47話 港町への遠征要請
セレア街、商会ギルドの最上階。
分厚い扉を開けて通されたのは、商会ギルド長室。2代目になる重厚な木製の長机と、その向こうに座る屈強な男──ギルド長、マッチョ。名は体を表すと言わんばかりに、両肩を包むスーツは悲鳴を上げており、カトリナの胴程の太さの前腕が机の上で組まれていた。
輪が部屋に入ると、既に一人の女性がソファに腰を下ろしていた。長い銀髪を優雅に整え、ライダースーツに包まれた艶やかな脚を組んだまま、翡翠の瞳がこちらを見上げる。
「あら、リン。露店はお休みですの?」
上級冒険者、暴迅の二つ名を持つリュシエルが柔らかく微笑む。
初めてこの場で会った時の相手の力量を推し量る威圧感のあるものではなく、友人に向けるような優しい笑みに、輪は肩をすくめて隣に腰を下ろした。
「いや、ちゃんとやってたんだ。今日はおにぎりを売っててさ……ギルドに呼び出されたって言ったら……カトリナがさ、『あ、行ってらっしゃい』って……」
店長が一時とはいえ店を離れる。だが輪はアルバイトから不安を感じさせない笑顔と、さらっと一言で送り出された。
その時の淡く苦い感情。思い起こすだけで、輪は少し目を伏せる。
「……なんか、嬉しいやら悲しいやらで」
「複雑な気持ちですわね」
『巣立ちはきちんと見送らないと、小鳥が巣に戻ってきてしまいますよ』
ナビ子の声が、スマホ越しにさらりと刺さる。静まり返った会議室にあって、その音声は妙に響いた。
「えほん!」
突然、会話の流れを遮る為にマッチョが大きく咳払いをして声を上げる。
まるで感傷に水を差すように、豪快な手振りで言葉を続けた。
「よし、話を戻そうか。兄ちゃん、座ってくれ」
会長席の前にある応接用の机を囲む二つのソファ。輪はリュシエルの対面に腰を下ろす。
ようやく本題に入れると、マッチョは胸を撫で下ろす。
一昨日まで商会ギルド本部長など超がつく御偉方に、ディルマ村の書類やら現状やらを報告していただけでも胃が痛むのに、この前にいる二人。片や上級冒険者の暴迅に、今となっては輪はただの商人ではなく、ほぼ単独で七大罪を撃破した功労者。
肩書だけならば今直ぐにでも王都に呼び出されても可笑しくない状況だというのに、会話が日常的過ぎて、マッチョは混乱してしまいそうだった。被りを振り、姿勢を正す。
「先ずは、二人に感謝を。あんたらの活躍で、ディルマ村の一件──七大罪の関与が正式に認められた。おかげで、ギルドから報酬が支払われることになった」
そう言って引き出しから取り出された小袋が、机の上に置かれる。
口を縛った革袋。置いた時の音からして、中には確かな重みと鈍い金の響きがあった。
「金貨100枚。七大罪に関しては討伐として認められず、証拠不十分とやらで安めだ……済まない」
七大罪の狐、指を指すだけで人体が発火し、周囲を焼き尽くすほどの炎を一瞬で巻き起こす。更に無尽蔵と思える魔力に、それを元手にした絶対防御。運良く輪の能力が上手く嚙み合わさり撃退に至ったが、正直命が何個あっても足りないほどの強敵だった。
だが報酬は2人で割ればレッドベア一体分。マッチョが渋そうな顔で報酬を出す訳が分かった。
確かに七大罪自体には炎となって逃げられ、身体も消し炭になっており証拠はない。あるのは事件の当事者数人の証言のみ。村の生存者達は未だ昏睡状態から抜け出せていない。
この報酬の金貨は、輪達の証言を、マッチョの今まで積み重ねた経歴で補填した結果の対価。彼の目元の隈、机の横に積まれた書類の山がそれを物語っていた。
だが輪は薄々とそれに気づきながらも、首を横に振る。
「それは……病院に回してください。今、入院してるディルマ村の人達の治療費にでも。俺はキッチンカーの稼ぎがありますから」
ディルマ村の人達は今や天涯孤独の者もいる。病院で治療を受けたとしても、その後の請求等で路頭に迷う事になれば阿波の藻屑。たとえその治療費が膨大な物になろうと、その返済の一助になれば。
向かいに座るリュシエルも、頷きながら続けた。
「わたくしも賛同いたしますわ。それが一番有意義な使い道ですもの」
マッチョは一拍置いてから、目を細めた。
その表情には、呆れを含んだような、しかし感心を隠せない色が混じっていた。
「……王都の金の亡者たちに聞かせてやりたいぜ。なら……ありがたく預からせて貰う。必ず病院の方に届けよう」
傍らに立たせていた部下の筋肉にその金貨入りの革袋を手渡す。それで終わるかと思ったが、マッチョは机の下から新たな書類を取り出した。
「それと──もう一つ、相談があるんだがな」
「……なんかディルマ村の時もそんな頼み方でしたね」
一つの相談から始まった七大罪との死闘。輪はそれを思い出し苦笑いを浮かべるが、マッチョは唇の端を上げた。
「今回は違う。兄ちゃんに戦ってもらう必要はねぇ。その証拠に、今回の依頼には暴迅ともう一人、王都から精鋭が呼ばれてるんだ。兄ちゃんには補給や食糧配給をしてほしいらしくてな」
マッチョは地図を手に立ち上がる。立ち上がると更に再確認する恵体。2mは越えているであろうその巨体が応接机へ地図を広げた。
「場所はここから馬車で四日ほど南……港街、ナッソー港ってとこだ。緊急で依頼が来ていてな」
「港街……デスシャーク……うぷっ」
少し前にカトリナと食べ歩きした際に口にした魚のフライ、その生臭さが口腔内に蘇り、輪は思わず呻く。あの魚のフライのせいで若干魚料理に苦手意識すら湧いている始末。
リュシエルは指差されたナッソー港を眺めながら、顎に手を当てる。翠の瞳が戦闘の気配を感じ、若干危険な光を帯びていた。
「なにか……魚人魔獣の反乱かしら?」
その問いに、マッチョは首を横に振った。
そこからの一言は、重く、静かだった。
「いや……なんでもゴーレムが街を破壊して回っているらしいんだ」
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