第二章「真紅と黒剣交わる時」
「……なんか、やっぱりヤバい気がする……」
赤い口紅を塗り直し、私は森の奥へと足を踏み入れていた。先ほどの狼とは比にならない、重く、冷たい気配が風に混じってチクチクと肌を刺す。
木々の間を抜けた先。そこにいたのは──見たこともない巨大な魔物だった。いや、私の世界には魔物はいないんだけどさ!
体長は3メートルを超えると思う。全身を黒い鱗に覆われ、長い尾を振り回すトカゲのような魔獣。口からは黒い瘴気が漏れ出し、足元の草木が一瞬で枯れていく。その様をみて、私もこうなるんじゃ?と思い、震えが止まらない。
「こ、これは無理なやつ……!」
一歩引いたその瞬間、魔獣の目が私を捕えた。咆哮とともに私に向かって突進してくる。避ける暇もなく、その巨体が私に迫る。
「やばっ――!」
ドンッ!という重い音とともに、私は吹き飛ばされ、地面にゴロゴロと転がった。衝撃で息ができない。頭がグラグラして視界が揺れる。力が入らない。
「ダメだ……ここまで、なのかな……」
朦朧とする意識の中、魔獣が爪を振り上げたその瞬間――
「今、助けるから!」
少しハスキーな鋭い声とともに、黒の閃光が魔獣の腕をはじいた。
「え……?」
私の目の前に立ちはだかるのは、一人の女剣士。漆黒の鎧に身を包み、腰の剣を抜いた姿は凛として美しい。紅い髪は頭上で無造作に縛られ、金色の目は鋭く、それでいて静かな決意を宿していた。
「ケガしてるなら動くな。あとは私がやる」
「だ、誰……?」
「ソニア。魔物狩りよ」
ソニアと名乗った女剣士は、私を見ながらもすでに次の攻撃に移っていた。魔獣の攻撃を的確に受け流し、黒い剣で反撃を仕掛ける。
しかし魔獣には届かない。
「硬い……っ!」
鱗が分厚すぎて、剣が浅くしか刺さらないらしい。何度も斬りつけていくが、魔獣にとどめを刺す事が出来ないらしい。
「私だけじゃ削りきれない……魔法使える?」
「え、わ、私!? 魔法使いっていうか…ちょっと使えるけど……!」
「いい、十分よ。それで援護してみてよ!無いよりはマシでしょ!」
ソニアさんのその言葉に、私は震える手で口紅を取り出す。やらなきゃ殺られる。ソニアさんも私も、ここで人生が終わる。
震える手で唇にひと塗り。色は青――“氷”だ。
「凍れぇぇえええ!」
私の叫びとともに、口から放たれた冷気が魔獣の脚を覆った。本当に一瞬だが、動きが鈍る。
「今だ!」
ソニアさんが渾身の一撃を魔獣の右脚へ振り下ろす。凍った鱗が砕け、肉を裂く感触が走る。
ソニアさんが放った一撃に、魔獣が怒りの咆哮を上げ、尾を振るう。その衝撃でソニアさんが弾き飛ばされた。だが、彼女はすぐに起き上がって次の一手を繰り出す。
「まだよ!もっと、もっと力を……!」
「わかった、次はこれ!」
私は再び口紅を塗る。攻撃出来そうな魔法を考えると、今度は紫に染まる唇。――“毒”だ。
私の周りから、小さな魔法の毒矢が放たれ、魔獣の肩に次々と突き刺さる。毒がじわじわと効いているのか、魔獣の動きが鈍くなった。
「ソニアさん、今だよ!!」
「任せなさい!」
ソニアが地面を蹴って一気に間合いを詰める。今度の一撃は狙いすました心臓。
ソニアさんの一撃が心臓に届くように祈りながら、私は口紅を塗った。灼熱ですべてを焼き尽くすような赤が唇に走る。
「援護する!燃えてぇぇえええ!!」
剣が振り下ろされる刹那、灼熱の炎が黒剣にまとわりつく。
火を帯びたソニアの剣が、魔獣の胸に深く突き刺さった。
ドォンッ!!
大きな音と共に炎が爆ぜる。咆哮が響き、魔獣の身体が大きく揺れたあと、音を立てて崩れ落ちた。
静寂が戻る森。倒れた魔獣の前に、二人の影が並ぶ。
「え……倒した……?」
「ええ、助かったわ。援護ありがとう」
ソニアさんがは剣を収め、私に微笑みかけた。その横顔は美しく、どこか誇り高く見えた。




