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75話 ケジメ

 ターロスが討伐されたという報を受けて半日。

 夜は屋敷の窓から漏れる燭光だけを頼りに、屋敷内を薄く染めていた。暖炉の火は小さく揺れ、机の上には町の改修案や輸送リスト、掘り返す予定である洞窟の地図が散らばっている。

 景色が良いという単純な理由で町の中でも小高い地点に建てられた町長の邸宅。窓の外では海鳴りが遠く、規則正しく砂を打つ音が聞こえた。


 魔鉱石の洞窟が出現してから取引を始めた、派手目な若い風貌の商人は革手袋を外し、にやけた口元を隠せない。

 かくいう町長も、額の汗をハンカチで拭いながら、溢れんばかりの笑み。1番の問題がつい先程、他社の手によって片付いたのだ。更に損害は町のみ。自身には何の損害もない。これが笑わずにいれようか。


「どうやら──ゴーレムは討たれたようでございます。幸いでございました」


 小太りの町長は机に肘を乗せ、組んだ手に二重、三重になるほど脂肪を蓄えた顎を乗せる。にやりと笑った。脂の乗った腹が書類に触れて、薄くしわがよる。瞳の奥には亡者の輝き、計算と欲望。


「止まったのか……ふん、このワシに牙を剥こうとしおって。最後まで生意気な魔女だったわ」

「そうでございますな。魔鉱石を徹底的に掘り返せば、王都への提出金も──」


 商人は嬉々として続きを口にしようとしたが、町長は言葉を遮って手を鳴らした。

 部下たちの疲れ切った寝息が二階から聞こえ、屋敷には油断が満ちている。町長はそれをありがたく思い、ほくそ笑んだ。


「町の損害はな──王都に“魔女の反逆による被害”とでも申請すれば、今年の納税どころか補修金は惜しみなく取れる。むしろこの惨状を利用してやろう」

「良い資金源になりますなあ。流石です」


 帳簿をめくる音、蝋が滴る小さな音。商人が口にした賛美の言葉で、町長は気を良くし、ふんぞりかえる。


「そういえば、物資を運んでた小僧ども──あの研究者も気に入らんが、その横にいた銀髪の女──あれはワシ好みの上物。体付きも申し分ない。ゴーレムとの戦闘で負傷していれば、このワシの邸宅で療養させるのもやぶさかではないのう」

「かの知れた暴迅といえど、あのゴーレムとの戦闘で無傷では済みますまい。もし良ければ、俺の商品にあります、媚薬や眠剤もお持ちしましょうか」


 それは良いと下衆な高笑いをしつつ膝を叩く。馬鹿な冒険者であれば金に目がない。上級冒険者とて変わらない。報酬と寝床、提供すれば我が物に出来るやも知れない。

 艶やかな黒い服に包まれた暴迅の肢体を思い起こし、町長の笑みは更に口角を上げる。


「馬鹿で愚かな女……それに民。ここを先導するワシの身にもなって欲しいのう。疲れるんじゃこれが」

「して町長、俺の渡した魔鉱石は、役に立ちましたか?」


 したり顔の若造。町長は相手の成果に触れないように会話をしていたが、ゴーレムから身を隠す撹乱の魔力が込められた魔鉱石、商人から受け取った物に話題が移り、思わず舌打ち。


