8話 村に灯る朝
翌朝。昨夜の喧噪が嘘のように、村には静かな朝日が差し込んでいた。
地面にはウルフたちとの戦闘でできた爪痕や、折れた林檎樹、穴が空いた民家など様々な箇所に昨日の凄惨な襲撃痕が残っていた。けれど、それを見つめる村人達の表情には、絶望ではなく、不思議な希望があった。
「……意外と、壊れてないな」
「ダイヤウルフが7体も来てこの程度で済むって……奇跡だぞ」
教会跡の裏で、輪がナビ子とともに屋台の修復に取り掛かっていた。クルマ本体は無事だったが、変形と戦闘の影響で外装の一部が凹み、車体には無数の爪痕。板金屋に修理でも出そう物なら、その請求書を想像して輪は生唾を飲み込む。
『夜明け前に最適化処理を施しました。修復完了率、93%。外装は昼までには修理完了します、御安心を。スズメ・ライフは戦闘後のフォローも完璧です』
「すごいな……お前ほんとにナビなのか?」
『スズメ社製多機能支援AIです』
解答になっていない。
朝靄の中、そこへバケツと雑巾を持って現れたのはカトリナだった。
「おはようございます店長さん!あっ、もう直ってきてるんですね!」
彼女の顔には疲れが見えたが、それ以上に晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「……おはよう。体、大丈夫だったか?」
「はいっ!あの、今日はちゃんと手伝わせてください。わたし、昨日は……何もできなかったから……」
輪は言葉を飲み込んだ。昨夜、カトリナが子供を庇った姿が脳裏をよぎる。
「……十分すぎるほど、やってくれたよ」
その言葉に、カトリナは照れたように笑いながら、車体の側面をぽんぽんと撫でた。
「それにしても……本当に不思議です。“クルマ”でしたっけ……?昨日、命を助けてくれたこの子に……お礼を言いたくて」
「この子って」
『その認識、悪くありません』
「お前も乗るなよ」
そんなやりとりをしていたその時、村人たちが集まり始めた。何人かは菓子や果物を手にしていた。
「あの……これ、お礼に……昨日は本当にありがとうございました」
最初に声をかけてきたのは、カトリナが以前働いていた林檎農家の母親だった。輪に深く頭を下げた後、カトリナにも向き直る。
「うちの子たちを……ありがとう。あの子たちは、あなたのお陰で無事でした」
「……いえ、そんな……店長さんと、クルマのお陰です!」
顔を真っ赤にしながら慌てるカトリナの様子に、輪も肩の力が抜けたように笑った。
村人たちの態度は、明らかに変わっていた。昨日までどこかよそ者を見るような警戒を滲ませていた視線は、今や好奇心と感謝に満ちていた。
その中で、一人の年配の男がクルマをじっと見つめながら言った。
「……これは、魔導具かのう?」
その声に、村人たちの視線が一斉に車、ワゴンRに向けられる。輪の心臓がどくりと跳ねた。
「魔導具とは……?」
まずい、と思った瞬間、村長が前に出て口を開いた。
「これは恐らく、魔石を使って動く土塊……ゴーレムの一種じゃろう。形状を変える魔導具……珍しいが、記録にはある」
「え?」
輪が目を見開いた瞬間、村長は更に続けた。
「しかしそれにしても形を変える鉄の魔導具とは珍しい。もしやこれは人や物を運べますかな?」
輪は──ほんの一瞬だけ逡巡したが、すぐにドヤ顔を作って答えた。
「その為のものですから」
ナビ子が無言で照明を点滅させたのは、明らかに『調子に乗るな』というサインだった。
それでも、輪にとっては願ってもない展開だった。車という存在を隠さずに済むどころか、“魔導具クルマ”として公然と使用できるようになったのだから。
「では、改めて頼もう。村の復旧作業に、この“鉄のゴーレム”を使わせてもらえんかの」
『誰が土塊ですか、このヒゲ、坊主』
「もちろんです。木材でも石材でも、どんと来いです」
『いえ困ります。わたしは荷物を運ぶ為の車両です。木材などは建築用運搬車両の役目──』
* * *
それからの数日、輪は移動販売車としてパンやおにぎりを売りつつ、復興作業にも積極的に加わった。
クルマの荷台に切り出した木材を積み、村の広場に運ぶ。ナビ子は何度も『あぁ荷台に大鋸屑が、泥が、石屑が』と嘆いていたが気にしないでおく。
村の男たちが家屋の補修や折れた果樹の伐採をを行い、女たちは炊き出しを準備していた。
「店長さん、こっち運びますね!」
「あぁ頼む!」
カトリナはいつもと同じディアンドル風の服で、力強く働いていた。村の子供たちに自身で握ったおにぎりを配る懸命な姿は、まるで本当の看板娘のようだった。
町の懐事情を気にしておにぎり1個銅貨1枚に設定したお陰で見返りは薄いが、薄利多売の精神。
『がるるるるる……』
ナビ子はエンジン音と同時に不満を爆発させるよう唸っていた。
* * *
そして、ダイヤウルフ襲撃から五日目の夜。
久々に宿屋で体と作業着を徹底的に洗い、さっぱりとした輪は、廃協会近くの広場に停めた車内でナビ子のステータス画面を確認していた。
『車両レベル:10到達。新機能“戦闘車両モード”解禁条件を満たしました』
「ついに、ここまで来たか……」
輪がぼそりと呟いたその時、コンコンと控えめに車体の窓ををノックする音がした。
窓越しにカトリナがゆるふわにウェーブがかった髪をいじっていた。彼女も入浴後なのか髪がしっとりしており、頬や首筋が火照っている。
急いで輪は運転手席の窓を開けた。
「店長さん……すみません、今いいですか?」
いつもの元気さとは違い、どこか神妙な顔をしていた。
「中、どうぞ」
「……失礼します」
身を乗り出して助手席の扉を開ける。それから輪が助手席を示すと、カトリナは前から回り込んで車内に入った。そして車内を見渡しながら驚きの声を上げた。
「な、なんですかここ……魔導具って、こんなに中が広いんですか!?」
「楽しさを積もうが売りだからな。広々してるんだ」
輪が苦笑すると、カトリナはそっと車内の壁をぽんぽんと叩いた。
「……あの、実は……わたし、この村の出身じゃないんです。もっと北の方の、寒いところで……」
輪は少しだけ身を乗り出す。
「違う村?」
「はい。わたしの村は……魔獣に滅ぼされました。全部、焼かれて……誰も、残りませんでした。わたし一人だけが……」
ディアンドルの裾を目一杯握り締めて絞り出されたその声。けれど、しっかりと届いた。
「だから……あの時、また守れなかったらって……怖くて。でも、今度は守れた。店長さんと、このクルマさんのお陰で……だから、ありがとう、です」
頬を赤く染めながら、カトリナは照れたように笑った。
「……また明日、頑張りますから!店長さん、おやすみなさいっ!」
そう言って、彼女は大きく腕を振りながら跳ねるように宿へと帰っていった。
静まり返った車内で、輪は呆けたように呟く。
「だってよ……」
『スズメ・ライフの力は、こんなものではありませんよ。車より楽しいクルマですから』
ナビ子の声に、思わず吹き出した。
「……ああ、そうだな。じゃあ、次は──討伐か」
夕暮れの空の下、車の中に小さな決意の灯がともった。
如何でしたでしょうか、初戦闘がようやく終了し、戦闘車両もお披露目出来ました。というか戦闘描写難しい……。
感想、レビュー、ブックマークして頂けると今後の執筆活動の励みになります。宜しくお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけると励みになりますので、推して頂けると嬉しいです。