63話 廃材の活かし方
朝焼けの前。
港町の広場には、銀色のトラックが鎮座していた。
ワゴンR、軽自動車だった車両が変形した──小型トラックTPG。1t以上の積載が可能であり、運搬に適した形態。
銀の車体は潮風に濡れ、背後に取り付けられたコンテナは鉄骨を抱え込むように硬質な輝きを放つ。
異世界の風景にひときわ浮いたその車体を、子供から老人まで誰もが目を奪われながらも、次々と木材や瓦礫を積み込んでいく。
『再三ながら確認します。当車両は本来、物資を安全に輸送するためのものです。建物の廃材、瓦礫、ましてや釘の飛び出した梁を積み込むのは想定外で──』
ナビ子の声が胸ポケットから響き、近くの村人が目を白黒させた。
輪は「今は黙っとけ」と心の中で呟きながら、崩れた壁材を抱えてコンテナに投げ込む。木材がぶつかるたび、コンテナの中から乾いた響きが返ってくる。
埃と潮風が混ざり合い、鼻を突く匂いが広場に充満した。
「おーい、もっと後ろに詰めろ!隙間に入れちまえ!」
「子供は下がってろ!手を切るぞ!」
「はいよ、三人でいっぺんに持つぞ!」
町人たちの怒鳴り声と掛け声が響く。
大工たちは太い梁を肩で受け止め、漁師は濡れた網や杭を抱えて走り、女性陣が廃材で遊ぼうとする子供を必死に追いかけ回す。
その中で一際目を引いたのは、やはりリュシエルだった。
両腕で大人四人分の廃材を抱え、軽やかにミドルブーツのヒールを鳴らしながら足を運ぶ。
木屑がぱらぱらと溢れるが、風の魔法で器用に払飛ばしている。正に職人芸。
「相変わらず……」
その姿は、戦乙女と怪力自慢の大工を同時に兼ね備えたようで、周囲の男たちが口をあんぐり開けている。
細い肢体で何故その怪力。体に張り付くようにフィットしたライダースーツ、羽織を着た美女が目を見張る重りを苦もなく運ぶ姿は、中々見慣れることが出来ない。
「あら、何か言いまして?」
リュシエルが翡翠の瞳を細めて振り返る。靡く銀髪に光が当たり、煌めく姿は妖精のよう。
輪は思わず目を逸らしながら、手を振った。
「いえ、なんでも」
『時間に猶予は有りませんよ、輪様』
スマホからの急かす声。
揺れる羽織の間から覗くライダースーツに包まれた体の曲線に目を奪われそうになりつつも、輪は車との能力共有で上昇した身体能力を活かし、リュシエルには劣るが廃材等を運び込んでいく。
そんな時、一人の男性の町人が廃材の山を見上げて、ぽつりとつぶやいた。
「俺の家……壊れても、まだ活かせるとこがあるんだな」
体の鍛え方、服装からして漁師だろうか。家の瓦礫の前で屋根だった木材を手に取りながら、我が家の残骸を弔うように頭を下げる。
娘だろうか。背後にいた女の子が、回り込み不安げに顔を覗き込む。
「パパ、泣いてるの?」
「いや、大丈夫だ……ママのところにお行き。パパは未だ仕事をしなくちゃいけないんだ」
父親は視線を逸らし、口の端を強く結んだ。憧れの家族の家、それが潰れて、それでも前を向く。元家から柱を引き抜く事は、辛い事だろう。
その背中を見て、輪は喉が詰まる。
「……止めないとな」
これ以上女神と呼ばれた彼女が誰かを傷つける前に。自分の言葉が、自分自身への誓いのように聞こえた。
別の場所では、カトリナが子供たちに手を振っていた。
「危ないからねっ! こっちで紙折って待ってよう!」
彼女の前には、いつの間にか集まった子供の輪。
くしゃくしゃの紙切れを使って、以前子供に教わった花や鳥を折りながら、恐怖にすくむ顔を笑顔に変えていく。
「どうやって……折り紙を?」
「教わったんです、女神様から教わった子供達に!」
紙で出来たチューリップを見せながらカトリナは得意げに言う。
「折り紙を教えて回る優しい人ですから……きっと大丈夫ですよっ。店長さんの言葉、届くと思います!」
廃材を抱えた輪に、彼女はにかっと笑う。
その明るさに救われるような気がして、輪は短く「……そうだな」と返した。
教えていた美咲の事を思い出し、その明るさに、輪は一瞬だけ胸の奥を締め付けられた気がした。
* * *
「デカいの、動くと思うか?」
作業の合間、輪が問いかける。
ケセドは地図を片手に、眼鏡越しに冷ややかな光を宿した目で答えた。
「八割、動くだろうね。君が聞いたメッセージから察するに、今までも“女神”が止めていたのだろう。でももう限界だ。町を破壊しに来る」
「……だよな」
「暴走しているゴーレムを止める手段は一つ。核の停止、あるいは破壊だ」
ケセドは指で地図の湾口を叩く。
「あの巨体は全身が魔鉱石で構成されている。つまり、全身が核に近い。……破壊するには並の攻撃では足りない」
言葉の端々に、研究者特有の昂りが滲んでいた。
輪は眉をひそめ、「楽しんでるだろ」と呟きかけて飲み込む。
「動き出すのは、明日の朝か」
「巨体が魔力を充填しているのだろう。魔鉱石から。……朝まで猶予があると考えたいがね」
ケセドは口角をわずかに上げて肩をすくめた。
その軽い仕草が、逆に不吉さを増していた。
人々はなおも準備を続けていた。
漁師は重い網を担ぎ、大工は壊れた家から梁を切り出し、女たちは煮炊きの鍋を並べて労働者に湯気を届ける。
輪はその光景を眺めながら、知らず息を詰めた。
ここにいる全員が、この町を愛し守ろうとしていた。
* * *
町の端、小高い丘に聳える石造りの邸宅。
夜明け前にもかかわらず、屋敷の中は異様な騒ぎに包まれていた。
「……おい、まだ準備は整わんのか!?」
町長の怒鳴り声が大広間に響き渡る。
召使いと兵士たちが慌てふためき、馬車に箱を積み込んでいる。
だが数が足りない。
「も、申し訳ありません! 物資を積み込む馬車があと一つ確保できず……!」
「明日の朝にはゴーレムが来るのだぞ!? 急げ!わしを死なせる気か!」
町長は汗ばんだ手で机の引き出しを開け、布に包んだ小さな鉱石を取り出した。
淡い紫光を放つその塊は、まるで心臓の鼓動のように脈打っている。
「くそ……怪しい商人から買ったこの魔鉱石。魔力探知を無効化できるというが……いつまで効果があるか分からん」
額から伝う汗を乱暴に拭いながら、窓の外を睨む。
「次に奴らが来れば町は終わり……。ならば逃げるしかない……わしだけでも」
虚ろな目が映すのは、必死に戦う人々ではなく、自らの延命。
その醜悪さを照らすように、夜明けの光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
感想、レビュー、ブックマークして頂けると今後の執筆活動の励みになります。宜しくお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけると励みになりますので、推して頂けると嬉しいです。




