5話 マキノ屋と看板娘っぽいの
午後も日が傾き始めた頃、買い物客の数が徐々に落ち着き始めた。
体力が無尽蔵なのか元々接客業向きなのか、それでもカトリナの元気な声が、村の通りに明るく響く。
「いらっしゃいませー! はい、そちらのチーズパンと食パン2個ですね! お釣りは……えっと、銅貨が3、4、え、今いくら預かりましたっけ?」
「3枚だよ、3枚」
「あっ、ありがとうございますー!」
笑顔でぺこぺこと頭を下げる姿に、村の年配の女性たちが目を細める。
対照的に、若い男たちはどこかそわそわしており、妙に時間をかけてパンを選んでいる。
「……あれ、なんか一人当たりの会話時間が長くなってないか?」
『平均会話時間、昨日比1.7倍。パン選定時間が延びております』
ナビ子の無機質な声に、輪は思わず苦笑した。
明らかにカトリナ目当てで買いに来ている男たちが増えている。
彼女自身は気づいているのかいないのか、どこまでも天真爛漫に、楽しそうに働いていた。
「はいっ、クリームパンのお客様、こちらお待たせしました〜!どぞ~」
ショーケースの内側からトングでパンを丁寧に取り出し、両手で包み紙に乗せる。
どこかたどたどしくはあるが、その手つきにも心配りが見える。
──それにしても、カトリナは本当に表情が豊かだった。
最初に会ったときは、ショーケースに顔を貼りつけるというインパクトの強さに度肝を抜かれたが、今こうして見ていると、彼女の一挙一動にはどこか人懐っこい温もりがあった。それこそ尻尾があれば大きく横振りしているであろう幻想が見えるほど。
パンの補充をするフリをするため、布ショーケースを覆っている輪の肩を、カトリナが軽く突く。
「店長さん! あの、このパンって種類は今ある分だけなんですか?」
「あー、今は10種類まで。……スキルポイント貯めれば上限増えるかもだけど、そっちに振ってないからな……」
「えー、じゃあ明日、アップルパイってできませんか⁉︎ 林檎なら……ううん、林檎はちょっと……いろいろあって複雑だけど……でもアップルパイ、きっと人気出ますよっ!ほらこの村の人、林檎好きですし!」
いやカトリナちゃん、村の奴らは林檎好きな訳じゃなくて林檎しか食べるものが無くなってたから食べてただけだよ、という言葉を輪は飲み込んだ。
昨日一昨日と死んだような顔付きで林檎を丸齧りしていた村人を何人見た事か。アップルパイとか出したら発狂する村人すら出現しそうだ。
しかし案はどうあれ、バイト数時間で意見出しまで出来る優秀さ、プライスレス。そしれ髪型に似合うゆるふわスマイルも相まって何でも許可をしてしまいそうな輪である。
「おー……検討しておくな。なぁナビ子、そろそろパン以外のものとか追加できんのか?」
『おにぎり:レベル4にて解禁。スキルポイント5必要となります』
「なるほど、次の目標ができたな。いやでも……なんか徐々にコンビニとかしていくな」
おにぎりの次はお弁当とか言い出しかねない。パンと屋台でなんとか別世界観を薄めているが、これ以上食が元いた世界に近づくと言い訳が浮かばないと輪は苦笑いしていた。
「やたー!わたしも頑張ってパン売りますね!」
小型犬、ポメラニアンを彷彿とさせるその笑顔に、輪も自然と頬を緩めた。
「ありがう、カトリナ」
「いえいえ! わたしの方こそ、雇ってもらえて助かってますから!ん?あ”ーまたパン刺しちゃった!」
* * *
そうしてまた、二人は忙しく働き続けた。
売上は昨日を上回り、パンはほぼ完売。もう補充しても売る体力がない程に、屋台の暖簾を下ろす頃には、二人とも疲れ果てていた。
「ふぅ……今日もよく売ったな」
「つ、疲れましたけど、でも楽しかったです〜……!」
『本日の売上:純売上で金貨2枚銀貨7枚。村の通貨流通量を考慮すると好成績と評価』
「すげぇ……この村、金貨ほとんど出回ってないから、2万7千円って相当だぞ」
半分ほどはパンの仕入れ値で消えてしまっているが、中々の売り上げ。輪が感心していると、カトリナが小さく手を挙げた。
「あの、すみません店長さん。わたしの今日のお給料って……」
「あーそうだな。初日だし……えっと、どれくらいが丁度良いんだ……」
給料は十分に払える純利益があるが、この世界での手取りが如何程のものか。給料は薄給過ぎても高給過ぎても角が立ちかねないと輪は元の職場で嫌なほど痛感していた。自分よりも年下の高学歴に給料が抜かされていた時の辛い事ったらない。
『彼女の林檎農家での給料は1日銀貨2枚です』
ナビ子のあまりの手際よさ、タイミングの完璧さに思わずサムズアップで答える輪。
「銀貨4枚でどう?」
正直もっと高給でも良いのだが、引き抜きなどがあった時の隠し玉として昇給の手は残したい。
宿屋は一泊素泊まりで銀貨1枚、この村でみれば破格の給与体系といえよう。
「えっ、そんなに!? いいんですか!? やたー! 今日クリームパン2個買って帰ります!!」
「うちの賄いでも食えるけど……まぁ、いいか」
輪は苦笑しながら、車内のステータス画面を確認した。
販売車の経験値バーが伸びており、あとほんの少しで次のレベルに届きそうだった。
『現在経験値:92/100。次回販売成功でレベル4到達見込み』
レベル4──そこには、新たなパンや新機能が待っている。
そしてその先には、ナビ子が言っていた「戦闘車両モード」の解放がある。
「……レッドベア、か」
輪は小さく呟く。
村の外れには、赤い毛並みの巨大な魔獣が潜んでいるという。
それが現れて以来、この村は孤立し、交易が断たれた。
このまま販売車を続けて、いずれレベル10になれば──戦える力を、手に入れられるかもしれない。そして貿易が通れば、村は輪が訪れる前の林檎が名物の農村に戻れる可能性がある。
「食い物売って、戦う……本格的に意味わかんないな」
それでも──この村を守れるのなら。
目の前の誰かの「届けて欲しい」を叶え続けられるのなら。
この奇妙な異世界生活にも、十分すぎる意味がある。
屋台の幕を閉じる夕暮れ時、カトリナがぽつりと口にした。
「明日も、パン売れますかね?」
「売るさ。まぁ村人の人達の懐事情と相談になるかもだけどな」
「ふぁい!(はいっ)てんひょうふぁん!(店長さん)、わらひ、ふぁんふぁりまふね!(わたしも頑張りますね)」
賄いとは名ばかりの輪の奢ったクリームパンを頰一杯に頬張りながら、カトリナが笑顔で応える。
その背後で、ステータス画面が静かに更新される。
『販売車:経験値蓄積完了。レベル4に到達』
そして──新たなおにぎりメニューが、静かに解放された。
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