「効果があったかは分からんがの」

「それは無理がありますよぉ。貴方の家、ゴーレムが首をキョロキョロして探してたのは分かっていたでしょう?恨まれて来たゴーレムに怯えて震えてた町長はん?」


 徐々に剥がれる生真面目な仮面。したり顔になっていく表情と口調に少し違和感があるが、町長はそれ以上に若者の口調に額へ青筋が浮かぶ程怒りを露わにしていた。

 ただの商人風情が。苦労人である自分に向かって怯えていた等と戯言を。


 怒鳴り散らそうかという時、下の階が急に騒がしくなる。



 怒声、怒号。

 自身の部下ながら柄の悪い底辺共の威嚇。その直後に陶器が割れ、木材の砕ける音。建物を揺する程の衝撃。何度も建物内で物騒な物音が木霊し、徐々に近づいて来る。



「なんだてめぇはぁ!」


 2階にある町長邸の応接間、重厚に作られた木造の扉の前にいた武闘派の部下のドスの効いた声。扉越しながら緊張感に、町長は喉を鳴らす。


 数秒の沈黙。思わず目の前の商人と目を合わせる。逃げるか、2階からでは風魔法などの補助が無ければ危険を伴う。ここは角部屋で出口は重厚な扉一つのみ。

 自身が交渉相手の退路を断ち、部下と囲んで有効に交渉を進める筈の部屋が、今は逃げ場のない檻と化していた。



 ──扉が真っ二つに粉砕され、力無く床に崩れ落ちる。

 扉の向こうから現れたのは、先程町長が口にした物資補給班の男。上級冒険者を連れ町に現れ、自分の預かり知らぬ場所で、町民に対し配給まで行っていた魔導具使い。


「よぉ、クソ野郎」


 初対面の時とは違う、明らかに敵意を込めた視線。苛立ちを隠さず、震えた低い声は町長の肝を震え上がらせる。

 片腕で失神し伸びた大の男を引き摺っている。引き摺られた男の顔は腫れ上がり、目は半開きで血の混じった泡を噴いていた。


 場内の空気が一瞬にして凍る。

 その中でも町長は剥き出しの敵意に頬を引き攣らせつつ、顔色を伺う様に両手を合わせ胡麻を擦る。長年の擦り寄り精神が癖になっていた。


「こ、これは──補給班の者ではありませんか!無事で何よりで──」


 だが輪は言葉を待たない。男の体を応接間の中央に投げ捨て、その場に立ち尽くす町長と怪しげな商人の男を見据えた。目は血走らせてはいないが、怒りが静かに渦巻いている。


「な、何をしてるんだ貴様!」

「こっちの台詞だ」


 蹴り破られた扉、背後から部下が棍棒を掴み、殴りかかろうとする。だが輪は一歩も動かず、軽く右腕を引くだけで木製の棍棒は容易く折れた。粉を吹くような甲高い音と共に、持っていた者は顔面を殴られ、壁に叩きつけられて、体は脱力。


「貴様ぁ!町の長の敷地内でのその振る舞い!反逆罪に当たるぞ!」

「罪?裁いてみろよ──裁けるもんならな」


 町長の声は必死に高くなる。皺の寄った額から汗が滴り、脂汗が襟元を濡らす。

 だが輪は一歩も揺るがない。床に倒れた男の呻きに耳を貸さず、輪は町長へとゆっくり近づいた。


 横にいた商人が杖を掲げ、長々と呪文を紡ぎ始める。


「炎よ、火球となりて──」


 詠唱の途中、左足の鋭い蹴りが商人の土手腹に突き刺さる。詠唱の声は嗄れ、商人は吐き出すように呻いてそのまま膝をつき、気を失った。


「おい」


 輪の低い声が屋敷内に響いた。町長は震え上がり、椅子に掴まって後ろへよろめく。


「ひぃぃぃ!」


 輪は無言で、床に引きずり出した部下の肩を掴むと、町長にぐっと近づいた。その顔は冷たく、だが怒りは滾っていた。


「来い。お前には行かなきゃいけない所があるんだよ」


 町長の声は裏返り、哀願の音に変わる。緊張により息切れ、「や、やめ──」と声が中々出ない。


 蝋燭の火が揺れる。海風が窓の隙間から入り込み、書類をさざ波のように揺らす。輪は町長の襟首を掴み、部屋の出口へと歩き出した。後方には、数名の取り巻きの呻き声が残った。


 外へ出ると、夜の冷気が肌を洗う。海の匂いと、焼けた砂の匂いが混じり合い、輪は短く息を吐いた。朝までに決めるべきことが、彼の胸の中で静かに膨れ上がっていた。

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― 新着の感想 ―
町長を発見。商人の手助けもあって見つからない状態だったのか。 逃げていればこんなことにはならなかったのにw ざまぁ展開‼️ (´ε`) しかし、思っていた以上の力業&強硬策で来ましたね。 これって制…
 お邪魔しています。  町長の悪逆非道さがよく分かります。傍にいた商人が裏で糸を引いていたような感じもしました。そこに現れた輪さんの怒りはとってもよく分かります。  今回の場面、町長側の状況をまった…
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