59話 対話
洞窟の奥、緑色の光が微かに脈打っていた。
その最前列で立ちはだかる体の節々に翡翠色の鉱石を蓄えた土塊の人形──ターロス達は、依然として奥への侵入を防ぐ砦のように微動だにしない。
「……美咲さん。遠井、美咲さん、だろ?話をしに来たんだ」
輪はゆっくりと語り掛けた。返答があるかは分からない。それでも先程メッセージが届いた事から、ターロスが誰かの意思を宿しているに違いない。
手の中のスマホが振動し、短くメッセージの受信音が響く。
『対話は、望まない。わたし達、押さえている。帰って』
短く、硬い文章。だが翻訳された言葉には切迫感が感じ取れた。
輪は眉を寄せる。押さえている──未だ姿が見えない6m級の魔鉱石で全身を構成されたゴーレムの話が頭を過ぎる。
「奥に強い魔力……風の当たり具合からして、間違いありませんわね。巨体……全身に魔力を宿している、怪物級ですわ」
リュシエルが魔鉱石より鈍く光る翠の瞳を細めながら、小さく呟く。
彼女の周囲に淡い風が渦を巻き、洞窟の奥へと流れ込む。その探るような風は、やがて険しい表情と共に戻ってきた。
「美咲さん、あの町には……貴方から折り紙を教わった子だっている。ターロス達だって、町を壊すために作ったわけじゃないだろ」
言葉を選びながら、輪は慎重に言葉を紡ぐ。
一つ一つの言葉が彼女の怒りを刺激し、ターロス達の憤怒を促す可能性がある。最悪、6mの巨体が動き始めれば何の対策も取れていない港町は今度こそ壊滅するであろう。会話一つとっても綱渡り状態。
だが、それに答える代わりに──水星が動いた。
「女神様も、簡単に通すつもりは無さそうだね」
鬼気迫る、互いの思惑が交差する中、ケセドはのらりくらりと警戒心無さげにターロスへ歩み寄る。そして最前列のターロスの一体、その表面に手を伸ばしていた。
「おい、何して……」
「いや君達、刮目したまえ!この土と鉱石の混ざり具合……素晴らしい。おや、この結晶は……やはり魔鉱石か!心臓の核のように埋め込まれて……まるで生き物だよ!」
愛おしく愛でるようにケセドの細長い指先がターロスの腕をなぞり、その硬質な感触にうっとりと目を細める。果てには身を寄せ、全身を隈無く観察、触れ、嗅ぎ、余すことなく堪能。
触れられているターロスは動かないが、その佇まいはどこか緊張しているようにも見えた。
『輪様、その土塊を撫でまくる変態を排除する許可をください。当車両が触れられた時が思い起こされ不愉快です』
輪は呆れながらも、白リボンの方へ視線を戻す。
その細いリボンが、結晶の光を受けて小さく揺れた。僅かに──ほんの僅かに、それは悲しげに見えた。
『ミサキ、会わない。早く帰──』
突如、巨大な岩同士がかち合う破砕音と振動。
洞窟奥から、地鳴りが這い寄ってくる。
緑光の結晶が振動に合わせて微かに揺れ、粉のような光がぱらぱらと崩れ落ちた。
地面が裂け、土塊が押し上がる。そこから這い出したのは、顔も表情もない無数のゴーレム。
だが最前列の個体たちと違い、節々に光る鉱石は埋め込まれていない。
ただの土と岩で作られた、無機質な兵隊──だが、その動きには明確な殺意が宿っていた。
「歓迎にしては芸がありませんわね」
リュシエルが腰の刀を抜く。刃が結晶の光を受け、翡翠色に染まった。
最初の一体が飛びかかってくるよりも早く、銀閃が走った。
一閃。数秒後、胴がゆっくりと上下に別れ、割られたゴーレムが土煙を散らしながら崩れ落ちる。
リュシエルは足を止めず、返す刃で背後の一体の首を斬り飛ばし、さらに前方へ踏み込みながら三体目の腕を切り払った。
風の渦が刀身を包み、斬撃の速度をさらに増す。
「幻影閂」
