68話 水星
漸く立ち上った煙幕。
魔鉱石入りのそれがゴーレム達の視界を奪い、数多の列が柵に何度も体を打ちつけながら、制限された道を通る。
「頑張れ!踏ん張るんだ!」
町民達が背中を柵に押し付け、崩壊を少しでも遅らせようともがく。その働きが無ければ、急拵えの防波堤は直ぐに瓦解していただろう。
冒険者たちが盾を構えて支え、町人たちがその横で必死に丸太を押さえる。火花を散らす衝撃と、きしむ音。
崩れ落ちそうになる度に誰かが叫び、別の誰かが踏ん張った。
やがて、耐えきれなくなった柵の隙間から、二体三体と姿を現すゴーレム。
冒険者たちが待ち受け、手にした得物、剣や槍を砂で構成された体に突き立てる。
「今だ、押し返せ!」
「足を狙え!転ばせろ!」
盾で体当たりし、槍で脚部を抉り、転倒したところへ剣を突き込む。硬い石の皮膚に火花が散り、金属が悲鳴を上げた。
ゴーレムは倒れてもなお腕を振り回し、冒険者を叩き飛ばそうと暴れ回る。一体一体が丈夫な上に頑強。更にそれが無尽蔵に湧いて来る。厄介な事この上ない。
廃材で出来た迷路を抜けた土塊もいる。その先にも冒険者達が待ち受けている。数が制限され戦い易くはあるが、冒険者達も人間、体力は限りある。
輪はMINIMIを乱射し、少しでも敵の数を減らそうと前列のゴーレムを薙ぎ払う。だが撃ち倒しても後から次々に這い出てくる。
銃口を動かすたびに、背後から人々の汗と声が押し寄せてきた。
その最中、漆黒のローブに身を包んだ長身の色男、ケセドが淡々と告げる。
「そこの壁を押さえている者達を退かしてくれ」
「はぁ!? ここで下げたら一気に崩れるぞ!」
「良いから、退くんだ」
しかしケセドは表情を変えず、短い木製の杖を軽く掲げる。その姿はまるで、これから曲を奏でる奏者達を前にした指揮者。
「……知っているかな?水魔法は全属性の中で底辺と言われている」
その語り、眼光に洞窟入り口前で柵を堰き止めていた者達は息を呑む。
願いではなく命令、それを感じ取ったのか、柵を押さえていた面々が一人、また一人と退く。支えを失った柵は脆く、土塊達の重量で大きく傾き、崩壊。
「理由は簡単。戦闘に不向きだからさ。水で押し飛ばす、水を出現させる、泡で撹乱する……無能な先人はその程度しか用途が見出せなかった」
「僕は水魔法以外はからっきしだが──水に関しては唯一抜きん出ている」
二つ名、水星。その掲げられた木製の杖の先端が蒼く輝き、夕暮れの空に輝く。
「これぞ──水の骨頂」
ケセドの杖の先から、青の奔流が噴き上がる。空を裂き、洞窟の入口一帯に横に長い、巨大な水球が広がった。そこから零れたのは、雨粒。
──水星。
巨大な質量の水を極限まで圧縮した、一滴。小さな雫が打つ付ける滝の如き威力を秘めている。
雨粒のように落ちた雫が、ゴーレムの頭部に触れた瞬間、体を容易く抉り取った。次々に降り注ぐ水滴が群れを潰し、通路に無残な残骸を積み上げていく。
「うおおお……!」
「頭が……あれ一滴で……!」
人々が息を呑む中、洞窟の入り口に屯していた群れの数は大きく減少。
一粒一粒が致命傷となる雨粒。土塊達の進行を洞窟手前で堰き止める。
ただのゴーレムだけの侵攻であれば、これで片が付いた可能性もある。そんな圧倒的な個の一撃。
だが、振動が地面を伝う。
洞窟の向こうから、一際巨大な影が姿を現した。全身を淡い緑の輝きで覆った6m級のターロス。瞳孔のような窪みから怪光が灯り、口の形をした亀裂から低く響く声が洩れた。
『じゃまするな』
その言葉に、人々の膝が揺らいだ。
スマホが着信音を鳴らし、輪が通知画面を開くと、そこに受診されるメッセージ。洞窟内で白いリボンを付けたターロスと同じ様に、言葉を紡ぐ存在。
