を後にした。

残されたフランズは、目の前にそびえる金貨の山を見つめた。

「....台車ってあるか?」






夜。

宿はすっかり静まり返り、聞こえるのは、どこかの部屋から漏れてくる規則正しい寝息だけだった。

ガーデラたちは、それぞれベッドに横になっていた。

しかし、フランズの寝息が完全に安定したのを確認してから、メルザはそっと身を起こし、ガーデラのベッドへと歩み寄る。


「ガーデラ様、フランズさんが寝ました。今のうちに行きましょう」

返事はない。

「...寝たふりですか?」

「...いいえ、分かってるわ」

ゆっくりと体を起こすと、乱れた髪を指で整える。

その動きは妙に落ち着いていた。


「...覚悟は、できましたか?」

「全然...でもやるしかないでしょ。どうやったって逃げられないんだから」

「そうですね」

ガーデラはぐっと拳を握り、表情を引き締める。

「もうこうなったらやけよ!厄災七幹(パンデラズ)だろうが何であろうが、絶対に隠しきって見せる!」

「私の人生、こんなとこで終わらせないんだから!」


「すごい...流石ですガーデラ様!」

メルザが尊敬の眼差しを向ける――が。

ガーデラの脚は、ガクガクと正直すぎるほど震えていた。

「...脚以外は」

「しょうがないでしょ!怖いんだもの!!」


二人はフランズに気づかれないように宿を出た。

ガーデラは剣を布で巻き、全体を包んだ。

「とりあえず……これでいいでしょう」

メルザは足元から魔法陣を展開する。

「ガーデラ様、準備できました。いつでも魔王城に移動できます」


「よし」

目を閉じて深く深呼吸をする。


――逃げるな。

――隠せ。

――生き延びろ。


「それじゃあ行こうかしら....地獄へ」

次の瞬間、魔法陣の光が夜を切り裂き、二人の姿は、音もなくその場から消え去った。




魔王城。

果てが見えぬほど長く続く回廊を、リヴァーネは一人、足音を響かせながら歩いていた。

「わざわざ出迎えに行くのかい?」

不意に背後から、気の抜けた声がかかる。


振り返ると、柱にもたれかかるようにして立っていたのはゴルドラだった。

相変わらず、緊張感の欠片もない。

「ホント好きだねぇ、ガーデラ君のこと」

「……別に、そんなんじゃないわ」

リヴァーネは足を止めず、淡々と言い返す。


「ただ、そうした方が効率がいいだけよ。早く始めれば、その分余裕ができる」

「ふーん、そうですか」

ゴルドラは肩をすくめる。

「それよりも...あいつらは来てるの?」


その問いに、ゴルドラは少しだけ表情を変えた。

軽薄さはそのままに、どこか含みのある声音で答える。

「安心しなよ。厄災七幹(パンデラズ)は野蛮な奴らだけど、時間くらいは守るさ」

「全員......そろってるよ」


その言葉が落ちた瞬間、回廊の空気が、わずかに重くなったように感じられた。

魔王城の奥、会議の間では、それらは静かに席について待っている。

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