踏み込み、斬り払い、背後の足音に即座に旋回──その動きに無駄は一つもない。斬られた土塊は土砂のように崩れ、足元に積もっていく。
「ただの土塊には興味ないんだよ」
ケセドが懐から短杖を抜く。黒い木製、艶が美しい杖先に宿る冷たい青光。
彼の唇が魔法詠唱の形を作る。
「──水泡」
洞窟の空気が湿り、波打ったかと思うと、彼の杖先から泡が零れた。
その泡は一瞬で膨れ上がり、5つの泡が瞬く間に形成され、洞窟の中を所狭しと跳ね回る。跳ねた跡の足場は滑り、ゴーレムの脚を絡め取って動きを止める。
近付いたゴーレムに対しては泡が意志を持つように纏わり付き、弾けた勢いで吹き飛ばす。
「土を崩すのに、やはり水は最適解だね」
ケセドは涼しい顔で次々と水の泡を生成し、土塊へ放り投げる。
泡が弾け、吹き飛ばされ砕かれた土塊の破片が飛び散り、結晶の光に反射して流星のように落ちた。
だが、地面は再びうねる。
ずぼっという鈍い音と共に、背後から新たなゴーレムが這い出してきた。
土を撒き散らしながら立ち上がると、その腕を振りかぶり──輪に狙いを定めた。
「……っ!」
反応よりも早く、その拳が迫る。
『──マモン継承スキル:防御魔法』
ナビ子の冷ややかな声が響く瞬間、輪の視界が淡い金色の膜で覆われた。
音が消え、代わりに自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
ゴーレムの拳が膜に触れた瞬間、世界が弾けた。
目の前の土塊が、まるで見えない巨大な鎚に打たれたかのように吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、乾いた衝撃音を残して霧のように崩れ去った。
膜は数秒間だけ残り、次第に薄れ、空気に溶けていく。
輪は自分の手のひらを見下ろした。まだ熱が残っている。その感触は、自分の肉体が確実に“人間”から遠ざかっていく証。
「なにこれ」
『流石です輪様ー、さすりん』
人体改造を施している張本人は、スマホ画面から称賛の声を上げている。
今度本当にスマホを割ろうかと考えていた最中、
背後から水音と共に、ケセドが目を輝かせて近づいてくる。その顔は子供が珍しい虫を見つけた時のように輝いていた。
「素晴らしい魔法だ!火でも水でも風でも土でもない……光か闇かすら不明!是非、僕にも撃ってみてくれないか!」
「撃つか!」
「いやいや、貴重な実験だよ?ほら、この胸の辺りに──」
「近づくな変態!お前、さっきゴーレムも撫でてただろ!」
遂に足にしがみつき魔法を懇願して来るケセドを引き摺りながら輪は洞窟の出口側に歩き出す。
『水星に撃つ件、賛成です。当車両としてもスカッとします』
「お前まで何言ってんだナビ子!」
と、言っている間にも、新たなゴーレムが地面を割って這い出してきた。
冗談を言っている暇はない。このままでは無限の物量に押し潰されるのも時間の問題。
次から次へと、足元や壁面から新たな土塊が這い出してくる。
斬っても、水で砕いても、まるで湧き水のように数は減らない。
リュシエルが風を纏いながら刀を振り抜くたび、ケセドの水泡が弾けるたび、土煙が舞う。
だが奥からは、低く、重い呼吸音が徐々に近づいてきていた。
「撤退する!今は無理だ!」
「了解ですわ」
「異論はないよ」
三人は互いの背を守りながら後退する。
結晶の緑光が遠ざかるたび、奥から聞こえる呼吸は、まるで海鳴りのように洞窟を満たしていった。
すみません体調不良によりダウンしておりました
本日より再開致します
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