輪は銃を構え直し、渾身の連射を浴びせる。しかし弾丸は硬質な表皮に弾かれ、火花を散らすだけだった。
「硬過ぎるだろ……」
それは水星の一撃も同様。6m級からすれば、極限圧縮された雫も雨粒同様。
涼しい顔で洞窟から上半身をずるりと器用に捻り出す。
その硬度、そして洞窟内を巨体で器用に這い出して来る姿を眺めながら、ケセドは興味深そうに呟く。
「やはり無傷か。素晴らしい……ゴーレム生成の技術力は女神の名に偽りないね」
「感心してる場合か!どの攻撃も効かないぞ!」
無意味だと分かっていても攻撃の手を休める訳にはいかない。銃弾の雨が6m級に降り注ぎ、頑強な魔鉱石製の体が跳弾させる。
どう足掻いても5.56mmの弾丸では有効打を与えられない。ケセドの奥の手ですら、掻痒感を与える程度。果たしてリュシエルが到着しても、決定打になる手立てがあるのか。
その時、ナビ子の声がスマホから響いた。
『輪様、輪様』
「どうした!? 何か策でもあるのか!」
『火力が、足りないのですね。先程ゴーレムを倒した際、車両レベルが23まで上昇。解放可能な武装を表示します』
スマホの画面に表示されたLAV用の装備品欄。
MINIMI軽機関銃、衝角スパイク、サイドランチャー──どれも有効打には程遠い武装欄の下に薄い文字、加えて武装の外見が映し出される。
『こちらなど如何でしょう。スキルポイントもお安くなっております』
スマホの画面に現れた黒いシルエット。──M82対物ライフル。輪は思わず息を呑んだ。
「……これなら……」
※使用にはステータス【8】が必要です。
→現在:レベル23 所持ポイント:17
スマホの画面に表示された黒いシルエットが、確かな存在を持って現実に滲み出す。
輪が「解放」をタップした瞬間、目の前の銃座に設置されていたMINIMIが淡く光を放ち、次の瞬間には姿を消していた。
代わりに──そこに鎮座していたのは、漆黒の巨躯。
全長1.4メートルに迫る巨砲。
黒鉄の直線が真っ直ぐ伸び、先端には牙のような二段のマズルブレーキ。
銃身には冷徹なまでに規則的な放熱孔が並び、ボルトは拳ほどの大きさを持っている。
まるで「人が担ぐべきではない」と主張するかのような無骨な姿。対物の名に恥じない巨体。
輪は手を伸ばし、ストックに触れる。
冷たい金属が掌に吸い付き、ずしりとした質量が腕にのしかかる。
僅かに傾いた銃身が外の戦場を指し、獣が牙を剥くように口を開けた。
「……ゲームでしかみた事ないパート2……」
輪は小さく呟き、銃身の先を見据える。
6m級ターロス。その胸板を穿つために、この怪物はここに現れた。
『ご安心ください、輪様。ワゴンRの補助により、反動制御は最適化、射撃時の負荷は全てサポート致します』
輪は喉を鳴らしながら、手を伸ばす。
冷たい金属の感触と、ずしりと腕に沈み込む重量。
MINIMIを扱ったときの軽快さとは正反対──これは一発を撃ち出すためだけに全てが組まれた「狙撃兵器」。
ナビ子の声が響く。だが輪の掌は汗ばんでいた。
これなら──あの6m級に、風穴を開けられるかも知れない。もはや祈りに近い。これが駄目なら、打てる手立てはない。
震える指先と口元。片目を閉じ、スコープ越しにターロスの1番狙い易いであろう胸部、狙いを定める。
どんな威力、どんな反動、撃った瞬間どんな跳ね方をするか、反動で顔面に銃が当たらないか、そもそも当たるのか──不安を込めながらその指先が、引き金を絞った。
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